はじめまして、株式会社パーソナルクレド舎の冨永のむ子です。

自己紹介として、現在に至るまでを書かせていただきます。

長くなりますが、ご興味があれば読んでください。

1970年 江の島の対岸に生まれました。

2800グラムで生まれたわりに、
1歳になる時には、1月生まれのくせに、
同い年の他の誰よりも大きな赤ちゃんになり、


幼稚園の年長の頃の体重は24キロ。デカイ女としての人生が始まりました。

身長だけでなく、骨格も立派なもんで。

小学校のころは、同級生の誰よりも腕っ節が強く、

遊びでサッカーや、バスケットをしていると、
ちょっとさわっただけで、相手は転んでしまい

以来、人と接触するスポーツは格闘技と同じく、
相手に危害を加えてしまいそうなので苦手です。
(椅子取りゲームも嫌い)。

体が大きくても美人さんだったらよかったのかもしれませんが、

斜視でハスキーボイス。

大人になるにつれ、目立たなくなりましたが、
周りから【シロ目野郎】と言われることしばしば、

遠足の集合写真などでは、いつも
両目が写真にうつるようにと、まっすぐむくことに必死でした。

体がでかいシロ目野郎には、女の子らしい服は全く似合わず、

今思うとうつだった母親からの「乱暴者」という言葉
大人の他意のない「大きいわね~」という言葉、

喧嘩相手の男の子からの、
「ミラクルゴリラ」というニックネームに、


へらへら平気そうにふるまいながらも、密かに傷つき、
逃避するためだったのか、本の世界に逃げ込んでいました。

詩や童話が好きなのも、男の子のような風貌にはアンマッチで、
そのアンバランスさかげんを自分でももてあまし気味な幼少期。

「どうして自分は普通の女の子のように生まれなかったんだろう」
「自分はいったい何者なんだろう?何のために生まれてきたんだろう?」

という想いを抱きながら大きくなりました。

自分はいったい何者なんだろう?ということを周囲に問うて、
頭おかしいんじゃないの?と言われることもありました。


生まれて来た意味を問うている自分にとてもフィットしたのは、
当時たまたま家にあった、世界の神話集。


そこには、自分が知りたいことがたくさん書いてありました。


ギリシャやインドはもちろん、北欧や南米の神々たちの物語を
そらで覚えるくらい読んだことは、

今思えば、全てこの仕事につながっていたとありがたく思います。


人に文句を言われないようにしていなきゃ、と思った時、
大きな体の自分に一番てっとりばやくできたのは、スポーツ。

バレーボールや陸上(いずれも相手と接触しない)に励む
中学高校時代。

ともに県の強化選手になるレベルまで鍛え上げられた結果、
体はよりいっそうデカく、たくましくなりました。

大きな体のスポーツウーマンは、一見自信満々ですが

「どうして自分は普通サイズの女の子ではないのかなあ?」
という気持ちは相変わらずで
外見によるコンプレックスをひた隠しにつつ過ごしていました。


普通のかわいい服はとても似合わず、
パンツツやミリタリーなど、ボーイッシュな服がはまり、
兄から制服のジャケットを借りたら、
周囲からも、兄より私に似合うと言われるなど、

