”オワコン日本とフランス革命 2” | ソウルメイトの思想

ソウルメイトの思想

唯物論に対する懐疑と唯物論がもたらす虚無的な人間観、生命観を批判します。また、唯物論に根ざした物質主義的思想である新自由主義やグローバリズムに批判を加えます。人間として生を享桁異の意味、生きることの意味を歴史や政治・経済、思想・哲学、など広範二論じます。


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 フランスの国民の多くが、なぜマクロン大統領を忌避しているのか?について以下にリブログさせていただく「きなこ」さんの分析は、まことに当を得たものだと思います。

 フランスの庶民は、肝心なことをきちんと洞察していて、新自由主義の為政者の言い訳や懐柔を拒絶するだけの聡明さを備えているようです。。

 フランス人は、あっぱれな国民だと思いますな。さすが、フランス革命を起こしてブルボン王朝を消滅せしめた国民の子孫だけのことはありますね。

 フランス革命にも望ましくない面が多々あったことは事実ですが、一部少数の特権階級に権力と富が独占されていることにたいして、権力と富の分配から排除された者たちが命がけで唱えた異議申し立てそれ自体は、まことにもっともなものであり、現代民主主義はそこに始まった、と言っても過言ではないと思います。

 だいたい、富や権力を独占している者が、誰に強いられることもなく自分から独占を解消して分配しようなんて思うわけがないでしょう。日本における明治維新だって、徳川将軍家とその家来である大名、および、高位の武士たちが独占する権力の分配を求めて、権力の分配から排除されていた外様大名の、しかもその家来である下級武士たちによる権力奪取の政治闘争だったわけで、持たない者が持つ者からの分配を求める闘争にほかならかったと思います。

 小難しいことをいろいろと述べるのは本質をごまかしてしまうことなるんじゃないかと思います。簡単に言えば、美味しいものを独り占めにするな!みんなにも分配せよ!という闘争を人類はフランス革命以来、ずっとやってきたわけで、それは今日、資本家か独占する富と、資本家と結託し、資本家の利益のために働く政治権力の分配を求める闘争に姿を変えた、と言っていいと思います。

 それは、権威に盲従することを拒み、権威の正当性を問い直す試みでもある、と言ってもいいのではないか?と思います。

 たかだか有権者の三割にも満たない者たちからの得票によって成立した政権が、形式上はともかく、統治者としての正当性を当然備えている、と考えることには無理があるんじゃないでしょうかね?

 有権者の過半数に満たない得票で、絶対的権力に等しい権力を持ててしまうことは、どう考えてもおかしいとわたしは思います。そうじゃありませんか?それが、ルールなんだから仕方がない、というような変に物わかりがいい態度をとっていると、いずれ自分や自分の愛する人たちから大切なものが奪われることになっても文句すら言えなくなるんじゃないかとわたしは危惧します。それが杞憂でないことを安倍晋三氏と自民党はすでに十分に示してきて、見間違う余地はないとわたしは思います。

 わたしごときが、どうしたらいいかをいちいち書くまでもなく、何をどうするべきかを聡明なみなさんは、すでにおわかりですよね?

 ちなみに、新自由主義という経済的・政治的思想は、第一義的には、資本家=富裕層からの富の分配を拒否する思想であり、その思想のもとで政治に与えられた役割は、富裕層の利益に奉仕することですから、政治権力も一般の国民への分配を拒むことによって民主主義を無効化するものでもあります。

 したがって、新自由主義という経済的・政治的思想に異を唱えるものであっても、経済的な富や政治的な権力の分配に積極的でない経済学説や政治理論は、新自由主義と同じくらい役に立たないか、有害である可能性があることに注意を要すると思います。

 みなさん。ご用心!ご用心!