情熱Journey その3

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病は気からといいますが、
常に自分にダメ出しをする思考が
自分の身体を蝕んだと悟りました。


26歳の秋、症状は
原因不明の脱毛から始まりました。
みるみる抜けていく髪。


そしてパジャマがびしょびしょになるほどの寝汗。



普通でないと思いました。
皮膚科を受診するとすぐに大きい病院へ
行くよう紹介状を渡されました。


検査の結果はSLE(全身性エリテマトーデス)。主に女性がかかる難病で免疫システムの異常から全身に炎症を起こします。


毎日、ハードな運動をしていた私は
全身に起こっていた関節痛と筋肉痛を
トレーニングのせいだと
片付けていましたが
それも免疫異常による痛み(炎症)でした。



心の叫び
心の痛みを無視し続けた結果
自分の細胞を攻撃してしまうという病に
侵されてしまったのです。


そこからは治療のために
3ヶ月の入院を余儀なくされました。
正直、ほっとしました。
堂々とのんびりできる。
そして『私はこんなに辛いのよ』って
ことを理由に様々なことから
逃げられるとも思いました。



仕事は辞め
ひとまず専業主婦になることにしました。



しかし楽になるどころか
現実を突きつけられる日々に
益々辛くなっていきました。



山奥の三世代同居生活。
毎日顔を合わせて会話するのは
嫁ぎ先の家族かご近所さん。
出掛けるといえば朝夕犬の散歩と
地元のショッピングセンター。



犬の散歩をしながら
私の一生がこの土地で終わってしまうのかと思ったらドン底に思えました。
お化粧したって誰も見てくれない。
お洒落したってお洒落のしがいがない。
26歳にして私という花が
美しく咲く機会は
もうないのかもしれない…。



世界はモノクロにしか見えませんでした。
唯一の癒しは犬と会話しているとき。
何とも淋しく孤独な毎日でした。
正確に言うと自分は孤独だと
思い込んでいました。



当時の夫とは沢山話し合いをしました。
今振り返ればとても優しい夫でした。
家族もまた協力的で
私が甘えることが出来れば
関係性はそこまで深刻には
ならなかったかもしれません。




しかし婚姻関係を続けることは
もう限界だと私が逃げ出す形で
嫁ぎ先を離れました。



27歳春のことです。
私に実家に帰るという選択肢は
ありませんでした。
自立した女性になりたかったからです。




独り暮らしが始まりました。
病と寄り添いながら
無理をしない範囲で働きました。
経済の基盤を築くために。
私に出来ることは
身体を使い運動を教えること。



インストラクターとして復帰し
さらにトレーナーとして
マシンジムにも立ち指導をしました。



薬の量と仕事量(活動量)の
バランスが崩れたり
精神的負荷がかかると病は再燃しました。



それでも経済を立てるために
活動は辞めませんでした。
そして何より人に喜びと元気を
与えられるこの仕事が大好きでした。



脱毛がひどい時はバンダナをまいて
レッスンしました。



そのうち自分に少し投資出来る
余裕が出来たのでウィッグを着けて
クラスをするようになりました。



プライベートではヨガを学び
自分と向き合う機会が
どんどん増えていきました。



自分の稼ぎだけで生きていくことが
こんなに大変だなんて…



朝から晩まで沢山のクラスを
指導する日々に違和感を感じながらも
県内を北へ南へ走り回る…



ヨガをすればするほど
自分の気持ちをごまかせなくなる…



嫌なものは嫌。



今まではやりたいことなんて
ハッキリわからなかったのに
ムクムクとやりたいこと
(ヨガを真剣に学びたい)という気持ちが
膨らんでいきました。


すっかり痩せこけてしまった30歳の春。



病状が神経系に及んだのか?
または薬の副作用なのか?
鬱病を患い
いよいよフィットネス業界を
引退することを決意しました。



生まれてはじめて
『自分が本当にやりたいことを学ぶため』に親のスネをかじりました。



過去にも相当すねかじりをしましたが
それまでは『何となくやりたいかも…』
という曖昧な理由。



しかしこの時は本気で学びたい!
本気でやりたい!
体と心と魂が一致したような
欲求でした。



30歳ですねかじりなんて
情けないと思ったし
親に迷惑をかける申し訳なさで
いっぱいになりながら
両親に相談すると…



『おめぇ一人養うぐらいまだまだ出来る。
ゆっくり休んで勉強したらいい』



父の言葉に涙が止まりませんでした。
30歳の春のことです。
ありがたく甘えさせてもらい
ヨガに没頭する人生がスタートしました。



31歳の春には
自分の日々の練習をする場を
設けるために
広目の家に引っ越し
自宅兼用のヨガスタジオを
オープンしました。



ここから私の人生はどんどん
好転していくのです。

つづく…