敵味方二人乗りをしている王国騎士ティルスの飛竜ブレードの騎上で。キュート王国の捕虜になったシント共和国女性士官ソングは、まだ夕闇前なのに何故か引き揚げていった味方戦闘機部隊に、切歯扼腕の思いだった。
見捨てられたのか? 新任の機甲戦闘機隊大隊長に。もし大隊指揮官が、伝説的な前任の女性士官『静かなる猛禽』こと識別番号QTMS2、コールネーム=クワイエット・ラプター三佐なら、決してそんな事態にはならないはずなのに!
士官学校時代、彼女はソングにとって実に良い教官で一尉の中隊長だった。ソングの戦術眼は多々この隊長から受け継いだ。
回想する……つい去年。シントが五十万余という圧倒的多数な蛮国歩兵部隊の攻撃を受けた時、悪い事に総統は発熱で病床にあった。総統の電算処理抜きでは統一された指揮がとれないので満足に機甲戦車隊・戦闘機隊は動かせない、故に歩兵部隊を外壁に配備し、銃同士による泥臭い消耗戦になるかと思われた。
しかしクワイエットは外壁に配備されたすべての砲台と機銃座を停止させ、しかも兵士たちの姿をまったく伏せた上で街門を開け放つという奇計、古の戦術『空城の計』を進言し採用され。敵に油断させる罠と思い込ませ戦端を開かずに撤退させた。もちろん、外壁側の住民は奥へ避難させ、街門に続く大通りから曲がり角に伸びる路地の影には機甲戦車隊と、バリケードを張って待ち構える自動小銃装備の歩兵部隊を配置しての万全な対処を敷いてからの計略である。戦車は小銃相手には無敵、一両でも街の中にあれば、鉄壁の要塞と化すものだ。
決定的に科学技術に優れるシントを攻略するなど、いくら兵力差が一桁以上違っても文明的に未熟な蛮国には至難の業。味方だけでなく敵兵に無駄な犠牲者を出すだけのはずだった。それが互いに一名の犠牲もなく済み、人道的な戦術と絶賛された。
この功績で彼女は三佐に昇進するとともに半ば文官職の従軍心理医師、兵士を支えるメンタルケア部隊に抜擢されたのだ。ちなみにその蛮国は軍不在の間隙に、キュート王国に攻め込まれ併合されたのだが……なにが幸いかなど、誰が知ろう?
もはや自分に助けは無いのか……歯噛みするばかりのソングだが、しかしそれも流星がまだ明るい空に光の筋を引いて、降ってくるまでだった。ソングは流星の意味を知っていた。伝説の宇宙戦争の名残! 敵である王国騎士ティルスに訴える。「王国騎士よ、事情が変わった! 戦っている場合ではない」
「いまさら無駄な足掻きをする士官とは思わなかったが。なにか理由があるのだな」かくいうティルスはつい四半刻前、ソングを解放する話を持ち掛けていたのだ。人質を取って敵との楯にするのは不名誉と。
「この流星はただの隕石とは違うのです、できる限り回収しないことには、惨劇を招く」
「ほう、惨劇とは?」意外そうに問う騎士。
ソングは語った。「あれは使い方を誤れば、街一つ蒸発するのです。シントにキュート、それにオスゲル。いずれもより多くあの隕鉄鉱を得た方が、脅威となる。戦争を一変する事態なのです。それに、国家ならぬ無法な盗賊なんかの手に落ちれば、大事です」
「……他の人間なら世迷いごととなるが。貴官は実直な女性だ。これは非常時なのだな」
「そう、首鼠両端しているひまはない。ですからどうか……」
騎士はこの敵女性士官の懇願に、即答した。「回収すれば、良いのだな。貴官の端末を使って頂こう。正確な落下地点がわかるのであろう?」
飛行は竜騎兵にとってはごく至近距離、短時間で済んだ。こうして飛竜は、最至近の隕石の落ちた場所にたどり着いた。カップでえぐり取られたかのように、周囲半径数十歩の地面は幾何学図形のように丸く吹き飛んでいる。クレーターだ。
その中央に降り立ち、ソングはこぶし大の完全な球形の隕石を検分した。チタニウム、タングステン、セラミックのハイブリットか。宇宙船の素材というのもうなずける。赤熱しているというのに、熱さが伝わってこない。セラミックの熱伝導率は、極めて低いためだ。
「宇宙船の材料か、これが」ティルスは疑惑気味だ。「これは砲弾か? それにしては榴弾ではなさそうだしな、専用の大砲無しでは。それにたったこれ一個では話にならんな」
ソングは説明を控えた。それは本来、装甲板とするものだと。もしくは剣のような武器となりうる。ティルスに手渡す。また飛竜に乗って、次に近くの落下地点へと向かった。今度見つかったのは。飛竜のいるところを逃げるかのように、ころころと転がっていく、透明なガラスのような石。
ソングは歩み寄ってこれも拾った。とても頑強な、原子配列を組み替えた炭素クリスタル球かな。燃えないし、脆くないダイヤモンドか、これも極めて堅いはず。なんと、これらの鉱物、真紅と透明の二つは互いに強力な斥力を発している。物質と反物質とですら、働くのは引力なのに、斥力を働かせる素材なんてソングは聞いたことが無い。
磁石なら確かに同じ極同士では斥力が働くが、反対側では引力が働く。まさか単一磁場、モノポールなのか? ソングはそれも否定した。磁力だとしたら、ティルスの剣のような鋼鉄を引きつけるはず。それにこんな強力な磁場があるのなら、電子端末など一瞬で壊れてしまうだろう。宇宙船推進動力の秘密がもしやこれなのか? あるいは接触事故を防ぐため、それともなんらかの攻撃手段?
