ちょっとタイトル長いですね。

まるで陳腐な二時間ドラマの

タイトルみたいになってしまったっっ汗

 

エレメンタル無くしては、

私たちの人生もパーソナリティを語ることは出来ず、

私たち自身そして人生の構成要素そのものなんですが、

同時に「死なす」ことが出来ないものなので、

意に反したものを創ってしまったり、

悪癖や悪習慣、悪しき道に誘う、

負のエレメンタルを創ってしまったりすると

マジメに後が大変で、

創った本人を苦しめる不幸の根源になってしまい、

とてつもなく恐ろしく怖いものでもあります。

(これを手名付けることが出来る、

エレメンタルマスターになれたら怖いものナシですが)

※ポケモンマスターではありませんっっ

 

さて、今回は私の経験に基づいた、

負のパターンを創り出したエレメンタルのお話をば。

 

20代のとある時期に私は家探しをしていたのですが、

猫を飼っていた事情もあって、

一戸建てにこだわっていたことから、とても難航しました。

 

しかし、ラッキーなことに、

「転勤の間だけだし戻る時期が読めないので、

 家賃は希望通りでOK、猫も可、自由業OK」

というリッチな物件が見つかったんですね。

本来30万の家賃相場でしたが、めちゃ破格の家賃で。

 

大家さんは某テレビ局に勤務のご夫婦。

そうした背景から、

会社勤務ではない私の職業的事情にも、

理解を示して下さったのでした。

 

風水や気学やってる同業の友人たちに相談すると、

「絶対いい! ここにするべき!」と太鼓判。

 

ルンルンで契約をし、引っ越しの日が決まった後。

 

大家さんから、

「左の隣の家のオジサンなんだけど、

 とても気難しくて困った人だから、

 お付き合いには気を付けてね。

 あなたが女性だと知ってなめてくるかも。

 うちは正直いって仲悪いんだ。

 昔から色々とトラブルがあってね…」

 

あらら。

それを聞いてしまった私、

ちょっとビビリ~に構えてしまいました。

 

親が地方出身者(ド田舎)で、

育ったのは東京の隣とは言え、

都会でもない田舎でもない中途半端な住宅地。

そして昭和の生まれ、その価値観で育ってます。

引越してお隣に挨拶に行くのは当然のこと。

 

挨拶をしに行った時、

恐ろしくイジワルな人のはずのお隣さんは、

愛想よくニコニコと私を出迎えてくれて、

普通の親切な人に見えました。

「あら、意外」

 

とはいうものの、

大家さんから色々と聞かされていたので、

油断できないしな~と、

警戒心を解くことが出来ませんでした。

 

結局その家に住んでいた間、

私がそのお隣さんから嫌がらせを受けたり、

イジワルをされたり、

トラブルが発生することはありませんでした。

大家さんが本社に戻って来るまでの間、

お陰様で平和に過ごさせて頂けたのです。

 

何かあったときに大家さんと連絡取る時、

「何かされてない?」などと心配され、

悪口だったり今までのことを聞かされるくらいで。

 

 

でも、ここに住んでいる間、私の中には、

「お隣さんは気難しくて怖い人だ。

 何か言ってきたら、されたら、どうしよう」

という恐れが芽生えてしまい、

お隣さん=悪みたいな印象(先入観)が、

エレメンタルとして育ってしまったのでした。

 

その時点ではまだ霊的真理について、

私は何も知りませんでした。

障り程度も学んでいない時期だったのです。

 

さて、

次に引っ越したところの大家さんも、

とてもイイヒトでした。

東京の郊外に家を建てて住んでいたものの、

お母様が亡くなってしまい、

その都内の家をどうしようかと悩まれていたところ、

不動産屋さんがこの人に貸してみたら?と、

縁を取り持って下さったのです。

 

密集地ですので一階の日当たりは良くないけれど、

とても広い一戸建てて、猫飼いもOKでした。

けれど、住んでみると、

玄関が接するお隣さんがこれまた強烈なご夫婦でした。

(奥さんは旦那さんに従ってるという感じ)

 

