そのとき、ケインが苦笑しながら命じた。「ヴァイ、もう止めろよ。おまえの上官として命令する。フレイに謝れ」
その手があった! ダグアも命じた。「フレイ、あなたの上官として命令します。ヴァイに謝りなさい」
ややこしいが過去の部隊の地位は、一本筋ではなかったのだ。試合で勝った互いの力関係で、席次が決まるためだ。ダグアはフレイの上。ケインはヴァイとダグアの上。フレイはヴァイとケインの上。ヴァイはダグアの上、という具合に。
結局ヴァイとフレイはぺこりと一礼し、おずおずと握手した。少しはかれらも、大人になったようだ。というよりはキスされただの、飲み代を踏み倒されたなどのどうしようもない理由で本気で命張って喧嘩しないでほしい……。
ダグアは聞いた。「落ち着いたところで、質問します。ヤイバはどうしました、竜殺しどの?」
「わたしとはさっき別れた。アトラトルに会いに行くとか。旧交を再開するつもりらしい」ヴァイは答えた。「ところで竜殺しと呼ぶのは、他人の前ではよしてくれよ。わたしは、巨額の賞金首になっているのだから」
「了解しました、ヴァイ」
「本題に入ろうか、ダグア。ヴァイも聞いてくれ」ケインは切り出した。「一週間前、このアルセイデスは空賊の攻撃を受けた。それは撃退したのだが、戦いの隙に。太守補佐官、スティレットが連れ去られた」
「そう……ですか」ダグアは大きく長く息をついた。「あいての要求は?」
「いや。空賊の無法な要求など、呑まない。だから彼女はおれ達で救出する。もちろん、異存はないな。ダグア、おまえの腕なら人質の発見は容易なはずだ。ヴァイのハンドキャノンも心強い。奇しくも、かつての槍組のみんなが集結した。この幸運は逃せない」
「フレイ、ケイン、ヤイバ、ヴァイ、それに僕ダグアですか。ですが、ランスの定員は六名ではなかったですか?」脳裏を一人の少女が過ぎる。甘いお菓子が大好きだった、ほんの子ども。彼女が抜けてしまったから……その言葉をダグアは飲み込んだ。
「そうだな。もう一人はレイピアをと思っていたが。駄目だ。もう、時間がない」
「だから、一人臨時に隊員にすることにしたわ。戦力的には、重戦士が欲しいことだし」フレイが答えた。
「どのような方です?」
「都市オレアデス警備隊長、ブラジオン」
「なんだと? それは確か」ヴァイは回想した。「そうだ、シオンが罪人として捕らえていた男ではないか。侵略軍に貢ぐため、住民から略奪行為を働いて」
「そうなんだ」ケインは説明した。「王国領外へ追放され掛かっていたブラジオンの弁護をしたのは、意外にもフレイだった。小悪党一匹飼えないようでは、この世界も狭いと言ってね。結局、商人アンカスが一兵士として雇ったよ」
「狭量な自称正義漢なら、不正を働いたものはあっさり処刑するところだな」ヴァイは感想を漏らした。「その見識は、評価できるな。フレイ」
「でも、彼はそんな戦力にはならないわ。騎竜を無くしたっていっていたから」
「竜を無くした? どういうことです」ダグアは聞かずには、いられなかった。竜が死ねば、乗り手も死んでいて当然なのだ。
「盗まれたって話だけど。どうかしらね。主を嫌って逃げたってうわさもあるわ。残念よ。その竜は、類い希な巨竜なの」
「アクス?」思わずダグアはつぶやいた。
「ダグア、知っていたの。そのとおりよ。なぜ知っているの」
「ええ。と……」ダグアは返答に窮した。かつての仲間とはいえ、自分が竜の乗り手だということは、隠しておいたほうが良いだろう。ブレードを戦争の道具にはしたくない。「僕は放浪の狩り人をする傍ら、各地の都市の戦力や、盗賊団の情報を調べていましたから。ここ二年ずっと」
「そうなの! すばらしいわ。まさにわたしは、そのためにあなたを召喚したのよ。教えて貰えるわよね。報酬ははずむわよ」
「もちろん、地図等の報告書は、提供するつもりでまとめてここにあります。アジトや拠点の位置を突き止めてありますから、歩兵部隊だけでも戦力さえ十分なら、奇襲を掛ければ陥落させうるはずです……空賊の竜騎兵さえ寄せ付けなければ」
「報酬は少ないけれど金貨三百枚で」
「そんな大金! 僕は生きていけるだけの金以外は、いりませんよ。十枚貰えれば働く気も失せそうです」
