突然はるか彼方から凄まじい閃光が走り、夜明け近い空を白く照らした。爆音はなぜかしなかった。ペオは何事かと訝しんだ。
「『暴発』したようですね」傍らの飛竜シザーズは冷静に告げた。
ペオは食事しつつ問い返す。「何のことだ?」
「話すと長いですね」
ペオはまだ辺境にいたのだ。手に入れた透明な隕鉄鉱を売りに行く話は、シザーズに止められた。それは比類ない価値と力を秘めるので、手放してはならないと。ペオは不思議に思っていた。隕石に間違いないはずなのに、完全な球体で、熱くないとは。しかも、極めて堅い……ダイヤではないか? 値段は張るだろうか。だが人造物となると価格は激減するかもな。もっともシザーズは良い狩人だった。ペオが食べるのに適度な鴨を仕留め、しかもさばいてローストしてくれる。頭大の大きな岩塩の塊すら、どこから仕入れたものか麻袋に入れて持ってきてくれた。簡素だが、味付けができる。
「ありがとう、『目覚め』以来、初めて満足いく食事が取れた」
「このくらいの狩りなら軽いものです。岩塩は大切に保存してください、通貨の代わりになります。なまじ獲物の肉や皮を売るより、高価ですし決して痛みません。この一握りで金貨一枚分には相当します。海からやや遠いこの辺境では、必需品です。実を言うと地方領主領内の岩塩を無断で借用したのですが」
「盗品か、しかし塩がそんな通貨にねえ。確かにサラリーマンのサラリーとは塩を稼ぐ、という意味らしいが……サラリーマンとはどんな職業だったかな? とりあえずいまは着替えを買いたいところだな」
「ペオース、あなたの身にしている衣服くらい上質な品となると、まだ買えませんよ」
「この岩塩……金貨一枚分とは、そんなものなのか」
「普通の町民が一カ月遊んで生活できます。銅貨二百四十枚分。銅貨一、二枚で一食ですから。あなたの衣服が上等すぎるのです」
ペオは自分の衣服を確認した。春ものの木綿の白いシャツに毛糸の黒いベスト。デニム生地の白いスラックス。黒い皮靴。当たり前の衣服に思えるが。それにだいぶ汚れてきた。
「シザーズ。飛んでくれないか? 王国竜騎兵と共和国士官の安否を確認したい」
「承知しました。ですが竜騎兵? 騎竜の名はわかりますか」
「たしかブレードといったな」
「ほう、それはそれは。では竜騎兵の実力も相当なものでしょう」
ペオはシザーズに上り、鞍にまたがった。「ブレードを知っているのか? 確かにあの竜の騎士に比べたら、俺なんか足もとにも及ばないよ。飛べ、シザーズ」
シザーズとの旅は爽快なものだった。眼前いっぱいに、一望千里な自然が広がっていた。山岳、丘陵地帯になだらかな草原。流れる川。空が大地が、一木一草が春の黎明に萌える。
しかしまた、遠方の地上で眩しい光が放たれた。ペオは妙に胸騒ぎがしてならなかった。雷なんかよりはるかに激しいのに、音は聞こえない。爆発のように思えるのだが。問う。
「暴発とはなんのことだ」
「隕鉄鉱が、宇宙船の欠片であることはご承知のはず。魔人ならぬ人間が誤った使い方をすると、光を発して消えてしまうのです……周囲のものもそっくり巻き添えにして」
「そんな物騒なものなのか!? 魔人なら平気なのか」
「実は、魔法を扱えないかに思える普通の人間もみな、魔名を一つだけ持っているのです。対して魔人は二つ。あなたはペオース・ウィンですね。魔名が二つないと通常、魔法は操れません。魔名が一つのもの同士が隕鉄鉱を奪いあいでもすれば、暴発します。といっても、ルーン文字の保護措置らしいのですが」
「魔名ねえ……ルーン文字か」
「ルーン文字は、亜流を数えなければ二十四文字あります。それぞれに固有の意味があり、この点ではこの国の漢字に近い。それより、この流星は恐らく……いえ間違いなく人間の世界に戦禍を招きます。お嬢さん、マイ・レディ。竜騎兵として戦い抜く覚悟は御有りですか?」
