OPTIMISMの感想を頂きました。

ありがとうございます!とても励みになります。



『OPTIMISM、ヘレンケラーその後の物語、

感動的で思い出すだけでも泣けてくる奇蹟の芝居でした!

たぶん、池袋演劇祭の審査員にならなければ観るきっかけがなかったので。

観れて良かったです!心から思います!

有難うございました!』



  『今の私にとてもヒットしました。後半、彼の事をお兄さんに訴える所は、私も親の反対を押し切って結婚したので、自分の事を思い出し、とても伝わりました。

とにかく、ヘレンとサリバンの関係がとても愛に溢れ、凄く良かったです。信じれたし、ラストには、本当にこの2人がヘレンとサリバンなんじゃないかと思ったぐらいです。特に後半に向かって感動しました』



 

『昨日はありがとうございました。同行の家族は音声ガイドのおかげで、劇を存分に楽しめたと大変喜んでいました。アン先生とヘレンの出会いの頃の取っ組み合いの気迫にも気圧されました。


病気が急変してから久しぶりに一緒に楽しむことができ、本当にありがとうございました。皆様のますますのご活躍を心からお祈り申し上げます。

また皆様のご活躍を拝見できる機会を楽しみにしております』



『私の中にも、ヘレンが抱えてきたものと同じものがあったんだとあらためて気が付いて障害者というけど、人って不具な存在なのかもしれないと改めて感じました。


2時間通して見せてもらったヘレンの姿が、

最初の見えない聞こえない話せない、その障壁をもってもがき苦しんでいたところから、恋をして愛に目覚め、とても生々しくめちゃくちゃリアルなのに、とてもロマンチック。

恋の物語や夢の時間がはさみこまれているように、これは地上にあった物語でありながら、星座の神話のように、美しい詩であり愛の物語なんだと思います。そこまで高められていると思いました。


これはいままでにないロミオとジュリエットなのかもしれません。役者やそこに関わる方々の集中力と深く入り込んでこの物語を生きているそれを感じて、感動しました』




『昨日は素敵な舞台をありがとうございました!本当に素敵なお芝居でした。


何かを背負い生きるということの過酷さ、それは背負っている人間にしか本当にわからないことで、生きていくためには人とのつながりが必要なのだけど、それぞれの立場や思想などから寄り添うことがいかに難しいか、でもその難しさとなる溝というものを少しでも埋めていくことができれば、目の前に光が見えてくる。


十人いれば十通りの考えがあり色んな主張があるのは当然で、それでもその中でいっしょに生きていける世の中、模索していきたいですね。あー、強く、優しく生きていきたい!!そう思いました。

ありがとうございました!

次回公演楽しみにしていますね!!』




『私はあくまでも演劇を楽しむだけの素人ですが舞台は演じる側とそれを観る側の心がシンクロした時に何倍もの感動を呼び起こすのではないかと思いました。今回はそう感じました。

 主人公もその周りの人も「差別」「偏見」に苦しんでいました。それは障害者、人種差別というものでしたが、私は先日まで海外で留学生活をしていた自分の息子と重ね合わせて観ていました』

 


『話せない、見えない、聞こえない、そんな三重苦のヘレンが一筋の光を見出した時、

そこからはまるで、春を待っていた花のようにヘレンの心の中の花が咲き出していく....。

 

留学をしていた息子も、いうなれば三重苦のなかで暗闇を感じていたのかもしれません。

悩み、もがいていたと思います。

それがヘレンを成長させたように息子も成長して帰ってきました。


苦労した彼も、今はヘレンのように希望という花を咲かせて帰国してきてくれました。

そんなことを、実感させてくれる舞台でした。

親と子の在り方もとても考えさせられました。

 

私は舞台も映画も、その後の余韻が長く続けば続くほど素晴らしい作品だったと思うのです。昨日の舞台は頭の中でまだグルグルしています』

 

 


『ヘレンはアン・サリバンと出会うまで、言葉も通じない、野生の獣のようでしたが、

ものに名前があるとわかってから、とうとう大学まで行ってしまいます。ものすごい情熱です。

そのヘレンは障碍がある人、肌に色がついている人は人間扱いされない時代に生きた人です。

劇中で、長いんじゃないかと思えるくらい、ヘレンが必死で話す場面があります。

その言葉は、本当に聞きづらく、何を言っているのか判りませんでした。

でも何かを話したいのか判らなくても、ヘレンの情熱が、ぶれない志が伝わってきます。

誰にも理解されないことでも、彼女はそれが間違ってると思わなかった。

そして臆することなく伝えるのです。


私は泣いてしまいましたが、ヘレンの言葉に耳を傾けました。ヘレンも泣いていました。


ヘレンの腹違いの兄、シンプソンはヘレンが人間らしくなるとは思っておらず、

アン・サリバンにも、冷たくて皮肉な態度を取ります。しかしヘレンが言葉を覚え、

更には大学に進むことを決心し、自ら不自由な言葉でスピーチをして資金を作ったことをみて、ヘレンをリスペクトします。

それはシンプソンが指文字を覚えていたことにも出ています。

シンプソンがヘレンの結婚に反対だったのは、意地惡ではなく、彼が信じている常識を元に、最適と思われることをしたのでした。

常識を覆すことなど考えられなかったのです。


誰もが、お互いのことを本当は思いやっていました。なのに間違ったことを信じていると、心の交流が出来なくなります。


ここが大事。人は善良なだけでは人を傷つける可能性があるのです。

何が合ってて、何が合ってないか。

時代や国、文化が違っても変わらないのが《真理》です。

今でこそ、私たちは肌の色で差別するなんて、ナンセンスだとわかりますが、そうではない教育と言う洗脳を受けた人たちには、動かしがたいものなのですね。

そういったことから自由だったヘレンは、本質を見ることが出来た人だったのですね。


私も本質をちゃんと見ることが出来るだろうか。何度も自分に問いかけます。


善良だけではいけない。真理を知らなくてはならない。まだやっています。是非お時間を作ってご覧ください。皆様の言葉で次に向かう力となってます。

本当にありがとうございました!』









皆様の言葉で次に向かう力となってます。

本当にありがとうございました!