「因果関係」とは,もちろん法律用語ですが,日常用語としても用いられますね。



民事事件で申しますと,例えば川沿いで操業をしているA工場が工場汚水を川に流しており,その川の下流で魚を採って主食にしているBさんが病気になった場合,Bさんが自分の被った被害の損害を償えとA工場を相手取って損害賠償請求訴訟を提起した場合,A工場としては,自ら行っている汚水が原因ではない,つまり汚水を流していることとBさんの病気との間には「因果関係」がない,という主張を行うことが考えられます。





「因果関係」とは,Aの行為がなければBの被害は生じなかった,という事実上の因果関係が肯定されただけでは足りず,ではそのBの被った損害をAに賠償させるのが,社会的な観点から見て公平であろうか,という法律上の評価が必要となる概念です。



その「評価としての因果関係」が激しく争われ,その結果法律上の因果関係論の理論的な発展につながったのが,いわゆる公害訴訟でありました。その公害訴訟を題材にした,とても興味深い問題が,司法試験で出題されたことがあります。次の問題ですが,皆さんはどのように思われますでしょうか?。



旧司法試験昭和45年度論文式試験民法第2問


甲工場は毒性をうすめた廃液を河川に流していたが,周囲に被害を与えていなかった。その後,付近に乙工場が新たにできて同程度の毒性をもつ廃液を流しはじめ,両工場の廃液が合してその付近の水質に強度の毒性を生じていた。


この附近で遊んでいた5歳の女子Aが,防護さくをくぐって遊んでいるうちに河川に転落し,重い皮ふ病にかかり,容ぼうに重大な傷害を生じた。Aは母親Bの洗濯していたすきに遊びに出たものである。


この場合,

1 甲乙両工場には,どのような責任があるか。

2 Aの父C(Bの内縁の夫)は,慰謝料の請求ができるか。





「因果関係」があるかないか,の判断は,もちろん証拠により疑いのない程度にまで行う必要があります。医師や科学者の方々が意見書を書いたり,証人として証言を行うことで,因果関係の証明が行われることもあります(「科学的証明」と呼ばれます)。



私達の日常生活の経験からしますと,ある出来事からある結果が発生したなどということは,通常人の判断により簡単に判断ができるのではないか,と思われる方もいらっしゃるのではないでしょうか。


でも,例えばポリオ(脊髄小児麻痺。ポリオウイルスによって発症するウイルス感染症。)は,現在ではその名のとおりポリオウイルスによって発症することが科学的に証明され,そのウイルスに対するワクチンも開発されているところから,日本では既に発症自体が根絶されており,国連機関によって世界的な根絶が進められている病気です。



ところが,ポリオの発症の原因がポリオウイルスであることが科学的に発見される前の段階では,ポリオが多く発症する時期が夏の暑い時期だったことから,その原因はアイスクリームである,と言われていた時代があったのです。ポリオの発症数の増減とアイスクリームの販売個数の増減が,グラフ上ぴったりと重なったのですね。



そのような「証拠」を理由として,アメリカでは実際にポリオ対策としてアイスクリーム販売の規制が行われていたそうなのです。



今となってはただの笑い話ですが,でも当時は確かに「統計上の一致」という(ある意味科学的な)証拠が存在していたことになりますね。「科学的な証拠」があるのだ,といっても,決してそれを鵜呑みにするのではなく,「本当だろうか」という観点から光を当てる大切さを教えてくれているエピソードだと思います。





法律制度は「この世には完全な人は存在しないのだ。そして私達人は,過ちを犯す存在なのだ。」という理念を前提にして構築されています。



その理念は,「因果関係」の判断においても当てはまるのだと思うのです。