物語の主な舞台『緑の樹林』亭の位置するレイバラは、ヴァスト王国の一都市である。四つ都市を抱えるヴァスト王国において、王都の次に人口の大きい都市だ。その人口は役場に登録された『正式な』権利を有する『市民』に限れば、七万人もいない。
しかし移り住んできたまま市民権を得られないでいる商人や職人、武官や文官に仕官できない浪人などの例は多いし、あるいは不幸な生い立ちの路上生活者の群れを合わせると、十三万人に達する勢いだ。
レイバラは平地にやや大きな川、上流に農業用水路が多々引かれている川と街道の流通路の拠点として、行政宮である砦を中心とする岩石にレンガ造りの城塞都市だ。
外を全てぐるり、と外壁が取り巻く。東西に流れる川を挟む。その船が入って来られる水門と、南北の街道門だけが通り道だ。建て前上は。
実は外壁を通過できる秘密の抜け口が無数にあり、盗賊や密輸商人、逃亡者が利用していることは民衆暗黙の了解だ。知らないのは中級以上の内でも魯鈍な官吏だけだ。庶民に近い下級官吏は黙認している。
なぜなら正式の四つの門をくぐるのなら、通行税があるし、所持品が商品なら関税を支払わされるからだ。
通行税は一人銅貨二枚、つまり往復四枚でだが、これは庶民にとってはかなり大きな出費だ。しかしおかげで交易により成り立つ商業都市として発展した。
抜け口がこうもたくさんあっては、外敵――ヴァストの周囲にはいくつかの異国が並ぶ――に攻められたとき発覚したら事だ。ゆえに良く言えば戦争を否定し平和を愛する、悪く言えば戦争で死にたくない日和見な民衆は蔭では、どうせ負けるような戦争に巻き込まれるのなら、逃げてやろうと気楽に構えている。
レイバラは平地にあり、海からはやや遠い。街の外は緑豊かな田園が連なる穀倉地帯である。つまり農村から近く、しかも街道の要所であり水路すらあるから、経済的に本来なら富むべき立地条件と言える。
しかし事実は軍事費に消えている。何故なら平坦で遮蔽物の無いこの一帯は、都市こそ城塞化していても外は丸裸で外敵からの防衛に困難なのだ。
なにより、民衆の八割以上は都市へ入れない土地に拘束された農奴か、漁村の漁師からなる。かれらを護るために割ける戦力は少ない。
ヴァストは王都以外に戦力を集中させるのを、謀反の火種になるとして許さないからだ。軍事予算の大半は、王都へ収める税となっている。
結果レイバラは数千名の兵士を抱え、外壁には大砲が四方へ何百門も並ぶ。後は弓矢に、大型の機械巻き上げ式の弩だ。歩兵用の鉄砲はほとんどない。
極めて熟練した職人の工芸品でなければ、口径の小さな銃など簡単に暴発してしまうし、弓矢より射程短く照準も曖昧で威力も弱いからだ。
こんな現場の実情を理解せず、安全な砦に立て篭もる高級官僚といえば酒に博打に退廃している。腐敗甚だしく、袖の下無しに動くものは珍しい。都市太守は世界の現実を知らず暗愚で、部下を統治する権威を欠いている。そこを……害意悪意は忍び寄る。
このヴァスト王国を始めとする諸国の都市がみな城塞都市なのは、当然外敵との紛争があるからだ。過去に隣国間で小競り合いは多々起こっている。
しかし大抵は外交儀式なようなもので、辺境の無力な村に異国の兵士がやってくると、直ちに速さこの上ない竜騎兵隊が出撃し、威嚇して追い散らす。そうして異国となにより自国民に戦力を誇示する。
現場の指揮官は敵味方互いに、この児戯のような駆け引きを防衛のための必要悪と割り切っている。これが国境紛争まで発展するかは謎だ。危険な火遊びだ。戦力を弄ぶなど……もし現場を知らない浅はかな名前だけの騎士が戦地に赴けば……
それに外敵には義理も筋も通じない、盗賊……海賊、山賊、空賊の群れがいるのだ。
