「……なんとか、間に合ったな」アクスは自分の吐いた火炎に包まれている賊どもを見て、呟いた。
「呼んだか? シラミたかりの飲んだ暮れどの」巨体をうならし、アクスは舞い降りた。「とっとと乗れ! 英雄的自己犠牲だと? がらでもないことをするな、迷惑をかけやがって」
「な、な、な、な、」怒りの余り、ブラジオンは声を詰まらせた。「なんだと貴様! 主人に向かって、おまえなぞ屠殺して売り払うぞ!」
「乗れ! これがおまえの騎竜としての、わたしの最後の仕事だ。わたしには新たな主人が待っている」アクスは皮肉に口元を歪めた。「それともこの場で、犬死にするか?」
「おまえの処断は、追って決めるとしよう!」ブラジオンはアクスの背によじ登った。
アクスは体力を酷使して翼を打ち、急浮上した。急いで高度を取る必要があったのだ。ブラジオンは、空賊の砦の真ん前で囮となっていた。砦を守る空賊竜騎兵は大勢いたのだ。努力も虚しく、アクスは四騎の竜に取り囲まれる体勢になっていた。
「年貢の納めどきのようだな」絶望的な状況の前に、アクスはつぶやいた。
「なにをしている、突っ込め、わしが撃ち落とす!」鞍に備えてあった小銃を手にブラジオンは叫ぶ。
「言われるまでもない。戦って死ぬのが飛竜の定め、か」アクスは覚悟を決めた。全速で、真正面の敵竜に突っ込む。包囲されるこの状況では、良くて相打ち……
ブラジオンは手探りで弾薬を装填した。夜戦用の曳光弾。軌跡が見えるから、夜間でも狙いが付けられる代物だ。だが、この状況では、意味はない。第二撃を放つことはないだろうから。
撃つ機会、わずかな瞬間を探る。狙いを定め……敵竜が口を開け牙を剥き……。
パーンという炸裂音とともに、夜空が真っ白に照らし出された。その凄じい光でブラジオンもアクスも、敵竜騎兵もみな、目が見えなくなった。
「なにが起こった! うおっ!」前からのどんという衝撃に、ブラジオンは顔から鞍に叩き付けられた。アクスが前方の敵竜にまともにぶつかったのだ。鼻血を流しながらブラジオンは吠えた。「なにをやっている、殺す気か、このまぬけめ!」
「誰のせいだと思っているんだ!」アクスは激昂した。「照明弾を合図もなく使うとは! この無能が!」
「敵に体当たりだと! 下品で無芸なおまえらしいな!」
「生きていられるだけ幸運と思え!」
両者の口論を余所に、衝突された敵竜はきりもみしながら落下していった……
森の暗闇の中、戦いの一部始終をダグアは観察していた。
「体当たりとは! ますますできるな、あの竜」ダグアはアクスを評した。「慣性、運動量保存の法則だな」
飛竜の中でも巨大で質量も大きいアクスの方が、敵竜より衝突の際の反動も小さく、乗り手のダメージが少ないのは自明の理だ。正面戦闘で牙や爪で戦うには、相対速度を落とす必要がある。炎の息も交えれば、大変な消耗戦になり危険も大きい。
しかし全速で接近し、体当たりすればどうなるか。敵が怯んで速度を落としていたとすれば、敵は反動で後ろに吹き飛ぶ。竜は後ろに飛ぶようにはできていない。そのため体勢は崩れ、しばらく反撃できない。いや、悪くすると失速し墜落する。
数に勝る敵に対しては、足を止めて正面から撃ち合うにも、格闘戦で背後を取るにも他の敵の攻撃にさらされて危険が大きい。うかつに戦端を開けない状況。それを体当たりという捨て身の一撃、諸刃の戦法で打開するとは! めくらましに使った照明弾の頃合いも見事だった。
「仲間を逃がすため、最後まで戦場に留まる。真の騎士の行為ではないか!」ダグアは感嘆した。「ブラジオンについての、悪評は間違いだったようだ。彼は大した竜の主だ」
