「確かに愚劣ですね。人間として、戦争となれば兵士として戦う覚悟は必要かもしれない。でも自分は戦いもしないで戦争を主張する人間は最低だと思う。そうでなくても、自分が強くて戦えるのを理由に、平和を愛するものを戦争に駆り立てる軍人は傲慢よ。でもそんなあなたが、なぜこのゲームを? しかも名指揮官なんて」
「現実に。戦いとなったとき必要となる知識を求めていた。経営学の応用だが、それでわかったよ。基本は、大勢で少数を狙う。次は、専用の武器で得意な獲物を狙う。できるだけ強力な武器を持つ。さらに、相手の不意をつき、気づかれる前に倒すこと。相手を攻めるときは、背後を狙う。これが、戦争なのだ」
「厳しい意見ですけど、事実ですね」

「そう。格闘技や武術は数多あるが。それは、実戦の優先順位でその次にくるものなのだ。一対一の正面決戦など、実戦ではありえない。その「正々堂々とした」戦いすら。なんだかんだ言って、自分より弱いヤツにしか勝てない。
 「心・技・体」と日本の武道では称するが。それらが相手より強くなければ、勝てない。基本は、相手を力でねじ伏せること。次は、同じ体格なら技量で勝ること。一番重要なのは「心」であり、命をやり取りするための実戦での心構えだが、これは試合と実戦では話が違う。比べたら、史実の兵士たちの葛藤は大きかっただろうね」

「そうですね、実戦だったらわたしだって、とっくに戦死しているはず。キリングさんは人生においてずいぶんと戦いを経験されたのでは? 勉学でもスポーツでもお仕事でも。ご立派な体格ですが、なにか格闘技を?」
「いや、フットボールくらいさ。格闘技は嫌いなんだ。勉学でも、嫌な思い出あるよ。似たような経験ないかな。いまのままでは駄目だ、勉強しろと単にそれだけを連呼する教師。これは一見教育熱心に見えて、責任感の無い教師だ。いざ生徒が受験したとき、成功すれば自分の手柄、失敗すれば生徒の責任となるのだから」
「そうですね。好かれる教師と嫌われる教師に分かれますが。軽々しく、「特攻精神だ!」なんて暴言押し付けるのもいました」

「同感、それは傲慢な人権束縛だ。史実、帝国軍は兵士を局地に孤立無援にさせ背水の陣を敷いた。わたしが学生のころもそうだったが。「背水の陣だ!」と唱えて子供を無謀な受験競争に駆り立てる教師とかいるけど、本当に背水の陣の意味わかっていない。
 たしかに、陸戦で背後が大河や海では戦争で勝つにあたり、後退することは不可能だ。だから勝つには全力で勇戦、押し捲って圧勝するしかない。
 しかしそれは逆に。一つでも戦列を乱せばそれを整えるために後退することを許されず、他に戦える戦力があっても実力を発揮できず、反撃もできないまま消耗死全滅することを意味しているのだ」
「そんな戦略では勝つにしても、莫大な損害を受けること必至ですね。敵を包囲するときは逃げ道を開けろ、兵士には必死の戦いを強いても全体的には退路を確保する。これが兵法の常道です」
「わたしは力をひけらかすのが嫌いであり、それが格闘技を習わなかった理由だ。どんなに馬鹿にされようが暴力を使わないのがわたしのプライドであり、それを批難されたくない。暴力、軍事力などでは多数の犠牲無しには平和は守れない。
 史実の日本、ベトナム、イラク、北朝鮮とかが良い例だ。貧しい国の因果で平和教育を促進すべき文化面が立ち遅れ、国力の大半が軍事費に消えるという悪循環をしていた。まさしく悪循環だ。政治的に違う強国に囲まれ、国が弱いから軍隊を強化したい。軍隊を強化したら金が無くなる。金がなくなれば文化面を充実できない。文化が弱いから、一つのカリスマ的指導者を必要とする。そうなると独裁になって、もう国民の自由や権利は二の次。それが国際社会で叩かれて外の評判は悪の国。
 でも、当の国民はそうじゃない。どんなに生活が苦しくたって、政府が腐っていたって、人間。仲間や家族は大切だから、戦争になれば戦う。だから戦争となったとき、彼らは玉砕の覚悟で戦った。教訓となったよ」

