ブログ更新503回目。

皆さんこんにちは。

 

1.世の中の出来事とは

 

 毎時、新型コロナウイルスのニュースを聞かない時間は無い。

 

 それほど患者数の変化が速く、また、派生する分野が多岐にわたる情報を含んでいる。 それが人々の不安を更に増幅する。

 

 ニュースを聞いて、先回りして右往左往する人々も多い。

どの国でも、ギリギリで生活していれば、在庫の観念は薄らぐ。

 

 過ぎてみれば、好みではないものを買ってしまったり、普段は食べないはずのものが、食品庫に残ったりする。

 

 騒ぎが鎮まって、冷静になった時、残念な思いが、残るだけである。 こういう方々を、残念な人々と申します。

 

 少なくとも、皆さんは、残念な人々の仲間入りをしないように!

 

2.根も葉もない「うわさ」

 

 紙類の不足が伝わるや、買い占め騒ぎが発生した。

 

 山陰地方にある、生協の職員が、SNSに投稿した「思い込み」の記事が、紙類の騒動を引き起こした。

 

 後日、生協と彼は、謝罪したが、手遅れである。

 

 昨日(3/25夜)は、東京都で、「外出の自粛」が伝えられるや、翌朝から、都内の食品スーパーの棚がカラになった。

 

 それを映像で報道するから、余計に不安が増幅した。

 

 場面は異なるが、デパートの赤札セールに群がる女性たちの迫力あるファイトは、男性には、唖然として声も出ない。

 

 その、行動力は、女性が、母となった時に発揮するよう準備されている、「子供たちを守る本能に由来」する。

 

 確かに、限られた家計の中でのやりくりは、大変である。

 

 少しでも「お値打ちの商品を探すこと」は、やむを得ない防衛である。

 常に、比較して相対的に値段と商品価値を高速計算する。

 

 噂であっても、相対的な比較をするのが人間である。

 

3.絶対か相対か

 

 創造主=神は、一柱の神である。二つとないので、「神は絶対」である

 

 絶対の世界に、神は、おわします。

 

 人間は、五感を基準にして価値尺度を決める。常に比較するので、相対の世界にいる。

 

◎絶対は神の言葉、、、◎相対は人の言葉、、、である。

 

 世の中の出来事に巻き込まれない人は、比較をすることが少ない。

 

 マイペースを崩すことがない。

 

4.絶対者が、人類全員に、宿る

 

 全人類の中に、生命の光が実存する。

 肉体という闇は、生命という光には、勝てなかった。

 

 人の中に実存する光こそ、神我である。

久遠永遠に生きる神我が、肉体という闇を征服するのである。

 

 『初めに言葉ありき、その言葉とは、神の言葉、神と共にある言葉、神と共にあった言葉、神であった言葉、やがて肉となった言葉である。』

 

 これは、創造主=神の御言葉である。

 

 この、御言葉は、「言葉が肉になる過程を示している」が、肉は何ら関知しない。

 これが、「絶対の正体」である。

 

 神我を、我として生きる者は、「絶対の中」にいる。

 

 それは、自分が神であることを自覚しているからである。

 

 『群集心理に、巻き込まれない人は、絶対の中にいる』ことを、自覚している人である。

 

 多くの人が、絶対の中に生きるようになった、と祈る!