私は自室でATを装備したままベッドに寝転んで、ネットサーフィンと洒落込んでいた。いつものことだが。
司魔叶……彼女、どちらかというと左翼学生だったのだな。自衛官志望した焔とどうなるものやら。とにかく、司魔の意見は以下だ。
……まったく逆説的だが、かつての日本の学生運動が頓挫したのは、学生が優等生だった点に尽きる。大学生、それも東大が当たり前だなんて当時ごく少数派の、限られたエリート。受験競争の中で勝ち残ったいまでいう『勝ち組』。
彼らは自らが優秀過ぎたのでそうでない落ちこぼれ、というか当たり前の普通の人のこと、つまりは勤勉とはいえない学習・労働意欲に欠ける他の一般人を理解しなかった。
学生運動は建前こそ、搾取される立場からの解放、万民労働者平等の共産主義を目指していたが。事実は下劣な輩は、フリーセックスの享受のために参加していたのだ!
共産圏では、一般民衆に限られた偏った知識しか植え付けないらしい。だから、勤勉さを欠き労働意欲に乏しい。建前上、どれだけ有能で働こうが無能がサボろうが、評価は変わらないのだからこれは自然だろう。しかも働けないものを罪とする。
いまでは学生運動は非難されているが、ほんとうの理想は歪んではいなかった。自称右翼の皮肉るところの『純粋真っ直ぐくん』だったのだ。大義を欠いていたわけではない。
資本的に実現不可能なのだが、理想とする平等思想は素晴らしいではないか。若者の夢だ。
そう、あくまで夢。現実共産主義は万民すべてが『平等な』、脱出の道がない不幸と貧困に陥るだけ、なのだから。そして思想言論表現の統制……か。共産党一党独裁だし。
夢が壊れるのだ。パンドラの箱に残った希望すら失ってしまったときに人は死を選ぶ。
マルクス資本論なんか読む気にもならないが。人の働く産業は第一次、第二次とあるが。ほんらいはサービス業としての第三次など、ある意味不要なのだ。
ただ生きて行く上では関係ないから。生産性が無い。しかし、金はここにこそ掛かる。
というか第三次が無ければ日本の基盤となる第二次の工業需要も激減する。そうなると第一次の農業食料事業の需要に供給量も必然的に減る。
だが、世界の文明と文化はこの第三次産業にこそ根付く。人はパンのみにて生きるのではないから。ただ生きていられる、というだけでは満足できない生き物なのだ。
ゆえに地球の万民に知識を付け、文化を満たせれば、あらゆる問題。食料問題も人口問題も、資源も自然も環境も戦争も内紛も解決するはず。
しかし、そうして文化面が満足すれば、競争心が消え、学習意欲を欠くようになり文明は衰退し、事故によって滅ぶのだ。聖書はまさにこのことを記しているのだ。退廃の行く先。
人間の敵は自らの内にあることを銘記すべきだ。他者と戦っていたら、いくら戦っても、きりがないし幾人倒そうがほんとうの勝利は得られない。
自分、自らと戦ってこそほんとうの昇華がある。それを達した時、自らはさらなる強敵となるだろうし、はるかに成長しているだろう。
司魔の締めくくりは……『楽しむ気持ちを忘れないで。毎日が新しい始まりだしやり直すことだってできる。違う自分になりたいのなら自分から変わっていかなきゃダメだよ』、か。
……眠れず深夜。ATリンクし三人でこれらを話すと、司魔はクスクスと同意した。
「現実に即した理想論だね。僕も不満だよ。経済的に自分の子供養えないからまだ独身なのに、恋人と満足に夜も過ごせないというのに、外国の子供に寄付せねばならないか。海外は食べられない子供が毎日何万人死んでいるっていっても、日本だって年幾十万件も人工堕胎が行われているのに。まあ人の命とは、そんな単純な数字遊びで語るべきではないけれど」
焔もSEとしての立場から意見した。
「発展こそしたが情報産業は、直接利益を受けるシステムではないからな。過去の、アプリソフトを個別に販売していた戦略が通用しない。間接的な、通信コスト定額使用料に頼るが、それは相場では限りなく儲かる可能性も、極めて損する可能性もある。まあ保存の利く媒体ではあるが。過去、開発競争が激しかった時代は、『パソコンは三カ月で腐る生モノ』と揶揄されたが。PCのハード性能横這いのいまは決して生モノといえなくなっている。OSはかなり効率化が進んだ。安定した長く使えるインフラ整備されるかな」
「そうなると、需要は満たされて、消費は落ち込む理屈になるよ。まあ自称批評家なんて、物事の一面だけみて自分の回答の正当性を主張するだけだけど」
「セキュリティ面から、ファイアウォールにウィルスバスターその他の更新は必須だ。OSは常に旧式化していく。最新の状態でなければ、安心して扱えないのがPCのやっかいなところだ。詐欺も多いけれど……ま、いまはそれより成すべきことをすべきだ。化け物退治」
「東京新撰組の使命、か。事実上魑魅魍魎どもとの戦いとはね」
焔はむっつりと不機嫌に言った。
「目下実用的な方法はほとんどないだろ、最善はなんだ? ATのソフトにしても、ペン型パルスレーザーにしても、さして効果は無い。武器に依存するのはスマートとは呼べないが」
「そう、ここは『本拠地』を叩くべきね」司魔は断言した。「生産ラインをクラックしよう!」