決して根は悪い人たちではないんですが、

なんていうか過干渉で、

悪い意味で昭和ヒトケタ生まれの人たち。

自分たちの価値観を押し付けてくるのですよ。

何しろとっくに隠居している人だから、

いつも家にいて他人を監視しているのか?って感じで。

家の中に入ってしまえばいいのですが、

会いたくないあ、といつも身を縮めていました。

 

大家さん曰く、

「あ~あの爺はねー

 生きてるときからうちに文句ばかりつけてきて、

 親も散々悩まされ、苦労しましたよ。

 増築のときにもいちいち怒鳴り込んできて。

 違法なんかしてないのに。

 子供のときから知ってるけど、イヤな爺でね」

 

もう片方のお隣さんはとても感じの良い人で、

良い御近所付き合いをさせて頂けたのですけどネ。

 

さて そこもシロアリが出てしまい、

取り壊すことになったので、また引っ越し。

 

アパートの一階と二階でワンフロア一世帯の家で、

庭があり、猫OKな予算内の家が見つかりました。

もち、家賃交渉しましたけど(希望通った!)。

 

二階に住んでる同棲カップルは、

お二人ともとても感じのよい人たちで、

生活音も静かで友好的な関係を築けました。

 

大家さんもお電話でご挨拶をしましたが、

「何かあったら遠慮なく~」

という感じの良い人でした。

 

ですが、ところが…

 

同じ大家さんから借地権で土地を借りている、

お隣さんご夫婦がまた、とんでもない人たちでした。

勝手にこっちの敷地内(庭)に入ってくるし、

玄関ではなく、庭のほうから覗いて声をかけてくる。

まったくもって「天上天下唯我独尊」な人たちでした。

結局色々困ったことが起きたので、

(カーテン開けられないし、仕事(来客)中も覗かれるし)

大家さんや管理会社である不動産屋を通して、

トラブルを訴え、間に入ってもらったのですが。

 

それに対して逆切れをして、怒鳴られたり、

イジワルをされたりって、大変なことになりました。

(町内会長さんにも相談したりとかetc)

 

そんなこんなで、

段々嫌がらせが酷くなったのもあるし、

上手く行っていたお二階さんが引っ越しした後、

新しく転居してきた人(ゲイカップル)も、

これまた勝手な人たちで、ついに耐え切れず…

もう無理!と値を上げることになり、

平穏無事な生活と環境を求めて、

引っ越しすることを決心しました。

立地や家自体はとても気に入っていたのですが。

 

ちょうど愛猫が亡くなり、ヒーリングを学び、

そして霊的真理などを学び始めた頃のこと。

私のこっち方面の仕事に大きな変化の波があって、

ものすごく精神的にも浮き沈みが激しい時でした。

 

愛猫が死んでしまったことから、

ペット可の物件にこだわる必要がないので、

次の転居先はマンションになりました。

荷物はたくさん処分することになりましたけど。

 

そこの家では階下の奥さんがとても神経質で、

ちょっとメンヘラ?っぽくありましたが、

お隣さんはシェアをしている女性二人組と、

もう片方も女性でしたが普通の人でした。

 

けれど、まぁ何もないということもなく、

かといって以前と比べると大したことなく…

マンションの駐車場の向かいに汚屋敷みたいな、

昔ながらのトタン住宅のようなところがあって、

夜中に仲間と道路で騒いでいたりするのが、

ちょっと迷惑って、そのくらいなものでしたので。

 

さて。。。

 

ここで気が付いた人もいると思うのです。

 

はい。

 

これがエレメンタルによって起きたことです。

 

きっかけは、

ここで話した一番最初の家に住んだとき、

大家さんから聞かされた情報から創ってしまった、

お隣さんへの良くない印象(先入観からの不安)と

「畏怖(未知のものへの恐れ)」の気持ちです。

 

これがすべての始まりでした。

 

その気持ちが核となり、

「困った問題のある、お隣さんがいる」

というエレメンタルを誕生させ、

住居環境、物件へと私を引き寄せ、導き続けたのです。

 

実際にはそのような体験はしていないというのに。

先入観が「問題のある人がお隣に住んでいる」

という思い込みのエレメンタルを作り、

現実を創り出し、引き寄せる発端となったんです。

 

現実には私を困らせるお隣さんなんて、

いなかったというのに…

 

 

