魂のカルテ~Spiritual Case File
こちらはアーカイブとしての別館ブログで
本館「Light of Wisdom~スピリチュアルセラピーの現場から」より
主に過去生関連の記事のみ抜粋して、こちらアーカイブ(別館)としてまとめています。

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  • 07Aug
    • 愛の骸 夢の残り香①

      人は人生を生きる上で記憶でありデータでもあるエレメンタルを創造するそれらは肉体と心と思考が反応して生産されるもの人それぞれに創造するエレメンタルは量も質も多種多様に異なるのでそれが故に私たちにはオリジナリティに満ちた個別のパーソナリティを創りその人独自の人生を生きることになる言い換えていうなれば人格(パーソナリティ)というのはその人が創ってきたエレメンタルの集合体でありその人生を生きる上でペルソナとして創られてきたパーソナリティもまたキャラクターとしてのエレメンタルであるこのストックされているエレメンタルの集合体こそがその人そのものと言っていいものであるが今の人生で使用している部分(今生で生産したもの)が表層意識とも言える部分で顕在意識とも言えるそして無意識下に眠らせているアーカイブの奥底に未整理整頓なままストックされて放置されているのが潜在意識と言われている部分過去生の記憶というのはここに埋もれているものでもちろん今生の記憶でも不要と切り捨てられたものはここに乱雑に放り込まれていたりするこのデータ 記憶たるエレメンタルがなければ私たちはただの土くれ 肉の塊にしか過ぎない故にエレメンタルは私たちが人である証神とも天使とも違う 別の生き物である証神も天使もエレメンタルを完璧に創造することが出来るが私たち人間だけがエレメンタルを不完全に創造するそれは無意識にエレメンタルを創造しているという意味でしかし神も天使も人の人生を創ることは出来ない自らの人生を自らの身体を通して創るエレメンタルを創造することによって紡いでいくことが出来るのは人間だけに与えられた特権人間にしか創ることが出来ない完璧ではない不完全なエレメンタルは予定調和を外れたところでの運命を紡いでいく創造者である当人を翻弄し想定外な人生をギフトし完璧であるはずの世界にありえない不調和を創るそして本来ならば主であるはずの創造者たる人を操り支配する力を持って君臨し自らを養うために自我を肥大させて生みの親たる人を奴隷化するさてエレメンタルは集合体としても個別の物体としてみたときにも各々が生まれながらの振動数を持ち波動を放つ結果その波動が同種のものを引き寄せるこれこそが引き寄せの法則の原理であり人生すなわち思考や感情の現実化はこの法則によって成り立っているといってもまったくもって過言ではない 細かくというとそれだけではないのだが単純に言ってしまうとそのようになるかといってその人自身を表すすべてのエレメンタルの集合体(過去に生きた人物としての全てのパーソナリティとその人生の記録/記憶 カルマのレッスン他人に埋め込まれたもの 吸収してしまったもの等)のすべてが常に稼働して何かを引き寄せているというわけではない活性化すなわち電源が入っているもの手元において毎日使用しているようなものそうした顕在意識とも言えるエレメンタルといかようにしても電源をoffにできず亡霊のように"半分死にながら"稼働している忘却の彼方から当人を操っている無意識下で蠢くネガティブでそれでいてとてもパワフルなエレメンタルこれらが大体においてリアルな今を創っているエレメンタルは実に多種多様な形骸を持つが中でも厄介なのが"人"の形をしたエレメンタルで自らの過去生のパーソナリティ以外の他者の形骸そうした木偶人形のようなエレメンタルほど厄介で手強いものはない何故なら当人がそれを手放したがらないからだまるで愛着のある子供の頃に親や他者からの愛情の証として与えられた人形やぬいぐるみを大切にするように想い出の一部として自らの分身のごとく心のパーツに取り込んでいるものだからそれがどんなに汚く惨めにボロ屑かボロ雑巾のように形骸すら留めぬものとなっていても簡単に捨てることが出来ぬのが人の想いというもの"夕闇の中でささやく木々は月影にさらわれて切ない悲しみの歌を奏でる月影にさらわれながら彼女に見えたものは拳銃の影だけだった"by マイク・オールドフィールド「ムーンライトシャドウ」フランス革命の末期 その混乱の中親や仲間とはぐれてしまったロマの女の子はその日に食べ 生きていくために身を売ることを覚えたみなしごの浮浪児は確実な保障を求めて一介の街娼から娼館に帰属するようになりすっかりその世界に馴染んだ頃かつて自然のままに暮らした純朴さはあとかたもなく消え失せていた気が付けば王党派も再び息を吹き返していて革命時の反逆精神と熱気はどこへやら街は退廃的で貴族たちが大手を振り始めるときどき高級娼婦たちとの駆け引きや昔ながらの社交に飽きた貴族たちがいつもとは違った趣向を求めるのかはすっぱな女たちを求めて下町の娼館に流れてくるロマの少女のところにもそんな客がやってくる育ちの良い客 棲む世界の違う人元の生活であったなら絶対に会うことのなかったはずの相手他の子とは違い ロマとして各地を放浪し独特の人生を生きてきた彼女の話は貴族の若者にとっては新鮮だったろう彼が恋に落ちた時 悲劇は起きた客として あくまで客として接待をしただけ金払いの良い上客だからサービスをしただけあなたはそれ以上でも以下の存在でもない彼女の冷たく突き放すような言葉にショックを受けた若者は彼女の前で拳銃を取り出して自らの頭を撃ちぬいた「僕を崖に立たせて  突き落としたのは彼女だ」と糾弾する言葉を残してその言葉は彼女の咎となった永遠に消えない罪となり 呪いにもなったその前の人生で同様のことがあったもちろん当人は覚えてないけれど明の時代 とある権力者のお妾さんであった人生で下働きの幼馴染と通じてしまい見つかって 相手が殺されてしまったこと意識の上では覚えてはいないけれど記憶がリンクして繋がってしまう私が好きになる人はみんな死んでしまう私は周囲の人を不幸にしてしまう私と関わる人はみんな私を恨んで死んでいくみんな死んでしまう 私が周囲の人の運勢を狂わせている私は疫病神なのだ 死神なのだ人々を不幸にする呪われた人間なんだ自分は恋愛なんてしてはいけないのだと誰も好きになってはいけないし誰からも好意を寄せられてもいけないし二度と恋に落ちてはいけないのだと無意識下に強く刻み込んで自分自身に呪いをかけ自分は罰せられなければいけないのだと重い罪を背負っている人間なのだと自らを痛めつけるような人生を選ぶ現代に生まれた彼女は何故だか黒い服ばかり好んで着る喪服を着るように自分に与えられた罰の証罪の色だと言わんばかりにねぇ 本当は好きだったのでしょう?だけど言えなかったのでしょう?本当の気持ちを隠さないといけなかったのでしょう?ポーカーフェイスで突き放す以外に他に交わす術を持っていなかったのでしょう?幼少期から差別される民族としての放浪の暮らしを送りまして家族を失ってからは 飲まず食わずの惨めな生活を知っている貴方には貴族の若者が恵まれた環境を捨てて屋根裏をドブネズミが走るような路地裏で生きていけるはずもないと理解していたし自分に入れあげてお金を費やして放蕩息子と世間に後ろ指を指される不名誉を相手に与えたくなかっただけなのでしょう?"貧しさの中で壊れて消える愛の暮らしはイヤだとまるでショウウィンドウに自分を並べるように着飾って誰かを待ってた愛が買えるならその涙の理由を教えて愛が買えるならため息の理由を教えていつわらずに… " by浜田省吾「丘の上の愛」

  • 04Aug
    • いつかどこかでまた会えたら~虹色蝶々

      ヤサシイキモチヲオシエテクレタセツナイキモチヲオシエテクレタソレハナニヨリモダイジナコトデ忘れはしないよいつかどこかでまた会えたらきっと側で羽を広げて雪は次第に雨となって雲が千切れて虹を架ける私の羽と同じようなとても綺麗な色に変わる~by黒うさP 虹色蝶々より引用~4年前 某バンドの日光で行われる奉納ライブで結構いい席が取れていて車を出してくれる人も見つかってとても楽しみにしていたのですけれど眼の手術日が後ろにずれたことで標高の高いところへはまだ行ってはいけない期間に見事かぶってしまい涙を呑んであきらめた私(東京と日光の高低差はスカイツリーと同じ)そのようないきさつで4人で行くところ私抜きで行ってもらったのですがXjapanのファンであったHさんは興味は持ったものの曲をよく知らず(いちおうyoutubeで予習?はしておいたみたい)当日"虹色蝶々"が始まって歌を聴いた途端急に涙がドッー!とあふれて一人号泣したそう自分でも止められず全身で泣いた感じらしいその時に「自分の中の誰かが泣いている」瞬間的にそう思ったそうですああ これは私の詩だ…とも思ったそうですが彼女には韓国(当時は高麗)にて妓生(キーセン)として生きた人生があったんですねその時の記憶たる人格(過去生のパーソナリティ)であり残り香たる想いが反応したのでしょうその時の自分が抱えていた想いを綴ったような当時の人生をなぞったような歌詞が胸に響いて感情のカタルシスが起きたのですね音楽って不思議なものです五感を刺激し揺さぶるものだからでしょうか曲を聴いて耳だけでなく全身で音のシャワーを浴びてその旋律による波動の刺激だけではなくてそこに歌詞というドラマが言霊として心に響き届きそれだけで過去にも未来にも異次元にもトリップさせてくれるとくに感情にはダイレクトに当時の空間へと心を連れていくちなみに彼女はその時妓生としては結構高い地位にいたみたいです日本だと花魁に相当しますかねそしてかぐや姫エレメンタルを持っていたというかちょっとこじらせ系の素直ではない鼻もちならないプライドの高い女性で好きになった人に好きって言えなかったんですねそれで後悔することになったのですがその時のその想いがリフレインしたのですこの歌を聞いた瞬間に当時の自分の人生へとフィードバックする鍵になったというのかな上記に書いた彼女の人生については私が指摘したのですがついでに「ファン・ジニ 見てみたら?」とソン・ヘギョの映画を薦めたならばドラマのあのえらい長いほうを借りてきて一気見したとのことでしたwそして「ヤバイ すごくわかるというか なんども そうそうと頷いてしまったし 感情移入して 理解できる世界だった」とのことちなみに肝心の"虹色蝶々"の作者の方曰く遊女とお客さんの関係とか出会いを思い描いて創作した歌詞ではなく書生さんのところに一休みにきた蝶々さんとのひと時の出会いをイメージされたとかとか(どこかに書いてあったのを読みました)作者が思い描いて綴った想像の世界とは意図された歌詞とまったく異なる世界がリスナー側の心象風景には広がっていく曲(詩)が聴く側の心の扉を開いた瞬間記憶の奥底にある何かを呼び覚まし当時の想いを蘇らせていくそして自分の過去を物語として投影するこういうのはホント珍しくないです今の人生の失恋とか何かの出来事も歌に想いを投影するのはよくあることですから自分のことになりますが子供の頃に「マノン・レスコー」を読んで妙にマノンの心境に共感してしまったり「椿姫」の海外ドラマを見てめちゃくちゃ感情移入してしまったのでした(童話の「人魚姫」にも)歌だとちあきなおみさんの「喝采」とかペドロ&カプリシャスの「教会へ行く」とか有名どころの「愛の賛歌(原詩の方ね)」映画では「シェルブールの雨傘」には条件反射で号泣(名作と言われてるけど実際には微妙)マノンや椿姫はともかくとして上記に共通しているのは恋人が死んでしまった話ってヤツどうも私がカタルシスを覚えてしまうモチーフのパターンがそこらへんなんですねそして一つが相手との身分差とかを考えて身を引くパターンもう一つが戦争に行った恋人が帰らなかったその死の知らせを聞かされ葬式に行くパターンというのが号泣スイッチのキーパーソンになるみたいでなんかあるんだろーとは思いつつもあえて放置して触れてこなかったところ恋愛の障害になっているエネルギーブロックでありナルシーな悲劇的ヒロインに陥りやすい引き寄せそれらを創り出す屈強なエレメンタル今の私には不要なものなんですが恋愛に興味がなかったばかりに(だってめんどくさい)害もないからと手放すことしてこなかったんですねでも数か月前からの感情が洗濯機の中に放り込まれぐるんぐるん攪拌され古いものも新しいものも色んなものがかき混ぜられて「こんなんあったんだ」みたいな発掘作業が進む中やっぱ再度出てきてしまうのですたまたま動画を見てて洋楽の歌を素敵に翻訳されている方がいてサイモン&ガーファンクルの"スカボローフェア"これもあったので見てみたんですねこの曲も聞く時も歌う時もどうしても泣いてしまう大好きな曲なんですが元々アイルランドの民話から生まれた曲ですけれどその原曲とは異なる歌詞(詠唱部分)を付けられてヒットして一般的に知られているのがS&Gがカバーして映画卒業の挿入歌になったこの曲その部分についてコメント欄に動画をUPされている方ではない視聴者さんが書いてくれていたのですその書かれている内容を読んだ瞬間にダム決壊ひたすら号泣です 嗚咽が止められませんでしたそこで色々と繋がったんですね前に池袋をうろついていた時に(買い物で)身体はここにいて目は池袋の街を見ているのに頭の中の景色が古い時代の異国の景色を見ていて同時に二か所に自分が存在しているような気がするそんなことを以前のどこかの記事に書いたんですけどその理由が分かったんですよそうだ 忘れてたけどこれも戦争に行って死んでしまった男性が亡霊となって現れて故郷に行くという旅人に恋人に「僕を忘れないで欲しい」と伝言を頼む歌だっただけど旅人は幽霊を前にして魔除けの言葉(魔除けのハーブの名前)をひたすら唱えているってそういう歌なんだよなー…とAre you going to Scarborough Fair?Parsley, sage, rosemary & thyme.Remember me to one who lives there.She once was a true love of mine.改めてこの歌詞の意味が刺さったっていうのかなあ゛ー 私あの丘で あのお城の前で戦に行って帰って来ない彼を待ってたんだ~っっそう考えるに至った瞬間その時に自分の中から何かがポーン!と飛んでったのが分かりましたそしてもう一つの子供の頃からよく見る幻自然が豊かな 小さな池か湖 河のほとりその近くの木陰? ボートもあって森というほど暗くはなくどちらかというと白樺林って感じの明るい木々と草のじゅうたんのあるところで木漏れ日の中 誰かと二人でいるイメージこれがね ずっと脳裏から離れなくて何度も夢とか 白昼夢で出てきてたの懐かしいし思い出すとときめきもついてくるでも今の人生には無い記憶なんですよでこの木漏れ日の記憶で一緒にいた相手も丘で待ってて戦死した相手も時代は違うが同じ相手だなってことはなんか理解できたでも今生では逢ってないですwなんて言うんでしょうねきっと再会したからといって当時と同じとは限らないわけですよあの頃の気持ちはフリーズドライされていてもそれぞれ別人として生きていて中身も成長したり変化して生きてる趣味嗜好も変わっているし生き方も変わったし好きな異性の好みもね昔とは違うはずお互いがお互いとして認識できたとして「げっ! ハゲちらかした親父ぢゃんっっ!」「うわっ 何このしわくちゃババア」と互いに「無理無理無理無理無理無理無理ムリっ~!」となってしまって幻滅しまくる可能性は高いわけですw千年の恋も冷めちゃう??あ゛ーでもそもそも同世代とは限らないし当時の性別とも限らないわけです(同じ性別に生まれてる可能性あり)日本人じゃなくて地球の反対側でしかも生まれたばかりの赤ん坊でしたとか死にそうな寝たきり老人だったりとか言葉もまったく通じませんのデシタの可能性のほうが高いですのよそして万が一異性同士でお互い独身で年近かったとしても(日本人で言葉が通じ合ったとしても)何よりも今さらのこの年齢ですやっぱり恋愛は肉体が若くてみずみずしいときでなくちゃwそしてロミオとジュリエットもなんだかんだ出会って盛り上がって死ぬまで一週間たった一週間だったからお互いの良いところだけを見ることが出来て燃え上れたわけですしかし現実というのはそんなもんじゃありませんあのまま反対されずに一緒になっていたとしても二年後には倦怠期が来て移り気なロミオは浮気しまくりだったかもだしwそれを考えると前世の恋と言っても それは成就してない初恋を美しく恋い慕うようなもので結果が出てないから脚色して美しく見えるのでしょう再会して必ずしもまたお互いに恋するとも惹かれあうとは限らないのですその後の人生を共にできる相手ではありえないつーかでも相手がどんな人として今生に存在しているのかどんな姿に生まれ変わっているのかちょっと気になったりはしますね覗き見程度に知りたいなーと好奇心は刺激されていますでもまあ 来るべく来世のために必要のないエネルギーブロックは外して捨てて置いたほうが身のためですねーこれも終活か?wそして「君に読む物語」に感動していたりするワシまぁあんな"永遠の愛"のようなおとぎ話は残念ながらそうそうはないですけどね

