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『わが闘争』は,ヒトラーが自らの半生や反ユダヤの思想をまとめた本です。上巻は1925年に,下巻は1926年に出版されました。ドイツでナチスが政権を獲得した後は,一家に一冊かならず備えられているような存在になっていたそうです。



その『わが闘争』は,第二次世界大戦後,連合国の方針でその著作権がヒトラーの私宅があったバイエルン州に移されました。そしてバイエルン州は,ナチスの犠牲者への配慮や,極右勢力への影響を考慮して,ドイツ国内での出版を認めていないのです。



そんな『わが闘争』とその著作権につき,ドイツでとても興味深い動きがあったという報道を目にしましたので,ご紹介いたします(2012年1月27日付朝日新聞大阪版掲載の記事より)。



「『わが闘争』出版認めぬ ドイツの地裁が仮処分



ドイツのミュンヘン地裁は25日,独裁者ヒトラーの『わが闘争』の出版を禁じる仮処分を出した。ドイツ国内で抜粋の発行を計画した英社を,著作権を持つ南部バイエルン州が訴えていた。原文はインターネットで読めるが,事実上の禁書扱いが続くこととなった。・・



英国の出版社は,ナチス時代の新聞記事を復刻する雑誌の付録として3回にわけて抜粋の出版を計画。これに対してバイエルン州財務省が24日,『著作権の侵害だ』として提訴した。・・



出版社の広報担当者は『引用の自由で抜粋の出版は許されるはずであり,受け入れがたい』としつつも,『雑誌が回収される事態は避けたい』と話した。・・」






実は,どの国の著作権法にも「引用」等の概念があります(日本の著作権法も32条1項で「公表された著作物は,引用して利用することができる。」と規定しています)。つまり,法が許容する引用方法であるならば,著作物の掲載は著作権者の同意が不要なのです。



とするならば,英国の出版社によるドイツでの『わが闘争』の引用についても,著作権を有するバイエルン州の同意なく,行えるようにも思えます。実際に記事内で英国の出版社の広報担当者も,引用の自由であって許されるはずである,と話した,と書かれていますね。それでもドイツのミュンヘン地裁はそれを許さなかったのです。それはなぜでしょうか。



実はドイツの現在の法律制度は,ナチス時代の反省の下に構築されています。ナチスは,当時のドイツの法律に基づき,適法に選挙等で支持を得て政権を獲得し,適法にユダヤ人の方々への迫害行為を行っていたわけです。当時のドイツは(それは第二次世界大戦前の明治憲法時代の日本でもそうなのですが),「多数決で決まったことが正義である」という思想だったのです。



ところが,第二次世界大戦における敗戦とドイツが行ってきた人権侵害行為の数々が明らかとなったことにより,ドイツは多数決でもそれに反することができない存在としての憲法を制定したのです(日本における現行憲法の制定も同じ意味を有します)。



ただ,ドイツと日本とで異なる点がありまして,それは日本では多数意見の発現としての国家行為が憲法に違反するかどうかの判断は,裁判所が具体的な訴訟事件の中で判断するのですが(これを具体的違憲審査制といいます),ドイツでは通常の裁判所とは別に特別な憲法裁判所がありまして,具体的な訴訟事件が提起されていない段階でも,例えば国会が法律を制定したばかりの段階で,それが憲法に違反しないかどうかをその憲法裁判所が判断することができるのです(これを抽象的違憲審査制といいます)。



ドイツの法律制度は,具体的な権利救済に主眼がある日本のそれと比較して,より客観的な法秩序の維持に重点が置かれている,と言えるのかもしれませんね。そしてドイツの法律制度全体の姿勢が,上述の『わが闘争』の著作権問題についても現れているように思えます。



本来ならば引用で許されるはずのことであっても,その対象がナチスという,ドイツが現在の法律制度を構築したきっかけとなった存在である場合には,通常の法律論ではない対応が許容される,ということなのかもしれませんね。ナチスの存在そのものを客観的にドイツ国内から排除することを,現在のドイツ法は当然の前提に立っているとも言えるように思います。そしてバイエルン州は単なる著作権者という立場というよりも,その法秩序を実現するためのエージェント的な役割を果たすことになるのでしょう。



この『わが闘争』事件は,私たちが生活の基盤としている法律制度の根っこには,社会が実現しようとする理念が存在していることを教えてくれているように思います。

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