今宵の月は満月になろうとしていた。デーモンが現れるかもしれない新月までの折り返しの日。ラドゥルは自由自治権都市国家ケネローのホテルのベランダでゆったりした安楽椅子に座り、自分的には贅沢過ぎる上物の火酒に一人酔いしれていた。春の美しい晴天の萌る夕暮れ、日は長くまだ沈んではいないが。ティルスは出撃していったな、ラドゥル、ソング、ペオの同格魔人は残して、シントからの竜騎兵旅団三百騎を率いて……天候的に竜騎兵の攻勢には絶好の夜となるはずだが、独断専行を。火酒を啜り、半ば夢の中へ半ば現へと、心地よくまどろむ。ラドゥルは『秘策』を考えていたのだ。四人の魔力を合わせれば。ティルスのマインドブラストで安らぎの感情を発し、ペオのエナジーバーストで無限に増幅し、その精神波をソングのシーカーセンサーと自分ラドゥルのウェーブドライブで全地全民衆に魔法を流すことが可能となる。
ならば世界は幸福に包まれ、デーモンも浄化され一掃されるはず。自分にならたぶんできる……自分が支配者なら、あるいは支配者となるなら。は、くだらない。問題はペオが魔力に未だ覚醒していないことにある。ティルス一人の精神波では弱すぎること明らか、なのにエナジーバーストを用いれば無限大と言えるほどの力が得られるはずなのだ。
それに、精神を外から操るのは非情な手だ。たとえ善意であっても相手の利益になっても、自然のままの感情を動かすのは厳禁だ。自由意思を奪われれば奴隷以下だ。だからだろうがティルスは滅多にその魔力を使わない。
ラドゥルは皮肉に思った。ティルスはその気なら、いつでも支配者になれるのに。自分だってシントなら乗っ取れる実力がある。ソングの耳目なら、人は隠し事ができない。ペオの魔力は実現すれば最大の武力となる。このことを、他の三人は考えたことはないのだろうか。みなの魔力を力合わせるという意見を、話すべきだろうか。それとも、危険だろうか……。ふと、ベランダを渡り隣部屋のペオが近付いてきた。
ペオは皮肉気に笑っていた。「流言は効いているからな、あの迷信深い帝国では抜群の毒薬だ。オスゲルは竜騎兵を抹殺していると吹いたら竜騎兵たちはこぞって逃げ出し、多くはシントに亡命した。隕鉄鉱は同じ重さの純銀に換金できるとしたら、シントの純銀と交換している。純金でも惜しくない。シントには相当量の隕鉄鉱が集まった。戦力となるな」
ラドゥルは意見した。「それでは金の価値が変動し兼ねない。それも高くなるものやら安くなるものやら」
ペオはうなずく。「高くなってもインフレなら意味はないし逆もまたしかり。正解が一つである理由はないだろう、違う答えでも正しければ良いんだ。縦にあるものを横にする、横にあるものを縦にする、右にあるものを左にする、左にあるものを右にするなんて馬鹿げたこと繰り返してやって仕事しているつもりの連中多いんだぜ。世の中、生産的な仕事は少ないさ。ラドゥル、流れの身も決して卑下するものではない」
ここで端末に通信が入った。「こちらティルス旅団長、竜騎兵隊、帰還する! オスゲルにもはや戦車、戦闘機は作れない。夜闇の好天候を利用しての奇襲で主力兵器工場を破壊してやった。味方に被撃墜無し!」
ケネロー婦人の嬉しげな返事がする。「騎士殿、素晴らしい戦果です!」
ラドゥルは背筋に痺れるものを感じていた。魔力の協力、ソングの透視魔力誘導を使ったか。ならば七面鳥を狩るより容易い。敵国の戦力とはいえ、デーモンの脅威をひかえているのに破壊するとは。それに工場なら、無力な銃後の婦女子が働いていたことも考えられるのに……これだから戦争はいけない。倒すべきは……戦うべきは……