  • 01Aug
    • 家族の癒し~属毛離裏/そして家族になる②

      世界の平和は家庭から人類は大きなひとつの家族そのもっとも最小単位たる家庭家族全員の問題が解決され家庭が平穏で平和であればこの世はすべて丸く収まるすべての家庭が愛に満たされていたならばこの世は 人類のすべては愛で満たされるそれが家族である人類すべて私たちの目指すところ私たちの行きたいところカルマのレッスンばかりが家族を選ばせるわけではない人としての想い 望みの具現化として相手へのサポート 愛の表現としても私たちは時に家族を選び生まれてくる時空を超えた再会は必ずしもロマンティックなものばかりではないが深い愛の絆の実現ゆえに生まれることもある海外での事例として自宅前で遊んでいた幼い姉妹が車に轢かれて亡くなってしまったが数年後に双子の姉妹として同じ両親の元に再び生まれてきた話があるティーンエイジャーの親友が不治の病でこの世を去る時「あなたの子として生まれ変わってくるわ」と予告して実際にその子として生まれ変わり二人は母子という新たな絆を結ぶことになった祖母や祖父が特別愛していた娘や息子のその孫の元に生まれてきたケースもある戦場で友情を育んだ親友同士が次の人生での縁を望み再会を誓い合い戦後平和になり共に戦死した国で同じ親の元に兄弟として生まれた事例も再び出会いたい巡り合いたいという互いの強い想いが実現化された形での血の繋がった縁ある家族の誕生である親の愛に恵まれなかった親友に対して「私があなたの親になって たくさん愛して守ってあげるから あなたの人生を あなたの夢が叶うよう 全力でバックアップしてあげるから そうしたら他人ではなくて 親子なんだから無制限でいくらでも あなたに色んな事をしてあげられるから」そう誓い合って子として受け入れてそれを実際に実行している人もいる例え今生の関係が相容れず水も合わず感情的葛藤や拒絶感や抵抗が生じている親子や兄弟姉妹の関係であったとしても大抵は互いに対する負債の返済であったりネガティブな感情(相手への偏見や誤解)を融和や理解へと導くための縁と知って欲しい※やり直しのための再会の場合には償いや贖い 学びというステージは必ずしも苦行ではないこのような再会の例もある結婚した相手の親(舅姑)が過去生での親だったとかかつて嫁いだ先の舅姑が今の親であったりなど自分の親が結婚相手の過去生の親だった場合義理の仲はたいがい上手くいくようですがその逆のケースもあるバツイチで再婚したならば再婚相手にとって連れ子たる継子が過去生での実子だったとか後は過去生で養子にした子が実子として生まれてくることがあったりその逆で実子が養子として出会ったり実に色々な縁がある血肉を分け遺伝子を継ぐことばかりが家族の縁ではないということでかつての親や子が今の叔母や叔父であったり兄弟姉妹の子(姪甥)が過去生の子や親であったり近しい誰かであったり…というのもよくあることかつてのイジワル姑が実は今の母親ってのは意外と多いケースで息子を奪った人として敵認定でのイジワルなら実の子供だったら嫁を愛せるのか?という愛のお試し行為として再会したりする似たような愛のお試し行為としてその昔は敵対した勢力・一族であった人たち彼らがまとまって家族として転生している中に生まれて孤立して苦しんでいる人もいたりする戦場で敵として互いを殺し合った者同士が兄弟姉妹として同一の両親に生まれるケースは多いまったく似ていない双子黒人と白人として 違う人種民族として敵国の兵士として 対立する宗教に属する者同士敵対し憎み合い迫害しあった者同士が同一の両親のもとに同じ民族人種として 同じ環境のもとに生まれ同じ教育 文化 宗教 躾を受ける戦場で互いに刃を向け 銃口を向けその場で倒れて血を流した者が仲間として同胞として兄弟姉妹として親子として互いを守り合う関係に生まれるあかの他人だから赦せず裁いて差別したり非道な扱いをしたりその血脈を滅ぼしたりした相手のことを家族としてなら愛せるのか?その命を大切に出来るのか?人としての尊厳を守れるのか?そんなことを提示されながら時に殺人者(加害者)と殺されし者(被害者)命を奪い夢や希望や未来を奪った代償としてその子に惜しみない時間と労力をかけ育て金銭を投資するという償いを行うもの反発し親を困らせ苦しめるという復讐を経て互いを赦し赦される関係へと至る者同士もいる過去の恨みをはらすがごとく仕返し的に親の財産を食いつぶし苦しみを与えるというそれもまた学びの関係どうにも避けられないところに相手を追い込んで精神の成長や心の葛藤から気付きへと導くために①の方で触れたチャクラヒーリングのクライアントさん彼女とお母様の御縁が今に至るまで続くことになった原初のきっかけは親方とその弟子(人身売買によって売られた子)という関係性だったとてもクレイジーな親方で口も気も荒いいつも怒鳴ってばかりの暴力的な親方で恩着せがましく弟子たちを怒鳴り散らしけなすことはあっても絶対褒めない人なんでこのような人と出会ってしまったのかというとそれはその前の人生でカソリックの修道士だった時に人の善良性を信じて疑わずこのような親方のような人間がいたとしても「話せば誰でも分かり合える」「根っからの悪人はいない」と信じていたのでこの種の人間相手とのトラブルに愚痴を吐き嘆く人に対して「あなたの愛と忍耐が足りないのです」と説いていたのででは、あなたは愛と忍耐を実践できるのですね?このような相手でも分かり合えると仰るのですね?というお試しで導かれた人生でありご縁そうした経緯で結んだ学びのご縁から4度目の正直が今生だったりするのですこのようなケースでは過去のいきさつを知り 出会った理由とその意味を知り互いの学びが何であったのかどこにあるのかを知り過去生の自分の傷を癒し解放して書き換えをすればあとはこの情報をどのように受け止めるのか…今の人生にどのように生かしていくべきか…になります幸いにしてこのクライアントさんのケースでは彼女自身 様々な霊的な知識を学んできた人でセルフヒーリングのスキルも持っている人ですので知り得た情報を理解した上でちゃんと咀嚼して今生での関係性に反映させていくことが出来るかとそして家族に対する遠隔ヒーリングのご依頼本来はこんなご時世ということもあって家族みんなの健康と氣の充実を願っての単なるヘルスケア目的のレイキヒーリング…のはずだったのですが遠隔だからこそ出来ないこともあるし出来ることもある今の時期だからこそ 依頼者の方にとって知ってもいい知るべき時期だったからこそ様々な情報をお教えすることになりましたクライアントさん自身 レイキもされるしスキルも知識もあるし常日頃ご家族のことを自主的にヒーリングされているのですけれどどうしても当事者というか家族であるがゆえに見えないこと(目が曇るわけではないけれど)近い存在でありすぎるが故に盲点なことってたくさんあるものだと…それを第三者視点からの客観的な情報として知る必要性があったのでしょうねご家族の過去生の履歴や今生の課題ご縁が出来るに至った相関図を知ることによって今後ご家族に対してヒーリングをしていく上での姿勢すなわちどういった流れや方向性でやっていくかとかの指針を得られることが出来たのでは?とも…思いました私が出来るのはそれぞれの関係性を癒すことや気付きへの後押し互いに存在する感情的なしこりなどに対する働きかけ未だ彷徨っている過去生の人格や出来事の解放その位なんですがちなみにこうしたまとまった家族単位でのヒーリングは因縁解消とか先祖供養とかそういったものにも多少通じるものがあるでしょうが似て非なるものだとお断りしておきますいつも思うのですけどそのようなセッションを通じて私自身毎度まいどの気付きがあるというか今回も改めて色々と考える機会を持ち大きな学びを得られることになりました今まではペア単位はあったとしてもここまで大人数の方たちのヒーリングをまとめてさせて頂いたのは初めてでしたのでいっぺんに大勢のコミュニティへのヒーリングをさせて頂くことで個人の問題を解決するという方向性とはまた違ったものの見方 事実を見ていくことにもなるのだなあとホント大きな勉強であり新たな知己を得る貴重な経験をしました細かいことは書きませんけどそんな感じです

  • 30Jul
    • 家族の癒し~属毛離裏/そして家族になる①

      「子は親を選べない」「望んであなたの子に生まれてきたわけじゃない」とは子供側が親である存在に対してよく吐くセリフですが霊的な真理や宇宙の法則から言えば実際のところ子供は親を選んで生まれてきているんですよね必ずしも綿密に組まれたプログラムではなく時期や関係性が前後したり状況に応じて変動したりといきあたりばったりだったりの多少ランダムなところはありますがどのような親のもとに生まれるのかどのような人から学びを得るのかその人物との関係性で解消したいことそのような指針があっての今生のご縁なのです最近たまたまなことですけれど親子関係に対するヒーリングが二件ほど続きました御一人はチャクラヒーリングでお母様との問題もう御一人の方からは家族全員(三世代)の遠隔ヒーリングのご依頼でしたそれぞれとも今回が初めてのご縁というわけではなく前者の方は今のお母様とは4回目の出会い後者の方は何しろ人数が人数なので家族全員が色々と複雑に絡み合った過去を持ち様々な相関図があっての今生での家族(一族)というご縁カルマの貸し借りというか多種多様な人間模様ありきの今なのだとそれぞれに人生ドラマがあって感情的なしこりから来る微妙な距離感とか贖罪的な罪滅ぼしとか湾曲した誤解とかなんかまあ色々とあるわけですそのようなものがあってお互いに対する理解を深めたり新たな挑戦や償いやら学びの為に人はまったくのあかの他人から血肉を分け合う家族になっていくのだとその道を選ぶものなのだとそう思った次第です家族であるというのは相手を赦し受け入れ愛したり愛されたり理解しようと努めるための人間関係の最終形態であり究極のお試しステージであるのかも知れませんちなみに夫婦(パートナー)の場合ですけれど一度結婚した相手とは学びのために最低でも3回は出会うことになるのだそうです仏の顔も三度までとか三度目の正直とはよく言ったものでやり直しと軌道修正 互いに対する理解を深めるためだったり前回の失敗や反省点を生かして今回は好ましい関係を作れるか否かとかいうお試しの意味も含めての再会は3度の法則もちろんもっともっと絆を深めてより良い関係を築き共同作業をしていくための再会としての結婚もありますけども夫婦のことはさておいて親と子というのはこれまた不思議な縁(えにし)ですちなみにどうでもいいことですが私の親や姉は過去生は盗賊で殺人も犯しておりとても罪深いことをしていた人なので今生でこのような仕事をする予定だった私は彼らのその罪を背負う(贖う)意味でもこの家族のもとに生まれてきています父に関して言えば他人からお金を盗み奪い取っていたので親として(このような仕事を将来する)私を養い育てること(養育にお金を使う)ことで過去の浄財をしているのですねその割にはかなりケチだったケド母に関しては私に対する誤解から来る逆恨みそのような捻じれ歪んだ物の見方から生じた負の感情の解消と謝った観念と思考を正すためちょっとこのあたり一言では言えませんが母親という養育者になることでその観点から私を理解する必要があったのですねでも彼らがそのような学びをクリアできたかというと残念ながらあまり出来ていないようですねここいらは私が指導(指摘)することではなく物理的次元での関係性と立場から娘として親である彼らから与えられた経験を踏まえて感じてきたありのままを反応し表現(行動)するだけです連絡を取るとか取らないとか距離を取るとか親愛の情を示さないこととかすべてそれもまた孝行で私しか彼らに与えられないギフトでもあります最初から良き親になれる人は一人もいませんそして感じ方というのは人それぞれなので他の人にとって良き親であったとしても別の人にとっては良き親とも限りません親子兄弟姉妹と言えど相性もありますし霊的成長のレベルは皆異なっているのです何度か人の親という役割(仕事)を経験して修練して良き親そして良き配偶者になっていくみながそのような経験を積むわけですもちろん結婚や親としての経験が豊富だからと言ってその道の達人で卓越した手腕が身に付いて必ずしもいつも上手くいくということもなく相手が変われば新たな人間関係ややり方を構築する必要がありその都度創意工夫と忍耐が求められますまあ未経験よりはスキルのある人の方が楽でしょうでも経験したからといってその経験から学べているかどうかはその人次第さて家族の霊性・霊格は決して同じではなくそれぞれが置かれている魂のステージも今生の課題も方向性もノルマも異なっていてバラバラであることのほうが多いです※霊性のレベルを学校教育に例えると父親が幼稚園児 母親が小学生 兄が中学生 妹が大学院生とか学年も学力も異なったもの同士が学年や学力の順列とは比例しない形で(年功序列にはならず)玉石混合に組み合わされて家族が構成ということが圧倒的です霊性高く人として優れた親のもとに極悪非道な子が生まれることは珍しくないし未熟で人として半人前の親のところに賢者たる子が生まれることも少なくありません子を養育するのが親の立場で教育や躾など人としての生き方や道を示すのが親の最たる役目であると説かれてもいるしそれが理想ではありますが実際のところはその子を育てることで自分を育て直す機会を与えられている親は多く子供の方が親を教え育てる教師の立場にある親子関係も世には実にたくさん存在しています親のカルマ(咎罪)を背負って生まれる子もいますし大きな気付きを与えるためにその身を与える子もいますもちろん親の側も本来の親として未熟な子に善い影響を与え 正しい道に導くために子のカルマをともに背負って生きようとして迎え入れる人々も大勢います引き寄せの法則が働いていることが基本ではありますが生まれる環境すなわち親を選んで生まれてくるということは霊的修養の場を選んできたということ以外の他なりません霊性を高めて神体を成長させるという魂の目的を叶えるための神的プログラム及びカルマのレッスンなどを織り込んだ今生のノルマの指針で計画書たるブループリントこれを実行し達成するために最適な環境を物理的次元で得るがためもっとも最適だとして選択された場所それがための親(環境)の選択だからですギブ&テイクの関係だと言えばなんか言葉が軽くなってしまいますけどw親子関係そして兄弟姉妹や家族として生まれるということは互いにカルマを与えたり与えられる関係性であると双方向性で相手に対して必要なもの(学び)を与えられる究極の学びの関係であることは否めません修業と言えばそうだし逃れられない宿命と言えばそれもそう夫婦はともかく親子って簡単に縁は切れませんからね疎遠になるのはとても大変なことだからといって自分を苦しめる家族から逃げてはいけないってことではないのです簡単に縁を切ってはいけないとかそのような意味ではありませんただ家族の問題には今生のテーマそのものがそこに存在するといっても過言でないのでその問題そのものから逃げるな直視して立ち向かうべきであるという意味はあってもどんな親であっても縁を切るな見捨てるな家族であり続けろってことではないのです毒親と縁を切って逃げるという苦渋の決断と行動もその選択こそ今生の課題である場合もあるのですからそしてここまで書いて一度でまとめられなかった…のでもうちょっと書く必要がありそうですというわけでとぅびーこんてぃにゅー

  • 27Jul
    • 未だ生を知らず 焉んぞ死を知らん

      眠い人が眠るように瀕死の人は死を必要としているのです抵抗が間違いで無駄だというときが いずれきますよby サルバドール・ダリ不幸な人間にとって死とは無期懲役の減刑であるby アレクサンダー・チェイスどのみち死なねばならぬなら私は なっとくして死にたいのだby 梅崎春生ちなみにタイトルは孔子の言葉先日の嘱託殺人の記事を見て記事をざっくりと読んだだけではあくまで概要からの個人的な感想 感情的な意見を持ち得るだけでかといって詳細を知り得たところで何が良かったのか悪かったのかことの是非や真偽を問える立場にはないのだが一瞬の感想としてはもし医師が患者の願いを聞き届けただけならばそれは医師として人としての立場からの患者への救済であったのではとそう思うし思いたいけれど 判断するには全容を知らぬものとして軽率であるし意見を言うには早計すぎるこれまでにこちらのブログの過去記事でも自殺はよくないことと何度なく書いてきた但し 例外というのはどんな事象にもあるもの実のところ どのような思いや状況下でその人が自死を選ばざるを得なかったのかそのようなことが測られ考慮されるべきなので生きることからの逃避からなのか他者を救うことのための死の選択であるのか等そうでないのか否かなど例えば即身仏は自死にあらずだし登山の事故などで他者を助けるために繋がったザイルを切って死を選ぶこと自らを捨て置いて先に行ってくれと頼み他者の足手まといにならぬよう自らを助けようとするものの手を振り切りそのように生きることをあきらめることも自死にあらず(そして彼らの死によって生き延びた人手を差し伸べること能わず共に逃げること叶わなかった人というのは決して彼らを"見捨てた"などという人ではなく彼らから生を分け与えられ"命を託された人"であるのだ)もちろん状況によるが非常事態(戦争や洗脳や特異な支配下)における強要されての自死なども自死には当たらない死することで国や誰かの秘密や名誉を守り大勢を救うための選択も同じこと切腹も自死に当たらないケースがほとんどで(三島由紀夫のケースは単なる自殺だが)江戸時代の切腹は単純に言えば刑死であるし自ら死期を選んで旅立つ人の場合はこれまた自死には相当しない生の終わりを自分で決めて引き際を自ら決めた人たちということで(とはいうもののこれはある程度の霊的成長を遂げた者の話アメリカインディアンの「今日は死ぬのに良い日」など参照のこと)そして自殺には仕組まれた死というかカルマのレッスンによる自殺というのもありその死には償いの意味だったり愛の実践だったりレッスンは様々で決してどれも同じ理由ではないけれど人類のために同胞に問いを投げかけるために世の中を変える原動力となり得るために自らを贄としてその命を投げ出すことをするそのような死もあるのであるいは身近な人のカルマを背負っての身代わりの死もあったりすしそのような自死は自殺(殺人)に当たらずそれを幇助したものも勿論殺人を犯したことにはならないもちろん現実世界では法律が重んじられるだから精神世界というか霊的なルールと必ずしもそれらは一致しないししなくても当然だと言えるそれらの間にはなかなか埋められぬ乖離がある現実世界における法のあり方についてのルールとしていることに対する問いでもあるので大切なのはこれらのことから私たちが何を学ぶべきかということ死とは何か 命とは 生とは生きるということはどういうことなのか死の尊厳とは何か 生きる自由 死ぬ自由自由のない身体で生き続けることが人としての尊厳なのか当人でなく他者の願いだけで生きることに幸福があるのかたくさんの管を差し込まれがんじがらめに束縛された状態で排便も食事もままならぬ状態で生きることは人と言えるのか自分がそのような状態になったら何を望むのか生ある単なる肉塊となってしまった青年の生の尊厳を描いた映画「ジョニーは戦場へ行った」を思い出しもするけれど(あれは医療従事者の患者の扱いに対する問いもあったが)生かされるも地獄という状況もあるのであるそれでも生きていたいという人ももちろんいるそんな状態になっていても奇跡を信じ生きていて欲しいと願う家族もいる看病が負担で嵩張る入院費に苦しむ家族もいる口にこそできないが密かに死を願う家族もいる家族の意見と当人の意見が必ずしも一致するということばかりでもない生きていたいと望むこと 人として扱われていたいと欲する感情に罪はない誰が悪いわけでなく それぞれが真実なだけだからこそ落としどころが難しい エゴイズムのないところで考えるべきではあるがこれが正解という答えはたぶんどこにもないカルマのレッスンにおいては過去の学びとしてどんな状況になっても生きなくてはならないという課題を抱えた人もいるけれどそんな地獄の苦しみを今生で味あわなればいけない人がいるというのもそういう人がいるのも確かに事実だけれども・・・でもそのような苦しみの中にいる人に「ざまあみろ 因果応報だよ」と言い切るのではなくそこから人としてのあり方 人間としての心でもって ことの是非を考えてその人を救済しようという慈悲と慈愛の心を学び実践することこそ世にも人にも問われているというそのような苦しみを味わう人を少しでも減らしていくべきであるという一人ひとりへの 全体性の愛の学びが隠れているのです何が正しいのか正しくないのか何が良くて良くなくて悪いのかはっきりいって正解はない 間違いもない裁きも必要ない 心を裁くことは出来ない人が人を裁くことなんて本当は出来ないその権利なんて 実際のところ誰も持っていないこの世のルールとあの世のルールは同じではないでも私たちはこの世のルールを守るべきであるし私たちで作ったり変えていく責任がある法律は一人ひとりが考えて作っていくべきことみんなが声をあげていくべきこと裁きの場にも愛と人間らしい感情は必要だと法律は現実社会で起きたことを現実社会のコミュニティの中で生きる上で私たちで作ったルールで司法も警察もそれらを遵守するために存在して義務と権利と責任の所在を明らかにするために機能するべきものだけれどだが法がすべてではあってはならないし法のみがすべを決めることであってはならない法は良心のもとにあるべきで法が人の道や道徳に勝るものであってはならないし法がすべてにおいて優先される世の中であってはならない法は愛ある世界を壊すものではなく愛ある世界の秩序を守るものであるべきなのであるさて自分ならどうしたいと思うだろう私なら 死を選ぶだろう不自由な肉体を捨てて次の人生へと旅立つことを望むだろう自らで選択できれば良いけれどそうでない場合が厄介とも思うから誰かに罪を負わせるのならばその時はどうすればいいのか悩むだろう理想の死としてはアフリカのサバンナで夕陽を見ながら死を迎えて 動物たちの餌となるのが夢だけども(完全に息絶えてからね)とはいうものの邦人が野生動物に喰われたってニュースになっちゃうかそれで動物たちが成敗されたらとんだ冤罪だしやっぱりチベットで鳥葬がいいです それが無理なら遺灰は海に撒いて魚の餌にしてほしいもしくは森の木の栄養分になりたい墓はいらない 葬式も戒名も無用です死は救いとは言いながらそうは悟りきれぬものであるby 大佛次郎心が整理された者にとって死は次なる大いなる冒険にすぎないby アルバス・ダンブルドア一代聖教みな尽きて南無阿弥陀仏に成り果てぬ我が亡骸は野に捨て獣に施すべしby 一遍

