陰陽師 安倍晴明② | かむやしろ

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晴明桔梗
晴明桔梗 Wikipediaより (五行の象徴)


菅原道真公は、藤原時平等の陰謀により

無実の罪で大宰府に配流されるわけですが、
当時の陰陽師も菅原道真公の左遷に

関与しているものの、安倍晴明は

まだこの世に生を受けておらず。
でも、何かあるかも?と調べてみると・・・
名古屋にある上野天満宮で意外な接点が。


藤原兼家、道兼らが、外孫である一条天皇(7歳)を
即位させる為に、当時の天皇である花山天皇
(在位2年?19歳)を策略により退位させます。
(986年7月31日 寛和の変)


退位させられてしまった花山天皇と共に
安倍晴明は一族を連れて、京の都を離れるのですが、
この時に安倍晴明一族が菅原道真公をお祀りしたのが
上野天満宮・・・別名、名古屋天神。


上野天満宮
上野天満宮 Wikipediaより


道真公も無実の罪で配流・・・


安倍晴明が菅原道真公をお祀りした理由として
上野天満宮では、
「自らの境遇と照らして菅原道真公の心情を儚く思い、
 上野天満宮を建て、菅原道真公を手厚く奉りました。
 そしてその思いがかない、安倍一族は一部を
 当地に残して無事に京都に戻ることが出来たそうです。」
と、なっています。


史実上の時系列でも菅原道真公をお祀りした後に、
花山法皇や安倍晴明は京都へ戻っています。


ただ・・・寛和の変の前の978年(天元元年)に

京都にある安倍晴明自宅が落雷に・・・。
この落雷・・・天神様・・・道真公の祟り?
晴明宅への落雷は単なる自然災害?


 903年 菅原道真薨去
 908年 藤原菅根 落雷により卒去。
 921年 安倍晴明 誕生
 930年 清涼殿落雷事件。
 947年 朝廷が道真公の怨霊を鎮める為に

       北野天満宮創建
 949年 勅命により大阪天満宮(天満天神)創建
 968年 花山天皇 誕生
 978年 安倍晴明の自宅に落雷。(道真公死後75年)
 986年 寛和の変
 987年 道真公に北野天満宮天神の称が贈られる。

 992年 花山法皇 帰京?
 993年 道真公に正一位左大臣追贈。
       道真公に太政大臣追贈。
1005年 安倍晴明 死去
1008年 花山法皇 崩御
     
因みに菅原道真公の神号はというと・・・
・天満大自在天神
・日本太政威徳天
・北野天満宮天神


道真公が平安時代にどれだけ恐れられていたのか・・・
この神号を見ただけでも窺い知れます。
また、時系列を見るに晴明宅への落雷は単なる

天災ではなく道真公の祟りとして恐れられたようです。


ここからは歴史ミステリーで単なる個人の推論です。

真実は不明なものの時系列から読み取ると、

986年の寛和の変~992年の花山法皇帰京の間に

上野天満宮が創建されたと仮定出来ます。

つまり、晴明宅への落雷後です。


上野天満宮創建の理由として、安倍晴明は

「自らの境遇と照らして・・・」という件がありますが

学問の神、至誠の神として広く親しまれている道真公が、

自分を慕ってくれる人の自宅に落雷を落とすでしょうか?

こうやって推論を重ねると、自宅への落雷事件を

キッカケにして道真公を敬うようになったのではないか?

こんな風に考える事も出来るのかもしれません。

謎が謎を生む歴史ミステリー。

陰陽師 安倍晴明③へ続く