『太王四神記』におけるチュシン星をめぐる考察 その1 | 星が語る『Star』~Astrology Cafe~

『太王四神記』におけるチュシン星をめぐる考察 その1

今さらのように『太王四神記』を視ている。

 
チュシンの星のもとに生まれた、真のチュシン王は、誰か、という問題が、作品中では最初にあるのだが、そもそも、チュシンの星とは一体なんなのか。
 
ほかのどの星とも違う星が輝くだろう。王が自らを王だと悟らなければ、風に揺れる葉と同じ。その方が王であると聞いた者も、王であることを見た者も、その方が自ら悟るまで、すべてを隠し通すよう気をつけるのだ」
 
これが、天地神堂の大神官が語った天意である。
 
ほかのどの星とも違う星。
 
それだけなら、軽く天変地異なのだが、これを、金環蝕と捉えてはならないのだろうか?
 
 
広開土王と諡されたタムドクが生まれたのは、374年。この年の特異な天文現象として、現在、辿ることができるのは、金環蝕である。金環蝕。これは、確かに、どの星とも違う星が輝くことになる。
 
日本時間の374年5月28日午前8時8分に、東アジア一帯で、金環蝕が観測されたはずなのである。
 
高句麗の国内城があった場所は、現在の吉林省集安市である。
 
 
このホロスコープからすれば、間違いなく、東の空に、金環蝕が見えたはずである。
 
しかも、この時、天頂には木星が輝き、金環蝕から少し天頂寄りには金星が、東の地平寄りには水星が、西の地平寄りには土星が見えたはずなのである。
 
そして、木星とオポジションの位置、天底には、火星があった。
 
これらを、四神として、玄武、青龍、白虎が金環蝕であるチュシンの王に仕え、朱雀のみが、火天会として、あくまでも、虎族の地を奪還しようと目論む、地下の存在であると考えるならば、一応の、つじつまは合うことになりはしないだろうか。
 
 
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