ブログ更新466回目。

皆さんこんにちは。

 

1.天上界の呟き(つぶやき)

 

 人間は、空を眺めて雲が湧いて集まると、「今に雨が降る」という。

 

 しかし、たとえ晴天であっても、裡なる神我を念じつつ、創造主=神に雨乞いをすると、創造主=神は、神我(神の一人子)を信じて、雨を降らし給う。

 

 神我と創造主=神の関係は、このように直結している。

 

 人間の自我の心では、「創造主=神は、あなたの裡にいる」と、何回も言われ続けても、神は、尚、遠くにいると勘違いしている。

 

 創造主=神は、手や足よりも近いところにいる、という事実を理解させるのに、2千年以上の時間がかかっている!

 

2.イエス・キリストの呟き

 

 2千年以上前に、私(イエス・キリスト)が、水上を歩行したのも、わずかなパンくずと魚から、5千人に給食したのも、これと同じ力を使った。

 

 すなわち、神我を念じながら、創造主=神に、「水上を歩行させ給え」と祈ったり、「5千人に食事を与え給え」と祈ったりしたのである。

 

 こういうことは、奇跡ではなく、『創造主=神が、人類を養うための媒体』が、神我そのものであるとの悟り(認識)だった。

 

 聖書には、「私(神)の民を養え」とあるが、私(イエス・キリスト)もまた、自らの生命力という霊的力で、当時の人々を養ったのである。

 

 ところが、当時の人々は、霊的力=霊的食べ物よりも、物質的な食べ物のほうを選んだのである。

 

 それ故に、5千人に給食をしたところ、人々は「奇跡が起こった」と、驚いて、霊的食べ物(生命のパン)を顧みることは無かった。

 

 5千人に、いやもっと多くの人々に給食を施すことは可能である。

 

 これと同じ力が、当時の人々の中にも内在するという真理を、人々は理解できなかったのである。

 

3.天上界の嘆き

 

 雨乞い・水上歩行・霊力の物質化(見えない空間からモノを取り出すこと)などは、創造主=神との一体感と神我の深い理解力(悟り)があれば、誰にでも可能である。

 

 このように伝えると、先に「雨乞いの結果・水上歩行の結果・物質化の結果など」を求める人が多すぎる。

 

 先に求めるべきは、天国である。

先ず、神の国とその義とを求めよ。自余は自ずから与えられん。」という、聖句を実践しなければならない。(自余:そのほかの全て)

 

 見える世界での利得=現世利益を、先に求めると、ますますその現世利益は遠ざかる。

 

 『神の国とその義とを求めたものは、全てが与えられる。』

 

 唯一、この聖句・真理を、是非皆さんのものとしていただきたい。

 

 多くの人が、「神の国を先に求めた」、と祈る!