間違っているならば、神すら敵とする。
 輝いているならば、塵、芥でも救う。
 虐げられし一人を守るためならば、全世界を敵に回す。
 ……それが掟。孤高たる籠の鳥たちの……。
 
 戦争が始まると聞いて、敬虔な神の僕(しもべ)たる私は血の気が引きました。何故です? 戦争の原因はあるのですか? 敵国を倒すべき道理が。
 我らがヴァスト王国は豊かなはずです、王侯貴族の散財振りといえば、宴会に賭けごとにひと晩で幾千枚の金貨の山が動くと聞きます。神官として衣食住足る私は、金に興味はありませんが。
 私ども平神官を統率する司教さまだって、純金を縫い込んだ豪奢な法衣を纏い、年に幾度となくある大きな祝祭事を司ります。その際の豪華絢爛な酒宴列席者に並ぶ山海の珍味ときたら、この世こそ天国です。
 たしかに世の中には悪い連中がいるとも聞きます。たくさん穀物に家畜を育てているのに、所得を隠しごまかし税を逃れようとする卑しい農奴。街の路地裏に勝手に住み着き働きもせず、盗み、殺し、凌辱または売春をする人間の屑ども。
 許し難い連中です。そいつらを更生させるのが神の教え。警備兵どもの取り締まりを厳しくするべきです。
 もっともその警備兵ですら、堕落しているものがいると聞きます。犯罪者を賄賂で逃がしているとか。監査役に倫理ある士気の高い神官からなる保安部隊を組織してはどうかと、私は提案しました。
 これは大好評で受け入れられ、私は神官長に昇進し神官保安部隊一個大隊の中の、中隊長に抜擢されました。平神官を百名以上統率する役割です。光栄です、私の力でこの世界に正義を! 私の人並みよりかなり大きい背丈に体格がものをいう時です。
 私は法衣の下に鎖鎧を纏い、革の鞭と鉄板を先端に巻き付けた棍棒で武装しました。正義の名の下戦うとは尊いことです。
 神官戦士として若いころ訓練した他は、実戦など皆無、武器など扱ったことはありませんが、私の手でこの地に真なる平和を! 偉大なる神と愛の名に掛けて! そのお慈悲を願って邪悪と戦うのです。
 こうして新設された神官保安大隊は、王城で荘厳な結成式を済ませると、出撃し王都街道へ乗り込み散っていきました。
 表街道は華やかな催事や市では良く出向きますが、治安風紀乱れているとされる路地裏まで入り込むのは、私にとって初の体験でした。異国との戦争を前に都市の住民を鼓舞し律するのです。
       ……
 私は『現実』を前に胸が悪くなり、物陰に隠れて反吐を垂れていました。涙がとりとめなく溢れ……視界が血のような紅さに覆われます。
 あろうことか無残に弄り殺された、痩せ細った病人や怪我人の多い働けないボロを着た哀れな無職の物乞い、路上生活者の群れ……神官隊に繰り返し凌辱された、年端のいかない少女たち……。
 生き残ったのは、貧しい暮らしをしている上になお僅かな銅貨数枚程度の財産を鞭打たれながらも支払えたものだけ……神官が異国どころか自らの市民に!
 なんという暴虐、非道、無情! それなのに神官たちは、「自分は何人殺した」などと意気揚々と『戦果』を誇っている!
 これが正義……平和……愛……慈悲……すべて偽りだったのだ! だが私は真実の神を信じる! その名を穢す神官たちは許せない!
 クロスを破壊しよう。もともと神の教えでは、偶像崇拝は禁止だったのだ。法衣も無用だ。脱ぎ捨てて、ラフな継ぎ接ぎだらけのボロ、ラグを身につける。建前上の形式的なことはくだらない。
 名前……神官としての名前は伏せなくてはな、これからの私には、いや俺には無用だ、俺は自分の信じる道を行く! 誰にも止めさせはしない。クロスを模したと言われる諸刃の剣、ソード……いや、偶像崇拝はいけない。棍棒で十分だ。それも棘の有る醜悪なスパイク・ロッド!
 ふむ、王国騎士団ではゲームのカードにちなみ、剣、聖杯、金貨、王錫を象徴の模様にしているな。神官戦士隊は聖杯騎士団が後ろ盾か。王錫は通称棍棒だ。中々味がある展開ではないか? 神官の俺が聖杯ではなく王錫を名乗るか。誰でも良い、玉座など動乱の隙に乗っ取ってしまえ、もし誰もいないのなら国王の椅子に俺が座る。
 俺は自分がここまで傲慢な人間であることに新鮮な驚きを覚えていた。傲慢? 神の名を騙っていたほうがよほど傲慢ではないか。俺は自分に正直に生きる。神の、真なる神の名に掛けて。愚かでも実直に。正義のために! 一人でも戦い抜く。黒かった短い頭髪がみな白髪になる五十七歳まで生きた証に。嫌いだった己の灰色の冷たい瞳に相応しい。
(貴方はお強いのですね)
 ふと、声がした。子供のような声だな、性別は分からない。現実の声とは違う感じがした。耳ではなく頭に響くのだ。なんだ……俺は発狂したのか、悪魔を崇拝したものはその行為自体のために正気を失すると聞く。ならば……だが意図と代償は?
 声は俺に向かい、恭しく続いた。
(わたしに代償として名前を与えてくれたら、わたしは貴方の味方となります)
「味方? ただ名前を付けるだけで、例え一人でも仲間が出来るのは心強いな、これも天の采配か。すると、きみは魔物なのだな。悪魔。よろしい、悪魔とは本来天にあるはずの神々聖霊天使が地に貶められた本来純粋で聖なるもの。きみに相応しい名を与えよう……そうか、うわさは聞いている。きみは乗り手を求めるドラゴンなのだな!」
 俺はドラゴンについてはそうとう神官や信者たちから噂話を聞き及んでいた。強大な魔物、余生を共にするに悪くないな。
「御意! 御明察です」低いくぐもった現実の声がした。背後頭上だ。
「俺の名だが、スパイク・ロッドは長過ぎるな、では汝、ドラゴンにスパイクの名前を与えよう。ならば俺はロッドだ。竜騎兵ロッド! 良い響きだ。さあ姿を見せるがいい」
 巨大な暗い影が蔽い、薄気味悪い醜悪な異形の怪物が舞い降りた。これが飛竜か。まさに魔物だ。俺は神官だったくせに魔物を駆り皮肉にも正義を貫くのだ!
「ありがとうございます。わたしはスパイクの名を冠します。貴方が勇敢な竜騎兵である限り、貴方に絶対の忠誠をお約束します」
「竜騎兵か。空を飛ぶとは爽快なのだろうな。地に落ちたらまず即死だが、これがまた潔い! しかし王国の軍隊の権威は地に落ちた! それに在野の竜騎兵は無法な空賊となり悪さを働くと言う。許せぬ」
「勇敢かつ義侠心……ロッド、あなたは美徳あります」
「ありがとう。ならば飛竜スパイク、汝の美徳は?」
「美徳ですか。単に能力で語れば、攻撃の力強さでは飛竜最強です。速度も高い。対して機動性は低い。なにより防御力に決定的に欠けます。弱い攻撃であれ、一撃でも喰らったら即死を覚悟して下さい」