次の転居先では、

そのエレメンタルによって、実際に

「困ったお隣さん」がいる物件に棲む羽目になりました。

大家さんは前回と同じようにイイヒト、右隣の人もイイヒト。

 

そして次の転居先。

前回の住居で実際にお隣さんにされたこと、

それに対して不快な感情を抱いたことなどが加わり、

さらなる面倒で困ったお隣さんが住む環境へと、

私は導かれてしまいました。

大家さんもやはりイイヒト。

もう一人のお隣さんに相当するお二階さんもイイヒト。

 

ここに住み初めてから、

私は霊的知識を学び始め、真理について知り、

エレメンタルについても知己を得ました。

そうした知識の背景や

霊的成長の道を選ぶことにしたというのもあってか、

少しずつ自分がどうしてこのようなパターンに陥って、

繰り返しのご近所問題に悩まされることになったのか、

おおよそのことがわかってきたのです。

 

とはいうものの、

そうしたトラブルの渦中にあって、

感情がさざ波たっていましたから、

今ほどは自分のことを客観的に見れず、

スピリチュアルナルシズムの罠に陥ったり

カルマのレッスンやらで、

租借して理解と知恵に落とし込むまで、

だいぶ遅れたというか時間が掛かりました。

 

(それでも知識を持ったことと、

その原因=理由が理解出来始めたことから、

カルマのレッスンも解消に向かい、

勢いを増していたエレメンタルのパワーも収束に向かい、

マンションに越す頃には、

現実化の力がおとなしくなっていたのです。

それでもこのエレメンタルは不活発になったとは言え、

死ぬことなく存在していて、

再びパワーを与えられるのを待ち構えてもいますから、

再び活性化させないように、意識を向けないよう、

十分に気を付けないといけないのです)

 

そして、自分を悩まし苦しめる、

このトラブルの始まりのすべては、

このエレメンタルを作ってしまったことからであり、

その後で現実化されてしまった時に抱いた強い感情、

すなわちお隣さんに対して抱いた不快感や恐怖…

こうした感情がエレメンタルに栄養として注がれ、

「お隣さんに理不尽なことで悩まされる」

といったようにどんどんパワーアップして大きく育ち、

引き寄せの力を強大に高めていったのでした。

 

このエレメンタルを無力化することによって、

今はとくにご近所トラブルのない環境に住み、

お陰様で平和に暮らせているわけです。

 

はい。どうでしょうか。

エレメンタルが成長するっていう実例になりますが。

 

これがエレメンタルの力であり、エレメンタルの怖さです。

無力化(ミイラ化)して、書き換えをするなど、

活性化させず不活発化するのは並大抵のことではありません。

たった少しの感情から、とても短い期間に作られたものでも、

私の場合15年もの長きにわたって悩まされ続けたのです。

 

生まれてからの環境から創られたもの。

あるいは生まれる前の、過去生から繰り返し使われ、

何千年も培って成長し、パワーを蓄えてきたものを、

完全に無視して克服するのは至難の業です。

エレメンタルと対峙するのは、たやすいことではなく、

生半可なことではないのです。

ぶっちゃけ戦っても勝ち目はありません。

 

そして、エレメンタルというのは、

「好き」「嫌い」、「NO」「YES」は判断しません。

「こういう気持ち」という、

エレメンタルが出来上がってしまったならば、

ひたすら「こういう気持ち」を引き寄せ続けるだけです。

 

「嫌い」「要らない」「お断り」「キャンセル!」

も区別せず、通じず、

二度とゴメンな出来事であっても、

出逢いたくない人であっても、

存在するだけで全部が「YES」となり、

「欲しい」「ちょうだい」なリクになってしまい、

ただ同等の波動のものを引き寄せ続ける磁石になるだけ。

 

そんなこんなで、

エレメンタルというのは出来上がってしまった時点で、

そこに含まれた「感情」を当人に体験させることを、

再度リクエストし続けるオーダー表のようなものです。

 

創った当事者がその事象や感情に意識を向け続ける限り、

それを具現化させるための十分なパワーを与えられ、

現実化するための準備をするのです。

具現化するための期間はまちまちではありますが…

 

実のところ、こうやって運命って出来ていくのです。

すべての人の人生は、

その人自身が創造するエレメンタルによって創られ、

築かれ、引き寄せられ、導かれていくものなのです。

 

