驚愕 | 星が語る『Star』~Astrology Cafe~

驚愕

加古川での体験講座に出かけるため、午前中は9時から語学堂 で小学生と格闘し、終了後すぐさま加古川へと移動し、体験講座を実に楽しく終え、再びすぐさま苦楽園口へと取って返し、貴星堂 で、午後6時から、ご予約いただいていた3件の鑑定を終えたのは、午後9時40分でした。


ちなみに、6時にご予約の方は、加古川からお越しの方です。


さらに、明日は、加古川出身の現職の浜学園の講師と、ランチの約束をしているのです。


ついでながら、昨日のタロットレッスンは、加古川からお越しの方でした。


本日、最後の方は、講座の仕事をご一緒させていただいている方と、その方のご紹介の方でしたが、「今日は、浜学園のころのような慌しい一日でした」と、述懐して、お別れしました。


それというのも、その方の鑑定終了間際になって、語学堂の同僚、つまり、浜学園時代から数えて17年来の同僚から、苦楽園口にある家庭料理の店に「早く来い」との矢の催促。本当に忙しかったことに加えて、慌しさも一入です。


しかし、鑑定中だと分かっているのに、なぜ、矢の催促?


しかも。


昨日も、行った店に、なぜ、2日続けて?


確かに、たいそう、おいしい上に、不調法な私には分かりませんが、同僚氏曰く「お酒も品揃えがよく、安い」とのことですから、文句なく、大ヒットなのですが、それにしても、なぜ、鑑定中に矢の催促?


そして。


お店の方々とのたわいもない世間話のなかで、そのお店(お母さん・上の娘さん・中の娘さんで営んでいらっしゃるのですが)に、昨夜いらっしゃっていた末の娘さんが、浜学園に、5年来、事務職でお勤めの方であることが発覚し、私・同僚氏、ともに茫然。ややあって騒然。また騒然。


なんとなれば、同僚氏は、私が小学生と格闘している間に、計算のステキなドリルを入手するために、近くの本屋に赴く途上、明日ランチをともにするのとは別の浜学園の現職の講師と遭遇したため、挨拶をして、その人物を吃驚させていたのです。


しかも、その件を語って、同僚氏さらに曰く、「これで済むとは思われない。まだ、何かあるよ」


確かに。まだ、何かあるよ。


そうこうしているうちに、上の娘さんが「娘さんが帰ってきましたよ」


店内に入ってこられた娘さんに、私がおずおずと半笑いで会釈すると、娘さん、目顔で挨拶しながら間髪入れず「ほにゃらら(私の旧姓)先生ですよね!昨夜、そうだと思って、あっと思っていました!」


嗚呼。とことんボケナスなワタクシ。


同僚氏は、退職の直近は西宮本部に出没する頻度が低かった上に、娘さんの職掌は、講師とほとんど接点がないセクションであるために、算数科きっての有名講師であったにもかかわらず知られていなかったというのに。


私ときた日には、娘さんから、一撃でそれと見分けられていながら、ノー天気に、家庭料理にうつつを抜かすほどの間抜けだったとは。


そもそも、ほとんど講師と接点のないセクションの事務職の方に、退職して2年以上経つのに、なぜ、一撃で見分けられているのか。


うろたえきったワタクシときたら「最後の入試激励のときに、毎日のようにもらった、たくさんの朝食・昼食の領収書、出さないままになって、膨大な朝食・昼食代を請求しないまま退職したことが、今でも悔やまれます」などと、愚にもつかぬことを口走る始末。


嗚呼。トンチキきわまりないアホウだ。


確かに、「何かあ」ったけど ((((((ノ゚⊿゚)ノ


西宮市の人口、476185人。ふらりと、近隣の店に立ち寄って、その家族が、元の職場に勤めている、しかも、自分を見知っている人物である確率は、限りなく、ゼロに近い。


同僚氏が、2日続けて、その店にこだわったのは、本日、氏が夜食について易を立て、得たのは『山天大畜』の六四、卦辞には「大畜は、貞しきに利ろし。家食せずして吉なり」、爻辞には「童牛の牾(つのぎ)なり。元吉なり。象に曰く、六四元吉なるは、喜びあるなり」。「平穏無事にものごと進捗する時で案ずるより産むが易しの時。願望は多少の障害はあるが大体順調に運ぶ。調子に乗って妄進しなくとも間もなく成る」という象意になります。


「家食せずして吉なり」とあるので、この店で食事をする、という運びになったわけですが。


同僚氏、この顛末を享けて、再度、この店との関わりについて易を立て、得たのは『坤為地』の六二、爻辞には「直・方・大なり。習わざれども利ろしからざるなし」、「目上、上長の信頼を得て、運気順調に進展を見る時である。才知力量衆に秀で、衆人の上に立つ時。力量を認められて抜擢され重用される時。世話苦労多いが将来の捨石となる。望みごと意のごとく通じ喜びを見る時」という象意になります。


要するに、この驚愕は、何か、決定的によいことに結びついていくのだろうと思います。


そういえば。『神は見通し』で既述した「元教え子」は「直・方・大」の文字をその名前に持っています。