  • 24Jul
    • 遊女の涙~吉原ラメント

      この曲を知ったのはカバーからで元々はこちらがオリジナルミュージシャンにしても作家や漫画家も過去生の記憶(体験)や思い出からフィクションを創る人は多いけれどもこの作者さんも他人の意識にアクセスして無意識に共感してそれを拾ってきたり深層意識の底に沈んだ自分の心のカケラを取り出して創作に生かすタイプの人なのだろうそんな風にアーティストとかミュージシャンとか役者さんにしても女優さんにしても表に出る人というのはオーラも強く感情も豊かなので過去に激しく鮮烈な生き方をしていることも多く画面を通しても情報が鮮明に伝わってきたりもするとくに創作活動をしている時はエネルギー全開だしたくさんの人生の積み重ねによっての今なんだと今ここに至るまでに生きた多数の人間の生き様がかつてはその人であった複数の人々の想いが同時にここに集約されて一緒にそこにいる感じステージではとくにそれを間近で垣間見ることかできる美輪さんとか玉三郎とか本当にオーラが綺麗で美しくてそれでいてパワフルですごかったとしかいいようがないダイアナ・ロスもマイケルも皆そうだったミュージシャンだけでなくてイチローとか長嶋さんとか手塚治虫氏とか巨匠と言われる人もみんな山あり谷ありですごい人生生きてきたなーって人たちだったなあまーかってに読んでしまうのって失礼なことなのですがねそしてこの手の歌はこのような職業や境遇にて辛い人生を生き想いを遺して死んだ人々や浮かばれぬ想念の慰霊であり鎮魂の歌となるさて個人セッションを通じてこれまでたくさんのクライアントさんの過去を紐解くことをしてきたわけですが占いと売春は最古の職業というだけあって巫女的な仕事をしていた人もそうだけど花街で働いていた人も本当に多いのです最近もそうですね現在の家族たちになじめないというかその輪に入れず距離を置いてしまう人がいてその人のとある過去生の一つが遊女としての人生で家が貧しくて兄弟姉妹たちも多くてどうにもならず女の子であったがために口減らしのために花街に売られて結果として梅毒にかかって隔離部屋に入れられて孤独のうちに死んでしまったものがありましたお金のために売られたってことでそれしか方法がなかったとはわかっちゃいるけれど両親に対しても家に残れた他の兄弟姉妹たちにも怒りとは違うちょっと複雑な気持ちを持っていて仕方ないと受け入れつつ投げやりにやさぐれててかといって被害者意識で自分を憐れむわけでなく物事を斜めにあきらめたように冷たく見てたり最初 古びれた赤い色のお手玉がふたつ見えてそれを持て余したように遊んでいる彼女の横顔がとても悲しそうで遠くを見る目が切なくて色褪せたボロボロのお手玉は子供の頃母親に作ってもらったものだったのでしょう死の間際までずっとその手にありました似たような人生を生きた人たくさんいましたね遠い昔にギリシャで神殿娼婦(ヘタイラ)だった人もいたしクルティザンヌ(高級娼婦)だった人もいたし日本でも奈良時代より前?なのかヘタイラと似たような性的奉仕付きの巫女さんもいて韓国で妓生とかやってた人もいましたね(ハン・ジニか)ハーレム的な大奥や宮中での女性だった人もいたし(日本の芸者さん舞妓さんは誤解している人多いけど接待の技能職であって性的奉仕とは無関係な職業デス)それよりも辛いなあって思ったのは強制的に性奴隷的な状況下に置かれていた人ねうん 今の人生では一般人だとしても過去生のどこかで一度も売春したことないって人はたぶんいないと思います同時に性的暴行とかの被害に遭ったことがないという人もいないって思う 加害者ばかりという人もいたりするがそして東洋と西洋だと同じ遊女(売春婦)でも立場とか扱いとか違うなーって思いました日本の江戸時代の花街だと籠の鳥(奴隷)なのですが西洋だと早くから自営業的なイメージ占領下の日本でのパンパンもそうですね家族を食べさせるため生きていくために自主的に街角に立って春をひさいでいる元締めみたいなのがいないわけではないが比較的自由が保障されてる感じがするもちろんそうではないとこもありますがね民族性なのかお国柄か文化の違いなのかアジアの方が扱いが酷いなってことが多いです今の人生で水商売や風俗の仕事をしている人の中にも過去の負のパターンを引き寄せてしまっていたりカルマのレッスンとかのやり直しでそのような職業に就いている人もいたりしますねそうですね性的なことって第一チャクラと第二チャクラに関することだから過去にダメージとか損傷を受けていると抜け出しにくいのかなあって思ったりもします出来ればそういったサイクルからは抜け出して自由に生きられる翼を今生では持っているのだから伸び伸びと生きて当時あきらめてしまったもの手に入れられなかったものを手に入れてその人なりの幸せな人生を生きて欲しいですね

  • 20Jul
    • 一樹の陰一河の流れも多生の縁

      自分という人間が醸し出す振動数周囲に及ぼす波長が波動の法則で運命を創り出し人も物も起こりうることすべてを引き寄せているという現実を考えれば今この世で出合っているもの全部が"縁"によって導かれしものと言えるだろうしかし縁というものは絶対的で確固たる信頼によって築かれた揺るぎない関係を保証するものではないその縁をどのように結んでいくのか縁合った関係をどのように育んでいくのかお互いが与え与えられる関係性の中で合意のもとに築き上げて作っていくもの縁のない関係などはないが同時に縁の結びのみによって築き上げられる信頼もない縁があったからといって相性がいいわけではないし調和と愛に満ちた関係を派生させられるわけでもない何もかも一致してすべてが上手くいくわけではない過去生での血縁関係者知人や友人 パートナーに再会するときとても懐かしく くすぐったい何とも言えない郷愁に満ちた感情が湧き上がることは多々ある「ああ、久しぶりだね 元気だった?」とでもいう具合に親しくなるのにさほど時間も掛からず初対面なのに意気投合したり心の距離を近く感じて馴れ馴れしくしてしまったり姿かたちだけが時に性別や年齢差や関係性が異なっているだけで空気感はそのままに当時の感情が蘇ることもそんなことが幾度かあった私だけが覚えていることが多いがお互いに思い出したこともある私の産みの母だった人私が産んだ娘と息子恋人関係だった人兄弟姉妹だった人たち友達だった人同じ村に住んでいた人私を魔女として告発した人私を殺した人たち同時に様々な複雑な想いも蘇る哀しみも痛みも憎しみも怒りも切なさや失ったものへの喪失感と同時に二度とは取り戻せない手に入らないあの日の幸福や満たされた日々や伸ばした手の先で掴めるはずだったもの手に入れられるはずだったすべてのものへの追憶と思慕とともに今は亡き親友はかつての私の姉だったフランス革命後のフランスでジプシーだった時の年の離れた姉今生では彼女の方が年下だったけれどやっぱりお互いそれが理解できたから一緒にいると記憶が蘇ってくるから思い出話なんかもよくしたものだった流浪のテント生活の合間にした姉妹の遊び旅の思い出 家族の団らん彼女はもう今生を終えたが150年前カナダ人だったとき私は幼い子供二人を残して某所で凍死してしまった14年前その時の娘に再会したとき互いにそれと分かったので二人抱き合って泣いた幼稚園のとき同じクラスで小学校は違い 中学ではクラスは別で高校で再会したその子はかつて私を崖から突き落とした人だった高校では世界大恐慌の時代を生きた時の知り合い幾人かとも再会したかつてのウォール街の住人は銀行や証券会社に就職していたリゾート地のバイトでは昔の弟と妹に再会した私だけが憶えていて彼らは覚えていない関係 性別は当時と同じだが年齢の順番は違ってた三人で本当の兄弟みたいによく遊んだが今はもう別々の人生を生きている面白いなって思うけどとはいうものの過去生だけで繋がっている関係というのも実に不自然なものだったりもするもちろんそこから始まるものもあるし継続して築いていける関係性もあるけれど必ずしも良い関係を築けるわけじゃないだってお互い当時から変わっちゃっているんですよね成長しているといったほうがいいかも知れない先に書いた娘はとても慕わしく慈しみの感情も湧いたけど今生では私と一回りしか違わなくて共通点もあまりなかったから友人というのも違うしなんていうか過去は過去で今は今って考えたとき幸せを願い遠くから見守るだけで十分と思った彼女に子が生まれた時血は繋がっていないのだが孫が生まれた気持ちを味わったでも私たちはもう親子ではない気持ちを関係性に比例させるには多少の困難が生まれることがある某カルチャースクールで出会って親しくなって「何でここまでよくしてくれるの?」って人にアロマトリートメントをしたとき急にその人がトランス状態に入って過去に私に対してしたことを告白し泣きながら謝罪して懺悔してきたときにはとにかくパニくったというか困惑したけれど(当時は今の仕事してなかったので)ああだから無意識的に償いをしようとあれやこれやしてくれてたのだな…って納得したその人との過去での関係性を解明するとだからこうなんたなってなるほどと納得することや腑に落ちることも多いけどでもあくまで過去は過去なんですよ過去の関係性だけで今を見るものではない大事なのは今どんな関係性を築けるかってことその人とどんな関係性を築きたいのかということお互いその人生で出会って別れたその後も様々な経験をして色んな人と出会って成長したり堕落したり波動も変わって当時とは別の人生を生きているのですからそれにほとんどの人が何百回も人生を重ねていていつも同じ人(同じレギュラー陣)とばかり出会って限られた数の人たちとだけご縁や関係性を結んでいたわけでないから恋した相手も結婚した相手も数えきれない程いて自分の親になってくれた人も数多くいて肉親だけでなく親戚も加えたらもうてんこもりで同じ村に住んでたとか同じ軍隊にいたとかそんな縁だけでも腐るほどいてそういう意味では逆を言うと何百回と繰り返した輪廻転生の中でいま地球上にいる人いない人全員含めて出会ったことのない人なんていないって話になる全員がかつて血縁関係で友人や仲間だった人かもかつての自分の子孫先祖親戚etc他人なんていないっていうところ世界中先祖と子孫と親戚だらけみんな家族ってハナシみんなが縁がある人ただ今の自分の振動数/波動によってかつてのご縁のあった人の中でも出会える人と出会えない人がいるってことかもねそんなこんなで今生で袂を分かった人ともまたいつか別の道 先の人生で再び出会える日もあるのでしょうまた今の肉親(親や兄弟姉妹)との関係性に満たされていずそれらが欠けていたとしてもそんな風にかつての親や子や兄弟姉妹や恋人だった人(しかし今生では同性)とか友人知人とか暖かい関係性であった人が意外と身近なところにいてくれる場合もあるので寂しくなんかないのです

  • 16Jul
    • 望めば叶う~求めよ!さらば与えられん

      中学の時からの友人が結婚した後で言ったセリフ「とんでもないとこに 嫁に来ちゃったなぁと思ったけど ふと思い返せば コレ(結婚相手の条件)って ぜんぶ私が望んだことだったんだよね」ちょいワルな彼女は22のとき5つ年下の旦那さんとデキ婚した(ええっと相手が17の高校生だったので出産が先で入籍と結婚は後ですっっ汗その前の彼がうんとオッサンだったので守備範囲の広さに敬服しますそして今の時代であったなら未成年に手を出してしまったということで・・・下手したら捕まってたのかっっ汗)彼女の望みとはとにかく早く結婚したい!結婚できるのであれば相手が農家の長男でも構わない!両親と同居でもいいうるさいことは言わない多くは望まない!!したらばホントに相手は農家の長男でしたwそして三世代同居は必須叶ってしまった後で「願ったことって叶うんだね でも失敗したなあ…」としみじみと彼女は思ったようですが年子で次男も生まれ10年後に女の子も欲しいと計画的に女の子も頑張り求めていたものは得られたって感じ(その時の長男次男は30代のオッサン)とはいうものの未成年の息子(高校生)を年上の女にかどわかされた!ってことでもちろん反対もされすったもんだしてかなりもめましたし旦那もお子様でしたから当初はケンカとか色々あったといえばそう農作業は元々プチトマトとか育てたりするのが趣味だったりしたので向いてたみたいですけど旦那は妻loveだったので浮気もせず今も結婚生活は続いているようです(彼女はそれを少し鬱陶しがっていましたが)両親のなれそめを知らない子供たちとアテクシ(28年前)最近引き寄せの法則関係の書物とか動画とかを今更ながら読んだり見たり学んだりしている中で改めて「私の望みで今まで叶ったことは?」と振り返ってみる機会があったのですが考えてみると叶ってないと思いつつ結構叶っていることに気付かされました一番自覚があるのはその日に叶ったことで「チョコクロ(サンマルクの)食べたい」と思った数時間後に訪ねてきて下さった人の手土産がチョコクロ(もちサンマルク)だったことwあとはとある少人数制のセミナーに出たとき会議室サイズの皆で向き合って座るかたちで講義を受けていたのですが斜め前に座っていた人が使用していたペンが阪神タイガースのボールペンだったんですねその人が話していることはスルーでそのボールペンにロックオンだって私タイガースファンなものですからw「ほっ、欲しいっっっ!」よだれ垂らしながら見てました(それよかセミナー自体に集中しろってハナシ)心の中で「すみません  それよかったら譲って下さいませんか? お金なら払いますから ファンなんです!欲しいんです!」と言おうか言うまいかずっと迷ってしたっっ(アホ)結局言いませんでしたけどね現実的に考えれば阪神の球団グッズなんて一部は東京ドームに売ってるし新宿の小田急にもコーナーあるだろってハナシそうしたらば一週間後大阪が地元の人が実家に帰省したと言ってお土産にボールペン下さいましたええ阪神のボールペンしかもバージョンアップして虎ちゃんのマスコット付狂喜乱舞しました別に宇宙にオーダーしたわけではありませんチョコクロは単に欲望のなせるわざでボールペンに至ってはロックオンして欲望をメラメラと燃え立たせただけですそれ以外でも私は自分の霊的な素養がとてもイヤで平凡な普通のOL(会社員)になりたいと望んでいた時期があったのですけれど30過ぎてからその願いは叶いましたね社員ではないけど派遣として高校出た後に絵の仕事には就いたからこれも夢だったわけだから願いを叶えてたことになるのかなそれと転居の際の物件に関してこの位の家賃上限でペット可の一戸建てに住みたいと望んでいたら本来30万円の家賃の三階建ての家に破格の家賃(希望通り)で住むことが出来たり※ただし期限付きそれからそれから子供の頃に子供のいない夫婦が私を引き取って養子にでもしてくんないかなー(何しろ実の親がアレでしたから)とか思ってたならば大人になってからですけどそういう夫婦に出会って可愛がって頂いたりただそのご夫婦が某宗教のご信者さんだったのでフェードアウトすることにっっ(無宗教な人と条件を入れてなかったものでっっ)それとそうですね20代半ばの時10年後は何していたいか?みたいな話を友人たちとしたんですが「東京の片隅の田舎に住んで 何か人に教えたりして過ごしていたい」と言っていたら実際その通りになりましたねレイキティーチャーとしてヒーリング教えたり魔女塾でワークショップ開いたり今もエソテリックなことを教えているわけですしただ東京の片隅の田舎ではなくなぜか都会の真ん中になっちゃいましたが(当初は奥多摩とか青梅とかあたりのイメージ)あとはボッーとしている時にホワッと「こんな仕事がこんなご縁で こんな風に来ないかなー」なんて思ってたら翌日にメールが届いて「こんな仕事があるんですけど手伝ってくれません?」てのもありましたどれもボッーとしているときにほんわかゆるく考えたこととか思ったこととか食欲や物欲が刺激されたときとか現実化が出来たことというか叶っていることを願ったときの状態って本当にそんな感じで強く願ったことではなくポワーンとウトウトしながらって感じでしたかね恋愛に関しては学生時代長く片思いしてた人への想いは実らなかったんだけどある日テレビの番組に魔女のバベッタさんが出ていて「今からあなたの願いが叶うよう魔法をかけます」なんていう時に「私のことを大切にしてくれる彼氏ほしー」と祈ったのですねwしたらば一年後に奇跡が起きて彼氏できましたねバベッタさんの時に祈った通りの人でしたかね~困ったことに私はブスのクセに面食いなんですが通りすがりの人が振り返る位にはイケメン君でしたでも二人とも酔いまくっててバカップルぶりを発揮しちゃうように盛り上がったりはしたけど性格的に合わないとこが多くて結局その彼とは4年しかもたんかっただから恋人はともかく結婚相手を求める時にはリクエストするときの詳細は慎重になるべきかと占い師の仕事は絶対やりたくないって言ってた仕事で霊的な事象や事柄に関する仕事も絶対に ぜっーったいにやりたくない仕事冗談じゃないって拒否していた仕事なのでどうしてやれているのか不思議というか謎なんですけどただ色んな人に「やれ」とは言われましたね通りすがりの人にいきなり言われたりとか(しかも2回)占いに行くと占い師さんにやんなさいと言われるしヒーラーもやれと言われたかなあ(遠い瞳)やりたくないと否定的に思ってたたものの強く拒否していたことが逆に引き寄せしてしまったというかそんな風に働いたのかも願望に関してはノートに書きだしたりしているのですが実はこれは私にはあまり効果がないというか叶っていることってあんましないですね欲望剥き出しなのかエゴイズムがあるからなのか執着がありすぎての結果なのかとはいうものの自己成長に関することの望みはオール叶ってます霊的成長とかスキルに関してのことはすべて叶う望みと叶わない望みはエレメンタルの創られ方とパワーに関係しているんだろうけどそのあたりもう少し考察してみることにしますただ私の場合そんな風に叶えたいと切実したことよりもポワンとしてポロっと考えたり何の脈略もなくぼんやりと思っただけのことがかなりの確率で叶っているのですべて無意識のなせる業なんですよね意識的に願ったことではなくだから思ったり考えたりすることはホント気を付けないといけないなと思います先に出した友人なんかは強く願ったことでしたけど一生を決定する重大なことに関しては叶ってしまってからでは遅いというか慎重に考えたり意図したり想念を創るべきかと彼女自身も後悔していたことですので