子供ながらに、服と自分の関係性を考えてみたり、

そしてもっと奥底で、自分はいったい何者なのかを、
意識の底で考えながら生きる日々。

姑からいじめられ、うつ状態だった母親のストレスのはけ口として、
大きくてガサツな私が一番都合がよかったらしく、

思春期には何をしても否定的にとられ、

そんな母を見返そうという気持ちと、
大きな女としての女性としての自信の無さを、
スポーツや勉強でカバーするべく、とにかく必死に生きていたなと思い出します。

結果的に「努力すれば何でもできる」という思いこみにとらわれ、
がんばる力だけを心の支えに、株式会社リクルートに入社。


子供の頃の本の虫がこうじて、
物を書くことが好きだったことから、
広告のコピーライター、ディレクターになりました。

人材採用の広告だったので、
社長や転職者など、働く人のモチベーションを聞く取材はとても楽しく、


生まれて来た意味を問い続けてきた私は、
経営者の方の仕事をする意味を感じとる力に長けていたようで、


給与も安く、仕事もきつい地方の零細企業で、
社長の想いを素直に表現し、
何百人もの問合せが来て喜んでもらえたことに感動したり、

また、広告づくりのプロセスで出会う、
一流のクリエイターの方と仕事をするチャンスに、
ミーハー心からドキドキしたり、

また、自分に似合う服を考え抜いた子供時代のおかげで、
状況に応じた服選びが、仕事の結果に結びついたりと、

とてもとても楽しく過ごしておりました。

一生ここでこの仕事をしよう!と思っていたくらいでしたが、

その一方で、自信のない自分はどこかに潜んでいたようで、

自分を大きくみせようとか(見た目は十分でかいんだけど・・(笑))、
誰よりもがんばる自分でいようとか、
本来自分がのぞんでいないことに、
時間や力を膨大に費やしていたことにある日気がつきました。

夫とつきあい始めた頃、彼がなにげなく言った、

「(オレは)自分にしかできないことしかしない」という一言が、
いつも心のどこかに、ひっかかっておりました。
(彼は覚えていないそうですが・・)

そんな、人の評価や世間の眼という「他人の神話」を生きる自分に疲れ果て、
自分にしかできないことをしよう、と思うようになった時に、

新婚旅行で行ったスリランカとのご縁で、輸入雑貨屋をやる話が浮上し、
なぜか、ぱくっと飛びついて衝動的に退職し、

屋号をSerendip(スリランカの別名、セイロンの古語。
シンクロにシティと同じような意味です)とし、

雑貨屋を開業! 