「物を玩ぶは志を喪う、か。玩物喪志ってやつだな。は、財宝を奪い合って戦争など下らない。だいたい男ってやつは社会的地位身分、階級勲章名誉なんてものにうつつを抜かすから始末に負えない。自分の虚栄心を満足させるために武勲を求め殺戮と暴虐の限りを尽くしては、それを恥じるどころか自慢する」ペオは言いつつも、自分が知り合った魔人たちは違うと感じていた。
「もっともです、マイ・レディ。貴女は飛竜の主たる資質を十分にわきまえておいでです……」シザーズは数瞬、言葉をつぐんだ。「召喚を受けています! 飛竜からの救援の申し込みです。一騎の竜騎兵が多数の敵と戦っている模様」
「直ちに向かえ! ブレードに違いない」
シザーズは従った。飛竜最高の速度を誇るシザーズ、瞬く間に乱戦の渦中を捕捉した。
「どうやら大勢の竜騎兵が、救援を求めた一騎と戦っている模様。いかがされます?」
「最至近の多い方の竜騎兵を狩れ」ペオは即決した。「兵はしょせん凶器。許せよ、兵は詭道なりってね」
「弱者を見捨てぬ、というわけですね」
完全な不意を衝く形で、背後から敵竜騎兵を捕らえた。飛竜の炎の吐息は見事に命中し、餌食となった竜騎兵は炎上し墜落して行く。シザーズはとんでもない曲芸飛行を披露し、さらに二騎仕留めていた。
しかし恐ろしい事態に気付く。敵に回した竜騎兵は百騎以上の大編隊だったのだ! 高空の雲に隠れ気付かなかった。
「上兵は謀を伐つ。戦火を交えるのは愚かというもの。まず勝ちて後に戦うのが常道。勝兵は鎰をもって銖を計るが如し」ペオはうそぶいた。
シザーズが問う。「その真意は?」
「勝ち目の無い戦いからは、とっとと逃げろってことだ。最大速度で離脱しろ!」
ペオはまた驚かされた。敵は王国の竜騎兵だったのだ。しかも編隊は、反撃してこなかった。否、悠々と反転し王国へ引き返し始めた。一糸乱れぬ機動、いまからでは付け入るすきがない。否、ペオを狙わないのは……多数の敵のいる危険性を想定してか。
問題は王国竜騎兵と戦っていた竜騎兵だった。シザーズの後をついてくる。ペオは驚いた。ティルスのブレードでない。乗り手は明け方の薄闇の影だが、見憶えがある。大声で話しかける。「ラドゥル? おまえ竜騎兵だったのか」
「いや、ありがとう。つくづくきみは勇敢な子だね、ペオース。あの大編隊に飛び込んで、まさか王国竜騎兵を退けるとは」
ペオとラドゥルは、至近距離の並行飛行に移った。
「奇正の変は、勝げて窮むべからずという。油断はできまいが。どんな仕打ちをされても、曲学阿世な真似はできない。そんなことで人望が得られるか」
「また分からない言葉使って」
「そうかな。一字千金といったものではないが。どうせ一暴十寒さ。怠け者なものでね」
「なんにしても礼を言うよ。僕が騎竜ハーケンを呼ぶ際に、王国竜騎兵まで招いてしまってね。我ながら間抜けなことだ。それから大抵のみんなはハガリド王の強さを知らないが」
「おまえにはわかるのか?」
「よほど魔人としての僕が欲しかったらしく、今回の前にも空で渡り合ったことが二回ある。王自ら竜騎兵として先陣を切り、優勢であっても対等の戦力、つまり僕と一対一で戦った。絶対的な強さを誇る、老獪な豪傑だ」
ペオは驚くというより半ば呆れていた。数百万の民衆を統率する老国王自ら最前線に立つとは! 同時に、堂々と対峙したこのラドゥルのことも感心した。「国王がおまえとサシで戦っていたのか! そうか、これがドラゴンドライバーの力か」
「しかも手加減してもらっているんだ。僕を殺すためだけだったら、容易に決着がつくのに。ハーケンですらもう戦いたがらないよ」
「ラドゥル、おまえの力は電子機器に働くのだよな。機械化されたシントに対抗するには、ハガリド王が手に入れたいのもわかる」
「軍人なんて柄じゃないよ。誰が人殺しの組織なんかに入れるかっていうんだ」ラドゥルは、ぼやくと提案した。「それより、狩りを始めないかい? ハーケンには鍋や食器が積んである。まともな食事が取れるよ。肉に野菜を入れて、シチューはどうかな」