  • 12Jul
    • 一人で生きる人として生きる~女性の自由と多様性な生き方の選択肢

      またタイトルがエライ長くなってしまいました過去の書き込みで不妊治療をしても子供を授からない方そのような方たちのサポートをする方子供が欲しいのに子供を持つことが出来ないという悩みを持っている方のネガティブなカルマの理由や事例について触れたり書いたりしたことはありましたがそれはあくまで一部の方の事例に過ぎず必ずしもすべての不妊で悩まれている方や子供を持たない人生を生きられている方が今生において妊娠・出産を経験しない理由それがネガティブな因果によるものである…ということはないのですここらへん誤解のなきようにお願いしたくさて今も一部の国や地域で女性の地位が低く扱いがとても悪いという事実が示すように欧米や先進国と言われる我が国でも女と生まれたことがハンデになってしまうそうした時代が随分と長くありました恋愛も自由にはできず結婚も親の意向が主で好きでもない相手に嫁いで床を共にし愛せぬ相手の子を成して育てねばならない嫁ぎ先結婚相手が敵の家とか親の仇とかそういう場合もありましたし児童婚や略奪婚などは粗悪な因習ですが今も残っています(日本のQ州の某地域でも戦後まで残ってました)自分を凌辱し親兄弟の命を目の前で奪った相手や生理的に受け付けることが出来ず憎いばかりの相手のその血や姿形を受け継いだ子を育てることはかなりの苦行というか母性との闘いもあったでしょう結婚することで自由を得られる人もいましたが(欧州の宮廷で既婚者になれば不倫し放題なそんな時代もありました)結婚することで自由を失い籠の鳥になる人もいて結婚して子供を産むことが必ずしも女性としての人生の頂点や幸福を約束するものではなくまさに就職先であり生きるための手段で他に行く場もないことからの身の置き所でしかない…そんな結婚もたくさんありましたもちろん身分制度や制限された結婚制度の中にあっても恋愛を成就させることが出来た人もいたし政略結婚や親に決められた結婚という関係から互いに対して尊敬や親密な情を見出し夫婦としての絆や男女としての情愛を育むことが出来た人々もいたわけですだからすべての結婚が女性にとって不幸な結末しか生まなかったわけではないし悲しい記憶ばかりなのではありません(男性側にとっても同じことで)ですが恋愛も結婚も当人たちの自由意志で…となってきたのは比較的近代になってからのことで誰しもが恋愛や結婚に関する心の傷や苦い記憶を持っていたりもするのですそして医学の発達していない過去の時代のこと衛生管理が発達しており病院で出産できる今と違って出産は女性にとって命がけの大仕事でありました妊娠出産は病気ではないとは言え母子のいずれかが命を落とすケースは実に多く母子ともに助かる保障のない人生の大イベントで流産も死産も出産にまつわる事故トラブルも多く産後の死亡率も決してバカにできない数字でしたですから思い思われての相手との恋愛を成就させて周囲に祝福されて結婚し愛する相手の子を宿して心地よい妊娠期を過ごし安全に問題なく出産して母体も無事で健やかに子も産まれて育っていくなんてのはなかなか難しかったというか確立としてはとても低かったことでしょうすべてを満たすことできずとも一部の条件はクリアできていたかも知れませんがそんなわけで結婚? もうイヤ‼男性の言いなりになる人生はまっぴらだし二度とごめんだわ!ということで結婚を拒否し独身を選択している人もいます不幸な結婚生活のトラウマから自立した一人の女性として生きていくことを選んでいるというもの今回男性として生まれた人も過去生で悪妻に悩まされ結婚生活で消耗させられたことから自由気ままな独身貴族を選んでいる人もいますしこれまでの人生で何度も結婚を経験してもうパートナーと生きる人生は自分には必要ないしそこから学ぶことはないから今の人生では選択しないそんな人もいます妊娠と出産に関しては避妊という手段がなかった過去の時代で妊娠出産を繰り返しての人生に「産んで妊娠して産んで育てて妊娠して… 私の人生そればかり!それしかないの?」って悲鳴にも似たお言葉を残した歴史に名高いどこかの国の王妃がいたようにやはり休みなしに妊娠して産んでで一生を終えてしまう人生はこりごりですと選んでいない人もいるわけです当分はイヤですってとこでしょうねそんな風に妊娠すること自体が恐怖で出産で死んでしまうのではないか??みたいなトラウマがある人子宮に負のエネルギーを貯めこんでいる人は少なくないです妊娠と出産による苦痛と恐怖の経験がある人難産のすえ亡くなってしまった人はとくに子供を無事に産んであげられなかったという罪悪感を貯めこんでしまっている人もいますね一人の人間としての人格を尊重されず認められずあくまで子供を産む道具としてしかみなされず無料でこき使うことの出来る性的な奉仕付きの家政婦とか奴隷のようなポジションで男子を産め!跡継ぎを産めない女や石女は役立たずだのそんなプレッシャーと耐えがたい屈辱や罵りに耐えた苦々しい日々のことを忘れ去りたいあんな想いはもう二度としたくないそういう想いを抱えている人も結構いて当人だけでなく代々の女性の先祖たちのそんな思いがグループの集合体無意識として第一チャクラと第二チャクラに影響を与えているそんなケースも度々見受けられます今回の人生で結婚や妊娠出産を「No thanks!」と予定に入れていない人もいますが不幸な結婚や妊娠そして出産に伴う恐怖の記憶によってそれらが困難になっている人もたくさんいます生まれる前の予定計画書(ブループリント)で自分は今回結婚も母親になることもしませんと選択した人でも何しろ当人はそのことは覚えていないのでいざ今生になって結婚と出産の問題を考えたとき異性との縁がないことや不妊に悩む人がいたりします不妊や流産してしまう背景の中に子宮に貯めこまれたエネルギーブロックとしての負のエネルギーがあることそれに気づけないで悩む人もいますそういえば このような人がいました高齢出産というのもあったのでしょうけど何度も流産を繰り返していたのです結婚したのは比較的若い年齢であったのにも関わらず妊娠自体が結婚後かなり経過してのことでした最後の流産をしたとき「夫には悪いけど 流産してよかったと思ってるの もちろん子供には罪はないし 申し訳ないし 罪深い考えなんだけど」彼女は涙しながらそう言いました実のところ彼女は子供を欲しがっていなかったのです配偶者であるご主人に対して愛情がなかったというのもありますがそれ以上に子供を持つことによって自分の自由な生活を奪われる…ということが恐怖だったのです彼女の夫は彼女にべったりでいつも一緒どこでも一緒というように彼女に秘書的で母親的な役割を求める人でしたから子供が出来たならばますます彼の家族はいつも一緒という考えや彼の創る巣へと囲い込まれてしまうそうした予測しうる未来予想図に対する拒絶反応が妊娠を困難にしそろそろ年齢的にもういいのかもといったんは受け入れたもののやはり抵抗感と恐怖から母胎が子供を拒否してしまったのでしょうこのよな恐れを持つ彼女を責めることは出来ませんそもそも結婚生活を見直すほうが先ですけれどもそんな風に結婚をしない子供をもたない妊娠出産の選択をしなかった人の背景や今生での選んだ人生の理由は様々ですもしかしたら結婚や母になることを選択しなかった人以外の場合で単純に過去の経験から来るトラウマや恐怖の記憶といった負のエネルギーブロックのせいでの不妊や不育ならそのような記憶を潜在意識からクリーニングしたりエネルギー的アプローチをすることで解決できる人も少なくないのかも知れません実際 恋愛結婚に関しては過去の呪縛を取り除いたことによって解決に至ったクライアントさんはいましたし子宮疾患が緩解し治癒された方もいましたが不妊を悩まれてという方はあまりいないので症例としてここで報告できる状態ではないかな

  • 08Jul
    • 作品には魂(愛)または念(邪心)が宿る

      良く訪れるギャラリー喫茶があるのですがそこでは素人からプロまで様々な人の作品を週単位あるいは月単位で飾っているのでそれらと作品が織りなす空間を味わいながらお茶や食事を楽しむことが出来ます必ずしも絵や写真といったものでなく壁に飾ることが出来るものならばなんでもといった感じ普段お客さんたる"人間"のエネルギーを読み取りそうしたものから情報を得ている私ですがそうした作品に関しては無機質にそれが好みか好みでないか自分の感性に合うか合わないかだけで敢えてアンテナは立てず広げず単純に眺めて楽しんでいたのですある時ですかねーとある書画の方の個展にて入店して壁中に飾られた作品を見た瞬間(っていうか空間そのものがもう)「え゛ー ナニコレー!  この人  一体どうしちゃったの??」とぼやいてしまいましたその人の作品は前回の個展の時に見ていてなかなかイイし好きだなって思っていたのですがものすごいイヤらしい欲望のエネルギーがすべての作品からプンプン臭ってるんです「オレはスゴイ すごいデショ どうよ ふふん」みたいな自己顕示欲というのかなーそれと相まって「儲けたるでー金稼ぐでー!」というお金に対する執着と欲望もうね きしょい 一言それだけいやさアーティストの人がお金のこと考えちゃダメってのはないです自分の創り出した作品に価値としての金額設定をするのは大切だしそれが悪いってのはないお商売として考えるのも当然だしそういう現実的な感覚も必要ですそのような気持ちを持ったからこんなキショいエネルギーが出るというわけでもないですたぶん自惚れとかいった自分への過大評価とか自意識過剰な自己顕示欲とかが加わってしまうことして作品を生み出すときの純粋な楽しさとか創造性の悦びとかそういうものがまったく微塵の欠片も見られないって状態がこんな歪んだものを生み出すのかなーとつまりねー 作品が邪心の塊になってるのこの方の場合 以前は良いものを創られていた方だけに残念ですただお会いしたことはないんだけども作品を通して知り得た情報の枠で言うならばこの人が購入者に対してメッセージを発する言葉を書として現すことをしているのは過去生から今生の生き方での償いの意味もあってのそのための才能の発露だったから主旨がズレたというか道を間違えちゃったねってホントいつかスランプに陥ったときに気が付いて初心に戻って下さるとよいのだけどあとある作家さんの個展のときやっぱり うっひゃあ!! な歪んだ空間になってました聴けばその作家さんはエネルギーワークもされる方とのことですが作品を買い取られた方に善くないことが続いてるとのことそりゃ そーでしょ 不幸を呼ぶ呪いのアイテムになってますものお話はしないまでもお姿お見かけしましたが全体的にどす黒い霧で覆われた方で南国に行かれて一か月位太陽に当たられて消毒されて来られては…?と思ったとですたぶんね おばあ様が同じ仕事していたというからおばあ様がその仕事でとりこぼしたことを背負っちゃってるというのもあるのですよねで それに気づけてなくて自分の実力の限界を知らないこと(己を知らない)それが故に色々とスポンジのように負のエネルギーを吸っちゃってしまっていてそれが作品に入っちゃう人のよう(当人に聞かれたわけではないので言いませんけど)それとは逆に「わぁっー 素敵! ものすごく太陽の暖かいエナジーを感じるー」という作品に出合うことも多いですまさに幸運のアイテムみたいな愛と光にあふれた作品これ玄関に飾っとくと光集まってきてキラキラしそうーいい感じで魔除けになるーそういう作品を創る作家さんもいて嬉しくなります今の家は賃貸だから飾るとこもないし購入とかしませんけどそして眺めているうちに作品からその作家さんがどんな人なのかそういうのもわかるもんだなーと今さらながら気が付いた(サイコメトラーのトレーニングかw)楽しみながら作品を創っているのか自分を癒すために創っているのか自分を誇示して表現するために発散しているのか得られない世界や現実を作品の中に求めているのか色んな想いをひとつの作品から感じ取ることが出来ます同時に作家さんの作品からその人そのものや人生とかカルマのレッスンとか背負っているものやあれやこれやも読み取ることが出来て面白いなあと改めてそのことを楽しんでいますでもって作品にはその人の魂が宿るとはよく言ったもので愛のある希望に満ちた心地の良いエネルギーが宿ったものもそれなりにあるのだけども哀しみや憂いに満ちたものとか心の叫びとか孤独とかそういう程度のものならまだ良いのだけど邪心というのかなーこればかりはホント頂けないですわ魔的なアイテムになっているものは呪いでも込めたんかー?っというような場を悪くするエネルギーの発生源になってるから立体的なハンドクラフト作品もそうですがとくに絵は二次元的なアートとして色と線の織りなす図形として一種の波動を生み出して引き寄せるのですそんな作品がたくさん飾ってあったり生みの親たる方が出入りしていた日にはオーナーさんも体調悪くします崩されて当然ですっっお客さんも来ないですっていうかー居心地悪い空間になっちゃなってますよってたかが絵 されど絵平面的なアート一枚でさえ空間に及ぼす影響は侮れないのです素敵な作品を創り出す作家さんはたとえシャイで人見知りだったとしてもおしゃべりで陽気な人だったとしても謙虚で控え目で自分が好きなものや世界に対する愛が溢れている人たちなんですよねそこには自分の作品に対する愛着はあっても自分の力量や作品に対する過大評価は存在しないのだから作家さんがどんな人かってのを知ってこの人の作品を飾りたいなってそれで買うのもありだろーなあ

  • 05Jul
    • チームでの仕事

      私はスピリチュアルヒーラーではなくマグネティックヒーリングとサイキカルヒーリングを行うサイキカルヒーラーと言えるかと思います(マグネティックヒーラーという言い方はないから、なんかややこしい)やっていることはサイコセラピーという分野ではありますが(もっとややこしい)横文字で書くとこんがらがるというかもうわかりにくいので氣術師でええんとちゃう?と最近はそんな書き方をすることもありますまぁエネルギーヒーラーでも氣の施療師でも何でもいいんですけどねでも名乗っている肩書はスピリチュアルセラピスト自分でももう何がなんだか…です聴いて(読んで)いるほうがわけわかんないですよねっ汗私は基本一人で仕事しています自営業という意味ではそうですが一人といってもそれは物理レベルの話目に見えないところでは一人ではなくチームでお仕事をしています物理的な次元のこのサロン室内にはお客さんと私しかいないのですが実のところそれ以上の人数がいるのですその時々によってメンツが少し変わりますけど人数も変動があって室内が鮨詰め状態のぎゅうぎゅうのときもあるし今日は少ないですねっって時もありますそれはお客さんのお連れの方という場合もあるし私の方のサポートスタッフということもあったりお客さんのお連れの方はお手伝いをして下さる方であったり自分もなんとかして下さいって方であったりその人に問題を引き起こしている方であったり様々ですある時なんかその方の父方と母方のご先祖様がその方の後ろ左右にずらーっと集合写真みたいにニコニコしてほほ笑んで並んでいるときもありました(おじいちゃんおばあちゃんとか直近の方たちですが)いつでも見守っているよってスタンスでねかと思うとあちこちで拾ってきた浮遊霊(彷徨える人たち)見た目ゾンビな人々をづらづらと引き連れてくる人とかそーですねー 背中に屍の山積んでる人とか生霊さんいらっしゃい!みたいな人とか(この手のものをくっつけている人の場合 ガイドさんとかご先祖さんとか所縁の身内の霊は家庭内暴力に悩まされた親みたいにボロボロになって今にも消えそうなカゲロウみたいにヤバイ感じ)来訪者はいろいろその来訪スタイルもいろいろ人間以外のものもいるしなんか室内をダダッーと走り回ってるのとか空中をビュンビュン飛びまくってるのがいるなーって時もアリでも今はもうちゃんと肉眼で視えているわけでないし心の眼でざっくりとアバウトに捉えているだけだしいちいち視ようともしてないから別段それが目的の霊視とかはしないのですさて 今日の出来事リピーターさんで霊的素養のある人なんでそうゆうのが解るヒトだったんですけど今日の施療中 ベッドの周りをぐるぐるとあるヤツが踊っていたらしいwその人物の風体を聞くと「えっと痩せてる黒人さんで ジャマイカ人?っぽい人なんですけど ノリが軽いっていうか…」「あ、もしかしてドラッドヘアの? こんなこんなヤツですか?」「はい」あ それ私のチームの一員(ヒーリングガイド)ですなんだ来てたのかー ヤッホー‼ 久しぶり~♪って懐かしい人に再会した気分になりました普段は誰が来ているかとかまったく意識してないですし誰が来ててもどんな人が来てようがそのあたりはどうでもいいやって思ってますのでいちいちコミュニケーション取らないんですよ基本チャネリングしませんし(あえてやらない)私のヒーリングガイドさんはほとんど外人さん(最後に亡くなった時の国籍/人種)日本人もいますけどインド人とかネイティブアメリカンとかむさいロシア人とかほとんどオッサン(だから私はオッサン臭いのか)三次元(現実)だったら外国人なので言葉通じなくてコミュニケーション取れないけど向こうさんに肉体がないってのは実に便利なことwココロノカイワですからね 以心伝心?でも彼はもともとブードゥー魔術師なんで専門というか得意分野はそっち系なんですよね通常の氣のヒーリングだとネイティブの人が来ることが多いですだから今日はなんで「〇ちゃん来てたんだろー珍しい」でしたそしてその話の中でオッサンばかりでイケメンとか可愛いおネェちゃんとかいないんですよ~と嘆いていたら「前にはこんなネイティブの女の子が」と唯一の紅一点(しかし12歳だ児童労働だ)も見ましたよとそうなんですよねすっかり存在忘れてるというか(なんて失礼な)イヤさいつもヒーリングに参加してくれているのは知ってるんです わかってるんです感謝もしてますですよっっでもあえてとくに意識してないしお任せにしてるしコミュニケーションも取ってないので(ていうかみな無口でセッションの時だけやってきて黙々と作業をして終わったらとっとと帰ってしまう人たちなので)存在を指摘されて彼らのこと忘れてることに気付いたという(トホホ)まだ見捨てずにいてくれたんだって改めてw(給料は未払いな完全ボランティア)そんな感じで私はスピリチュアルヒーラーのレベルには達してないですがいちおうあっちの世界の人たちとチームの一員としてサポートしてもらいながら仕事をしているのでした(彼らの代理人というか三次元での代表ってだけですね)というわけで他国籍なオッサン(一部ロリ)と一緒に個人セッションやアチューンメントの仕事はしているので当サロンでは見えないオッサンたちによるヒーリングが受けられますってのがウリになるのかしら??(上手く行けばドラッドヘアの黒人ダンスが見れるかも)天使とか可愛いエンゼルとかイケメンでなくてスマンです

