さて。このお話は、私が中学生の時の恋のお話です。
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ちなみに高校時代の恋のお話は(完結済)はこちら
冬の海・天使のハシゴ
第十二話「Stay With Me」
「いつ帰ってくるん?」
「えーと、十六日。先輩の誕生日の日やで」
盆休み、私は家族で父方の田舎に帰ることになっていた。そのことを先輩には前から告げてはいたけれど、日が近づくにつれ彼は何度も同じ質問を私に投げかけた。八月十六日は沢村先輩の誕生日だったのだ。
「そうなんや・・・」
「うん。誕生会やろうなー!・・・あれ?田舎行ってる間・もしかして寂しいん?」
からかうと、
「ゆっくり受験勉強できてええけど」
と、意地悪く彼は返した。
「なんかいっつも勉強の邪魔してるみたいやん!」
「そうとも言うかなー。まぁ気つけてな・・・・」
つまらなそうに言う先輩が、私よりも子供見えた。
プルルルル
時間が止まったような田舎の午後。
私は縁側に足を投げ出し、ゴトリと重い受話器を耳に当て、古い型の電話機のダイヤルをジコジコ回した。
「もしもし?」
「せんぱいー。島根からやでー」
「おー」
何百キロも離れた距離をあっという間に繋いでしまう電話線。きっと昔の人もとても話したい人がいて・とても会いたい人がいて。だからこんな風に遠くても話せる・近くに感じることが出来る機械を作ったのだ。いつの時代もシンプルな、人を求める気持ち。
「何やってたん?」
たずねる私の目の前・庭の向こうに広がるのは見渡す限りの田んぼ。遠くに小さく・おじいちゃんが腰をかがめて作業する様子が見えた。その周りを風が緑の稲をサーッと揺らし渡っていく。
「ボケーッとしてた」
「ふーん。あと三日で帰るよ」
「長っ!!」
先輩はお盆も一人で過ごしているようだった。
家族はどうしたのだろうか。そもそも先輩は一人暮らしなのだろうか。一度聞いたことはあったけれど、どうなんやろうなーとはぐらかされたままだった。
「さっきな、畑のトマト食べたんやけどすんごい甘かったで!」
「トマトって甘いか?」
「なんか知らんけど甘いねんて!嘘やと思うんやったら持って帰ってあげる」
「そっか、楽しみにしてるわ」
電話を切ると、私はテクテク畑に向かい、コロコロ生ったトマトのどれを持ち帰ろうかとめぼしをつけはじめた。とびきり甘そうなもの・熟したものを。絶対びっくりさせてやるんだ!と。
途中、渋滞に巻き込まれたせいで島根から大阪への帰りの道のりは大変だった。
先輩に今から行く旨を電話し、友達にお土産を渡してくる、と家を出た私は、急ぎ足で彼のマンションへ向かった。
途中、駅前のケーキ屋で、おばあちゃんからもらったお小遣いをはたいて小さなケーキを買った。
けれど、もうすぐでマンションに着くという時になって、誕生日に渡そうと前から書いておいたバースデーカードと、プレゼントにと買った本を部屋の机の引き出しに忘れてきたことに気がついた。
「あー!!」
私は、くるり駆け足で来た道を引き返した。
早く早くと気持ちだけが急く中、忘れ物を取り、ようやく先輩のマンション近くの踏み切りが見えた頃には、すでに夜が降り始めていた。
カンカンカン・・・
裂くように高らかな音とともに、遮断機がギッと行く手をさえぎった。
あーもー!
くぐってやろうかと思ったけれど、イライラ足踏みをしながら立ち止まった。片手にケーキ、片手にトマトがたくさん入った袋を持った私。何重も連なる電線の向こうの空には昼の暑さの名残をスーッと冷やすような下弦の月がちらり覗いていた。
あ!
電車が通り過ぎようとする瞬間、踏み切り向こうに人影を見た。
沢村先輩!!
