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新潟在住。看護師3年目。甲状腺機能亢進にて治療中。2013/04/18結婚、2013/12/**初めての妊娠発覚。33w3d子宮内胎児死亡診断、2014/07/03愛娘*悠姫(ゆうひ)誕生*
天使ママ1年生*~気まぐれブログ~
同じ天使ママさんと色々お話できればと思います★
お願いします(*^^*)

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入院当日は9時までに病院に来てくれと言われていた。

朝7時くらいに起床、朝ご飯を食べ、準備して旦那と共に病院へ向かった。

お互いほとんど会話を交わさず、最低限だった。

凄く空気がどんよりしていた。



病院へ到着すると入院受け付けを済ませ、産婦人科病棟へと上がった。

病棟に着くと昨日担当だった助産師さんが今日は病棟勤務の日で私の担当だった。

少しほっとした。



病棟は…当たり前だけど赤ちゃんの泣き声が聞こえた。心がずきずき傷んだ。

この泣き声を私の聞くはずだったのにって。私は産声のないお産になるって分かっているから余計にそう思った。


個室希望にしていたけど、掃除がまだ済んでいないからととりあえず誰も入院していない大部屋に通された。

本当なら、産科の方の病室だと思うけど、配慮もあって婦人科側の病室に入る事になった。


病室に入ると病衣に着替え、検温をした。

そして、再度お産までの流れなどを説明され、書類にサインした。

何度説明されても納得がいかないというか、未だに信じられない感じだった。

まだお腹に悠姫がいるからなおさら。



説明の中で今日は午前と午後合計2回子宮口を広げる処置、ラミナリアをすると言われた。

助産師さんから準備ができたと言われ、歩いて処置室へと向かった。

痛みを伴う処置だし、説明を受けても未知数すぎて緊張が半端なかった。

処置室の診察台に座り、股が開いた。

先生が来て最終確認でエコーしてみるねってダメもとで確認したけど、やっぱり悠姫はお腹の中で静かだった。

先生はまた険しい表情でダメだな・・・と静かに言った。

これが間違いだったって言われるんじゃないかって淡い期待を抱いたけど、そんな期待はすぐに裏切られた。



その後すぐに処置に移った。器械が入り、ラミナリアが挿入されていく。

何とも言えない痛みで凄く辛かった。必死で耐えた。悠姫を産むためだって。

処置が終わって、2時間は安静だから歩けないって言われて車いすで病室に戻った。

痛かったーって言ったら助産師さんに人によっては失神する人もいるって聞いてびっくりした。



処置の後は生理痛みたいなのが続くからって言われてたけど、本当そんな感じだった。

異物が入った違和感と下腹部痛で凄く腰回りがずしんと重く感じた。

病室に帰ってしばらくするとお母さんが来てくれ、1回目の処置が終わった事を伝えた。

その後は何と言っていいか分からず、ただただ申し訳ないと思うばかりだった。


個室に移動してから助産師さんが産んだ後の事について説明してくれた。

死産してのお見送りはその家によってバラバラみたい。

葬儀屋さんを通してお見送りする人もいるし、全部自分達で火葬などの手配をする人もいる。

それに死産ってなると、戸籍がない形だし葬儀屋さんによっては対応してくれない所もあるみたい。

私たち親からしたら、我が子には変わりないのに他人から見たら人として扱ってもらえないんだもんね。

気持ちの整理もつかない内にそんな事もう考えないといけないなんて現実はむごいし、時間は待ってくれないんだなって凄い思った。



しばらくして個室の準備が整ったとの事で個室に移動した。

午後になってから義母と義祖父母が来てくれた。

到着してからしばらくみんな退室して産んでから火葬までの相談に行って私は一人になった。

一人になったら、処置の疲れもあったのかうとうとして眠っていた。

みんな病室に戻ってきた頃に目が覚めた。

義祖母の知り合いの葬儀屋さんに話を聞く事になったみたいで旦那と義家族は出かけて行った。




そうこうしているうちに午後の処置の時間じなり、ラミナリアの入れ替えの時間が来た。

助産師さんは午前の処置で少し子宮口も柔らかくなってるはずだから午前よりは痛くないと思うよって言われたけど、全くの嘘だった。むしろ午後の方が激痛。ラミナリアもたくさん入ってうめき声が我慢できなくてうなってた。

それに加えて、先生が内診するから余計に痛くて若干助産師さん恨んだ。

涙も出た。


相談に行った旦那達も帰って来て話を聞いたらやっぱり、死産なのにそんなにちゃんとしたのは必要ないんじゃないかみたいな感じだったみたい…

そんな葬儀屋さん何かやだ。

何か周りとの温度差を凄く痛感した。

だから、自分たちで全部やる事にした。

旦那と義母が可愛いかごとおくるみ、帽子を買ってきてくれた。

凄く可愛かった。

服は自分たちで買った物を着せてあげる事にした。




夕方になると義家族は帰宅。

旦那も面会時間が終わると帰って、病院はお母さんがついてくれる事になった。

お母さんがお姉ちゃんに電話してくれ、事情を説明してくれた。

少し私も電話で話した。号泣だったけど。

もう洋服とかも買ってくれてたみたい。それを聞いたら余計に申し訳なくて泣けた。

みんなこんなに楽しみにしていてくれたのにって。

私は母親失格だなって突きつけられたように感じた。



気づけば消灯時間になって電気を消したけど、全然寝付けなくて夜中の2時くらいまでずっと起きていた。

暗くなった部屋だと余計に悲しくなって、お母さんに気づかれないように声を押し殺して泣いていた。

何で、何で私なの?

みんなどうして平等に元気な赤ちゃんが産めないのって。

頭の中がずっとスパイラル状態だった。


こんな状態で赤ちゃん産めるのか不安でいっぱいだった。





つづく