ティルスは申請した。「ラプター一佐、あとはシントの戦車隊にお任せする。オスゲルの残兵は、馬を使って野戦砲を引いてと悠長なことをしているが、は、遅い。戦車は上空からはカモ同然」
敵も無線を積んでいるので、ふと、通信が漏れ聞こえた。火酒のグラスを片手にしばし聞き入るラドゥルだった。ペオも一緒にマグに入ったハーブティーを飲んでいる。
敵戦車兵士が叫ぶ。「うわあぁ! 後方から砲撃? 背後を取られたのでしょうか」
上官らしき敵が怒声を上げる。「馬鹿な、これは味方の誤射だ。新兵め、初陣に興奮しやがって、なんてザマだ!」
ラドゥルは思っていた。戦車は潜んでいることだ。対空には無力なのだから、竜騎兵の攻撃を受ければ逃げることも反撃することもできない。戦車は歩兵の銃弾には無敵だが、対戦車砲に無力どころか、ラジエーターを狙えば、エンジンに火炎ビン一つでオーバーヒートして乗員は熱さのあまり乗っていられなくなる。これらを数回のシミュレーターで知っていたラドゥルだった。
しかしここで装甲の無い『骸骨』自走砲が突撃してきた! 快速な上被弾しても爆発の危険は少ない兵器だ。火力を集中され、破竹の勢いで進んできた。シント側は一端撤退を余儀なくされた。まずいか……経過を見守る。ここでシントは伏兵を使った。森に潜んだ歩兵部隊の狙撃を受け、無防備な敵乗員は多大な出血をもたらし骸骨自走砲隊は壊滅した。
組織的抵抗は終わった。史上空前の大殲滅戦だな、あの頑強な要塞戦力がたった一日で壊滅とは。勝利になんの意味がある! 人々の心にひび割れを作り、砕き、壊し、世界中に哀しみと怒りと憎しみの火種を撒いただけではないか!? デーモンの力を十倍にも増大させたな。デーモン数万体か……とても張り合える数ではない。戦いとは数ではない、などとほざく馬鹿がいるが自分は千名の十歳児と戦いでもしているつもりなのか……ん?
ペオが叫んだ。「レーダーに反応、至近! ステルス機だな。仮に敵機時速六百キロ味方レーダー有効半径百キロなら、十分前にならなければわからない。有効十キロなら一分だ。仮に一分なら、味方機がスクランブルする暇はない。別箇所にレーダー網を配備しなければ。しかも電子機器を切っての参戦とは恐れ入る!」
ステルス機ばかりはラドゥルの魔力では付け入る隙がない。ケネローが攻撃されるな。
しかしソングは自ら戦闘機は駆らなかったが、その戦術手腕とラドゥルと自らの魔力で率いるシント飛行大隊四十四機はなんら損害を受けぬまま二百機を超す敵機撃退と、大戦果をあげていた。リティン三尉の開発した「撃ちっ放し」ミサイルを使えば屠殺同然だ。リティン、昇進確実だな。
「すみません、私の失態です、一機!」ソングは戸惑いながら鋭く警告した。「まさかミサイルをことごとくかわすなんて。とんでもない凄腕が突っ込んで来ます。対空防御を!」
敵機から通信が入った。まさか、この少年か!
帝国皇子ハシは端正な顔を歪め不敵に笑っていた。「音より速く飛んでくる、死に神の鎌をかわし切る。おれは不老の身ではない。現に母上より年上の容貌だからな。眼球の老化の兆候からわかる。もっとも早く老化するのは眼球だ。六歳児くらいまでは柔らかいが、それから硬化するのだ。おまけにおれは近眼。メガネを掛けた戦闘機乗りさ。後は陸上でお相手しよう、ハエに相応しい最期をくれてやる。が、その前に余興を見せてやろう」
ハシの戦闘機が真正面からケネロー行政局に突っ込んでくる! 味方対空機銃乱れ飛ぶが、かすりもしない! まさに肉薄された。爆撃される?!
