+ 命のカウンセリング【長谷川 泰三】 | around the secret

+ 命のカウンセリング【長谷川 泰三】

 普段私が居る世界(社会?)と真逆で、新鮮で、面白かった。


《リストカッターに対する記述》

 心の感覚の麻痺にも、同じことが言えるのです。

 あなたが長時間正座をしていて足がしびれて、感覚がなくなったとします。そのとき、あなたはどうしますか?足をパンパンと叩いたりしますよね。それは感覚を取り戻すために行っているのです。
 リストカットも同じことです。p25


《「助けて」に対する記述》
「助けて」という言葉の裏側には、「愛している」という意味が隠れています。
「助けて」とは、好きな人にしか言えないものだからです。「ありがとう」という言葉も同じです。p43


 これは物凄いトラウマと波瀾万丈の人生を一人頑張って生き抜いて来て、「助けて」が言えずに追い詰められてしまった人の話だった。

 この人から「助けて」の一言を引き出す為のセラピーの描写が延々とあり。・・・・・・まるで助けてと言うと死んでしまうかのように、その一言が言えないのだ。

 私が普段忌むのは軽々しく助けてと言って人に負ぶさって楽をする要領良し。死ぬぞ死ぬぞと周囲をコントロールしようとする人。
 そんな紛い物のオリジナルは、こんな人達なのだなと思った。オリジナルは大変そうなのに、元々真面目なオリジナルが「助けて」を言えなくなるのは、そんな紛い物の悪いイメージのせいもあるだろう。



 作者も「助けて」が言えない人だったのだそうだ。それが10代の頃グレて巻き込まれた自動車事故で下半身不随に...「助けて」と言わなければ生きていけない身体になってしまったという。

 そして新たな発見。「助けて」と口に出す事で、迷惑がると思っていた人達が、怒り出すかと思っていた人達が、とても優しい顔になり快く助けてくれたのだという。


 下半身の障害を後から振り返って、神様に「この子の足を取っておこう。でなければ、この子は助けてと言えないまま生きていくだろう。それは足を失う事よりも辛い人生だ」と言われたような気がする と表現されていたのが、この本のテーマそのもので印象に残った。



 日常の話に置き換えても、困っている人間に「助けて」と言われてムっとする人間なんて少ないだろう。
 居たとして、自分がもっと困っているか相手が困っているように見えないか。両方ともムっとするのは無理もない。


 だから生真面目な人は、自分が本当に人様の手を煩わせるほど困っているのか、自分で我慢したり努力すれば良いだけなのではないかと追い詰まってしまうのだろうな。
 上の世代の「(人様に迷惑をかけるから)救急車を呼べない」というものも、教育による刷り込みはあれど、この類なんだろう。

 この場合は自分の「困っている」が「助けて」と言って良いレベルかどうか、言うべきかどうかを客観的に判断出来れば解決するような気がする。


 もうひとつ。「助けて」を言えない程、周囲を信じられない。この場合が「助けて」=「愛してる」の話なのかな。