これらはまったく未知の素材……「異国の騎士よ、私はシント総統に会わねば! これらを分析し正しく利用できるのは、あの方だけです。戦争どころではない。光の文明の再興か……世界の破滅が引き起こされかねないのだから」
「失礼だが、シントの総統は盲目と聞く。しかもまだ十二歳、そのような判断が?」
「総統閣下は確かに先天的な盲目ですが、脳内には健常者と同じ視覚野があります。電子端末越しになら、あらゆるファイルを閲覧できます。比類ない知識量と処理速度、なにより度量の広い人間です」
ティルスは決断した。「ならばソーン・イング。貴官を解放しよう。おそらくなんらかの価値のある謎の隕石とはいえ、反発するのでは両方持てないからな」
飛竜は驚いた口調で問いただした。「我が君、明白な命令違反です。このような……」
「ブレード。おまえが忠誠を誓うのは、国王か我か?」
「失礼いたしました。あなたです、我が閣下」
「ソング、貴官には透明な金剛石の方を与えよう。我は赤い石を貰う。とはいえこんな辺境にあって、貴官は武器がないのであろう、我の剣……では振るえないか、短剣を譲ろう」
こうして王国の竜騎兵は去って行った。ソングは幸運にも、虜囚の辱めを受けることはなかった。しかしこんな僻地からシントに無事戻れるかは、いかに有能な士官とはいえまったくの運次第であったが。自分にもし『静かなる猛禽』の二分の一も才があれば……。
見捨てられたのか? 新任の機甲戦闘機隊大隊長に。もし大隊指揮官が、伝説的な前任の女性士官『静かなる猛禽』こと識別番号QTMS2、コールネーム=クワイエット・ラプター三佐なら、決してそんな事態にはならないはずなのに!
士官学校時代、彼女はソングにとって実に良い教官で一尉の中隊長だった。ソングの戦術眼は多々この隊長から受け継いだ。
回想する……つい去年。シントが五十万余という圧倒的多数な蛮国歩兵部隊の攻撃を受けた時、悪い事に総統は発熱で病床にあった。総統の電算処理抜きでは統一された指揮がとれないので満足に機甲戦車隊・戦闘機隊は動かせない、故に歩兵部隊を外壁に配備し、銃同士による泥臭い消耗戦になるかと思われた。
しかしクワイエットは外壁に配備されたすべての砲台と機銃座を停止させ、しかも兵士たちの姿をまったく伏せた上で街門を開け放つという奇計、古の戦術『空城の計』を進言し採用され。敵に油断させる罠と思い込ませ戦端を開かずに撤退させた。もちろん、外壁側の住民は奥へ避難させ、街門に続く大通りから曲がり角に伸びる路地の影には機甲戦車隊と、バリケードを張って待ち構える自動小銃装備の歩兵部隊を配置しての万全な対処を敷いてからの計略である。戦車は小銃相手には無敵、一両でも街の中にあれば、鉄壁の要塞と化すものだ。
決定的に科学技術に優れるシントを攻略するなど、いくら兵力差が一桁以上違っても文明的に未熟な蛮国には至難の業。味方だけでなく敵兵に無駄な犠牲者を出すだけのはずだった。それが互いに一名の犠牲もなく済み、人道的な戦術と絶賛された。
この功績で彼女は三佐に昇進するとともに半ば文官職の従軍心理医師、兵士を支えるメンタルケア部隊に抜擢されたのだ。ちなみにその蛮国は軍不在の間隙に、キュート王国に攻め込まれ併合されたのだが……なにが幸いかなど、誰が知ろう?