ペオに断る理由はなかった。
「『暴発』したようですね」傍らの飛竜シザーズは冷静に告げた。
ペオは食事しつつ問い返す。「何のことだ?」
「話すと長いですね」
ペオはまだ辺境にいたのだ。手に入れた透明な隕鉄鉱を売りに行く話は、シザーズに止められた。それは比類ない価値と力を秘めるので、手放してはならないと。ペオは不思議に思っていた。隕石に間違いないはずなのに、完全な球体で、熱くないとは。しかも、極めて堅い……ダイヤではないか? 値段は張るだろうか。だが人造物となると価格は激減するかもな。もっともシザーズは良い狩人だった。ペオが食べるのに適度な鴨を仕留め、しかもさばいてローストしてくれる。頭大の大きな岩塩の塊すら、どこから仕入れたものか麻袋に入れて持ってきてくれた。簡素だが、味付けができる。
「ありがとう、『目覚め』以来、初めて満足いく食事が取れた」
「このくらいの狩りなら軽いものです。岩塩は大切に保存してください、通貨の代わりになります。なまじ獲物の肉や皮を売るより、高価ですし決して痛みません。この一握りで金貨一枚分には相当します。海からやや遠いこの辺境では、必需品です。実を言うと地方領主領内の岩塩を無断で借用したのですが」
「盗品か、しかし塩がそんな通貨にねえ。確かにサラリーマンのサラリーとは塩を稼ぐ、という意味らしいが……サラリーマンとはどんな職業だったかな? とりあえずいまは着替えを買いたいところだな」
「ペオース、あなたの身にしている衣服くらい上質な品となると、まだ買えませんよ」
「この岩塩……金貨一枚分とは、そんなものなのか」
「普通の町民が一カ月遊んで生活できます。銅貨二百四十枚分。銅貨一、二枚で一食ですから。あなたの衣服が上等すぎるのです」
ペオは自分の衣服を確認した。春ものの木綿の白いシャツに毛糸の黒いベスト。デニム生地の白いスラックス。黒い皮靴。当たり前の衣服に思えるが。それにだいぶ汚れてきた。
「シザーズ。飛んでくれないか? 王国竜騎兵と共和国士官の安否を確認したい」
「承知しました。ですが竜騎兵? 騎竜の名はわかりますか」
「たしかブレードといったな」
「ほう、それはそれは。では竜騎兵の実力も相当なものでしょう」
ペオはシザーズに上り、鞍にまたがった。「ブレードを知っているのか? 確かにあの竜の騎士に比べたら、俺なんか足もとにも及ばないよ。飛べ、シザーズ」
シザーズとの旅は爽快なものだった。眼前いっぱいに、一望千里な自然が広がっていた。山岳、丘陵地帯になだらかな草原。流れる川。空が大地が、一木一草が春の黎明に萌える。
しかしまた、遠方の地上で眩しい光が放たれた。ペオは妙に胸騒ぎがしてならなかった。雷なんかよりはるかに激しいのに、音は聞こえない。爆発のように思えるのだが。問う。
「暴発とはなんのことだ」
「隕鉄鉱が、宇宙船の欠片であることはご承知のはず。魔人ならぬ人間が誤った使い方をすると、光を発して消えてしまうのです……周囲のものもそっくり巻き添えにして」
「そんな物騒なものなのか!? 魔人なら平気なのか」
「実は、魔法を扱えないかに思える普通の人間もみな、魔名を一つだけ持っているのです。対して魔人は二つ。あなたはペオース・ウィンですね。魔名が二つないと通常、魔法は操れません。魔名が一つのもの同士が隕鉄鉱を奪いあいでもすれば、暴発します。といっても、ルーン文字の保護措置らしいのですが」
「魔名ねえ……ルーン文字か」
「ルーン文字は、亜流を数えなければ二十四文字あります。それぞれに固有の意味があり、この点ではこの国の漢字に近い。それより、この流星は恐らく……いえ間違いなく人間の世界に戦禍を招きます。お嬢さん、マイ・レディ。竜騎兵として戦い抜く覚悟は御有りですか?」