大成功して今に至ります。めでたしめでたし。



・・・・・・・・というわけにはいきません。

実は退職と同時に妊娠が発覚したにもかかわらず、
自分をしばる自分がまだおりました・・、

大きなお腹で無理やり買い付けや開店準備に奔走。



そのせいだとは誰も言いませんが、

月足らずで生まれた長男が、
消化器にヘルニアを抱えて生まれたことで、起業を断念。

断念した燃え尽き感からか、
赤ちゃんが吐き戻すために24時間抱っこし続けていたからか、

産後うつに陥り、毎日毎日泣き暮らし、
忙しい夫を責め続け、家庭崩壊寸前までなりました。

その時、失意のどん底で、感じたことは、

「無理にがんばっても、どうしようもないこともある」、
ということでした。

無理やり頑張りすぎていた私に体を張って教えてくれた息子に、
息子の病気もほぼ治った今、心から感謝しています。

病気の息子の主治医の先生から、
体を鍛えるために保育園に入れた方がいいよという言葉をいただき、
私自身も、外に出たい、という想いがあった時、

先輩から声をかけていただき、

リクルートでの広告の講師として社会復帰したのですが、

そのあとの道のりは、天から導かれたと言ってもいいくらい、
偶然と必然と、奇跡だらけです。

息子が戻すため、部屋の中で24時間カッパを着て、
外出することなく泣いてすごしていた経験から、
好きな服を着て外出できる喜び、服が心に及ぼす影響に気がつき、

たまたま出会った、日本のキャリアの最高峰についているような女性が、
服によってストレスを抱えていることを思いがけず知り、

服装をアドバイスする仕事ってないのかなあ、と感じていたら、

その仕事は、2006年当時あまり知られていなかった、
イメージコンサルという仕事ということがわかり、

それを知ったそばから、
その資格を取る必要性が発生し資格を取得。

同時に勉強していたコーチングによって、
長年あった、ありのままの自分を認めていない自分がいたことや、

人からどうみられるかではなく、自分が心地よい環境で、
毎日を味わって生きることの大切さに気がつきました。

このあたりから、
「素敵な外見になって心もうきうきするお手伝いがしたい」、とか、

「それぞれの魅力にあった服で個性を輝かせたい」

といった想いを抱くようになり、

研修講師の傍ら、コーチングとイメージコンサルを
あわせた活動を始めました。

コーチングのワークショップの中で、
自分がこれまでに向き合えていなかった、辛い体験などを整理している時のことです。

突然、目の前にアフリカの大地のような風景が浮かんできました。

そしてメッセージが聞こえました。
「全てのことに意味があるんだよ」

ああ、自分は美しいお花じゃなく、

大地のように生きていこう、それでいいんだ、と思えた瞬間でした。

泣きながら、みんなの前で「私は全てを受け容れ育み育まれる大地です」

と宣言していました。

そして、それ以来、大地を自分のシンボルとして心に掲げるように。

その時湧いてきた言葉を書き連ねたものがパーソナルクレドの原点です。

何かを決める時には、大地の自分だったらどうかな?と判断するようになっていました。

すると、人生が180度変わって見えるようになりました。

ありのままの自分を認めていなかった自分に気がついてから、
周囲ととてもうまく関わる自分に気がつきました。

トラウマの原因と恨んでいた母のことを許せるようになり、
毎日離婚を考えていた夫とも、仲良くなり、

自意識過剰から来る、人見知りが治り、
初めての人が怖くなくなりました。

そして、不満の表れだった、口をとがらす癖が直り、
自然に笑顔でいることが増えました。

30年以上もの間、
「第一印象が怖い」と言われ続けた私が、
「感じがいい」と言われるようになりました。


まあ、今でもデカくて強そうなんだけど、
それでもいいやと思えるようになりました。

自分とつながると、人とつながれる。


自分を大切にできると、
人にも優しくなれる、そう気がつき、

私のように、他人の神話を生きていた人に、
自分とつながって生きてもらういたいと思うようになって、


そこで、屋号のSerendipに
Soul-life lab.という冠をつけ活動を始めたのが、
2008年のことです。


長男が半年の時から、夫が単身赴任になったこともあり、
細々とではありますが活動を続けている中、

しだいに疑問がわきました。

外見(イメージコンサル)と、
内面(コーチング)の二つでいいんだっけ?

とか。

「リクルートでの11年間は、体はしんどかったけれど、
とても充実した意義のある時間だったんだけどなあ・・」とか、

これが本当に「自分にしかできないこと」なんだっけ?

という疑問。。。

やっていることに、意義を感じつつも、
なんとなく、もんもんとしておりました・・

すると奇跡が起きました!


江の島の対岸でレンタルサロンをされていた、
ゆっこさんに誘っていただいて参加したワークショップで
過去の自分の夢を思い出すワークをしたのですが・・、

27歳のころ・・、スタイリストになりたかった。

20歳くらいは・・・ コピーライターになりたくて・・・

あ、この夢はどちらもかなってる!!

ちょっとした驚きでした。

実はスタイリストになりたくて、
専門学校に説明を受けにまで行ったけど、
給料なしの見習いからできますか?と言われ、

そんなのできません!とあっさり挫折。。。
当時の私は青かった。。。。

にもかかわらず、期せずして、

パーソナルスタイリストという形で夢がかなっておりました。

その事実を知ってご機嫌になり、

さらに昔に遡ると・・。


小学校の頃には、作家や詩人になりたいと、
作文に書いていたことを思い出しました。

ふーんと思いつつも、

スタイリストとコピーライターの
夢がかなっていた事実が嬉しくて感謝の気持ちが湧いてきました。

すると・・・ここからが奇跡です!