敵竜はアクスへの包囲網を崩していた。アクスはこの不意を突き、逃げられるだろう。つまり、味方の撤退は完了だ。それを見届けると、ダグアは振り返り、歩きだした。
「結局、戻ってこなかったわね、みんな」客室でグラスを手に弄びながら、フレイは言った。窓際に立ち、背に夕日を浴びている。スティレット救出の翌日は、平穏に暮れようとしていた。だが、ここに集う予定だった、五人はいない。「彼らのことだから絶対に無事だけど、どうやらもうここへ来る気はないわね……みんな、自分の戦いを抱えてる」
「恐ろしい子」椅子に座り、うつむきながらスティはつぶやいた。
「暗殺者ミゼリコルドと、刺客ソード・ケイン、それに狙撃兵ロッドの愛弟子とあってはね」フレイは、スティが身震いしているのに気付いた。ダグアと共に逃げたとき、彼女はなにを見たのだろう? いったい、彼は……。
「三年前。わたしは彼の実力が、過大なものであると誤解した。それがいまでは、逆。いいえ」スティは首を振った。「あのころから彼の実力は、決して侮れなかったのね。わたしを罠に嵌め、たった一人で砦を翻弄した、密偵の書記官」
「ダグアはあなたに恩義を感じていたわ。だから、砦に攻撃がある前にあなたを逃がしたのよ。さもなければあなたは、そのときにソード・ケインに殺されていたわね」
「その点は、わたしも感謝するわ。彼には助けられてばかり……」
「助けたと言えばね、賊どもがあなたの身体に手を出さなかったのは。エストが裏で手を回して、空賊からあなたを買おうと働きかけたおかげみたいよ」
「そうなの、エストックあの人が……わたしとは一面識、一度仕事を共にしただけなのに。空賊と取引をするなんて、昔日の経験故よね」
スティの言葉にやや皮肉というか、辛辣な響きがあるのにフレイは気づいた。エストは今でこそ都市ナパイアイの太守だが生まれはどこともつかず、職は用心棒……いや、言葉を取り繕ってもしかたがない。つまりは盗賊の身分から成り上がった男だ。
高位の王国騎士の生まれであったスティは、身分や血筋に偏見を持つことを捨て切れずにいるのだ。フレイは富豪の生まれだったから認めてもらえているが。
では、ダグアはどうだろう。普通の平民の生まれとはいえ、一度は罪人として奴隷になり、いまでは無頼のハンター。スティにとって彼の存在とは……。
「それでね、スティ」フレイは内心の思いは伝えなかった。「ナパイアイから戦力提供の要請が来ているわ。だから捕獲している飛竜を一騎、譲渡するつもりよ。さっそくで悪いけど、明日にでも手続きを頼むわね」
「いいえ、大丈夫です。今から書類をしたためます」スティは椅子から立ち上がった。扉へ向かう……ふと、なにか床に落ちている破片を見つけた。本棚の下に隠れている。彼女は残骸を拾った。それを見つめる。横に刃のついている、特殊な形状の太矢の先端を。彼女はその意味に、気付いた。スティはフレイに問いかけた。「これ、誰のもの?」
「あら、どうしたのかしら、そんなもの」フレイはふと考えた。「あ、思い出したわ。ダグアの矢よ。わたしが折っちゃったの」
「捨てておきますね。失礼します」スティは言うと、部屋を出た。
スティは扉を閉め、一人自室へ歩き出した。太矢の矢尻をもう一度見つめ、彼女はあることを確信して震える声でつぶやいた。「なんてこと……彼は!」
(続く)
後書き 救出が無事終わって。スティはある『事実』に気が付きます。今後の撃墜王にかかわる大きな伏線です。それとアクスとブラジオンの活躍? 振りもこの後どう転ぶか……