ヨハネス・フェルメールは「デルフトの眺望」や「真珠の耳飾りの少女」などの作品で日本にもファンが多い画家です。17世紀のオランダ黄金時代を代表する存在の方ですね。

 

 

 

 

 

         

 

 

 

 

 

フェルメールが多くの方に愛されている理由の1つに,美しい青色が印象的に用いられていることがあります。「フェルメール・ブルー」と呼ばれる美しい青色です。

 

 

 

そのフェルメールの作品に多く用いられている青色の絵の具の原料は「ラビスラズリ」と呼ばれる石から採られたものなのですが,その石は,17世紀当時はダイヤモンドよりも価値があった石なのです。

 

 

 

実は,近時のX線写真の技術的発達により,フェルメールの絵の下地の研究が進んだのですが,フェルメールは,その高価な「ラビスラズリ」の石から採られた絵の具を,絵の表面だけでなく,絵の下地にまでふんだんに使用していることが分かったのです。

 

 

 

「フェルメール・ブルー」の青色が,絵の表面だけでなく,見えない部分にも用いられていたことが,時代を超えて人々の心を掴んでいる理由の1つではないか,というお話は,絵の好きな法律家である私にとって,とても印象的なものでした。なぜならば,それは法律にも共通する面があると思ったからです。

 

 

 

白いキャンパスに絵の具で絵を描くこと,そしてそこにどのような絵を描くのかには,何ら正解はありません。でも,世の中にはフェルメールの作品のように,人々の心を掴む絵が確かに存在するのです。正解はない世界であるはずなのに,人々の心を掴む絵が存在するということは,とても興味深いことだと思います。そこには何があるのだろう,と思います。

 

 

 

法律も同じです。法律そのものは紙に書かれた活字であり,その活字にどのような意味を与えるかは自由で,決して正解はないのです。でも正解がないはずなのに,人々の心を掴む解釈が確かに存在するのです。それはとても興味深いことだと思います。

 

 

 

それはきっと,法律の解釈を支えているものは,決して目には見えない人々の心の中にある正義観や公平感であること,その目には見えないものが,法律に意味を与え,動かしているのだということを,意味していると思います。

 

 

 

そしてそれは,何世代にもわたり人々の心を掴んで離さないフェルメールの作品群が,決して表面だけではなく,目には見えない部分にも描かれた美しい「フェルメール・ブルー」によって支えられていることと,同じように感じています。