萬平さんが風呂場で、ご機嫌さんで歌っていたのは、なぜ『夜霧の波止場』だったのか | 星が語る『Star』~Astrology Cafe~
2018-11-08 23:45:03

萬平さんが風呂場で、ご機嫌さんで歌っていたのは、なぜ『夜霧の波止場』だったのか

テーマ:なんとな!

霧島昇 夜霧の波止場

 


この歌を、節回しこそ正しいが、歌詞については、相当いい加減な調子で、おまけに、身振り手振りまでつけて、ノリノリで浴槽で歌っていたのは、立花萬平。
 
朝から、萬平さんこと長谷川博己が、入浴して、なおかつ、いい加減な鼻歌を歌うさまを見せるという、どういうドラマだ、『まんぷく』。
 
閑話休題。
 
この、鼻歌を歌うというのは、演出なのか、アドリブなのか。演出にせよ、アドリブにせよ、なぜ、選りに選って『夜霧の波止場』なのか。萬平は、なぜ、『夜霧の波止場』を、口ずさんでいたのか。
夜霧の波止場
 
恋も儚いマドロスの パイプの煙(けむ)だよ
さらば さらば
涙隠して笑うて見せりゃ 風が冷たい夜霧の波止場
 
忘れられない 懐かしい あの窓 あの灯(ひ)よ
さらば さらば
尽きぬ名残の侘しい胸に 波も噎ぶよ 夜霧の波止場
 
抱いた想いも波任せ 浮き寝の鳥だよ
さらば さらば
今度 逢う日を また来る時を 夢に見ようよ 夜霧の波止場
これは、ご機嫌さんで歌うような歌なのか?
 
この歌詞は、マドロスと港町に住む女が恋に落ち、やがてマドロスが船出する定めであるために、マドロスも、港町に残される女も、互いに、相手を忘れられず、寂しさを抱えたままで、いつか、また、会えたらと願う、そういう、愛惜の気持ちを描いたものである。寂しさを隠して強がりを言う、漂泊の身の上のマドロスの視点から、この歌は歌われる。
 
これは、ご機嫌さんで、身振り手振りまでつけて、デデデンデンデケデケデンデンとか言いながら、歌うような歌だろうか?
 
絶対に、違う。
 
この歌は、1938年7月に、コロンビア・レコードからリリースされたものである。
 
1938年とは、立花福子、旧姓 今井福子が、大阪東洋ホテルに電話交換手として入社し、立花萬平の電話を間違えて外国人に取り次ぎ、その結果、英語力を評価されてフロントへと配置転換され、おかげで、今井家の長女 咲は、無事に、小野塚真一と結婚することができるようになった、そういう年である。
 
立花萬平の側から言えば、たちばな工房に、加地谷圭介が現れ、経営は、加地谷に任せて、好きな研究に打ち込めるようになったころであり、幻灯機を、今井福子の依頼で、真一・咲の披露宴のアトラクションのために貸し出し、披露宴本番で、幻灯機の初期トラブルに手間取った際の、福子の機転の利いた、真心溢れる挨拶に聴き惚れ、新郎新婦も、参列者も、全員が、幻灯機に喜び感動するさまを見て「自分が作った幻灯機が役立ってくれて、皆さんがあんなに感激して下さって、僕は胸がいっぱいです。お礼を言いたいのは僕の方です」と福子に告げた、そういう年である。
 
両親も、兄弟もいない萬平にとって、ささやかでも、心のこもった素晴らしい披露宴に居合わせ、その披露宴を、もっとも感動的なものに演出したのが、自ら作った幻灯機であったことが、どれほど、心を温め、それからの研究や発明のモチベーションとなったことだろう。
 
萬平は、福子と交際するようになって、理想工作社へと福子を案内した際、こう語る。「僕は学歴もないし弁も立たないから 今は一人でコツコツこうやって何かを作ることしかできません。でも本当はもっといろんなことをやってみたいんです」自分に何ができるのか、まだ分からないけど、とにかく僕は世の中の役に立つ仕事がしたい。みんなが喜んでくれるような仕事を」
 
この萬平の思いの原点は、間違いなく、真一と咲の披露宴での、萬平自身の体験だ。
 
そして。
 
披露宴ののち、立花萬平は、やはりひとりだった。仕事場では、加地谷圭介も、たちばな工房以来の竹ノ原大作も、それ以外の社員もいただろう。それでも、安心して、心を通わせられるような誰も、立花萬平にはいなかった。単純に言えば、愛し、愛される相手が、いなかった、ということだ。
 
どこかにいるかもしれない、誰か。自分が愛し、自分を愛してくれる、誰か。知っている誰かを思い出させるような気がする、その面影をぼんやりと思い描いている萬平の耳に、流行歌『夜霧の波止場』が入ってきた。
 
子ども時分に、親戚の家を転々とした体験と、浮き寝の鳥の身の上が、どこかで重なって、この『夜霧の波止場』は、萬平の愛唱歌になっていたに違いない。寂しいとき、この歌を無意識のうちに口ずさんでいたのかもしれない。そして、そのころは、もっと、正確に、きちんと歌っていたに違いない、無意識であっても。
 
あろうことか、萬平は、浴槽で、ご機嫌さんで、こう歌ったのだ。
涙見せずに 笑うて
デデデンデン デケデケデンデン
風が冷たい夜霧の波止場
なんですと?
なんですと?
なんですと?
 
ふざけているのか、立花萬平?
間違いない。ふざけている。
 
つまりは、立花萬平のメンタリティと、この歌の歌詞が、この1946年の5月の時点では、乖離してしまっている、ということだ。
 
それでも、ご機嫌さんになって、出る鼻歌は、この『夜霧の波止場』。どれほど、口ずさんだことだろう。無意識に口をついて出るメロディーは8年も前の戦前の流行歌、『夜霧の波止場』なのである。
 
心は、もはや、この『夜霧の波止場』にはそぐわない。歌詞もあやふやでいい加減だ。それでも、身体に染みついた、無意識に口をついて出るメロディーは、やはりこの『夜霧の波止場』。
 
今や、立花萬平は、本当に幸せだ。彼が求めていた運命のひとは、いつも、彼の傍らにいる。
 
萬平さんの、いい加減な『夜霧の波止場』に、彼の、長い長い孤独と、現在の幸せを感じて、泣いた。
 
 

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