「ありがとう、ダグア。言葉に甘えさせて貰うわ。難民の手当にするわね。この都市に余分な金は無いの。スティレットがいなくなったとなれば、余計に」
「ダグアの腕なら、糧を得る手段はいくらでもあるからな」ケインは言った。「戦いが無ければ、食えないおれ達とは違うな。思い出すな。ダグアが賭博場で大立ち回りして」
「話を戻してください。どうやってスティレットを救い出すのです?」
「説明するわ」フレイが話し出した。「まず、陽動作戦を行うわ。空からは竜騎兵、地上からは兵士をつかってね。離れたところで同時に攻撃をかけて、敵戦力を分散させるの。一撃離脱作戦で、波状攻撃をかけるわ。そのすきに、あなたたちに空賊の居場所に突入してもらう。全員、軽戦士だし。ああ、ブラジオンは例外よ。自ら囮役を買って出てくれたから。アジトの真ん前で、敵を引き受けてもらうわ」
「危険ですね。陽動とは。スティレットが人質に取られたら、どうします? それにブラジオンですが、囮というのは。彼一人で、退却するまでふみこたえることができると思いますか?」
ダグアの問いに、ケインは答えた。「承知している。だからこれは、大勢での襲撃を予想しているであろう、空賊への策略だ。陽動部隊に目を引き付け、ランスの小部隊であるおれ達が乗り込む。まさか、少数での侵入は予期してはいまい」
「いや、結構」ダグアは一瞬考えた。彼は知っていた。斧とか両手剣などの、処刑に使われていた武器の名を得たということは、権力と同時に罪の象徴だと。主人の罪が、騎竜に及んだのか。そうした戦士の多くは、汚辱を晴らすため、危険な賭けに出る。
一例はヴァイ、両手剣ツヴァイハンダーなのだ。かれは王国の武器庫から盗みを働くという罪を犯した。それからというものヴァイはフレイに認められるために、いままでどれほど危ない橋を渡ったか。
「少数が向くのであれば、僕一人で潜入しますよ。そのほうが確かです。スティレット、彼女も普通の兵士には負けないくらいの戦士だから切り抜けられるでしょう。問題はむしろ脱出行です。追跡の危険がある帰路を助けて貰えますか」
大胆な提案。これを聞くや女騎士とその仲間の戦士たちは、目線を交わし会った。争いを嫌っていた、無力な少年の変貌を驚いているのだ。
だが余計な会話をするでもなく、フレイは了承した。ダグアに賭けてみようと。「そのほうが、この都市の負担も軽いわね。わかったわ。いろいろありがとう、みんな。わたしは仕事が残っているから、もう失礼するわ。素敵よね、むかしみたい。では、またね。じゃあヴァイ、あなたはついてきて」
フレイとヴァイは客室を出た。ダグアはフレイもまた、少し変わったことに気付いた。成長の印かもしれない。彼女は酒を、儀礼上嘗めるように飲んだだけだった。むかしの酒豪を気取っていたフレイとは、思えない。これが良い兆しか凶兆かはダグアには分からなかった。
それよりも、尋ねてみたい話題がある。「フレイとヴァイの関係、どうなっているのかな」
「ああ、そのことか。おれも後で気付いたがね」ケインは得意気に言った。「ヴァイの胸甲が物語っている。板金鎧は銃の発展とともに進化した。銃の威力に対抗するため、重装化されたのだ。やがて究極の鎧フルプレート、騎士のスーツアーマーが生まれた。
だが結局鎧は銃に対して、勝てはしなかった。どんなに装甲を厚くしても、弾丸に貫かれてしまうのだ。結果、戦術は変化した。金属鎧は廃れ、機動性を重視する軽装の銃士が現れたのだ」
「守るより、破壊するほうが容易い。この世の摂理ですね」このダグアの言葉は低く、ほとんど独り言だった。「では、銃手であるヴァイが板金鎧をしている意味は?」
「そうだ。ランスの席次は正式には騎士以下、重戦士、弓兵、従者の順。もともと弓兵のヴァイが、少しでも騎士に近付くため、重戦士の成りをしたのだろう。でもまあ、あの二人の仲はそうそう進展しそうにないな」
にやりと笑うと、皮肉屋の戦士は火酒のグラスを傾けた。もう一人の戦士……彼は、そう呼ばれることには馴染んでいないが……は、溶けかかった氷菓子を見つめ、手にしたグラスを揺らしながら物思いに沈んでいた。
(続く)
後書き ここで物語は半分終えました。後半は一気に加速します。人間たちの愚かな争いに、空は答えてくれるのか?