相手を褒め合うグループワークになり、
相手の方の瞳や佇まいを眺めている時のこと、

なぜか心の中に、
静かな泉のビジュアルが湧いてきました。

しかも、なんじゃこりゃ~?というくらい、
リアルな映像なのです。

きれいな静かな泉。

私、怪しい?と思いつつも、

思い切って、

「静かな森の中の泉のようですね」とお伝えしてみたのです。

どちらかと言うと、たんたんとしていて、
リアクションの少ない方だったのですが、

こちらがびっくりするくらい、
喜ばれたので、またびっくり。


さらに、不思議は続きます。

帰路に向かう電車の中で、
引き続き泉をテーマにした映像が、
浮かんでは消え浮かんでは消えするのです。


あたかも泉の物語のようでした。


奇跡はさらに続きます。
3日後に、たまたまワークショップを
主催されたゆっこさんとランチをし、

例の不思議な体験と、
子供のころに作家になりたかったことなどを、お話しました。


ゆっこさんから
「それやってみたら? 試しに私の物語を書いて」と言われ、
出て来るかわからないけどやってみます、と・・
ゆっこさんの話を書くことになりました。


自分でも半信半疑なので、いつになるかわからないけれど、
じゃあ、書いたらまた連絡しまーすと、
ゆっこさんと、えのしま水族館の向かいあたりで別れ、


自宅にむかって国道134号線を、
自転車でちゃりちゃり飛ばしていました。


すると、ゆっこさんの物語が、

どわーっと、頭の中に溢れて来たのです


怒涛?津波?とにかくすごい勢いなんです。


なんじゃこりゃ~。こぼれちゃうよ~!と、あわてて、
近くのサイゼリアに寄り、頭にあった話をノートに。


急いで自宅に戻ってパソコンで清書。


こうして生まれたのが、竪琴の物語でした

>>人の心に寄り添い歌う金の竪琴

寓話と言ってもいいかもしれません。

ゆっこさんを象徴する、
金の竪琴の寓話が湧きあがるように完成し、

メールで送らせてもらったら、

「のんちゃんにはスピリチュアルな力があるのですね。
これ、絶対にやった方がいいと思うよ!」

と、とても大きな励ましをいただき、
なぜか、突き動かされるような感覚があったので、

少しずつ身近な人の物語を書くようになりました。

すると、ある方から「これはクレドですね」という言葉をいただきました。

クレドは、リッツカールトンなどの我が信条というのが有名ですが、

その語源は、信じること。

この物語は、人が生きていく上での信条になる??

存在価値や魅力を、忘れないために掲げるものにしてほしい。。。

ってことは・・

これは、パーソナルクレド® !

私の過去の経験や想い、目指していること・・・
ばらばらの点だったものが全てつながった瞬間でした。

自分はいったい何者なんだろう、
といつも思っていた自分。

似合う服によって、
外見のコンプレックスから人を解放したい自分。

ステイタスではなく、
自分にとって価値があるものを大切に味わう
楽しみを知ってもらいたい自分。


他人と比べてどうではなく、
ありのままの自分を認めてもらうことで、

無理している人を解放したい自分。

それらによって平和な世の中を作り出したい自分。

そこに

リクルート時代に何100人もの働く方の
やりがいを言葉にしてきた自分や、

人が生き生きする仕組みを考えてきた自分、

そして、作家になりたかった自分が加わりました。

気がつくと「自分にしかできないことをする自分」となりました。

私はこれをするために生まれて来たんだ、と思うようになりました。


私がかかわることで、
他人の神話を手放し、自分の神話を見つけていただくこと。

そして、その神話を生きるための羅針盤になる、
パーソナルクレド®を作ること。

一人ひとりが本当の自分とつながったら、

それぞれに夢が叶う。

そして、お互いが違いを認め合いながら、つながりあえる心穏やかな世界になる。

それが私のお役目・私の神話です。

気がつくと、私の神話に夫の神話が加わって、
2011年の7月に会社を設立しました。

自分の神話を生きると、大切な人と響き合うようにもなるんです。

あなたもぜひ、内なる自分とつながって、自分の神話を生きてください。

こんなに長い自己紹介を、最後まで読んでくださって・・・、
本当にありがとうございます

※ゆっこさんとその後10年の時を経て再会しまして。どういうものか全くわからないままお渡ししたパーソナルクレドとシンボルが、10年の時を超えて存在を主張しはじめた話はこちらです。