  • 02Jul
    • エネルギーワークの落とし穴②

      前回書ききれなかったことその他追記的な補足記事になりますええっと様々に存在する・施療としてのエネルギーワーク・精神的修養としての エクササイズとしてのエネルギー的アプローチこれらは本来分けて考えられるべきものなのですがいずれにしてもこの二つに共通して言えることとしてそれを受けるクライアント側の状態を理解した上でその人のレベルに見合った内容で処方箋的なメニューは組まれないといけません物質的な身体のことで言うと年齢・性別・体重・身長などを測ることでその人が年齢に見合った成長を遂げているかなど判断し各種検査(血液・尿便・視力聴力・心電図・MR他)などで異常がないかを診断し問診もして基礎体力を考察してこの程度の運動なら問題なしとお墨付きを得るようにその人の霊的な身体(およびエネルギーフィールド)の現在の状態と発達具合を把握して今その人の霊性がどこらへんにあるのかを推し量ってその上で受けた方がいいもの受けるには早いものなど必要なワークや避けるべきワークを見極めるべきですでも困ったことに初心者向けの誰にでも安全で有益なエクササイズやワークにしても超上級者向けの一部の人にしかお薦めできないものも混在して紹介されてしまっているのが実状ですこれは先にも述べたように19世紀から20世紀初頭にかけて東洋のエソテリックな知識を西洋人がありがたがって自分がどの霊性にいる人間なのかも省みずそのワークやトレーニングによって得られる結果だけに着目してトレーニングによって得られる能力だけを目的として持ち帰って広めてしまったりその逆のことも起こってしまったりで全体を理解せずに一部だけを求めてしまったことが原因なのかなと思いますちなみに霊的レベルというのは6次元の身体(第4の身体~神体)の成長度で判断されるべきですけれどもその成長度(魂との一致度を100とするなら(人間としての始まりが0または1ですね)0から100の間で輪廻転生からの卒業(解脱)が見えてきたって人は90以上ってところでしょうかそしてチャクラを開く(外す)ワークとかしてもいいよって人はこの90以上の人ですかね本来はそういうレベルまで達した人向けに用意されたトレーニングだからそれ以下の人たちがトライしてしまうと人としてぶっ壊れてしまうのです(仙道なんかでも呼吸法ひとつ出来てない人腹式呼吸できませんて人にいきなり小周点だの大周点だのはさせないでしょう?)現在地球に住んでいる人々は霊的レベルが50以下の人ばかりですよって平均値としては30くらいかな世の中の価値基準自体が「おれガーわたしガー」なまだエゴイズム中心だし自分以外の他者(他国)とシェア出来るレベルにまだまだ達していません6次元の身体がある程度育っている人は思考の身体も育っているからIQはまず200以上感情の身体も育っているわけなのでEQが高く感情のコントロールが出来て自己肯定感と心の満足度と幸福度が高いですそしてIQだけEQだけ高くてもダメで両方が揃って成長していないとなのですなおかつその二つだけ高くてもダメで愛と思いやりのある行動を周囲の人々に実践できていないといけないのです(そうした事柄から各自の成長度も大体のあたりをつけられると思いますそしてIQやEQが低い人なのに解脱したとかカルマのレッスンは終わったとか霊的覚醒をしたなんてことはありえないのデス)そんなレベル1からレベル100までの間でその人がどこまで身体を成長させている人なのか大体のおおよその目安にしてもそこを考えてその上で現在の状態とか鑑みて施すべき施療の範囲や関与すべきワークを決めるそれがベストなのですねでも現状はその霊性や霊的身体の状態に見合った適切なワークやアプローチがされていないそういうのは否めませんオカルティックな修養やスピリチュアルなワークに手を出す人の中には自分がまだ30程度しか成長していないのに成長度60位の人向けの内容に手を出してそれでおかしくなっちゃう人もいるということ瞑想も含めて霊的修養のことでいうならば本来は指導者がいてその指導によって進められるべきものなのですでもそこは省かれて伝わってしまったそしてちゃんと指導者としての知識も経験もなくただテキストのように方法だけを知っている人がなんちゃって指導者となって無責任に広めてしまった眼に見えない世界というか分野のことなのでそれが間違っているとか見極める目を持たない人が受ける側にいることもよろしくない現状ではあったり医療事故なら目に見える結果でありそれを理解して証明する手立てもあるけれど(セカンドオピニオンも選べるし)スピリチュアルな世界のことそして霊的な身体やエネルギーフィールドのことは受ける方もそれを行う方も目で見て確認できないのでスピリチュアルなワークやアプローチを受けたことによって生じてしまった医療事故的なダメージを証明することは出来ないしそこと結びつけて判断することも出来ない本当に難しいことだと思いますかといってスピリチュアルなエネルギーワークが危険極まりない不利益しかもたらさないものだとそんなことはまったくないし適切かつ誠実な用い方をすれば結果も出せる本来は有益なものなのに残念なことでもあります今の私と違って 以前の私はかなり無謀なところがあって興味本位と好奇心から手ごろなワークショップやセミナーに参加していた時期がありました中目黒の占いの店で働いていたとき代官山にその当時の先駆者的なニューエイジショップがあってそことうちのお店で交流があったので情報が入りやすかったというのもありますなので自然とそっち方面の知識は入ってきました(バシャールとかのチャネリングや前世療法とか一早く始めたトコ)そしてある日そこで主催したものではないのですがディクシャというものを受けたことがあったんですね大層な触れ込みだったというのもあり「なんだろう?」とワクワクしながらその場所に行った瞬間に後悔しましたけどwなんかね 場の空気が異様な雰囲気で(か、帰りたいと思ったものの支払いは前払いで済んでいたし)頭に触れられるんですけど「潰された(壊された)!」みたいに圧迫感と違和感を覚えてうわっ‼ 止めて~と思いましたなんていいますかウんコついてる手で触られちゃった気分第七チャクラがね汚れちゃったって本能的に思ったわけです(視覚的に見たわけではないですよ)単なる錯覚で思い込みという心理的な拒絶反応と言えばそうなんでしょうけどダメージから回復するのにとりあえず自然治癒では無理でしたそれなりに対処をあれこれしてなんとか違和感を取り除くことになりましたあと15年位前ですね当時の占い師の友人がヒーリングの某学校に通い始めて(年間100万くらいするとこ)練習台になって欲しいとのことでなったことがあるんですけどオエーオエーって吐き出せとエアー嘔吐?をさせられたんですね正直こんなことに何の意味が?って思ったしアホらしかったです無理やり吐けと言われても吐きたい何かがあるわけでもないしゲップもあがってこないのになして??でしたでもそういうやり方というし練習相手になった以上はやらないとだし頑張ってみたら翌日からお腹が痛い穴が開いたような違和感で気分悪くて結局第3チャクラにめちゃくちゃダメージ一か月くらい引きずりました例えばそうですねうちにいらしたクライアントさんで施療中や施療後に空ゲップが出ることあるんですね私もそういうことあります「うっ、産まれる!!」みたいに何かが胃の中からつきあがってきて(嘔吐とは明らかに違います)ピッコロ大魔王がシンバルやタンバリンを逆出産するような状態になっちゃうこと(もしくはマニトウとか<古いっっ知ってる人いるのかエイリアンが身体食い破って出てきそうな感じ?)そんな風に自動的に体内から何かが出てきそうこれ出したい出さなきゃだめよねおっし出ていきやがれっっっ…だったら出すべきもので老廃物(便とか尿とか)と一緒で出したらスッキリと楽になるから身体に負担はないのですあっても虚脱感ですかね(なので施療後はティータイムと予後の時間を何かあったときの対処の時間としても設けてます)でも無理やりはよろしくないです自然と生じることに身を任せるのと(身体が何かを排出しようとする行為を促すのと)無理やり身体から引きはがすのとでは大違いなのですそして身体の外側(エネルギーフィールド)にあるもの表面にくっついているものを処置するのと身体の内側(エーテルダブル)に巣くっているものを処置するのとではまったく対処法が異なりますその人の一部になってしまっているものなのか分離して単独のものとしてそこにあるものなのかエレメンタルなのか霊体なのかといった性質etcそれによって一度ではなく小分けにして段階的に対処すべきものもあるわけなのでエネルギー的な施療にしてもエクササイズにしても(目には見えない心と思考の)身体をいじっていく身体に働きかけていくということなのでちゃんとその仕組みを知らないといけませんタブーとか原理とかそこも知識を持つべきということで

  • 30Jun
    • エネルギーワークの落とし穴①

      以前に知人の方から伺ったことですその方は自分の問題と向き合うためにとあるエネルギーワークを受けられたそうなのですが(もしかしたらヒプノだったかも)お陰様で氣鬱になる状態というかダークな気分はなくなったもののそれと同時にそれまで取り組んでいたことへのやる氣すなわち情熱が自分の中から消失してしまったというか炎が消えてしまったかのような状態に陥ってしまった…とのこと実際どのようなワークであったのか詳細まで伺ったわけではないので内容が解らずあくまで想像でしかないのですがたぶんその施療者の方がエネルギーブロックと判断した負のエレメンタル(データ)に対してのアプローチをされたのだとは思うのですけど余計なものまで取ってしまったか穴が開いた部分をきちんと埋めることをしなかったか書き換えをきちんとしなかったかそのあたりかなあ…と以前のどこかの書き込みにも書いていますけどエレメンタル(記憶たる想念データ)は過去のものとリアルタイムで作られているもの過去生のものと今生のものと実に複雑に入り組んで絡み合い相互関係を成り立たせながら存在しているのでこれらに対してアプローチするときには慎重にならないといけないのです肉眼で見て物理的に確認することの出来ない器官ですから余計にそしてこれらに働きかけるときには大量の氣を必要とするので氣の補充が欠かせません(置き換えていうなら長時間の外科的手術をするのに大量の輸血と点滴が必要になる…みたいなでないと大量出血により失血ダメージを生じそのことにより身体全体あるいは一部に深刻な機能不全の問題が発生してしまう)このようなことと浄化という名の好転反応ヒーリングクライシスについて理解していないと様々な弊害が生じてしまいます(エネルギー的施療やワーク後の不安定な時期には遠隔的な施療でサポートできる状態が望ましい)ヒプノセラピーやエネルギーワークをした後無気力状態になってしまったとか鬱を発症したとか健康を損ねてしまったとか実のところそういう話はよく聞くことなのです記憶たるエレメンタルのことを媒体としてのマイクロチップやデータファイルディスクに置き換えて説明することもありますが不必要な電子媒体やレコードをピックアップしてその数枚を処分するというのとは違うのです複数のエレメンタルの相関図はシナプスによって繋がっているニューロン複雑に伝達しあっている脳細胞のようなものです脳腫瘍の除去などの複雑な脳の手術をするとき単純に腫瘍部分だけを切除すれば解決ではないように(血管や神経に食い込んでいたりする場合もあるので)エレメンタルの書き換えや弱体化をするときにはそのデータを読み込むハード部分すなわち本体たるその人自身の霊的な身体の健康状態データが格納されている部分の状態など様々な要素を鑑みて進めないといけませんその人の霊的な身体の状態(肉体含む3つの身体)は霊的レベルによって耐性が異なっておりエネルギーフィールドの状態も人それぞれです現代社会においてはほとんどの人が極端に氣が不足していてオーラの損傷がある人ばかりなので霊的身体の深い部分に触れるより以前にこちらの問題を整えるのが先なのですとくにエレメンタルが蓄えられているチャクラと呼ばれるエーテルセンターは3つの身体のつなぎ目であり枠組みであるエーテルダブルにある器官なのでヒプノセラピーや過去生の解放ワークなど記憶の部分に触れること…すなわちエレメンタルに対する働きかけをするなら3つの身体のバランスが整っているのが条件でそうでない人にこのようなアプローチはダメージを与える結果を生むことになります3つの身体の調和がとれていない人にそのような働きかけをすることは3つの身体のバランスを崩してしまうことであって心身の健康に悪影響を与えるばかりなんですねそれは体力のない人や他の疾患による問題を抱えている人に負担のかかる処置や手術をするようなものです従って離魂病状態の人に対しては「やってはいけない」ワークなんですなのでこうしたワークは性急にならず一度にあれこれと行おうともせず過剰な干渉を避け自然の成り行きのままにゆっくりと少しずつ一歩ずつ段階を経て進めないといけませんそして相手の状態によっては今はまだ早いと断ることも大切ですそれからよく「チャクラを開く」という言い方をする人を良く見かけます「チャクラを開花させる」という言い方ならわかりますが(まだ)「チャクラを開く」ということがどういうことなのかというと3つの身体をバラバラにするってことですチャクラ(サンスクリット語では)つまりエーテルセンターは3つの身体それぞれに存在しなおかつエーテルダブルという身体の枠組の一部でありエーテルダブルは同時に3つの身体を繋ぐ繋ぎ目でもあります物理的なものに例えていうなればエーテルセンターはモノとモノを接合させている蝶番やボルトのようなものですこのチャクラを開くということは3つの身体を連結させているボルトを外す一つの身体になっている3つの身体をバラバラに解体(分解)するそういうことですちなみに自由自在に外すことの出来る人もいます仙人や導師みたいな人とかある一定の霊的成長のレベルに達した人で解脱間近の輪廻転生の卒業に近い人たち何故って接合部分たるチャクラを外しても彼らまた自分(自力)で元に戻せるから分解しても設計図知ってるし戻し方も知ってるし~というレベルにいるからまた第4の身体たる6次元の身体が成長していて肉体以外の霊的な2つの身体もそれぞれ独立(自立?)して発達しているので単独でもバランスを崩すことがほぼないからでもそうではないレベルのまだまだ未熟な精神性を持った人は出来ないというかそれをやってしまったらまず廃人になりますまあ開くことはそうそう出来ないにしても開こうとして無理に圧力をかけると正常な働きが阻害されて異常が出てしまうそんな可能性もなきにしもあらずです(胃を鍛えようとして大食いチャレンジをして逆に胃を壊してしまうようなものですね)だからチャクラに対して過剰に働きかけをするワークはやってはいけないんですね整えること 状態をよくすることチャクラの働きをよくすることそのようなワークはよいのだけども「開く」ことを目的にするワークは百害あって一利なしですだから知らないっていうのは怖いことだなとつくづく思いますアメリカではベトナム戦争の頃にヒッピー文化というものが反戦運動と相まって広がってフラワーチルドレンて人たちが東洋の神秘思想や哲学に憧れた時代があって(ビートルズもインドかぶれになった)日本では昭和40年代から50年代にかけてオカルトブームがあって60年代にニューエイジブームが起こってチャネリングとか前世療法とか石ブームとかあったりしましたその後にはスピリチュアルブームが近年に流行りそれによって西洋人がたくさんやってきて西洋の色んなワークが入ってきましたそして皆さんそれをありがたがってましたそれよりもはるか以前19世紀後半から西欧で近代魔術師と言われた人たちが(クロウリーとかメイザースとかetc)東洋の神秘思想に憧れてタントラとかその他エネルギーワークに手を出した時期がありましたとはいうものの東洋人と西洋人の見た目や体格(骨格)肌の色や生活習慣や食べているものや体質等住んでいる場所の気候含めて違いがあるように東洋人と西洋人では体内の氣の流れにも差異があるし霊的な身体の仕様にも差異が存在するだから東洋のやり方のエネルギーワークが西洋人には害になることもある西洋のやり方のエネルギーワークが東洋人の害になることもある実際それで健康を損ねている人は多いです東洋人には東洋人に見合った霊的ワークがあり西洋人には西洋人に見合った霊的ワークがあるそして同じ東洋人でも韓国人と中国人は似ているけれど日本人とはまったく違う韓国と中国の氣のワークは日本人に合わない漢方も中国や韓国のものは日本人にはキツイし強すぎるのです海外のものは何事も取りすぎはいけないのです(日本人に合わせて調整されるべき)まったくダメというのではなく適量が大事ってヤツですそれか少しずつ年月と時間かけて慣らしていく外国のものだからって何でもありがたがるものではないですその民族にはその民族にふさわしい霊的かつ精神的なエネルギーワークや最適なトレーニング法がちゃんと確立されて伝えられているのですそれ以外のものにトライするにはまず基礎が出来ていないといけませんそして19世紀の西洋の魔術師たちがインドとかチベットで見つけて実践しまくったエソテリックなエネルギーワークは初心者向けではない上級者向けのもの(ほとんどの魔術師が心神喪失や精神異常を引き起こし廃人となっています元々の性格もあるでしょうけどクスリのせいばかりではないですね)そして彼らが著書に残している秘術と呼ばれる方法は3つの身体をバラバラにしても自力で元に戻せる段階に達した聖者クラス向けの修行法というのかな超上級者向けのものにチャレンジしているんですからマジ無謀です握力5位の人が大リーグ養成ギブスつけて生活するようなものですそれはジョギングはおろかストレッチもしたことのないまったくの運動未経験者にオリンピック強化選手の筋肉強化のための特別プログラムをさせるようなもの(そしてそのような霊的修養やワークをする時には摂取する食べ物と生活も併せて考えないといけないの筋トレをするときにプロテイン取ったりするのと同じ)そういう無茶ぶりをすることがどういうことかわかりますよね?自分のペースでの呼吸をしながらの瞑想はふつーに誰がやっても安全ですでも呼吸法とか他の特殊な瞑想など様々なエネルギーワーク的エクササイズをするには何事もその人の霊的な身体のレベルと状態に合わせて段階を踏んで進めないと実害が起こりやすいのですね各種エネルギーワークも氣をいじることであり氣を扱う行為なのですが海外からの知恵とテクニックをそのままに日本人に使うものではないです日本人の霊的身体の特性や氣の流れの特徴それを知った上で日本人に適応させて応用して使っていかないといけないまた個々によっても異なっているのでその人の本来の正常な状態と乱れている今の状態その差とか現状のエネルギーフィールドの問題全体としてのバランスまあ色んな事総合的かつ相対的に見て判断していかないとなのですね

  • 28Jun
    • 愛の争奪戦~対人関係の問題の根源

      いま私は怒りを経験しているわけなのですが問題はこの怒りのエネルギーをどう処理するか…ですかねこういう時は瞑想は集中できないし(こんな日は霊的エクササイズなんて出来ん)しても逆効果だったりするので別の方法で感情を処理する必要があります不快さを抱え悪くなった自分の機嫌を如何にとって平常心に戻すか…①カラオケに行ってハードロックやヘビメタをデス声で歌いまくり雄叫びを上げながら絶叫しての発散②やけ酒とやけ食いに走る③友人知人に愚痴を言いまくる④コンフォートでラグジュアリーな空間の中 肉感的に気持ちイイことを自分に与える (あ~ん♪…じゃないほう)⑤お金を使って欲しいものを買いまくる⑥くだらなくて面白くてバカバカしくて お腹を抱えて笑えるものか 自分が大好きな作品の世界に浸れる 映画とか動画を見る⑦モノを破壊しまくる⑧家中を掃除しまくる③は友人知人にネガティブを伝染させる迷惑な行為となりえんえん不満を言葉にすることになるので邪気の言霊創って負の連鎖を創ることだからパス②は身体によくないからパス⑤は後悔するお金の使い方だからこれもパス①は今の時間帯はヒトカラ無理だし夜は金額が高いのでパス⑦は非生産的というか壊したほうがいい不用品が今ないのでパス⑧はこの時間からやるとご近所迷惑なのでまた今度残るは④か⑥てなわけでお風呂入ってリラックスして⑥です怒りを感じること自体は悪いことではないです大切なのはその感情の処理の仕方負の感情や怒りの感情との付き合い方でしょうか怒りは訪れてはやがて去っていくものいま私は怒りを経験している怒るということを経験しているそれだけですでも胸に石炭を抱えている状態は誰でもない自分にとってよくない状態だからなるべく早く立ち去ってもらわないといけないそのために何をしてこのエネルギーを解消するか…このエネルギーをどういった別のエネルギーに変化させようか…というだけです自分に生じてしまった感情的反応という化学的反応を(自分の内側で起きているエネルギー的化合反応)どのように解決・処理すべきなのかこのような体内エネルギーを抱えてしまった自分をどのように扱うべきかそれだけです問題そのものと自分自身と切り離して考えるのがベスト何故なら前述の企業の対応に関しても過去のショチョさんに対しても相手の対応-立ち振る舞いに対して反応してしまって怒りを感じているのは私のエゴイズムだからです起きた出来事に対して反応して意味づけをしているのはいつだって私自身のエゴイズムです私自身の外で起こることはいつだって中立でそこに善も悪もない私の感情や思考が何かに反応してそれにより後付けの意味をつけてどう受け取っているかだけなんですね今日起きたことと昔起きたことその二つに対して私が不快な思いをしているのは私自身が相手から尊重されずないがしろにされたからって思ってるからです存在を尊重されるべきなのに尊重されなかった取るに足らない存在としてあしらわれた赦せないってそういう気持ちがあるから気持ちありきというか~エゴイズムがあるからそういう気持ちになる私の中の成分であるエゴイズムが外の出来事に対して化学的に反応しているわけですwキィ~! 許せなぁ~い!って納得(消化)できず事実を受け入れられずショートして火事が発生しちゃったってところ火災は早めに鎮火しないといけません火は人類にとっては必要なもの(元素)ですが燃やすものを間違えるとエライことになりますボヤのうちに収めましょうまっしょうがないです自分の中にこういうエゴイズムという生き物(化け物/モンスター)が存在しているのですからこのエゴイズムは私の過去の経験から誕生してしまったものです生まれてしまったものは仕方ないよそれだけの経験してるんだからと自己弁護完全に撲滅すること退治は出来ないのだから対処法を知って眠った子をなだめすかし起こさないようにするだけです一言で言うならエゴイズムとの付き合い方はサーカスの猛獣の調教ですさて人間関係にて生じるほとんどの問題は愛の奪い合いによって生じているというのが如何せん真実で真理だったりします別の言い方で言えば愛の主導権の奪い合いかな正しさの証明での勝利者争いとも言えるけど前述した私のことで言えば私をもっと尊重しなさいよ~!私の言うことの方がアナタ達より正しいのよ~!この言葉の裏には私を大切にしなさい! 愛しなさい! 私は愛されるべき人間で大事にされて然るべき存在なのになんで私のことを大切にしないのよっっ!私に愛を与えないのよぉおおおっっ!っていうのがあるのですねこれを自分イズム すなわちエゴイズムというエゴは自我という意味でエゴとエゴイズムは別の意味ですエゴ自体は悪いものではないイズムがつくとよろしくないエゴイズムいこーるジャイアニズムかなw人間関係でマウント取ってくる人も自分の意見押しつけてくる人も男と女 女同士 親子兄弟姉妹の主導権争いも力関係の構図も嫉妬もコンプレックスもイジメもモラハラもDVもケンカや対立の原因もあらゆる人間関係は「私のほうがあなたより愛されて(許されて)当然の人間なんだから私のことを優先しなさいよ(愛しなさいよ)私を愛をくれないあなたが悪いのよ~私の方があなたより愛されているんだからねーふんが~!」って愛の欠乏(飢餓状態)によるその愛の取り合いが原因どうもより多く愛されている側の方が正しいっていう観念があって「だから愛されている私の方が正しい 正しさは愛されていることの証明 ふふふン♪(自慢)」みたいに自分の正当性を主張して被害者意識が生まれちゃうじゃあ一体誰から愛されているっていうのよさより多くの愛ってどこから来てるのさなんで愛されないといけないのよさってのもあるんだけどやっぱ根底には私を愛してくれないアナタが悪いんだもんというエゴイズムが発端でありすべての根源はソコだったりして自分を愛してくれない人は自分を傷つける人だー私を傷つけたお前ワルイヤツ赦すマジ…ってか?承認欲求と言えばそうでコントロール欲求でもあるけど何故承認されたいのか物事も周囲の人をもすべてコントロールしたいかっていうと結局「愛されたい」「もっともっと愛をよこせ」という世界中人類からの愛をくれという究極の業突く張りな欲張り欲求があるから世の中の人すべてがアナタを愛さないとダメなんですね?ってそうでないとイヤなんですね?自分に愛をくれない人に対しては怒りを感じてしまってそして憎んだり恨んでしまうのですね?まぁ エゴイズムってそんなもん複雑に見えて実はケッコー単純ですだが仕方ないコイツはそんなヤツだ腸に巣くう悪玉菌と同じように存在するのは仕方ない悪玉菌が存在している意義も意味もあるし存在そのものを撲滅しようとしてもそれは自然界と体内のバランスを崩すことようするに主導権を握らさせなければいいエゴイズムいこーる自分(自我=エゴ)にならずエゴイズムに支配されて乗っ取られないようにすればよいだけのこと逆にこのエゴイズムを上手く操って乗りこなして利用できるようになれば御の字エゴイズムによって発生してしまった着火式あるいは湿気たっぷりのエネルギーをどのように有効活用して再利用すべきか別のモノに等価交換すべきかーでゴザイマスってこれがまた難しいのですけれどもね(地味なトレーニングが必要なので)自分の中にどんなエゴイズムがあるのかをちゃんと理解していることが大切デスそのためには自分自身をよく知る必要があります自分という器 世界でたった一つの乗り物たる荒馬をどう乗りこなすかですね自分のトリセツを創っていくことが大事というかーもしvs人同士の問題 誰かとの関係でトラブルや感情的な反応が沸き上がってきたときには自分の中にある何らかのエゴイズムが反応しているのだという風に理解することも肝心ですがそこに自分もしくは相手の「私はもっとあなたから愛されたいんだ」「私の方があなたよりも もっと多くの愛を与えられるべき存在なんだ」「私の方があなたなんかよりも 色んな人に愛されているンだからねッッ!」という要求がそこに隠されているのだということを考えてその角度からその問題を捉えて分析してみると相手側のことはおいておいて少なくとも自分に沸き上がった感情の始末をつけたり整理することはかなり簡単でラクになるかと思いますそして「別にこの人に対して 私は私自身の正しさの証明をしても意味がない」という何が無意味で価値がある事柄なのか…ということにも気づけるかと「別にこの人に愛されてもなー」「なんでこの人に"愛してLove me"と 愛をクレクレしないといかんのよ私」とハッとさせられたりとかね別にこんなヤツに愛されなくていいじゃんていうかーその人からの愛を欲しがるって段階でその人よりも自分の方が持っている愛の量が少ないだからよこせーって相手が所持している愛の量より自分が所持している愛の量のほうが少ないってことを負けてるってことを認めててだから「お前のぶんをぉぉおぉおおを およこしぃぃぃぃいいいィッッ~!」な妖怪になっちゃってるってことでゲスつまりは相手に勝ちたいんですよでもねそんなゲーム無意味なんですそんなゲームからは降りた方がいい愛を奪い合っての取り合いゲームより多く愛を勝ち取ろうとしなくても他人から愛を奪おうとしなくても私たちは存在しているだけでそれだけで十分この宇宙から愛されているし姿かたちある人間からわざわざ愛をもらわなくてもあなたがあなた自身のことを愛していれば他の誰かから愛されなくても別に…なんですから愛は誰かからもらうもんじゃないし誰かから与えてもらわなくても自分の中にすでに存在しているんですからそれさえ見つけられれば無敵なんですよ愛とは他人に愛されることではなく他人や自分を愛する心の中に存在してますからニセモノのマガイモノの愛なんて間に合わせの愛なんて欲しがる必要はどこにもないのです愛は奪い合うものではなく…与えることの中にこそ存在するのですからでもあげたくない人にはあげなくてもいいですけどねw

