私たちは楽ができて価値のある存在になりたいと思っています。お金持ちになりたいと思うのも、お金持ちになったら、楽ができて、まわりから大事にされると思うからです。
でも、自分が楽をしたいと思ったならば、誰かがその分だけ動かなければなりません。誰だって楽をしたいと思っているから、みんなが楽をしたいと思ったならば、誰も楽ができなくなってしまいます。
喜んで、誰かのために動いてくれる人がいてこそ、その相手は楽ができる。この他人のために動いてあげることを喜びだと思う世界が仏の世界。仏の世界にいる人がいてこそ、楽ができる。
仏の世界にいる人がなかなかいないから、みんな楽がしたいのに、楽ができず、頑張らなければならない。そして、どんなに頑張っても、心では楽になりたいと思っているから、頑張っていることが身につくこともない。楽をしたいと思っているなら、心ゆくまで楽をさせてあげたらいい。仏の世界にいる人のそばで十分に楽ができると、今度は、他人のために心から動いてあげたいと思うからです。
そうやって、他人のために動くという輪が広がっていったらいいなと思わずにおれません。