「晩菊」
1954年6月15日公開。
林芙美子の3つの短編小説を翻案とした成瀬巳喜男監督の傑作。
1954年度キネマ旬報ベストテン第7位。
原作:林芙美子
脚本:田中澄江、井手俊郎
監督:成瀬巳喜男
キャスト:
- 倉橋きん:杉村春子
- 中田のぶ:沢村貞子
- 小池たまえ:細川ちか子
- 鈴木とみ:望月優子
- 田部:上原謙
- 小池清:小泉博
- 鈴木幸子:有馬稲子
- 関:見明凡太郎
- 中田仙太郎:沢村宗之助
- 板谷:加東大介
- 静子:鏑木ハルナ
- 岩本栄子:坪内美子
- ホテルの女中:出雲八枝子
- 巡礼:馬野都留子
あらすじ:
芸者上りの倉橋きん(杉村春子)は口の不自由な女中・静子(鏑木ハルナ)と二人暮し。
今は色恋より金が第一で、金を貸したり土地の売買をしていた。
昔の芸者仲間のたまえ(細川ちか子)、とみ(望月優子)、のぶ(沢村貞子)の三人も近所で貧しい生活をしているが、きんはたまえやのぶにも金を貸してやかましく利子を取り立てた。
若い頃きんと無利心中までしようとした関が会いたがっていることを飲み屋をやっているのぶから聞いても、きんは何の感情も表わさない。
しかし以前燃えるような恋をした田部(上原謙)から会いたいと手紙を受けると、彼女は美しく化粧して男を待った。
だが田部は金を借りに来たのだった。
きんはたちまち冷い態度になり、今まで持っていた彼の写真も焼きすてた。
たまえはホテルの女中をしているが、その息子・清(小泉博)は、おめかけをしている栄子(坪内美子)から小遭いを貰っていた。
清が手にとどかない所にいるような気がして、母親は悲しかった。
雑役婦のとみには幸子(有馬稲子)という娘がいて、麻雀屋で働いていたが、店へ来る中年の男と結婚することに一人で決めていた。
無視されたとみは、羽織を売った金でのぶの店へ行って酔いつぶれた。
北海道に就職した清は、栄子と一夜別れの酒をくみ、幸子はとみの留守に荷物をまとめ、さっさと新婚旅行に出かけた。
子供たちは母親のもとを離れたが、清を上野駅へ見送ったたまえととみは、子供を育てた喜びに生甲斐を覚えるのだった。
きんはのぶから関が金の事で警察へ引かれたと聞いても、私は知らないと冷たく云いすてて土地を見に出かけた。
コメント:
林芙美子の短編小説を元にした作品。
戦後間もない下町を舞台に、杉村春子等、花柳界出身の中年女たちの家族の人間模様を描く。
これといって大きな事件が起きるわけでもなく、人々の悲喜こもごもが淡々と描かれる。
お金の催促をしたり土地を買ったりと、お金にしか関心がなく、恋愛とは無縁だった杉村春子演じる倉橋きん。
彼女の戦前から付き合っていた上原謙との再会に喜ぶ様子が、まるで恋する乙女といった感じで微笑ましい。
女はいつになっても恋が忘れられないのだ。
しかしもはや彼女が愛した上原の姿はそこにはなかった。
変わり果ててしまった上原の姿には、当時多くの日本人が抱いていたであろう、敗戦の虚しさが漂うようである。
杉村もすっかり熱が冷めてしまい、上原の写真を火鉢で燃やす。
その後、かつての別の愛人・見明凡太郎の逮捕を知るも他人事のように振る舞い、加藤大介をお共に、土地を見に行く彼女の姿があった。
男を信用せず、お金だけを信じてひたすらに我が道を進む杉村のドライな心情、クールさが際立つ。
一方で、恋愛の感情をきっぱり捨ててしまった中年女の悲哀も漂っている。
日本の演劇界の屋台骨を支え続けた名女優・杉村春子の素晴らしい演技に感服する。
若手のキャストでは、希望と不安を抱きつつも、母親に頼らず北海道で自立して生きて行こうとするマザコンの小泉博、そして同じく母親から離れてマイペースな生き方を選ぶ活発な有馬稲子が、戦後間もない頃の若者を代表している。
落ち着いた年代がメインで、溌剌さがない雰囲気の中、有馬稲子が当時の現代っ子を好演。
常に先進的で、気持ちのはっきりした役柄が多かった有馬稲子の初々しい姿が美しい。
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