  • 26Jun
    • 氣の充実と瞑想とヒーリングの恩恵

      私たちの3つの身体が生命活動をして生命として存続するためにはそのうちの1つの身体たる肉体が酸素・水分・栄養素としての食物を必要としているだけでなくプラーナとかマナとかエーテルバイタリティーとかフォースとか宇宙エネルギーとか様々な名称で呼ばれる「氣」というものが必要不可欠だったりします「氣」は3つの身体を維持・管理し修復したり生命活動をするためだけでなく私たちの記憶の元となるエレメンタルを生成したりそれらをコントロールして使っていくためにも欠かすことの出来ないものです私たちは大気中に存在するこの氣を体外から体内に取り込んでエーテルダブルに蓄え循環させるとともに分解させては再構築して必要な部分に充ててそれぞれの身体を維持管理修復していますそしてその時の身体的反応や感情の動き思考の状態に合わせた質と量の想念体すなわちエレメンタルを随時生成したり既存のデータとしてのそれらを読み込むためのエネルギー源となり原材料としています困ったことにこの「氣」というのはある種の栄養素やビタミンのように備蓄があまりできませんそして体内に備蓄出来る量というのも無限ではなく容量が決まっていたりします(胃袋が包括できる容量や膀胱が蓄えられる尿量に限界があるのと同じ)日中に大気中から私たちは氣を取り込み一日の間で取り込めた量を消費することで私たちはその日一日の活動をしますが一日の過ごし方や感情や思考の在り方によってはその氣が「足りなくなってしまう」ということも間々あります当人に蓄えられた氣を消費するのは困ったことに当人だけではないというのもありますしその日にいつもとは違うこと(初めてのこと)を多く活動したり感情や思考の激変を経験したりすることで氣はものすごく消費されるからですとくに悲しんだり怒ったり破壊的で攻撃的といったネガティブな感情を持った日には氣はハンパなく消費されることになりますそして人工的で人口が密集した地域では氣不足というも問題もあったりしますそれは狭い室内に一人の人がいるのと数十人もの人がいるのとでは酸素が無くなるのが早いということと空気が汚れるのがあっという間であるということを考えれば理解できるかとそして当人以外に氣を必要とし消費するものまず当人の所有物ですね棲んでいる家と家具や室内にあるもの全部持ち物から衣類まで さらに電化製品電気製品は氣を食べてしまいますというか壊しますとくにスマホやPC 電話や通信機器などこれらは氣をパクパクと食べるパックマンのようなものですで極めつけがエレメンタル毎日創ったり読み込んだりするときに自分がエレメンタルの電源になるわけですそればかりでなくこれまでに創ったすべてのエレメンタル過去生からリアルタイムに生産しているものまで他人に送ってしまったエレメンタルも自分が創ったエレメンタルは電源の入っている電化製品かのように待機電力としての氣を消耗しますまるでペットと同じでエサが毎日掛かるわけですねエレメンタルが潜在意識そのもののことでそれは未開の荒れ果てたジャングルか一度も手を入れたことのない産業廃棄物置き場のようなものだとは先日の記事でも書きましたがその場所代と置かれているゴミにもあなたのエネルギーは吸い取られているわけですあなたがそれを知らずともエネルギーは消費量であり電気代に例えるとエレメンタルひとつひとつにお金がかかり顕在意識も倉庫たる潜在意識のスペースにもその広さ大きさに応じて維持費と管理費がかかりそしてネガティブなものほど維持費が高額で(だからこそ潜在意識の掃除と整理整頓は大切)三次元に存在する物質的な所有物にしてもモノが多ければ多いほど氣の消費量は増しますし家も広ければ広いほど居住者の氣を必要としますなので氣が足りなくなると3つの身体で色々と弊害が出てきてしまうのです慢性的に氣が欠乏すると3つの身体のうちいずれかが健康を損ねてしまうそんなことになってしまいますそうならないためには1.氣の無駄遣いをしない2.感情や思考をニュートラルに保つ3.氣の不足を招かないように充足を図る4.自分の氣を無駄遣いしているものを減らす5.不足を感じたら早めに対処するを心掛けるといいですかね呼吸法や瞑想をマスターするというのは1から5の問題に対処できる方法ですがそれは後述するとして1に関しては破壊的で否定的な思考をやめて建設的な思考を多く持つよう意識をシフトチェンジする後ろ向きな思い癖を無くすため心の在り方を変える常にワクワク楽しいことを考えて良い気分で過ごす自分の機嫌を常に取ってあげる好きなことや楽しいこと気持ちいいことをたくさん自分にさせてあげる好きなことや愛しているもののことを常に考える人生や生活を楽しむ2は1もそうなんですけど自分に起きている物事をニュートラルに見れるよう心の反応や思考の在り方や視点を変えるための習慣を持ったりトレーニングをすること自分一人でそれを行うのが難しい場合は専門家に思考や感情のコントロールが出来る状態になれる状態にまで手伝ってもらうのがいいかとあと定期的な運動をするのもいいですし瞑想を毎日行うことはとても役に立ちます3は定期的に氣の補充を行うことですかね朝早く日の出と共に起き太陽光を浴びる生活をすること夜は早くに寝て睡眠をしっかりととること地産地消の飲食物を取ること新鮮な果物や野菜の多い食事をすること(食べ物にも氣が含まれているが数日で無くなる電子レンジや電磁調理器を使うと氣は0になる)氣が天からも大地からも湧いていて充実している場所に定期的に訪れる(最低でも2時間はいないと補充出来ませんし補充しても2、3日しか持ちません)スマホやPCなどの通信機器を体に密着させず使用時間を減らすようにする4は物質的な面でも心理的かつ精神的な面でも断捨離をすること持ち物や部屋の中の不要物を減らす本当に必要なもの大切なもの以外は捨てるとくに要らないものどうでもいいものは捨てる潜在意識のお掃除と整理整頓をする過去や現在の問題と向き合ってそれらを手放し自分の人生を望まない方向性に貶めているエゴイズムの支配下から抜け出すことをする不要な人間関係を整理するとくにエネルギーバンパイアな人との縁は切る一緒にいて楽しくない人疲れる人はCOかFOイヤなことを止める嫌いな人と付き合わない好きではないもの嫌いなものや人のことは考えない5は1から4までの対処でほとんど何とかなりますけれども想定外のことで氣を消耗してなかなか自力では回復できない難しいと感じたならば休養を取ることですねとにかく寝るとか…心に栄養を与える美味しいものを食べる好きなもの愛するものに囲まれて過ごす心身ともに気持ちのよくなることをするボディトリートメントを受けたりスパにいってのんびりしたり心と体が喜ぶことをとことん追求しまくる人の少ない大自然に囲まれた癒しやパワフルなエネルギーに満ち溢れた場所で長期間滞在して養生的に過ごすそれでも無理ならばプロに頼るプロの手を借りて氣を補充して自力で何とか出来るレベルに回復するまでエネルギーフィールドの問題を修復してもらい併せてメンテナンスを図ることですどういう人って言ったらマグネティックヒーリングの施療者気功師とかエネルギーヒーラーですねちなみにこのマグネティックヒーリングに属するのはレイキとクォンタムタッチとかその他だと何があるかなーまあ氣の施療家は他人への氣の譲渡が出来る人ってことですそして氣をいじったり刺激を与えたりイメージを使ったり氣を取り除くことをするサイキカルヒーリングに関しては氣の極端な不足があったりエネルギーフィールドに問題がある場合はしないほうがいいですよけい悪化しますからある程度改善して落ち着いているときにするべきですその施療家さんがちゃんとその人のエネルギーフィールドの問題を視覚的あるいは感覚的に捉えられる人であれば話は違ってきますけれども時にエネルギーフィールドに問題を起こしている元凶をまっさきに何とかしないと不足や欠乏を生じさせている原因そのものを解決することが出来ない場合にはサイキカルヒーリングのテクニックを併せて使うことは必要不可欠ですが基本的にはマグネティックヒーリングが出来る人であることが前提でトータルに施療できる人であればという話ですそれと氣を譲渡する人ってその人自身の氣ではなく宇宙の氣を流すとよくいいますけど(レイキもそうですね)ふだん私たちの身体が取り込んでいる氣より波動/振動数が高い氣を取り込んで流せている人も方法もあるけどその宇宙エネルギーが100だとして人間という物質的媒体を介した時には40%は確実に削減されるからマックスで60%しか流せないわけですそれは量だけのことではなくて質もそうです確実に下がりますその下がったものを譲渡することしか人間である以上は出来ないのですまんま100%そのままで流すことは出来ません下手したら60%のうち1%しか他人に譲渡できない元のエネルギーより低くなってしまったものしか渡せないそういう人もいるのですそして純度100%だったとして無色透明なそのままで一切のケガレのない状態でこの氣を譲渡出来る人というのもほとんどいないのですまず皆無といっていい必ずその施療者の霊性というか波動の状態影響を受けちゃうんですその人の色が着いちゃうっていうのかな中にはその人が創ったエレメンタルもおまけで着いてくるってこともありますなのでこれまでレイキにせよ単なる気功にせよこれまで氣の譲渡的ヒーリングを受けたことのある人ならわかると思うのですけど同じ「レイキ」のヒーラーさんでも人によって流れてくるものの体感的な印象や感覚が違うってのはそういう理由ですあと前回のにも書いたけど自分より振動数/波動が高い人か低い人か同等の人なのかってのでも差というか違いが出てくるパワーが強い 体感できるものがあるってのとはここちがいます その人の手や身体から出てくる圧力が強いってのはその人の氣の強さ/パワーの証拠にはなってもエネルギーの質や量や波動の高さの証明にはなりません何故かというと粗いエネルギーほど人は肉感的に体感することができて繊細で微細なものほど感じにくいからいずれにしてもその人と一緒にいて気分がよくなるその手に触れられて気持ちいいか否かがその人にとっての自分が必要な氣を持っている人の目安になりますあと言葉も波動ですからさて私は職業柄において瞑想の指導者でもありますが瞑想は一部の氣の問題や消耗に対処することの出来る誰でも簡単に出来て習慣化できる最適な方法だと思います呼吸法と瞑想は切っても切れない関係にありますけどそれぞれ別々にマスターするトレーニング法もありますし両方を同時にマスターしていくやり方もあります呼吸をコントロールすることは感情のコントロールをすることに通じますなので呼吸法をマスターすると感情のマスターになることが出来ます自分の感情をなだめることが上手になるんですよ呼吸法は仙道とかヨガとか西洋のやり方とか色々ありますけれども日本人は西洋のやり方より日本古来の呼吸法から入るのが一番弊害がないというか安全です瞑想も禅とかヨガとか神道のやり方とかTM瞑想とか武術や合気道とかこれもまた色々ありますけど自分に合ったやり方とっつきやすいものからがいいかと瞑想は心を鎮めて落ち着かせるのによいんです座禅の空を追及する本格的なのは戒律が厳しいし人間修行がベースになってるし難しいから初心者には勧めませんけど(私は)外の情報やノイズをシャットアウトして自分自身と向き合って自分の心と対話して心を感じて心が今どこにあるのかあるがままの「いま」を体感するあっちこっちいつも飛び跳ねて過去に行ったりまだ来ぬ未来を心配して上がったり下がったりしている心をとにかく今自分のいる「ここ」に引き戻し身体の感覚を感じたり体の声を聴いて内観するそういう意味でも瞑想は自分の本当の気持ちに気付いたり自分を取り戻すのに最適ですなので瞑想はオススメ一回の瞑想は15分がベストで一日に30分以上はするものではないですが毎日継続すると色んな意味で感情のふり幅が減って心身が安定していきますよ(波動が安定していくんです)ずっと続けてないと効果に気付けませんが瞑想中寝ちゃう人も多いですけどねw瞑想中は氣の充足も図れますその瞑想のやり方にもよりますけれどそして私のところではショートセッションというメニュー名でボディヒーリングを提供していたりします基本的には氣の譲渡たるレイキヒーリングだけですね場合によってはエネルギーフィールドの問題を整えることもするけど(オーラの修復とかゴミ捨て)こうした人の手を介した氣の譲渡による氣の充足はその人の状態にもよるけど最短で3日 最長でも一週間くらいしか持たないですれど慢性的な不足が続いている人にとっては立て直すよいきっかけになるかと思いますメンテナンスという意味では一か月に一回受けるといいのかなって思いますけどお近くにレイキやクォンタムタッチの施療者や良い気功師の人などがいましたならば(見つかるのであれば)こうしたサービスを利用することもぜひお薦めしますですよーお金かけたくないなら自分であれこれ上記で紹介したことを試してみてねあ…肝心なこと書くの忘れていました氣を充足させることの恩恵ですけれども3つの身体の健康を図れるってことですかね自己治癒力の向上と免疫力強化です回復力を高めて病気に負けない良い状態を心身にもたらすってこと心身の調和-バランスが図れるということはそういうことですのであとは霊的な防御ですね波動が安定していて氣が充実しているとそうした外的な攻撃的な存在からの(目には見えない敵)ダメージを受けにくい状態になるってことがあります万能ではないですけど憑依体質や不幸体質の改善とか前回の浄化とヒーリングクライシスでの症状とは別でヒーリングを受けてエネルギーフィールドの問題を解決したことで人生に変化が起きたり悪習が改善したり考え方が前向きになったり過食拒食の問題が解決したりタバコやお酒 中毒になっていることを止められたり風邪を引きにくくなったり便秘が治ったりとかそういうこともあったりするんですよ波動が切り替わっていくからその結果でしょうね