しかし敵機は急上昇離脱した。それから完全な楕円軌道で、対空砲火吹き荒れる中ケネロー上空で宙返りを三回繰り返した。もし攻撃の意志があるなら、容易くこの小都市国家を粉砕せしめる力量だ。ハシ、やってくれる! 自分の魔力でも空戦でも拳銃でもいまは敵わない……魔人たるラドゥルが魔人でない年下の少年に!
ならば世界は幸福に包まれ、デーモンも浄化され一掃されるはず。自分にならたぶんできる……自分が支配者なら、あるいは支配者となるなら。は、くだらない。問題はペオが魔力に未だ覚醒していないことにある。ティルス一人の精神波では弱すぎること明らか、なのにエナジーバーストを用いれば無限大と言えるほどの力が得られるはずなのだ。
それに、精神を外から操るのは非情な手だ。たとえ善意であっても相手の利益になっても、自然のままの感情を動かすのは厳禁だ。自由意思を奪われれば奴隷以下だ。だからだろうがティルスは滅多にその魔力を使わない。
ラドゥルは皮肉に思った。ティルスはその気なら、いつでも支配者になれるのに。自分だってシントなら乗っ取れる実力がある。ソングの耳目なら、人は隠し事ができない。ペオの魔力は実現すれば最大の武力となる。このことを、他の三人は考えたことはないのだろうか。みなの魔力を力合わせるという意見を、話すべきだろうか。それとも、危険だろうか……。ふと、ベランダを渡り隣部屋のペオが近付いてきた。
ペオは皮肉気に笑っていた。「流言は効いているからな、あの迷信深い帝国では抜群の毒薬だ。オスゲルは竜騎兵を抹殺していると吹いたら竜騎兵たちはこぞって逃げ出し、多くはシントに亡命した。隕鉄鉱は同じ重さの純銀に換金できるとしたら、シントの純銀と交換している。純金でも惜しくない。シントには相当量の隕鉄鉱が集まった。戦力となるな」
ラドゥルは意見した。「それでは金の価値が変動し兼ねない。それも高くなるものやら安くなるものやら」
ペオはうなずく。「高くなってもインフレなら意味はないし逆もまたしかり。正解が一つである理由はないだろう、違う答えでも正しければ良いんだ。縦にあるものを横にする、横にあるものを縦にする、右にあるものを左にする、左にあるものを右にするなんて馬鹿げたこと繰り返してやって仕事しているつもりの連中多いんだぜ。世の中、生産的な仕事は少ないさ。ラドゥル、流れの身も決して卑下するものではない」
ここで端末に通信が入った。「こちらティルス旅団長、竜騎兵隊、帰還する! オスゲルにもはや戦車、戦闘機は作れない。夜闇の好天候を利用しての奇襲で主力兵器工場を破壊してやった。味方に被撃墜無し!」
ケネロー婦人の嬉しげな返事がする。「騎士殿、素晴らしい戦果です!」
ラドゥルは背筋に痺れるものを感じていた。魔力の協力、ソングの透視魔力誘導を使ったか。ならば七面鳥を狩るより容易い。敵国の戦力とはいえ、デーモンの脅威をひかえているのに破壊するとは。それに工場なら、無力な銃後の婦女子が働いていたことも考えられるのに……これだから戦争はいけない。倒すべきは……戦うべきは……
ティルスは申請した。「ラプター一佐、あとはシントの戦車隊にお任せする。オスゲルの残兵は、馬を使って野戦砲を引いてと悠長なことをしているが、は、遅い。戦車は上空からはカモ同然」
敵も無線を積んでいるので、ふと、通信が漏れ聞こえた。火酒のグラスを片手にしばし聞き入るラドゥルだった。ペオも一緒にマグに入ったハーブティーを飲んでいる。