声を上げかけたけれど、轟音と共に車体の銀色が視界を消した。
電車が行き、遮断機もわめくのをようやく止めた踏み切り向こう、先輩がジャージにサンダル履きで立っていた。
「先輩―!」
私が駆け寄ると、
「心配したやん」
少しむくれた顔で彼は言った。
「あ、遅くなってごめん」
「なんかあったか思った」
先輩は少し変に思うほど心配性なところがあった。
私が咳をひとつすれば風邪を疑い、少し足をひねれば腫れてもいないのに湿布を買ってきたり。
その日も到着するのが遅くなった私に何かあったのではないかとウロウロしていたのだ。
「なんかって、何もないよー。忘れ物して引き返しててん」
「そっか」
彼は私の荷物を取り上げ、
「あ、ケーキや!」
と、声を上げた。
「そっちの袋はトマトやで!」
得意げに教えると、
「ありがとうな」
と、ニコニコ笑った。私はなんだか照れくさくなり、うん、と答え、
「すんごい甘いはずやで!すんごい選んだし!」
「選んだ割にはいっぱいあるなー」
「うん。どれかが甘かったらええなーと思って」
「選べてないやん」
「そやなー」
四日ぶりといえど、ずいぶん久しぶりに思えて、私たちは仲良く歩き出した。
先輩の部屋でお約束のロウソク吹き消しの儀式をし、ケーキを取り分けて食べた。
「先輩、もう十五歳や!おっさんや!」
「お前もこの前十三歳になったやん」
「まだ十三やもん」
二人の誕生日は十日ほどしか変わらなかった。私の誕生日には、先輩は腕時計をプレゼントしてくれた。細い黒皮ベルトのシンプルな時計。
「あ、これとこれな、あげる。カードと本」
私はトマトを入れた紙袋からカードと本を取り出した。
「ん?何の本?」
おもむろに表紙を見た先輩は、次の瞬間笑い転げた。
私がプレゼントしたのは、「英単語・熟語頻出丸暗記」とかいう題名の参考書だった。
「お前、なんでこのチョイスなん??」
お腹を抱え笑い続ける先輩が、私は不思議で、
「だって前一緒に本屋行った時、すごい見てたやん」
「そっか。覚えててくれてんなぁ。ありがとうなぁ。これでいっぱい勉強するわ」
彼は嬉しそうにパラパラページを繰った。
「そやで。先輩はいい高校入れるんやから。でも高校入っても変わったら嫌やで。毎日遊んでな、絶対」
高校進学という大きなものが当時の私にはよくわからなかったけれど、素直な不安の言葉が出た。
「うん、わかった。・・・・変わらんよ」
その言葉を先輩が放つと、空気が一瞬固くなったような気がした。
「あ、ケーキ食べよう!」
そんな空気を打ち去るように、私は明るく言った。
ケーキを食べ終わり、トマトをかじりながら、
「これあんまり甘くないなー。先輩のは?」
「うーん・・・おいしいけど甘いって感じじゃないかな?」
「どれが甘いんやろ?」
私たちは、水分でお腹をたぷたぷさせながら手当たり次第にトマトをかじり続けたけた。
「こんなにトマト食べるとか、なんか青虫みたいやな」
私が言うと、
「青虫ってキャベツとかちゃう?」
と、訂正された。
結局満足のいく甘さのものには出会えず、私のトマト選抜チームは全滅した。
いっぱいになったお腹で、先輩の肩にもたれかかりぼんやりしていた。
島根を朝早くに出た私は、急激な眠りに襲われ、うつらうつらしはじめていた。
その時。
夢うつつの頭をガンと揺り起こすような絶叫が聞こえた。
ハッと目を開けると、それはステレオから流れる歌で、いつも先輩が流している外国女性ボーカルの曲だった。
「・・・先輩・・・・これなんて叫んでるん?」
英語の意味がわからず、ぶつぶつ念仏のようなうわ言で・開かない目のまま私が訊くと、
「『Stay With Me』やで」
「ん?どんな意味なん?」
「『私のそばにいて』って意味」
「そばにおってって頼んでるん?」
「うん」
「ふーん・・・なんか悲しそう・・・」
私は『そばにいて・そばにいて』と叫び続けるその歌に、なんだかぎゅうっと心が絞られたようになって。先輩の胸に抱きついた。彼は黙って私の背中をトントンあやした。
先輩の腕や手首や手のひらが、いつもの先輩の腕や手首や手のひらと同じ形で、なんだかホッとした。
沢村先輩だ。
『そばにいて』
そう叫んでいたのは、女性ボーカリストだったのだろうか。私だったのだろうか。それとも沢村先輩だったのだろうか。
私の左手首に巻いた腕時計が小さな小さな音で、チッチッチッ・・・と時を確実に刻み続けていた。
第十三話「涙の熱さは」 へ続く
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