……無頼の竜騎兵ダグアは、都市を護る竜騎兵に賊と間違われ、攻撃を受けていた。まだ距離はあるが、背後やや低空から追われている。それと一戦交えるのをダグアは提案していた。

「都市を護る責任ある警備兵に、空中戦とはかくや、を示すだけさ」ダグアは余裕だった。

「了解! なんなりと」飛竜ブレードは応じた。

 ダグアは臨戦体勢を取った。レンズの仕込んである鋼鉄のフェイスマスクを装着し、石弓に「賢者の歯車」を装着する。それは手動計算機であり、石弓と連動することで精密な長距離射撃を可能にするのだ。

 石弓に太矢をつがえる。太矢にはいくつかかなりの種類があり、目的に応じて選択できる。

 対人・対狩猟用の通常矢、相手を麻痺させる毒矢、人間どころかドラゴンを即死させる希少な毒矢すら。竜騎兵相手に良く使うのは、飛竜の翼を裂く刃の矢。変わったところでは、目標を燃え上がらせる着火剤の入った矢。重装甲に対抗するための硫酸の矢。中身に文書を入れて放つ、連絡用の矢すらある。

 ダグアはそれらから、とある矢を選んだ。「では定石通り、高度を取ろうか。上昇、三十角」

「了解!」ブレードは速やかに上昇を開始した。

「追ってくるね。だが、上昇性能ではこちらが上だ」ダグアは敵味方の長短を知っていた。

 敵竜は稀に見る大きさ、真正面からでは勝ち目はない。加速度ではブレードが勝るが、最大速度では敵に利があるかもしれない。

 背後を狙う格闘戦、水平旋回の格闘戦ならブレードが優位となるが、体躯の違い、高度と重量を速度に変えられての垂直旋回での一撃離脱戦を行われてはやっかいだ。

 敵竜は、ブレードの後ろ下に付いてきていた。まだ距離はある……再度、銃声が響いた。ブレードにはかすりもしないが。

「外れました、好機です!」ブレードは叫んだ。

「右急旋回! 敵の後ろを取るぞ」ダグアの言葉と共に、ブレードは翼を打ち、身体を右に傾けて急旋回を行った。が、敵竜の反応は、予想以上に早かった。同じように身体を捻り、追ってきている。ならば。

「左反転! ハサミを使え!」ダグアはすかさず命じた。ブレードは指示通りの機動を忠実に緻密に速やかに行っている。久しぶりの『本物の』空中戦だ。

 敵は、乗り手はともかく竜自身はかなりの歴戦の経験者だ。凄まじい遠心力に半ば押し潰されそうになりながら、ダグアは戦況を見守った。一旦ハサミを使えと命じた以上、右に左に旋回を繰り返すのだ。敵も同様だ。こんなに激しい運動を行っていれば敵は、弾丸の再装填などは出来ないはず。するとすでに石弓の用意を終え、機動性に勝るブレードが自然に優位に立つはず。石弓を構えてひたすら機を待つ。

 幾たびもの激しい旋回急反転の後、好機が訪れた。敵竜は、ブレードを追い越してしまった。真正面に、敵竜が交差する。

「もらった!」ダグアは石弓の引き金を引き太矢を発射した。矢は狙い過たず、敵竜の乗り手の背中に命中した。たちまち、真っ赤な液体が吹き出し、乗り手の鎧を染め上げた。

「乗り手を狙うとは! 殺したのですか?」ブレードは鋭く尋ねた。不必要な殺しは、ダグアのやり方ではないからだ。

「いいや。ただの赤いペイント弾だよ。矢尻は油紙の容器で出来た特別品。中には腐食性で蛍光色の塗料が入っている。これは付着すれば、なかなか落ちない。元は、対海賊船用に作られた太矢だ。これが付いた船が、港に入れないように」

「そうですか」ブレードはほっと息をついた。「よくあんなに動いていたのに命中しましたね。あなたの、計算機のおかげですか?」

「そうだ。この賢者の歯車があれば、弾道計算ができる。敵の動く先へ向けて、弾を送り込む。これを、偏差射撃という。航空戦の基本だよ。その手続きは幾つもの実用関数にして、すぐに応用できるようにしておいたから。それより、最大戦速」

「では……敵は、無事ということではないですか!」竜ははっと気付いた。いつものように悲鳴を上げる。「後ろを取られました!」

「大丈夫。オレアデスの領外へは、もうすぐだ。それを超えれば都市の竜は追っては来ないさ……」ダグアは後ろを確かめた。「あれ、え? うわあ、敵さん血相を変えて怒っているよ! 追ってくる~」

 また銃声が轟いた。今度は真後ろからの射撃なので、いかに狙撃手の腕が悪かろうと、ダグアのそばを弾丸はかすめた。ダグアは慌てて回避運動を開始させた。次の銃弾も。攻撃は執拗どころか、偏執狂的だ。ダグアはたちの悪い男を敵に回したと気付いた……

 ……

 長い追跡戦の後、ついに竜は忍耐を切らした。

「あなたはいつもいつもこうだ! わたしの頭を吹き飛ばす気か!?」アクスは非難の声を上げた。ブラジオンの銃弾は、毎回アクスの頭をかすめていたのだ。「もう哨戒圏外だ。敵は、都市へ入らなかった! わたしは引き返す」

「降ろせ」ブラジオンは低い声で命じた。

「はあ?」アクスは漏らした。次いでいらいらと言う。「聞けぬ。一人で戦いたいなら、お好きにさせたいが! わたしにも乗り手への義務がある」

「降ろせ」ブラジオンは青い顔で繰り返した。

「聞けぬ!」アクスも冷たく繰り返す。

「降ろせ! わしは、吐きそう……うっ!」

「!!」アクスは慌てて身体を捻った。背面飛行に移る。それから頭を下に、地面へゆっくり旋回降下していく。予想してしかるべきだった!

 当然だ。こんな呑んだ暮れを乗せて、曲芸飛行すれば。アクスは自分に毒づいた。竜と、その乗り手の呻きと一緒に……地面へ汚く臭い吐瀉物がぼたぼたと落ちていった……。なんという醜態か!

 しかし、こんな能無しの『仕事』でも、街へ戻ればブラジオンは空賊を追い払った英雄とされるだろう。アクスにはそれがひたすら忌々しかった。

 ……

 ダグアは、敵の機動に感心していた。急速横転し下を向き、同時に降下旋回することで高度と重量を速度に変えて逆方向に転進するとは。しかも軽量化の為かな? 何か液体を捨てている。これでは深追いはできないし、そもそも初めからその意志はない。

 ダグアは敵を評した。「やるなあ、あの竜。空戦からの離脱方法を心得ている。ハサミもあの鈍重な体格にして立派なものだったし。乗り手が名前を言っていたな。アクスか。飛竜アクスに竜騎兵ブラジオンか。やれやれ、その腕は憶えておこう」

「余裕吹いている場合じゃないです、なんとか見逃されましたが、もしもこの二倍飛んだら私の体力が尽きて飛べなくなっていました」ブレードは不満気だ。「安全な地帯で降りて休ませてください、さんざん疲れましたよ。まったく、相手を倒すだけなら容易なのに……お遊びが過ぎましたね!」

 

(続く)

 

後書き ブラジオンの背中を染めた特殊な矢は、いちおう伏線です。彼以外にはさして重大なものではないですが。アクスは情けない主人に不信不満ですが、この先も登場します。ダグア&ブレード視点以外の、サイドストーリーがしばし挟まれますね。