  • 23Jun
    • 浄化とヒーリングクライシス

      浄 化(じょうか)浄めること。浄くすること。奇麗にすること。不正や悪弊を取り除き、正しい状態にすること。カタルシス。Healing crisis直訳すると「癒しの危機」ボディヒーリングを受けられた方からその後に質問を頂きました頭痛(頭の芯の部分が痛い)が出てきて一週間くらい顔がむくんでしまったとかで「これって施療と関係あるんですか?」とのことはい ありますこういうことは結構ふつーにあるのですエネルギーヒーリングとは氣の施療になります中でも氣の譲渡はマグネティックヒーリング氣をいじったり練ったものを入れたり取ったりイメージを用いての施療はサイキカルヒーリング注意)スピリチュアルヒーリングは人間が行うヒーリングのことではありません文字通り霊が行うヒーリングのことなのでそしてサイキカルヒーリングは基礎としてのマグネティックヒーリングありきのテクニックであり施療になります他人という媒体を介しての氣の流入にしてもパワースポットなどでの森林浴のような氣のシャワーを浴びることの氣の流入にしても今の自分の波動(3つの身体内に蓄えられた氣の波動)とはまったく異なる周波数/振動数の氣が入るととくに今の自分の周波数よりも高くて細かい氣それが入ってくると3つの身体に蓄えられているもっとも周波数の低い氣(それに属するもの)が反応するんですとある周波数の中にそれよりも高い周波数の氣が混入すると全体としての周波数が少し高くなります(平均値が上がる)するとそれまで平均値を下げていた一番低いものが弾かれていくというかその環境に耐えられなくなるのですね低いものにとっては居心地が悪くなるわけですこのことを水温と水棲生物に例えて話してみましょう平均0度の水温のところに5度の温度の水が入り全体としての水温が2度くらいになったとしますすると水温0度までは耐えられるというかその0度という水温が生息限界の生物(魚とか貝とか海藻とか)にとってはとっても住みづらい居心地の悪い環境になりますすると水温のより低いところを探して移動したり適応しようとするものも現れるかも知れませんが下手をすれば死滅するものも出てくるでしょうとにもかくにも環境としての水温が上昇したことで全体あるいは一部で変化が起こるわけですちなみにそれが短期間なら一時的に彼らが苦しむ時期があり数が減ったりするだけで適応するものもいたり再び水温が下がったりしたときには元の数まで戻るかもしれません別の言い方で言うならば淀み停滞していた水の中に綺麗な水を流入させることで滞っていた水に流れが出来て動きが出ますそれによって攪拌が起こり底に沈んでいた汚泥やゴミなどが浮上しますそれまで分離して動かなかったものが混じり合い一気に水の汚れや淀みが増しますこんな感じで氣の流入があると氣も攪拌されるのです攪拌によって色々なものが動き底に沈んで停滞していたものが動くんですそしていったん全部に汚れが回るこういった現象ですとはいうもののこれは例え話ですので理解するための話として流してくださいそんな風に周波数/振動数が変わるということはそれまで違和感なく受け入れていたもの環境の一部として溶け込んでいたとあるものが体内の中で異物として弾かれていくそういう現象が起こるということですそして肉体には自然治癒力があります自然治癒力こそヒーリングそのものです元の形へと本来あるべき状態に戻ろうとする力異物を排除して健康的で恒常的な状態になろうとする免疫力人間にはその力があり氣を活性化するとその力も賦活します好転反応と言われる症状がその良い例ですちなみに今回の方は今はかなり緩解していますが過去に双極性の鬱病を患っており長期間かなり強い薬を服用していましたその時にかなりネガティブな考えに取りつかれて頭痛も酷かったらしいのでその後遺症というのかな(たぶん憑依されてた)脳とか頭の部分に溜ってた良くない氣が色々と反応したのでは…と思ったりします幸いなことに気持ちはすこぶる上向きで良好で頭痛も耐えられないほどではないとのこと少し様子を見る…といいつつ一週間で頭痛もむくみも治まったようですこの方のように身体的な異変具体的な症状として出ることもありますし抑圧していた感情の爆発といったことで出る場合もありますやたらめったらイライラしてしまいヒステリーを起こしてモノや人に当たりちらして暴言吐きまくり貯めこんでいた感情をぶちまけてしまう人とか(その後スッキリするそうです)身体的な症状が出る他のケースとしては一番多いのがやたらと眠くなって一日中眠い…とか身体がだるくてお風呂や温泉から出た後のようなけだるい疲れを感じる熱っぽく風邪かインフルみたいな症状が出たという人もいますし昔傷めた部位(手術したことがある箇所)が痛くなってその時の疼痛が出るとか後はトイレが近くなる人も多いですね翌日お腹を壊して便秘スッキリな人もやたらとお腹が空いて食べまくる人もいればお腹がまったく空かないで小食になったとかお酒とかタバコとかの嗜好品に手が伸びないとか施療後、急に具合が悪くなって(痛みや強い症状)病院に行ったら初期の病巣が見つかった人もいたりメンタル的なものにしても肉体的なものにしてもだいたい1日2日とか長くても1週間くらいで収まるようです場合によっては一か月くらいある人もいますがそのような人は稀です酔っぱらったようになる人もいます二日酔いのような状態になったという人もいます精神的にハイになって舞い上がる人もいるしもちろん何も起きない人もいますとくにこれといった変化もなく…という人の方が多いかな…というわけでこれらがいわゆるエネルギーヒーリングを受けた後にデメリットとして起こるかも知れない反応ヒーリングクライシスとか浄化とかよく言われる民間療法における好転反応の1例ですデトックスともいいますね一箇所に滞っていた悪いものがほぐれて体外に排出される一連の循環(老廃物の除去という浄化作業)の過程において全身に毒素が巡って全体としての健康状態が停滞するそれが目には見えないエネルギー(氣)の体という領域でもおこるわけですいずれにしても改善される前には症状がひどく悪化するようなことがあったり一見それを受けたことで悪い結果に導かれたかのような最悪とも思える状況/状態が訪れることもあるということです肉体的な問題ではなく人生の現象でいうなれば光明の前の無明とでもいうのかなそしててなわけで氣による施療を受けるときは良い変化を期待するなれば…自分よりも高い周波数の氣を持つ人からそれらは受けるべきなのです自分よりも低い周波数の人から氣の譲渡を受けたとしても状態が「良く」なっていくことや状況の「改善」は期待できません自分を上に引き上げてくれる人氣の周波数の平均値を上げてくれる人から施療は受けるべきでありそのような場所を自分のパワースポットとすべきです(他人にとって良い人や一般的に良いと言われる場所が必ずしも自分にとって高い氣の人や場所とは限らない)そして身体の自己治癒力はその恒常性を持って健康な状態に戻ろうともするけど同時に怠惰な存在でもあって長く慣れ親しんだ状態にも同時に戻ろうとするから周波数/振動数が少し上がったからといってその高い状態をずっと維持できるというわけではないのですもとの低い状態に戻ろうとする反作用も大きくて戻るときはあっという間です一気に上げると一気に下がってもしまうだから少しずつちょっとずつ毎日の積み重ねてあげていくのが良いのです氣の施療を受けて自らの氣の波動の平均値が上がったと思ったらそこで満足せずそれをキープするために自分なりにその状態を保つ努力と習慣を持つべきですエネルギーフィールドの周波数/振動数を上げるのは簡単ではなく時間がそれなりに掛かります継続が大事というのは本当でも下がるのはあっという間です戻るのはホント一瞬なんですね一歩進んで二歩下がってまた二歩進んで一歩進んでそんな前進と後退を繰り返しちょっとずつ波動というのは上がっていきますまさに継続は力なりですインスタントに身に付くものなど一切ありません病院にいって薬飲んでるから治るって病気が治ることってそんなことではないことくらい皆様もお解りですよね人の身体が…肉体含む3つの身体が完全に恒常性を取り戻して異常や問題のない本来の状態を取り戻すには良くなったり悪くなったり一進一退を繰り返し少しずつ回復して一休みしながら無理のないように適応しながら元の状態に治っていく慢性的で全体的な症状が出ている人とかよくない状態の人ほど回復期と言われるデトックス的段階のふり幅は広くその期間も長くなりますエネルギーヒーリングやセラピーの現場でも同じです氣をいじることでもまったく同じことが起きるんですよだから一度や二度の施療で結果を期待しすぎないでくださいその時のヒーリングクライシスやデトックス症状を怖がったり恐れたり否定しないでくださいむしろデトックスとして表れているその状態や現象自体に対処したり向き合うことの方が施療を受けている間よりも大切なことだったりします治るためには…良くなっていくためには前より良い状態に物事を改善して生まれ変わるためにはその前の段階の不活発な状況や停滞前よりも一時的に悪くなる状態も同時に受け入れないとなのです

  • 20Jun
    • 潜在意識の掃除と整理整頓/エレメンタルの創造とエゴイズムの邪魔

      ※しまったタイトルがとても長くなってしまったっっ汗潜在意識とか脳とか引き寄せとか自己啓発的な成功哲学とかマーフィーの法則とかエイブラハムとか苫米地さんとか小林正観さんとかその他もろもろウンチャラかんちゃらそっち関連の書物とか動画とかをここのところ見ていまして(視力に問題のある私としては動画は大助かり)潜在意識へのアプローチとしてあれやこれや薦められている方法に関してそれぞれがとても有効な手法だと思いつつ同時に盲点というかこの方法はとある全体性の法則のあくまで一部分を抜き出して焦点を当て拡大しただけの手法でありある段階にまで進んだ一部の人たちにはとても有効で即効的に効果が出る方法だけれどもそうでない人たちにはとても困難な方法でこうした方法に取り組む以前の問題があるかと(一部分の知識を抜き出したものを例にするなら西洋占星学でいうところの太陽占星学みたいなもの太陽占星学っていわゆる星座占いのことだけど全体としての占星学の1/1000程度の情報)不完全なテクニックというよりはもっと大きな知識の中の一部の知識のさらにその一部の知識を基にしたテクニックだからシンプルにまとめられててわかりやすいけれど欠けているところがたくさんあるのでこれだけの方法論に多くを求めてはいけないそう思ったでもまあ その全体としての考えバックグラウンドにある理論や全体性としての知識を知る必要もないんだけどこのようにシンプルにわかりやすく伝えられていることにこそ意義と価値があるわけですからちなみにロンダ・バーンズの「シークレット」なんかはもともとユダヤ人に伝えられていたカバラの教えから願望実現の法則と手法を抜き出して書かれたものだしカバラ自体が古代の叡智からやはり一部分を抜き出されて(盗まれた)後世に伝言ゲームで伝えられた不完全なものだし謝った解釈は若干あれど人々の幸福のために実用的かつ役立っているのならさもありなん世俗的な欲望の実現に向けられてしまっていることだけがアレですけども「潜在意識を書き換え(操って)して セルフイメージを上げれば引き寄せは思うがまま!」みたいな思想ややり方に欠けている要素としては蒔いた種の刈り取りというカルマのレッスン人間的成長と霊的成長のための学びの関連性そのあたりの法則のことになりますよねだからそこをきちんと理解した上で個人個人によって異なるこの問題を鑑みた上でその人の霊的レベルと魂の計画(ブループリント)に添った上でその人に適した課題に取り組む形にすれば誰もが手軽に自らをマインドコントロールするとても手軽で効果的な方法になると思われますマーフィー博士は相手との短い会話の中でその人が何に囚われているのかその人の思考のクセや感情的な反応(思い癖)や人生に対するこだわり自分のことをその人自身がどう評価しているのかそういったところを見抜いて顕在意識と潜在意識のギャップを知り的確で適切なアファメーション(祈り)を与えているのがすごいなあと思いました博士自身の洞察力と長年の経験なのでしょうがキリスト教徒だからこそ使えるテクニックかなと日本人には日本人独特の物の受け取り方思考の癖がありますから欧米人には当てはまっても日本人には工夫して応用しないと使えないものもあるようですさてそうですね自己暗示(自己洗脳たる刷り込み)というのはスピリチュアリズム(心霊科学)とその大源である霊的真理の観点から言えばポジティブエレメンタルの創造なのですけどこれだけでは本当に不十分なのですそもそもネガティブエレメンタルにしてもエレメンタルというのは死なないから人間の力では消滅させることが出来ないんですでも弱体化させたりスイッチをオフにして主導権を別のエレメンタルに移らせることはできますその主導権を握ってもらうポジティブなエレメンタルを創造することが潜在意識の書き換え(アファメーションとかセルフイメージUPのためのワークとかセラピーとか)になるわけですねでもエレメンタルはポジティブなものにしてもネガティブなものにしても力が強いものと弱いものがあります長年使われてきたものはとてもパワフルで手強いです(とくに何代も遡っての過去生から使われてきたものは)今生のほんの数日間や数週間でインスタントに作った新参者のにわかエレメンタルでは叶わないですこのパワフルで強烈なネガティブエレメンタルは悪魔とも悪霊とも言えるような精神病や人格障害を引き起こすようなものすごい破壊的なレベルの力を持つものから単純に否定的で厭世的かつ悲観的で自虐的な人生の歪みを創り出すものや本人の望まぬ方向性に人生を導くだけのものまでピンキリではありますけど(基本的に他人に対してしたことはすべてカルマのレッスンになりますし思ったり考えたり行動したことはすべて良いものにしても悪いものにしてもエレメンタルになります)少し話があちこち前後してしまっていますが潜在意識とはようするにエレメンタルのことです潜在意識と顕在意識 表層意識と深層意識意識と無意識色んな言い方がありますけれど全部エレメンタルですエレメンタルとは私たちの3つの身体(肉体・感情体・思考体)から創られるものです 原料は氣です肉体…行動したこと(言葉にしたこと)感情体…思ったこと思考体…考えたことから想念体としてのエレメンタルが出来上がりますエレメンタルは記憶であり記録であり私たちを動かすデータでメモリーチップですレコードとも言えますね普段意識して使っているデータたるエレメンタルが顕在意識普段無意識で使っている深層意識に沈んだデータたるエレメンタルが潜在意識そんな感じエレメンタルには様々な種類があって質も大きさも異なり形も色も臭いもあります(見たり嗅いだり触れたり出来ないだけで)身体の中(チャクラの中や筋肉)にあるものエネルギーフィールドにあるものそれらが主にその人に影響を及ばしますがそこにあるものばかりではないのです霊ー魂ー人として一人の人間になり人生を地上でスタートさせた時からのすべての人格(パーソナリティ)とその時に創ったエレメンタルすなわち全部の過去生で作った膨大な記憶と記録今生の人生で毎日創っているもの他人から埋め込まれたもの刷り込まれたもの拾ってしまって自分のものにしてしまったものその量はものすごい膨大な量です全部が必要なものかというとそうではありませんほとんどがゴミと言っても過言ではない…な人も中にはいますとりあえず本人が自覚出来ている顕在意識の部分と言われている意識的に日常使いしているエレメンタルは置いておくとして無自覚に使用している潜在意識の部分のエレメンタルはいやさ潜在意識のことを所有している本人が所有していることを忘れている「倉庫」としましょうここには過去の何百もの人生で使用したもの作ったもののすべてが収納されています倉庫たる潜在意識のことを忘れているということは年に何回かとか定期的に掃除が入ったりしまうたびに(一つの人生が終わるたびに)綺麗に整理整頓されてしまわれたりすることはなくその都度乱暴に荷物がただ放り込まれているそんな状態ですでずっと放置これが現実であったならゴミ屋敷よりも劣悪なゴミ置き場です産業廃棄物置き場って感じでしょうか虫が湧き放題だし何が棲んでいるのか分かりませんキノコならいいけどカビとか生え放題かも知れませんこの倉庫の状態と中に仕舞われているものたちが当人によろしくない影響を与えているわけです霊的真理の学びの場ではこの潜在意識たる未開のジャングルを整理整頓することがまず大切だと最初に教えられますその前に今日これから毎日創っていくエレメンタルの創り方や書き換えの方法無駄で不要な使い物にならないエレメンタルを創らないで有益なエレメンタルを創る方法を学びますけれども(過去のものよりこれから創るものの創り方)潜在意識というジャングルのお掃除と整理整頓はっきりいってものすごく根気のいる作業です何年何十年という年月で生産され積み上げられたものではなく何百年何千年何万年単位だったりしますから鬼が出てくるか蛇が出てくるか恐ろしいものでいっぱいです一回や二回の過去生ヒーリングやセラピーチャクラヒーリング一巡したって正直足りない数十個の過去生を思い出す程度で簡単便利に片付くものではないのですむろん一生のうちに終わるものではなく意識的に生きることを初めて霊的成長のとある段階に達したならばさほど倉庫にしまわれているエレメンタルの悪影響を受けずに生きられることになりますしそれらの整理整頓も一気に進みますでもケガレというか汚れものが多い人そして霊的成長の段階が本能や無意識の段階の人はなかなかはかどらなくてムズイですね潜在意識という倉庫の扉を開けて中に入っているものを観るのも辛いし片付けをして捨てるという手放す行為も精神的負担の大きいことでしょうからで潜在意識という名の倉庫の中に仕舞いこまれているこのエレメンタルですが性急に片付けようとしてはいけないのですよ書き換えというアプローチにしても弱体化にしてもいずれにしてもいくらネガティブで当人の人生に陰を落とし問題を創り出している元凶だからといって一度にあれこれとすべてを取り除こうとしてはいけないのですなぜならばエレメンタルは他のエレメンタルと複雑に絡み合い相互関係を持って存在しているからです記憶っていうのはそういうもんです人間の記憶は本当にデリケートなんです潜在意識のクリーニングというのはそんなに単純で簡単に考えていいものではないのですアプローチするなら段階的に少しずつ少しずつ慌てずゆっくりと行うのがいいのですでないと心的かつ精神に深刻なダメージを与えてしまうことがあります(当の本人 問題の解決と手放し人生に変化を起こしたいクライアントからしたら一気にすべてを片付けたいという逸る気持ちはあるでしょうしその気持ちは解るのですが一度にごそっと…というのは心身にも精神にも霊的にも害でしかないのです)そしてこれらの潜在意識というエレメンタルですが彼らをどうこうしようというとき膨大なエネルギーが必要になるんですね新しいポジティブなエレメンタルを創るにしても古い頑固な汚れたるネガティブエレメンタルを弱体化してミイラ化するにしても十分な氣の補給をしながら行わないことには肉体も消耗して悪影響が出てしまいます(やたら眠くなり不活発になる程度ならいいのですがやる気が失せて思考も停止して心がマヒするとか情熱が萎えてしまって目的意識を見失い無気力状態になって一年位何も出来なかったとかそんな鬱状態とか心神喪失状態に陥ってしまったケースとかよく聞きます)それは外科的手術の際に輸血や点滴などの体液の補給が必要なのと同じですここを理解していないと過去生ヒーリングやセラピーを受けたクライアントのフォローが出来なくなります受ける側も受ける際の心構えとして理解していたほうがいいことですだからまあそうしたエネルギーの補充行為を含めたエネルギーフィールドの問題をまず整えてから(自分由来以外のものを取り除いたりとか他人からの干渉を取り除くのが先)ネガティブエレメンタルの切り離しと弱体化そうしたことと並行してそれらネガティブエレメンタルに対抗できるもっとパワフルに主導権を握ってくれるボジティプエレメンタルを新たに創造するために一般的に流通している潜在意識の書き換えとセルフイメージや心の在り方を変えていくためのセラピーやワークそういうのに同時進行で取り込んでいくと効率的なのかも…と思いましたもちろん焦らず少しずつがよいわけです穏やかに変化を受け入れながら急がず長期的に取り組むべきことそれと当人にとっての必要な学びの部分今生の課題とか魂の計画や当人がいま霊的成長のどの段階にいて成長の方向性がどっちなのかっていうのもまったく無視できないからそれを当人が理解した上で取り組めればもっとベストなのでしょうね天命に反した方向性にいくと障壁あるし過去に望んだ結果が今という未来(現実)だから過去のリクエストやオーダーを片付けるのが先だし過去に撒いた種(負の遺産/負債)も支払うべきというか片付けないとだし本人が望む未来というのはその望む未来を手にするのにふさわしい自分にならないことには現実化できないのでこのあたりのギャップも知らないとだしねそして忘れてはいけないのがエゴイズムエゴイズムはあれやこれや邪魔をしてきます耳元で悪魔の囁きをしてくるといいましょうか…このエゴイズムの抵抗と邪魔が物凄いんですよ手強いなんてものではないです当人と同じ知恵と力を持っていますからね(下手すれば当人より賢くてパワフル)ドリームキラーでもありノイズたる思考でもある本人を迷わせ罠に掛けてがんじがらめにするエゴイズムもネガティブエレメンタルなんですが当人が当人に掛けた呪いのようなものです他人からマインドコントロールで植え付けられたエゴイズムもあるけれどそれを受け入れているのも当人のエゴイズムなのでこのエゴイズムたるヤツ潜在意識の書き換えのときに必ず邪魔してきますさも自分が正しい理性的な思考だといわんばかりに顕在意識が邪魔をするって言い方をするけれど顕在意識の中に当人が受け入れているエゴイズムがあってこのエゴイズムが全力で新しい考えを否定・批判・抑圧してくるわけですだから顕在意識の中のエゴイズムを探し出して(自らを分析して)自分を支配しようとしているエゴイズムを知ってそれを理解してこれに騙されないようにするってのも大切なトレーニングだったりします自分のエゴイズムへの対処法を学ぶってことですねエゴイズムを自分と切り離して考えるようにするといいわけなんですけれどもこれはなかなか難しい 一人ではとくにようするに汝自分自身を知れ!です本当(真実)の自分と偽物の仮面たるエゴイズムを知ってエゴイズムに自分の主導権を与えない与えないために真実の自分の望みや魂の望みや霊的成長の方向性に添った建設的なボジティプエレメンタルを創ってそれを育てていくことをしてその上でネガティブエレメンタルという悪い種や雑草たちを刈り取って撲滅させて潜在意識のジャングルを片付けて掃除をするそれが多分一番いいのかも知れません

