ときどき目にする、「植物、野菜への言葉がけ実験」。
ある日、子どもたちが、やってみるー!と開始。
ミカンを褒めたり、罵倒したりして、だいたい3週間くらい経過しました。
ここまで差が出るんだと、感心するぐらい、罵倒ミカンが小さくしぼんでしまった。
スタート時は同じサイズのミカン、載せているお皿もまったく同じものなのに。
違いが出るだろうと予想はしていたものの、
その予想を上回る、明確な違い。
ちなみに言葉がけは毎日じゃなく、最初の一週間にほんの短時間やっただけ。
なのに、ね。
人間も嫌なことを憎々しく、強烈に言われると、
一瞬でしぼんじゃうもんなあ。
それは比喩ではなく、実際に身体の組織のあちこちが
しぼんできゅっと固くなってこわばるのかもしれない。
(ゆるんでほどくにはクラニオやホメオパシーが役に立つ)
子育てにおいて、これは気をつけねば……。
大反省とともに思う次第です。
それとともに!!!
「自分への褒め」もこれ、すごく大事と痛烈に感じます。
命あるものをピカピカ、元気で、若々しくするには、
その存在を認めて、褒めて、愛でるのが効くと、
いまここにハッキリわかったわけです。
自分といつも一緒にいるのは自分(あたりまえ)。
つまり、一番言ってあげられるのは、自分だもの。
自分が言わんで、どうする。
オモシロイともいえる毒舌家族の中で育った私。
(でも、それはやっぱりきびしかったなあ……)
過去、言葉でけなされ、くじかれて育った私であればこそ、
よけいに自分で自分を褒めていかねばなりません。
でないと、ついつい私の口からは、けなし語が飛び出してしまう。
家族に向けてもそうだし、
謙遜の姿を借り、自分に向けてもそいつは放たれる。
それでは、遠からず、しわしわしぼんで、硬くなるではないか。自分が。
ということで、私は
「声に出してわたくしを褒める」を今日から実践することにしました。
目下の目標、褒めのボキャブラリーを増やすこと。
悪口雑言のバリエーションは色々あるからすぐ出てくるんだけど。
子どもたちが考えた言葉も、悪口のほうがスラスラ出てくる。
落語の江戸っ子同士のケンカみたいな爽快オモシロ悪口は好きですが、
底意地悪さと暗さからくる
吐き捨て、つぶやき系悪口はいかん。
ちなみに、今度実験するなら、私が家でしょっちゅう口にしてしまう
「早く、早く(せかし語)」
「あれしたらこれしたら(押し付け提案語)」
「これダメ、それ危ない(制止と禁止語)」
「△△やりなさい(命令語)」
を始終浴びせるとどうなるか、検証したい。
と書いてみたものの、この字面を見ただけでゲンナリしてきた・・・。
実験するまでもないですね、これは。
ふたたび反省。
いや、こうして気づいて反省する自分はえらい!!
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さっそく実践