高校に入って、初めての生物の授業で、先生がこんな質問をしました。
「最近は科学の進歩で、ロボット技術なんかがすごい。それから、人工的に生物の細胞を培養させるなんて技術。それにクローン問題。生物学にとっても、今目まぐるしい変化が起こっている。」
「…じゃあ、生き物と生き物じゃないモノとの違いって、何だと思う?」
先生はクラスの生徒40人全員にひとりひとり答えを言わせました。
そして、それに対してひとつひとつ、
見事に反論しました。
こんな風に。
ー呼吸をするか、しないか。(生徒)
ーでも、太古の昔の生物は、息をしないで生きていたと言われてるんだ。(先生)
ー子どもを生むか、生まないか。(生徒)
ー子どもを生まない生物も存在するよ。例えば、微生物は分裂して増えていく。(先生)
ー体温があるか、ないか(生徒)
ーこれから勉強するけど、変温動物といって、体温が低い生物も存在するんだ。(先生)
私は、成長するか、しないか。
って答えました。
それに対して、最近は成長するロボットも開発されている、と反論されちゃいました。
結局、こんな感じで生徒全員の答えに対して、ちゃんと根拠のある理由を先生は提示し、noを突きつけたのです。
そして、最後に先生は言いました。
「じゃあ、生き物と生き物じゃないこととの違いって、何なんだろう。生きてることと、生きてないこととの違いって何なんだろう。
そんな疑問を、紐解くための糸口となるのが、この『生物』という授業です。」
そうして、明確な答えは与えられないまま、授業は始まりました。
…昔、生物の授業でそんな質問をされたなぁ。と、
急に、なぜか、思い出したのです。
生き物にしかないもの、生き物と生き物でないものとをへだてるもの。
今なら、なんて答えるか。
私は三つ答えを考えました。
1、寿命があること。(いつかは死ぬこと。)
2、老いること。
3、種の保存。
ようく考えると、それは生物学というより、哲学的な問題のようにも聞こえます。
というよりは、「生物学=生き物の仕組み、生きていることの仕組みについて学ぶ」ことと、哲学って切り離せないのかもしれません。
だけど、もしかしたらこれらの答えも、あの先生の手にかかったら、またうまく反論されちゃうのかもしれません。
生き物であることと、生き物でないこととの違い。
誰もが分かっているようで、実はよく分からないこと。
そのことにきちんと向き合っていかなければ、進歩した科学技術と倫理との問題にケリをつけられないよ、という警告と、
そのことにきちんと向き合っていけば、充実した生き方を見出せるかもしれないよ、という示唆。
生き物であると同時に人間である私たちにとって、すごく重要な問いかけだと思います。
その後の生物の授業はどちらかというとあまり得意ではありませんでしたが、
この問いかけだけは長い時間の流砂に飲み込まれず、ちゃんと自分の中に残っていたようです。
あの頃高校生だったクラスメイトたちは、今なら何て答えるんだろう?
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