とにかくヴィッテルアクアフィットネスクラブのバブル前半期は、派手な時代の幕開けであった。

そしてバブル後半はブリヂストンフィットネスクラブでチーフを務めた。

5年間の短い間であったが、多くのものを経験できたが、

バブルは多くのものを失った時代でもあった。

スポーツトレーナーというよりはスパトレーナーとしての役割が大きかった。

88年にリゾート法が成立してから、全国各地に西洋型スパが雨後のタケノコのように林立した。

ヴィッテルがスパの原型になり、

その後、ブリヂストンのエスパ六本木で展開したスパ型フィットネスクラブがモデルとなって、

私もスポーツトレーナーとしてよりも、スパ立ち上げのコンサルタントの仕事になってしまった。

しかし、そろそろ独立してもいいかな?と思い立ち、スパコンサルタントで起業しようと思ったが、

スパコンサルタントの仕事が継続的に入ってくる保証はない。

首都圏ばかりでなく最近は関西にも進出著しいビュートリアム。

 

そこで出会ったのが表参道の美容室であった。

表参道は美容室の激戦区である。

そのなかでもひときわ大きな存在であったビュートリアムという世に言うカリスマ美容師がいる有名店であった。

そのビュートリアムが美容室の他に本店の横にエステティックサロンの経営に乗り出した。

そのエステを任せるから、マネージャー兼任のコンサルタントをしてほしいと言うオファーが舞い込んできた。

美容もエステもスパの一部として経験がない訳ではないが、

単独のお店として運営まで任せるという仕事ははっきり言って自信がないと思った。

 

しかし背に腹は変えられ如く、生活のために美容業界に首を突っ込むことになった。

まさか意外な展開になるとは思いもしなかった。

フィットネスクラブでの5年間は無駄ではなかった。

ビュートリアムはその後10年間、関わった。

美容での私の活動を次回お話しします。

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