国籍法と二重国籍

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国籍法が定める,外国の国籍を取得した方が日本の国籍を失う,いわゆる「二重国籍禁止」の規定は憲法に違反している,という主張がされる訴訟が提起されるとの報道を目にしました(平成30年2月25日付朝日デジタル配信の記事より)。

 

 

 

「『外国籍取得したら日本国籍喪失』は違憲 8人提訴へ
 

 

 

日本人として生まれても,外国籍を取ると日本国籍を失うとする国籍法の規定は憲法違反だとして,欧州在住の元日本国籍保持者ら8人が国籍回復などを求める訴訟を来月,東京地裁に起こす。弁護団によると,この規定の無効を求める訴訟は初めてという。

 

 

 

弁護団によると,原告はスイスやフランスなどに住む8人。すでに外国籍を得た6人は日本国籍を失っていないことの確認などを,残り2人は将来の外国籍取得後の国籍維持の確認を求めている。

 

 

 

原告側が争点とするのは『日本国民は,自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは,日本の国籍を失う』とした国籍法11条1項の有効性だ。・・」

 

 

 

以前読んだ新聞記事である識者の方が,とても興味深いことを言われていました。その方は,「インターネットなどの通信手段が発達した結果,現在では『国』という社会単位が中途半端になっているのではないか。」と言われたのです。

 

 

 

その方が言われるのには,そのような通信手段が発達した現代では,EUのような「連合体」と,例えば岡山県のような「地方公共団体」で統治を行うことが一番効率的で,その意味では「国」という社会単位(存在)は,もはや時代遅れなのだそうです。

 

 

 

元々「国」という社会単位(存在)は,いわゆる国民国家時代に形成された,「その地域に住む共通した文化を背景として有する者」を前提としたものです。でもその概念が逆に,第一次世界大戦や第二次世界大戦のような悲劇を生み,ナチスドイツによるユダヤ人虐殺のような「国の中の異なる者を排除する」思想につながったことは,哲学者のアンナ・ハーレントの著書『全体主義』でも指摘されているところです。

 

 

 

「1つの者に1つの国籍」をいうルールは,その「国民国家」を前提としたものですが,上でお話したように,その「国」という社会単位そのものがインターネット等の通信手段が発達した現代では中途半端となっているのならば,その「国」という存在とそれとの人との結び付きである「1つの者に1つの国籍」という原則も,見直しを求められる時代になっているのかもしれません。

 

 

 

上でご紹介した訴訟で原告になられている方には,現在EUなどで活躍されている方もいらっしゃるということですので,訴訟が提起されたのは,そのような時代の変化,さらにはその変化がもたらした正義や公平の感覚の変化を受けたものだと思います。そのような観点からの主張が行われ,そしてそれに対してどのような未来を見据えた判決が出されるのかに,注目して見守りたいと思っています。