困難は
人の心を
強くする
困難が好きな人は、おそらくいないとは思いますが…但し、困難にもそれなりの存在理由があるのでは?
そんな想いからの一句です。
例えばフィジカルな面では、身体のある一部に負荷ををかけることによって筋肉なり体力は、鍛えられている筈です。
さぁ、これはフィジカルに限ったことでしょうか?
私に言わせたら、困難こそがメンタルな意味での負荷な筈です。
腕立て伏せを30回やるのは、決して楽でなことではありません。
特に今の私のように、病み上がりの身体にとっては大変なことです。
でも、それを心を鬼にして一週間…あるいは数ヶ月、更に一年続けた人のフィジカルと、きついからやらなかった人のフィジカルは同じものでしょうか?
言うまでなく、明らかに違っている筈です。
困難というメンタルの負荷も、それがきついと逃げてしまう人と、それに立ち向かった人の差を想像して見て下さい。
もちろん、身体を鍛えるために日々のトレーニングと違って、困難をわざわざ求める必要はないと私も思いますが…。
それでも、生きている限り様々なアクシデントやトラブルに見舞われるのが、人生なのかも知れません。
そこで、私は「困難」というエクササイズが与えられたと仮定して、そこから逃げない、寧ろ前向きに立ち向かうことをお勧めします。
そこからただ逃げてしまう人と、「負けるもんか!」と立ち向かった人のメンタル…その差は決して小さいものではない筈です。
まぁ、こんなことを書いている私も、決してマゾでもなければ、困難オタクでもありません!
それでも、やはり生きていたら困難は時を変え姿を変え、様々な方向からやって来ます。
そんな時のための一句です。
フィジカルも鍛える、メンタルも鍛える…数ヶ月後、あるいは数年後のそれを楽しみにするという、ポジティブな目的にすることで、全然違ってたものではなる筈です。
ということで、今日はそろそろこの辺で!
困難は
人の心を
強くする。
〜アモンの哲句より〜