「教訓、ですか。それがインセクトに参加した理由?」
「というのも、普通の兵士の考えは「国という全体を守るためなら、自分一人の犠牲は受け入れられる」だ。これは少し間違えると、個人の権利をないがしろにする全体主義となる。しかしインセクトの場合は。「虐げられる弱者一人を守るためなら、世界すべてを敵に回しても良い」というスタンスなのだから。ある意味、自由民主主義において鑑ではないか」
「同感です。現実もそうあればね。でもずいぶんとユニークな考えをお持ちなのですね」
「ほとんどはわたしの独創ではない。ある人物の受け売りなんだ」
「でも疑問です。少佐ほどのエリートが、なぜゲームなんかに参加されたのですか?」

「わたしの国の宇宙局なんて、全失業者と全学生をまとめて余裕で養えるほどの巨額を気違いじみたスターウォーズ計画に注ぎ込んでいる。このゲームは十兆円産業とはいっても、比べたらままごとだ。ただ、言えるのは。
 人間は、希望なしには生きていけないから。好奇心、探究心が人類の夢と希望を支えていた。前世紀には二十一世紀は新世紀であり、人は地球を離れ、別の惑星もしくはスペースコロニーに乗り込んで、宇宙開拓をしているなんて当たり前に思われていた。物理的に不可能なのに。一度にロケットで衛星軌道に載せられる装置の質量は、百トンもない。数千億円の投資をして、小さな家一軒ぶんくらいのものしかできないんだ」
「なのに当時の人間は、スペースコロニーこそが人口爆発を解消する希望と信じていた」「そう、仮に、一年当たり十万人の住めるスペースコロニーができたとして、百年たっても一千万人。地上の百億に届く人口を移民するには、難がある。エネルギー的にも絶望的。それでも。大航海時代に、人が新天地を求めたように。前世紀三年に、飛行機が生まれて以来空を求めたように。人は宇宙を目指すものなのだ。電脳世界という小宇宙も同様」

 二人の会話は長々と続いた。俺はといえば。初対面なのに仲良く霞と対話するキリングに、軽い嫉妬を感じていた。
 そのキリングは、何故か俺の顔をちらちらと見るのだった。奇妙な目で。かれは唐突に話し掛けてきた。「きみの名はなんといいます」
「不知火三飛曹です」
「年齢は?」
「十六ですが、それがなにか」なんだ、こいつ。もと敵の指揮官ともあろう人物が、なぜ一下士官に過ぎない俺にそんな質問を?
「きみが昔の友人に似ていたから、ですよ。ですがもう七年も前の話だから、きみとは年齢が合わない。わたしは昔、日本に留学していて。あるプロジェクトの開発に携わっていたのです。そのとき仲の良かった学生が、不知火さんに似ていましてね……」

 俺は会話を続けたかったが、邪魔が入った。時雨のおっさんだ。姿を見て絶句する。柔道着を纏い、日本刀を二振り持ってやがる。
「アト・ファースト。フォー・ザ・ホナー、アイ・ギブ・ユー、イッツ」
 時雨は片方の日本刀を渡し、自らはもう一方を鞘から抜いて挑発した。
「ヘイ、キリング。ウィー・ミート・アト・ラスト」
「オウ、シグレ。ミートハオマエダ。ラードクセエゾ、ブタヤロウ!」
「ホワイ・ドウ・ユー・テル・ミイ、サッチ・ア・ルード・シング! ユー・ニード・ルック・ユア・フェイス!」
「オレノカオ? ジブンデモウットリスルネ、メノマエノダレカサントチガッテ」
「シット! ユー・アー・ノット・マッチ・ミー! イッツ・ソルジャー・フォーチュン。ジャスト・ナウ・タイム、ウィー・マスト・ドゥ・デュエル!」
 俺はやれやれと、二人のやりとりを聞いていた。ずいぶんと仲のおよろしいことで。キリングか。外交官になれないのも無理はないな。暴力使わないっていったって、これではね。それとも過去から身の回りに、時雨のようなやからがいたからかな。災難なことだ。
 修羅場とはならなかった。美嶋が「馬鹿を片づけろ」と命じ、時雨は味方から武装解除され引っ張られていった。


戦端