2013年(平成25年)5月に,馬券で得た利益と税金について,とても興味深い判決が言い渡されました。大阪地裁平成25年5月23日判決です。TVや新聞で大きく報道されましたので,ご存じの方も多いと思います。
事件は,事件当時会社勤めをされていた方が,インターネットを通して馬券を買う競馬で多額の利益を得ていたにもかかわらず,その利益を申告していなかった,というものでした。
この事件では,外れ馬券を購入した費用を,当たり馬券で得た利益から「経費」として引くことができるのかが争点となりました。
国側の主張は,競馬の当選金は一時所得に当たる,というものです。そして国は,「一時所得は,所得税法上,『その収入を得るために支出した金額』と規定されているので,当たり馬券で得た利益から経費として控除できるのは,その利益を得るのに『直接要した金額に限る』のだ(所得税法34条2項)」と主張し,外れ馬券を購入した費用は,当たり馬券で利益を得るために『直接要した金額ではない』とした上で,外れ馬券の購入費用は経費として控除できない,と主張したのです。
それに対して刑事被告人とされた納税者は,「競馬の当選金は雑所得にあたる。」と主張しました。なぜならば,所得税法上,雑所得で利益から控除できる経費は「直接要した金額」の外にも「その年における販売費,一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」が控除できることになっているからです。納税者の主張によれば,外れ馬券の購入費用も経費として控除できることになるのです。
刑事被告人とされた納税者は,インターネットを通じて,実に1年間で約30億円の利益(当たり馬券)を得ていました。ところが,この会社員の方は,その30億円の利益を得るために約29億円を外していたのです(外れ馬券購入費用)。この外れ馬券購入費用を,利益である約30億円から経費として控除できるかどうかが問題とされたのです。
このような主張が交わされた裁判において,上述した大阪地方裁判所は,競馬の馬券で得た利益は,一般的には「一時所得」であるけれども,この会社員の方は,上でお話ししたように,インターネットを通じて1年間で実に約30億円の利益を得ており,法(所得税法)が念頭に置くような「一時的な所得」ではなく,「反復・継続性」がある「雑所得」である,との判決を下したのでした。そして,外れ馬券購入費用の控除を認めたのです。
この事件で,国側が上で述べたような主張を行ったのは,通達があったからです。所得税基本通達に,競馬の馬券で得た利益が「一時所得」の例として挙げられていたのでした。
でも,そもそも「通達」とは,行政庁が,日本全国のどの役所(行政)で国民がサービスを受けるとしても,同じ内容のサービスが受けられるようにとの趣旨で出される,いわば「行政府内における『解釈』」であり,「行政としては,紙に書かれた活字である所得税法の文言に対して,○○という意味を与えることにします」という存在にすぎません。「通達」は,決して法律そのものではなく,法的拘束力を有するものでもなく,そして裁判所を拘束する存在でもないのです。
司法権(裁判所)の担い手である裁判官は,憲法と法律,さらには裁判官としての良心にのみ拘束されます(憲法76条3項)。そうでなければ,私たちの社会で少数派の人々の利益が多数派によって奪われようとしている時に,その多数派による横暴から少数派の人々を守ることができないからです。
行政が出した通達や,その通達の立場を前提にした検察庁の起訴があったとしても,司法は全く自由な立場で,紙に書かれた所得税法に意味を与え,それを通して,上の事件を解決したことになります。
司法権は,私たちの社会の一部でありながら,私たちの社会からふわりと浮かんでいるような存在なのでしょう。上でご紹介した馬券と税金についての刑事裁判は,えてしてその金額の大きさが話題となっていましたが,私自身にとっては,「司法権の独立」の意味を改めて思い出させてくれた点で,とても印象に残る事件となりました。