「物を玩ぶは志を喪う、か。玩物喪志ってやつだな。は、財宝を奪い合って戦争など下らない。だいたい男ってやつは社会的地位身分、階級勲章名誉なんてものにうつつを抜かすから始末に負えない。自分の虚栄心を満足させるために武勲を求め殺戮と暴虐の限りを尽くしては、それを恥じるどころか自慢する」ペオは言いつつも、自分が知り合った魔人たちは違うと感じていた。
「もっともです、マイ・レディ。貴女は飛竜の主たる資質を十分にわきまえておいでです……」シザーズは数瞬、言葉をつぐんだ。「召喚を受けています! 飛竜からの救援の申し込みです。一騎の竜騎兵が多数の敵と戦っている模様」
「直ちに向かえ! ブレードに違いない」
シザーズは従った。飛竜最高の速度を誇るシザーズ、瞬く間に乱戦の渦中を捕捉した。
「どうやら大勢の竜騎兵が、救援を求めた一騎と戦っている模様。いかがされます?」
「最至近の多い方の竜騎兵を狩れ」ペオは即決した。「兵はしょせん凶器。許せよ、兵は詭道なりってね」
「弱者を見捨てぬ、というわけですね」
完全な不意を衝く形で、背後から敵竜騎兵を捕らえた。飛竜の炎の吐息は見事に命中し、餌食となった竜騎兵は炎上し墜落して行く。シザーズはとんでもない曲芸飛行を披露し、さらに二騎仕留めていた。
しかし恐ろしい事態に気付く。敵に回した竜騎兵は百騎以上の大編隊だったのだ! 高空の雲に隠れ気付かなかった。
「上兵は謀を伐つ。戦火を交えるのは愚かというもの。まず勝ちて後に戦うのが常道。勝兵は鎰をもって銖を計るが如し」ペオはうそぶいた。
シザーズが問う。「その真意は?」
「勝ち目の無い戦いからは、とっとと逃げろってことだ。最大速度で離脱しろ!」
ペオはまた驚かされた。敵は王国の竜騎兵だったのだ。しかも編隊は、反撃してこなかった。否、悠々と反転し王国へ引き返し始めた。一糸乱れぬ機動、いまからでは付け入るすきがない。否、ペオを狙わないのは……多数の敵のいる危険性を想定してか。
問題は王国竜騎兵と戦っていた竜騎兵だった。シザーズの後をついてくる。ペオは驚いた。ティルスのブレードでない。乗り手は明け方の薄闇の影だが、見憶えがある。大声で話しかける。「ラドゥル? おまえ竜騎兵だったのか」
「いや、ありがとう。つくづくきみは勇敢な子だね、ペオース。あの大編隊に飛び込んで、まさか王国竜騎兵を退けるとは」
ペオとラドゥルは、至近距離の並行飛行に移った。
「奇正の変は、勝げて窮むべからずという。油断はできまいが。どんな仕打ちをされても、曲学阿世な真似はできない。そんなことで人望が得られるか」
「また分からない言葉使って」
「そうかな。一字千金といったものではないが。どうせ一暴十寒さ。怠け者なものでね」
「なんにしても礼を言うよ。僕が騎竜ハーケンを呼ぶ際に、王国竜騎兵まで招いてしまってね。我ながら間抜けなことだ。それから大抵のみんなはハガリド王の強さを知らないが」
「おまえにはわかるのか?」
「よほど魔人としての僕が欲しかったらしく、今回の前にも空で渡り合ったことが二回ある。王自ら竜騎兵として先陣を切り、優勢であっても対等の戦力、つまり僕と一対一で戦った。絶対的な強さを誇る、老獪な豪傑だ」
ペオは驚くというより半ば呆れていた。数百万の民衆を統率する老国王自ら最前線に立つとは! 同時に、堂々と対峙したこのラドゥルのことも感心した。「国王がおまえとサシで戦っていたのか! そうか、これがドラゴンドライバーの力か」
「しかも手加減してもらっているんだ。僕を殺すためだけだったら、容易に決着がつくのに。ハーケンですらもう戦いたがらないよ」
「ラドゥル、おまえの力は電子機器に働くのだよな。機械化されたシントに対抗するには、ハガリド王が手に入れたいのもわかる」
「軍人なんて柄じゃないよ。誰が人殺しの組織なんかに入れるかっていうんだ」ラドゥルは、ぼやくと提案した。「それより、狩りを始めないかい? ハーケンには鍋や食器が積んである。まともな食事が取れるよ。肉に野菜を入れて、シチューはどうかな」
ペオに断る理由はなかった。