もはや自分に助けは無いのか……歯噛みするばかりのソングだが、しかしそれも流星がまだ明るい空に光の筋を引いて、降ってくるまでだった。ソングは流星の意味を知っていた。伝説の宇宙戦争の名残! 敵である王国騎士ティルスに訴える。「王国騎士よ、事情が変わった! 戦っている場合ではない」
「いまさら無駄な足掻きをする士官とは思わなかったが。なにか理由があるのだな」かくいうティルスはつい四半刻前、ソングを解放する話を持ち掛けていたのだ。人質を取って敵との楯にするのは不名誉と。
「この流星はただの隕石とは違うのです、できる限り回収しないことには、惨劇を招く」
「ほう、惨劇とは?」意外そうに問う騎士。
ソングは語った。「あれは使い方を誤れば、街一つ蒸発するのです。シントにキュート、それにオスゲル。いずれもより多くあの隕鉄鉱を得た方が、脅威となる。戦争を一変する事態なのです。それに、国家ならぬ無法な盗賊なんかの手に落ちれば、大事です」
「……他の人間なら世迷いごととなるが。貴官は実直な女性だ。これは非常時なのだな」
「そう、首鼠両端しているひまはない。ですからどうか……」
騎士はこの敵女性士官の懇願に、即答した。「回収すれば、良いのだな。貴官の端末を使って頂こう。正確な落下地点がわかるのであろう?」
飛行は竜騎兵にとってはごく至近距離、短時間で済んだ。こうして飛竜は、最至近の隕石の落ちた場所にたどり着いた。カップでえぐり取られたかのように、周囲半径数十歩の地面は幾何学図形のように丸く吹き飛んでいる。クレーターだ。
その中央に降り立ち、ソングはこぶし大の完全な球形の隕石を検分した。チタニウム、タングステン、セラミックのハイブリットか。宇宙船の素材というのもうなずける。赤熱しているというのに、熱さが伝わってこない。セラミックの熱伝導率は、極めて低いためだ。
「宇宙船の材料か、これが」ティルスは疑惑気味だ。「これは砲弾か? それにしては榴弾ではなさそうだしな、専用の大砲無しでは。それにたったこれ一個では話にならんな」
ソングは説明を控えた。それは本来、装甲板とするものだと。もしくは剣のような武器となりうる。ティルスに手渡す。また飛竜に乗って、次に近くの落下地点へと向かった。今度見つかったのは。飛竜のいるところを逃げるかのように、ころころと転がっていく、透明なガラスのような石。
ソングは歩み寄ってこれも拾った。とても頑強な、原子配列を組み替えた炭素クリスタル球かな。燃えないし、脆くないダイヤモンドか、これも極めて堅いはず。なんと、これらの鉱物、真紅と透明の二つは互いに強力な斥力を発している。物質と反物質とですら、働くのは引力なのに、斥力を働かせる素材なんてソングは聞いたことが無い。
磁石なら確かに同じ極同士では斥力が働くが、反対側では引力が働く。まさか単一磁場、モノポールなのか? ソングはそれも否定した。磁力だとしたら、ティルスの剣のような鋼鉄を引きつけるはず。それにこんな強力な磁場があるのなら、電子端末など一瞬で壊れてしまうだろう。宇宙船推進動力の秘密がもしやこれなのか? あるいは接触事故を防ぐため、それともなんらかの攻撃手段?
これらはまったく未知の素材……「異国の騎士よ、私はシント総統に会わねば! これらを分析し正しく利用できるのは、あの方だけです。戦争どころではない。光の文明の再興か……世界の破滅が引き起こされかねないのだから」
「失礼だが、シントの総統は盲目と聞く。しかもまだ十二歳、そのような判断が?」
「総統閣下は確かに先天的な盲目ですが、脳内には健常者と同じ視覚野があります。電子端末越しになら、あらゆるファイルを閲覧できます。比類ない知識量と処理速度、なにより度量の広い人間です」
ティルスは決断した。「ならばソーン・イング。貴官を解放しよう。おそらくなんらかの価値のある謎の隕石とはいえ、反発するのでは両方持てないからな」
飛竜は驚いた口調で問いただした。「我が君、明白な命令違反です。このような……」
「ブレード。おまえが忠誠を誓うのは、国王か我か?」
「失礼いたしました。あなたです、我が閣下」
「ソング、貴官には透明な金剛石の方を与えよう。我は赤い石を貰う。とはいえこんな辺境にあって、貴官は武器がないのであろう、我の剣……では振るえないか、短剣を譲ろう」
こうして王国の竜騎兵は去って行った。ソングは幸運にも、虜囚の辱めを受けることはなかった。しかしこんな僻地からシントに無事戻れるかは、いかに有能な士官とはいえまったくの運次第であったが。自分にもし『静かなる猛禽』の二分の一も才があれば……。