これが人生を創造する「からくり」です。

人の運命を創っているものの正体です。

 

私を苦しめた、

負のパターンのサイクルがそうであったように、

あなたを苦しめている出来事も、

あなた自身が過去の何処かで創ったエレメンタルによって、

マグネットのように導かれ、引き寄せられているのです。

 

 

引き寄せの法則は、

ロンダ・バーンの著書「シークレット」から、

一般に周知になっていったのだと思いますが、

それ以前からもちろん、

古代の叡智として伝わっていました。

知識の源、出どころは同じです。

(ユダヤの知識はもともとエジプトの神殿から

持ち出された霊的真理における教義の

秘術、叡智が原点から持ち出されたものなので)

 

ただ、

エレメンタルのことを難しく詳細に説明するより、

「引き寄せの法則」とカジュアルに説明したほうが、

普通の人にはわかりやすいのです。

 

霊的真理の中で語られたエレメンタルや、

カルマの法則の知識の一部を取り出して、

教義や教訓的に伝わっている内容よりも、

なじみやすい理解の仕方であるならば、

そのほうが伝わるによいように思います。

 

というわけで、私たちはもっと、

自らの考えること、思うこと、言葉にすること、

に対して、意識して注意を払わねばなりません。

一瞬思ったり望んだことでも、

それがエレメンタルの種となって、

何かを引き寄せ、それに対しての反応がまた、

その種に栄養を与え成長させ、パワーを与えては、

あなたにその「感情」「思考」を体験させるため、

現実としての出来事や人物を引き寄せようとするので。

 

思ったことや考えたこと、口にしたことでさえ、

ものすごいパワーをもって具現化されるのです。

 

まして実際に習慣化していることなら尚更。

一度経験したことが繰り返されるのは当然です。

そして、過去を引きずっていたならば、

いつまでもその環境に居続けることの選択となり、

過去に生きるだけの人生となってしまうのです。

 

ですので、

起きてもいないことで不安になるのは止めましょう。

まだ何も起きていないのに、

未来を心配するのも止めましょう。

起きて欲しくないことを考えるのも止めましょう。

 

過去に起きたこと、今起きていることで、

望まなかったこと、起きて欲しくないことを考えるのも、

望まない選択をしようとすることも止めましょう。

 

言葉に気を付けましょう。

自分の云った言葉は自分に戻ってきます。

他人に対して思うことは、

自分が誰か他の人からそう思われる結果になります。

悪口や愚痴、不平不満も批判も否定も、

自分が人にされたくないことは止めましょう。

 

嫌いなことや嫌いな人のことを考えるのは止めましょう。

好きなもののことを考え、好きな人について考えましょう。

 

起きて欲しいこと、

望んでいる未来をまっすぐに考えましょう。

 

怒りや憎悪はいつまでも抱えず、自己批判もせず、

過去もネガティブな感情も早めに手放してしまいましょう。

 

上手く行かなかったこと、失敗や恥は忘れてしまいましょう。

上手くいかなかった他人や失ってしまったものは、

想い出だけ大切にしまって、執着は手放しましょう。

 

反省や内省はしても、後悔は止めて、

自分も他人もジャッジするのは止めましょう。

 

あなたが今感じて、味わって、浸っている感情が、

あなたの未来を創っています。

あなたのその感情が、もっとこの感情を味わっていたいと、

その感情を味わえ体感できる現実を創り出しているのです。

 

お金がない、お金が足りていない、

出逢いがない、男運がない、

 

などと思っていると、

その通りの感情が味わえる人生しかあなたは生きられません。

あなたはずっと今感じている感情を「この感情」が欲しいと、

未来にオーダーし、リクエストし続けているんです。

 

あなたの未来は、

今あなたが感じていること、考えていることが決めているんです。

 

あなたがあなたの未来を、人生を創っているんです。

 

 

思考に気をつけなさい。

それはいつか言葉になるから。

 

言葉に気をつけなさい。

それはいつか行動になるから。

  

行動に気をつけなさい。

それはいつか習慣になるから。


習慣に気をつけなさい。

それはいつか性格になるから。

 

性格に気をつけなさい。

それはいつか運命になるから。


 - マザー・テレサ -