熟語における音と訓
熟語を読む場合、次の四つの読み方があります。
・音読み(音+音)・・・国家、天下、決意、学校、教育、海岸
・訓読み(訓+訓)・・・赤貝、青空、金物、毛糸、野原、花火
(音読みと訓読みの両方があるものも・・・上下、父母、山道、水車、春風)
・湯桶読み(訓+音)・・・見本、場所、敷地、組曲、湯茶、身分、夕刊
・重箱読み(音+訓)・・・縁側、本場、座敷、台所、先手、毎朝、肉屋
「湯桶読み」は「湯(ゆ=訓)桶(トウ=音)」であるから「訓+音」で読む熟語の代表であり、「重箱読み」は「重(ジュウ=音)箱(はこ=訓)」であるから「音+訓」で読む熟語の代表であると思ってきましたが、もともとはそうではなかったようです。
このことについては、『漢字講座』(明治書院)3所収の「重箱読み・湯桶読み」(新野直哉)に丁寧な解説があります。
それによると、
・15C中ごろには「湯桶文章」ということばが成立していたが、音と訓の順序は関係なく、混読語をまとめてこう呼んでいた。
・江戸前期では混読語の呼び方として「湯桶言葉」という語が使われた。(「湯桶文字」という言い方もあったようだがあまり広くは使われなかった)・「湯桶読み」の初例は、1717刊の『書言字考節用集』。それ以降はもっぱら「湯桶読み」の呼び方が使われるようになった。
・「重箱読み」という語が登場してくるのは田中仲宣『東ショウ子』(1803年)。江戸後期には現代と同様の区別がなされていたと考えられるが、これが孤例であり、その後の『俚言集覧』に「重箱読」の項はなく、「湯桶読」の項に音+訓の語も含まれている。
・明治になっても二語の使い分けは明確にあらわれてこず、二語の使い分けがはっきり読み取れるのは山田美妙の『大辞典』(M45)。しかし大正期にもそれは定着せず、昭和に入って、『広辞林』(S9)、『大辞典』(S9~11)がそれらの違いを明示。戦後には『言林』(S24)、『広辞苑』(S30)、『角川新国語辞典』(S31)に明示され現代につながっている。
ですから、もともと音と訓の混読語が音と訓の順序に関係なく「湯桶○○」という語で呼ばれていたのであり、「重箱読み」の語が一般的になったのは明治半ば以降から。「湯桶読み」との使い分けが明確にされるようになったのは昭和にないってからとなるようです。