内憂外患、ただでさえ清廉潔白とは言えない都市の揺らいだ信頼関係下では、巨大化の一途をたどる無法な竜騎兵に対抗するのは厳しくなっていた。
しかし移り住んできたまま市民権を得られないでいる商人や職人、武官や文官に仕官できない浪人などの例は多いし、あるいは不幸な生い立ちの路上生活者の群れを合わせると、十三万人に達する勢いだ。
レイバラは平地にやや大きな川、上流に農業用水路が多々引かれている川と街道の流通路の拠点として、行政宮である砦を中心とする岩石にレンガ造りの城塞都市だ。
外を全てぐるり、と外壁が取り巻く。東西に流れる川を挟む。その船が入って来られる水門と、南北の街道門だけが通り道だ。建て前上は。
実は外壁を通過できる秘密の抜け口が無数にあり、盗賊や密輸商人、逃亡者が利用していることは民衆暗黙の了解だ。知らないのは中級以上の内でも魯鈍な官吏だけだ。庶民に近い下級官吏は黙認している。
なぜなら正式の四つの門をくぐるのなら、通行税があるし、所持品が商品なら関税を支払わされるからだ。
通行税は一人銅貨二枚、つまり往復四枚でだが、これは庶民にとってはかなり大きな出費だ。しかしおかげで交易により成り立つ商業都市として発展した。
抜け口がこうもたくさんあっては、外敵――ヴァストの周囲にはいくつかの異国が並ぶ――に攻められたとき発覚したら事だ。ゆえに良く言えば戦争を否定し平和を愛する、悪く言えば戦争で死にたくない日和見な民衆は蔭では、どうせ負けるような戦争に巻き込まれるのなら、逃げてやろうと気楽に構えている。
レイバラは平地にあり、海からはやや遠い。街の外は緑豊かな田園が連なる穀倉地帯である。つまり農村から近く、しかも街道の要所であり水路すらあるから、経済的に本来なら富むべき立地条件と言える。
しかし事実は軍事費に消えている。何故なら平坦で遮蔽物の無いこの一帯は、都市こそ城塞化していても外は丸裸で外敵からの防衛に困難なのだ。
なにより、民衆の八割以上は都市へ入れない土地に拘束された農奴か、漁村の漁師からなる。かれらを護るために割ける戦力は少ない。
ヴァストは王都以外に戦力を集中させるのを、謀反の火種になるとして許さないからだ。軍事予算の大半は、王都へ収める税となっている。
結果レイバラは数千名の兵士を抱え、外壁には大砲が四方へ何百門も並ぶ。後は弓矢に、大型の機械巻き上げ式の弩だ。歩兵用の鉄砲はほとんどない。
極めて熟練した職人の工芸品でなければ、口径の小さな銃など簡単に暴発してしまうし、弓矢より射程短く照準も曖昧で威力も弱いからだ。
こんな現場の実情を理解せず、安全な砦に立て篭もる高級官僚といえば酒に博打に退廃している。腐敗甚だしく、袖の下無しに動くものは珍しい。都市太守は世界の現実を知らず暗愚で、部下を統治する権威を欠いている。そこを……害意悪意は忍び寄る。
このヴァスト王国を始めとする諸国の都市がみな城塞都市なのは、当然外敵との紛争があるからだ。過去に隣国間で小競り合いは多々起こっている。
しかし大抵は外交儀式なようなもので、辺境の無力な村に異国の兵士がやってくると、直ちに速さこの上ない竜騎兵隊が出撃し、威嚇して追い散らす。そうして異国となにより自国民に戦力を誇示する。
現場の指揮官は敵味方互いに、この児戯のような駆け引きを防衛のための必要悪と割り切っている。これが国境紛争まで発展するかは謎だ。危険な火遊びだ。戦力を弄ぶなど……もし現場を知らない浅はかな名前だけの騎士が戦地に赴けば……
それに外敵には義理も筋も通じない、盗賊……海賊、山賊、空賊の群れがいるのだ。
内憂外患、ただでさえ清廉潔白とは言えない都市の揺らいだ信頼関係下では、巨大化の一途をたどる無法な竜騎兵に対抗するのは厳しくなっていた。