認識を変えると人生が変わる | ボブ・フィックス(フルフィルメント瞑想)ブログ・空(くう)から語る

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フルフィルメント瞑想の創始者ボブ・フィックス(Bob Fickes)日本の公式ブログです。空のクリアな認識で様々な領域からお話しをします。


カルマはあなた方の師であるということを

このブログでは何度もお話ししてきました。
しかし、それでもなお
自分にはたくさんのカルマがあると言っている人が大勢います。
何かまるでカルマが悪いことのような
不要な重荷のような言い方をするのです。

認識を変えましょう。
こんな感じはどうでしょう。
「自分にはたくさんのカルマがある」ではなく
「自分には大勢の師がついている」
と言ってみませんか?

良くなったでしょう?
カルマは我々に不運をもたらすものではありません。
カルマは我々に重要な何かを学ぶ手助けをしてくれる師なのです。
師は我々を助けていきたいと思っているのであって
罰を与えようとしているのではありません。

また、ヒーリングなどのセッションを受けて、
そこでカルマのせいでこういうことが起きている
などという言い方をヒーラーがしますと
変化していることがまるで大きな問題であるかのような
ニュアンスになってしまいます。
このような認識は否定的過ぎるように聞こえますね。
このような考え方をするだけで
絶望的になります。

我々には日々カルマがあります。
カルマがあることは普通のことです。
良いカルマというのもあることはご存知ですか?
カルマはみな、我々が古い状況から卒業し
新しい状況へと移行するのに役立つのです。

我々はある特定の習慣を祖先から引き継ぎます。
鶏が卵の殻に包まれているが如く
これからの習慣は我々の意識を包み込んでしまいます。
自らを自由にし
新しい生き方をするにあたって、
鶏は殻を割って開いていかねばなりません。
我々は、断ち切ることを学ぶべき習慣の卵の殻の中に生まれ出
自分の本質を見いだすのです。

習慣は皆、盲目的です。
思考も伴わずに行動しています。
習慣のせいですぐに反応してしまい、
自分のしていることが目に入りません。
それがカルマなのです。
カルマがやって来た時は
真実を理解することはできません。
習慣で行動してしまうと盲目になってしまいます。
それがカルマは我々を盲目にすると言われるゆえんなのです。
カルマがあると
真実を見ることが出来なくなります。
カルマを拒否して盲目になるのではなく
カルマを師として対応し
我々を助けてくれるよう求めましょう。

カルマは、我々に注意を払うことを、
人生をよりマインドフルに生きることを教えてくれます。
カルマは良きも悪しきも偉大な師となり
生き方を変える動機付けになります。
カルマは我々に罰を与えるのでも
罪悪感を与えるものでもありません。
カルマは、我々が新しき人生へと
進化することに役立つ素晴らしい師なのです。

カルマに対する認識を変えましょう。
カルマという言葉を口にするようなときは
カルマというかわりに「師」と言ってみましょう。
すると、絶望的状態から希望へと
気持ちが変化します。

人間であることは
古い習慣から抜け出て
自由と喜びに溢れる新しい人生へと
進化する希望を持って生きるということです。
カルマに満ちた人生と考えるのではなく
我々を助けてくれているという師に囲まれている...
そんな風にカルマに対する見方を変えることは
より心強く感じられますね。
トライしてみてくださいね。
きっと気に入られると思いますよ!