  • 17Jun
    • 光の扉とヒーリングプラットホーム

      とある私が定期的に行く場所でのことそこはまぁどうしても場所柄といいますかオーナーさんの個性とか集まる人すなわち利用者の性質もありましてどうしてもネガティブなエネルギーの吹き溜まりになってしまっていたのですねそのせいか売り上げすなわち経営は下り坂お客さんも減ってオーナーさんも焦り気味その場所は地下ではないけど陰の氣がものすごく強いところで窓はあっても都会のビル群の中です太陽光が入らないところ換気も決して良いとは言えませんそんなんで空気はどよ~んその場にいると短時間ならまだしも長時間いるとなると身体は相当しんどい私にも関わり合いのあるところなのでなんとか出来ないかなーと行く度に出来ることをちょこちょこと少しずつ行っておりました(内職)そしてようやくこれはどうだろ?ととあるマントラと祈りにトライした日扉を開けて出勤してきた某さんが「あれ? どうしたのかしら 今日はなんかいつもと違う とっても空気が清々しいし軽い まるで天国の扉と繋がって 一筋の光が この部屋に降りてきているみたい」てなわけでようやっと効果が出てきた模様心の中で「やった!大成功!」話は代わって私は自宅サロン以外のところで仕事をするのがまり得意ではありませんとくにヒーリングリーディングもそうですが施療に関してはサロンで行わないとベストな状態での施療をすることは出来ないって困った問題があったりします手慣れた居心地の良い場所の方がリラックスできるし機密性も保持できるので仕事がしやすいというのも理由の一つなのですがもっと大きな理由があったりしますそれは自宅サロンには三次元での物質的な環境(ベッドとか道具とか)以外に四次元と五次元という多次元的空間にヒーリングプラットホームが出来上がっているから…というものでこのヒーリングプラットホームがある場所とない場所とでは氣の譲渡を行うレイキの施療ひとつとってもまったく効果も結果も違ってしまうのですそれで一体ヒーリングプラットホームって何なのさ?っていう人がいると思います前述の話に出てきてた天国と繋がる扉であり光の経路とも(この場合は別次元で私たちがいるよりは上の次元)天との通路のようなものであり同時にエネルギーヒーリングを行うために用意された処置室のような無菌室のような空間結界とは異なるものですこのヒーリングプラットホームを作るのもそれなりに手順と時間が掛かるのですね一瞬いやさ短時間で作れればいいのですけど私にはその力はあらへんのです(このヒーリングプラットホームを瞬時で作れてしまう人もいるし必要としない人場を作らずとも行えてしまう人もいますが私は自分自身の力というより助っ人頼りな他力本願な存在なので)これまで友人の家に行ったときに気を流したり出張で訪問しての施療もあるけれど本調子を発揮できないというか中途半端な感じで消化不良に陥ること多々具合が悪い時に自宅に看病いってその時に施療したことのある友人が帰省した時に某自殺の名所の近くに行ってしまいそこで何かくっつけてしまったようだ…ということで私のサロンに初めて来た時「前に家でやってもらった時と 受けている感覚というか 氣の強さが全然違う~」と言われたこともありました外でも家でも同じです…ないつも同じ品質のサービスを安定供給できていればよいのですがどうも外だとムズイんですよねたまに「ここなら施療をしても大丈夫だ」という場所を奇跡的に見つけられることもあることはあるんですがそんな場所はほとんどないよーってのが困ったものそんな場所ってどんな場所よって言われたときにとにかくキレイな場所でないととしか言いようがない三次元や四次元や五次元に溜りにたまったネガティブなエレメンタル(つまりは汚れモン)とかそういうのが浄化されているところんで六次元以上との通路が開かれているところそうとしかいいようがありません(もちろんその状態を維持することも大事)そんなわけでエネルギーワークをするにあたってヒーリングプラットホームをちゃんと作るのって基本中の基本でとっても重要で大切なことなんですよ

  • 09Jun
    • 左脳的な思考と言語と必然的な予習

      今年初めに書いた記事の中でIQ130以上の人とそれ以下の人では目に見えてる世界(世界の見え方)が異なるということを書いたのだけれどもそして私がIQ検査みたいなものを受けてみたのは本当に何気ない思いつきで「そうだ受けてみよう」てな程度のひらめきでしたするとその後で以前からの知り合いの子(職業はGデザイナー)がボディヒーリングに訪れてくれたのですが(ちなみに彼女の作品は車内広告とか街中とかわりとあちこちで目にすることが出来ます)普通に氣の充実を図りたいということだったので特に悩み相談とかそのようなものはなくとりとめのないおしゃべりをした後施療に入らせて頂いてたのですで普通のお客さんだったらメニュー以上のことって基本的にしませんけどそれなりにプライベートで親しくさせて頂いててギフトなども頂いている友人のこと「ものすごく意外なんだけど Hちゃんて過去生で 数学博士さんみたいな人のとこで 学者見習いさんというか お弟子さんやってたんだね~」と施療中にリーディングした情報をば伝えさせて頂いたのでしたすると彼女は高校が理数系で大学でも数学のサークルに属していたとのこと知らなかった!っていうか~Gデザイナーさんだから右脳系というかアート美術系つーかそっちタイプの人と私は思いんでいたのでした「幾何学も得意なんじゃない?」「幾何学大好きー!」なんて話が盛り上がりその続きの話をばどうも彼女はその男性だった人生のときその後の人生で数学脳?だったが故にとても苦労することになっていたのですそれっていうのは彼女(彼)が師事していた人は数学者であっただけでなくその他の学問天文学とか自然科学も追及していた科学者でもあり当時では錬金術と言われたような実験とかもあれこれとしていたようなんですねそーすると宗教(キリスト教)が権威を持っていた時代では異端だ!という話になり迫害を受けたりもするそんでもってその先生(師匠)の研究グループ?は解散自然と彼女(彼)は失業することにでも子供の頃から才能を見出されその先生のもとで数学(数式)や化学の実験とかそんなことばかりやっていた彼女(彼)いわゆる手に職的な職業的技能を持っていず他に何か食べていける仕事が見つかませんそれだけならばこれから身に付ければよいというだけのですが彼女(彼)のコミュニケーション能力は普通の人とちょっと異なっていたのですなんていうのでしょうか上手く説明できないんですけどね彼女(彼)のコミュニケーションの取り方であり言葉は国語的でなくて数学的だったんです理系脳って言ったほうがいいんでしょうかすべてを数学的(数字)に理解して数式に例えて説明するなので周囲の人にはチンプンカンプンだったんです彼女(彼)の師匠とか同じ研究室にいた先輩や仲間たちとはそれで会話が成り立っていたというか話が通じていたわけですが一般職的な労働の場では何を言っているのかわからない話の通じない人になってしまったわけですそれでまぁ悩んで苦しむことになってしまったと最終的には絵を描いて説明するという方法で周囲とコミュニケーションを取ることに成功したようです(棒一本あれば地面にも描けるので)そこいらの話をすると「私ずっと絵やイラストでしか 自分の考えや思っていることを 人に伝えられないと思ってた デザイナーの仕事は 好きでしている仕事というより これでしか自分が役に立てる方法がないっていう そういう想いでしていた」なんて話をしてくださいましたそして自分のコミュニケーション能力にものすごくコンプレックスを持っていて「何を言っているのかわからない」と言われることにたくさん傷ついてきたともまた相手の何気ない言葉の奥底の意味をあれやこれや考えすぎて本当は別のことを言っているのではないか?深い意味がその言葉の中に隠されているのではないか?考えあぐねすぎてメールの返信が書けなかったり速答できなかったりとか弊害もあるとのことちなみに彼女は別の人生(第二次大戦下)では敵の無線を傍受して暗号を解析する職務(任務)に就いていたようで今生でも職業柄ネットは使用するしそうした情報に精通しているものの異常なくらい情報漏洩に対して神経質でフリーwifiに接続するのはもちろんのことSNSの利用にさえも「そこまで気にする?」というくらいに「ネットは危険がいっぱいだから」と個人情報を死守しようとするのですたぶん無意識の癖として出ちゃうのでしょう過去生においてはハッカーというか盗聴とか他人の情報を盗んで調べるのがお仕事だったから自分もそれをされる側であるっていう前提の守りの行動に走ってしまうのだろうと普段はプライベートで会って楽しくおしゃべりしてご飯食べたりの関係だからそのような目で見ることはなくて(アンテナは畳んで目もクローズしてますので)知ることもなかった情報ですけれどもだからなのかー と改めて彼女の個性や才能のありかや悩みの方向性や根源が理解できた時間でしたそれと同時にこのことって事前に「IQ130以上の人…」のそこいらのことが分かっていないと当時の彼女(彼)と世間との間に起きたコミュニケーショントラブルとか認識のズレとかそのようなことを理解することができなかった事象や背景でもあるのですねとはいうもののこのようなことは初めてではなくて昔からそんな風にこれからいらっしゃるお客様が抱えている問題や背景を理解するために備えての事前知識というか予習的なお勉強をさせられるようなことはもうしょっちゅうのこと史実や人物についての歴史の勉強もしかりですし犯罪史や事件簿もそうですし特定の分野の知識を含む内容のアカシックを読み解くためには知識が必要ってこと改めて痛感させられてますのでした(私は理数系とくに数学がめちゃくちゃ苦手です過去生で天文学者だったことあるクセにっっ涙憧れの人はカール・セーガン博士ですが)そうやってあれやこれや調べさせられることで知識や情報を吸収し私も少しは賢くなっているのかなあ…(たぶんそれはないのが悲しい)そしてネットは便利だと感謝するである

  • 03Jun
    • 潜在意識へのアプローチとエレメンタルの書き換え②

      過去記事にも度々書いてきたことですが人はなかなか変われないものですでも本人の強い決心と意志がありさえすればあきらめないで粘り強く継続的に自分の問題に取り組めるのであれば変わることが出来ますそれは人生を変えることに通じます何故ならその人の心の在り方がその人の人生を創っているからです外的な世界はその人の内面的な世界が現実として物理的世界に表れたものに過ぎません心の恐怖が恐怖と欠乏と絶望に満ちた世界を創り出しますそして恐怖が更なる恐怖を呼び寄せるのです性格とはその人の心と思考のデータの集合体です今まで外界の出来事に対してどのように反応しどのように考えてきたのかどのような行動をしてきたのかその結果どのような観念や喜怒哀楽の感情を自ら生み出してきたのかそれらがその人の気質であり性格です心霊科学(霊的真理)の理屈ではこれらは氣を材料としたエレメンタルという想念体でありこのエレメンタルの総合計が私たちの性格であり構成要素なのですエレメンタルは記憶であり同時に記録で生命を持っているデータです潜在意識(無意識)にあるものも顕在意識(表層意識)にあるものもどちらもエレメンタルですなので潜在意識にアプローチすることはエレメンタルへのアプローチと同意語であり書き換えをするという同じ作業になりますアプローチの方法が少し違うというだけですね過去生の人格も記憶もすべてエレメンタルなのですが潜在意識の考え方から見た場合過去生の人格も記憶も潜在意識に属するものになりますだから過去生セラピーやヒプノセラピー過去生ヒーリングは潜在意識へのアプローチであり無意識からの望ましくない影響から解放するためのプログラムと言えるでしょう(ただ取り除くだけでは弊害が出るので 新しい情報をインプットすることを 同時進行で行うことが必要不可欠です)でも過去生ヒーリングだけでは十分ではありませんそれだけで解決する問題も勿論ありますが過去生へのアプローチは全体像としての問題を解決するためのその一部分を担っている問題の断片を解決・解放する方法にしか過ぎません完璧ではなく万能ではないのです当人の根本的な問題を解決することの一面に役に立つというだけですかねーさて私は実家を出るまで毎日 肉体的な暴力と言葉の暴力にさらされて否定的な言葉の刷り込みにより怒りと憎悪を植え付けられてきましたそれはもう骨の髄まで親はもちろん周囲も人生も神も憎みましたし自分が生まれたことをも呪っていましたこういうストレスが私の肉体を自己免疫疾患(膠原病)にしました生きる希望や目的がなかったからです若年性の更年期にもなり様々な症状や不定愁訴にも悩まされました人間関係も恋愛も上手く行かず職場ではトラブルメーカーになり交通事故にも二度遭い友人にも騙され人生積んでしまっていて何もかもうまくいかないことばかりでしたそりゃまあそうですネガティブの塊でしたからねその心のネガティブが私の人生を創っていたので当然よい人生を生きられるはずがないのです私が良い人生を生きられないのは誰よりも私自身が私を嫌悪し憎み抜いていて他人に対する怒りと憎しみでいっぱいだったからです私の心の荒廃度 自分自身や人生に対する考えが私に荒廃した現実を与えていたんです良いものを遠ざけ良くないものばかり自分に引き寄せていたんですね前記事にも書きましたがこのことには否応なく直面させられて自らの問題を解決すべく色々と取り組んできました結果私の現実は少しずつ変わっていきました私の性格の角が少しずつ取れて心に刺さっていた棘が少しずつ抜けて身体中の隅々まで骨まで染み込んでいた憎悪や怒りの念が少しずつ解放されて消えていくたび人生は上向きになりました病気も改善されてよくなりました痛いメンヘラさんから抜け出す度に私の人生に混乱をもたらすトラブルメーカーな人との出会いも減り突発的で破滅的な出来事に遭遇することも無くなり起こる出来事も少しずつ変化しました母も変わりました(私に謝罪してくれたりと今は和解しています)私自身が抵抗し嫌悪していた自分自身の能力や資質を受け入れたことで仕事に対する意識も変わりましたこれらは人生に起こる自然な流れの中で与えられてきた必然の結果です占いや霊能的な仕事だけはしたくないとそういう道にだけは進みたくないといいつつイヤイヤやらざるを得ない状況に追い込まれそこから逃げ出そうといつももがいてましたが気が付けば自分が占いとかヒーリングとか過去生セラピーとかリーディングとか成り行きのままやらざるを得ずそういう仕事をさせられている過程の中で(やらされている…という意識だった)自分自身がスキルを求めて学ぶ場で自らを被験者としてフェーズ IIIまでの治験を受けてそのテクニックの有用性を知ったばかりかそれらの恩恵を受け気が付けば癒されて問題を解決することが出来ていたそんな感じですかねーここまで来るにはこの年齢になっちゃっていてものすごく時間が掛かりましたけどそれでも無駄ではなかったですね年月は要するし思ったほどに簡単なものではないけど自分の実体験から人は変われる人生を変えることは出来るそう言い切ることはできますただし変えることが出来るのは自分だけ他人に変えてもらうことは出来ません選ぶのはみんな自分どんな道も自己責任ですまして他力本願なんてもっての他ですそして他人や外部的要因や運命のせいにしているうちは変わることは出来ません何一つ変えることは出来ません何もかもを自分のせいであると自らの人生への責任を受け入れることが出来た人だけが自分を変えることが出来るのだとそう思いますお金を出せば…たくさんのお金を費やせば費やしたほど変われるものでもないし専門的なサービスを利用して専門家の助けなしにはそうした機会は得られず自分を救出することが出来るとも言えないです第三者的な存在やそうした専門家のサービスを利用するのもある意味では大事で試してみる価値はあると思いますしけれどもそれだけに頼って人任せにするのも違うと思います色々試して多方面から自分の問題を掘り下げて少しずつ玉ねぎの皮を剥くように外堀から手放していき核心となる問題に近づいていくのが良いのかなってそれは私の体験で思うことですねこの方法がいいとこのやり方だけですべてが解決できるってそういうのは無いように思うし一つだけ取り上げることは出来ないと思うのですある意味では人生そのものが癒しの過程で必要なものはすべてもう揃っているんですよねだから何か一つの手法を試しつつそれにすべてを期待しすぎずその方法で解決できるとや手放せるものは手放して自分の心の強度が高まっていくごとに新たに気付くことが出来た自分の問題と向き合って自分の人生全体を見回して意味を考えてみたりその都度で色んなことを段階的に試せばいいのかなと一人ひとり抱えている問題(性質と原因)は違うからある人に効果があった方法が他の人にも合うとは限らないしその人に合った方法というのがあると思うのでゆっくり自分と向き合っていけばいいのです今生でその問題を抱えているというのもその人にとっては必然的なことでとても意味のあること人生そのものがその人に対して必要なメッセージを発しています人生で起こることすべてが何もかもの答えを教えてくれているその人の良きアドバイザーなんですね私もこの人生を生きるには必然的な意味があったのですからまあ そんなこんなで占いというアドバイス 人生のナビゲートだけではその人の凝り固まった考え方や思い癖といったエネルギー的要因にアプローチすることは出来ないし霊的な問題(生霊や憑依)にも関与できないし…と行き詰まっていたときにレイキヒーリングと出会いレイキヒーリングを行うようになってからヒーリングという施療がメインになってエネルギーフィールドの問題や霊的なものに対するアプローチが出来るなあと思っていたら気が付けば必然的に過去生の問題に対しても深く触れるようになっていってでも結局そのようなアプローチをしても根深すぎる思い癖や思考の癖とかに対して有効ではない場合も多くて憑依霊をとってもとってもまたくっつけてしまう人は減らなくて本人が変わってくれないことにはどうにも解決しないことが多くて依存させているみたいでイヤでそこでまた行き詰まってしまった頃必要ないと思ってたレイキティーチャーも取ってアチューンメントで他人の波動を上げることをし始めてヒーリングのテクニックと同時に霊的真理(この世の摂理と運命のしくみ)を教えることになってまずは対処法としての「スキル」と「霊的知識」を持ってもらうことで人生の迷路にはまってしまう人に負のパターンを繰り返す人に自分で人生を創造している現実を変えてもらうことを考えたんだけどそうした秘教的な知識を教えても性格や心の問題っていうのはこれは本当にどうしようもなくて当人がその意識を持たないことには…というドグマにはまってしまったのでしたそして今回あるプログラムのトレーニングにトライしてみて「セルフイメージ」を変えるっていうたった一つのことが「心の反応」「心の在り方」を変えるのにとても有益で実があるなとそういう経験をしたのでしたまあどんなことかってとにかく入口としては脳へのアプローチね自分への肯定的な刷り込みです善き事の洗脳 自分をひたすら洗脳するこれって考えてみればエドガー・ケイシーも薦めてたんだった入口は脳をだまくらかすことで潜在意識へのアプローチなんだけど考え方の癖や思い癖を知って不足思考を手放して十分思考に変えるという思考の方向性と心の在り方を変えるやり方で結果的にはポジティブエレメンタルを大量生産してネガティブエレメンタルのミイラ化を促す最適な方法だったりしますこれまで学んできたり習得したスキルとはまた別のアプローチの仕方でそれらの代替にはならないけどこれまでの方法で不足していた盲点だった部分を埋め合わせることの出来る良いやり方でしたそれを学べたことはとても良かったし必然的に出会えたプログラムでした(壁にぶち当たって悩んでいたからこそ求めていたものに辿り着いたわけですけどもね)もちろんすべての人に有効というわけではないし完璧な方法ということもないと思います色々組み合わせてみるといいなって感じではい エネルギーワーク(エネルギーフィールドに対する対処法)例えば私ならば過去生のエネルギーの解放である過去生ヒーリングやチャクラヒーリングと並行して同時進行で行っていけばセルフイメージを高めるアプローチとしてのこのようなセルフセラピーワークに自ら取り組んでもらうことをするとより一層の効果が期待されてスピーディに結果に繋げることが出来るのだろうなと思ったのでしたそしてこれからも学ぶことはたくさんあるし実用的で有益な方法を見つけたら学んでみたいなって思いましたそうですね今はまだ学びの途中で私自身がお試し中ですからそのうちこれを取り入れたセッションメニューも作ろうかなどと考えていたりしますさてどうなることやら