敵戦車兵士が叫ぶ。「うわあぁ! 後方から砲撃? 背後を取られたのでしょうか」
上官らしき敵が怒声を上げる。「馬鹿な、これは味方の誤射だ。新兵め、初陣に興奮しやがって、なんてザマだ!」
ラドゥルは思っていた。戦車は潜んでいることだ。対空には無力なのだから、竜騎兵の攻撃を受ければ逃げることも反撃することもできない。戦車は歩兵の銃弾には無敵だが、対戦車砲に無力どころか、ラジエーターを狙えば、エンジンに火炎ビン一つでオーバーヒートして乗員は熱さのあまり乗っていられなくなる。これらを数回のシミュレーターで知っていたラドゥルだった。
しかしここで装甲の無い『骸骨』自走砲が突撃してきた! 快速な上被弾しても爆発の危険は少ない兵器だ。火力を集中され、破竹の勢いで進んできた。シント側は一端撤退を余儀なくされた。まずいか……経過を見守る。ここでシントは伏兵を使った。森に潜んだ歩兵部隊の狙撃を受け、無防備な敵乗員は多大な出血をもたらし骸骨自走砲隊は壊滅した。
組織的抵抗は終わった。史上空前の大殲滅戦だな、あの頑強な要塞戦力がたった一日で壊滅とは。勝利になんの意味がある! 人々の心にひび割れを作り、砕き、壊し、世界中に哀しみと怒りと憎しみの火種を撒いただけではないか!? デーモンの力を十倍にも増大させたな。デーモン数万体か……とても張り合える数ではない。戦いとは数ではない、などとほざく馬鹿がいるが自分は千名の十歳児と戦いでもしているつもりなのか……ん?
ペオが叫んだ。「レーダーに反応、至近! ステルス機だな。仮に敵機時速六百キロ味方レーダー有効半径百キロなら、十分前にならなければわからない。有効十キロなら一分だ。仮に一分なら、味方機がスクランブルする暇はない。別箇所にレーダー網を配備しなければ。しかも電子機器を切っての参戦とは恐れ入る!」
ステルス機ばかりはラドゥルの魔力では付け入る隙がない。ケネローが攻撃されるな。
しかしソングは自ら戦闘機は駆らなかったが、その戦術手腕とラドゥルと自らの魔力で率いるシント飛行大隊四十四機はなんら損害を受けぬまま二百機を超す敵機撃退と、大戦果をあげていた。リティン三尉の開発した「撃ちっ放し」ミサイルを使えば屠殺同然だ。リティン、昇進確実だな。
「すみません、私の失態です、一機!」ソングは戸惑いながら鋭く警告した。「まさかミサイルをことごとくかわすなんて。とんでもない凄腕が突っ込んで来ます。対空防御を!」
敵機から通信が入った。まさか、この少年か!
帝国皇子ハシは端正な顔を歪め不敵に笑っていた。「音より速く飛んでくる、死に神の鎌をかわし切る。おれは不老の身ではない。現に母上より年上の容貌だからな。眼球の老化の兆候からわかる。もっとも早く老化するのは眼球だ。六歳児くらいまでは柔らかいが、それから硬化するのだ。おまけにおれは近眼。メガネを掛けた戦闘機乗りさ。後は陸上でお相手しよう、ハエに相応しい最期をくれてやる。が、その前に余興を見せてやろう」
ハシの戦闘機が真正面からケネロー行政局に突っ込んでくる! 味方対空機銃乱れ飛ぶが、かすりもしない! まさに肉薄された。爆撃される?!
しかし敵機は急上昇離脱した。それから完全な楕円軌道で、対空砲火吹き荒れる中ケネロー上空で宙返りを三回繰り返した。もし攻撃の意志があるなら、容易くこの小都市国家を粉砕せしめる力量だ。ハシ、やってくれる! 自分の魔力でも空戦でも拳銃でもいまは敵わない……魔人たるラドゥルが魔人でない年下の少年に!