ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


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読み終えて、まだどっぷりと「悪人」の世界にはまっている最中。


電車の中でページをめくっていて、何度涙がこみ上げてきて困ったことか・・・。


最初のうちは祐一が妻夫木君だったり、光代が深津ちゃんだったりしてたけど、読み進めていくうちに、祐一も光代も、おそらく同級生で同じクラスにいても目立たないような、どこにでもいそうなひっそりとした人たちに変わっていった。


祐一の孤独も光代の寂しさも、読んでいてとっても痛い。

すっかり感情移入してしまって、二人の恋を成就させてあげたかった。


殺人事件だし、出会い系サイトだし、殺人者との逃亡だし、題材的にはセンセーショナル。


でも、出てくる人たち、一人ひとりが丁寧に書かれて、この小説を厚みのあるものにしている。

特に祐一のおばあちゃんや、佳乃のお父さんや、一見かっこ悪く見える人たちが、暖かい視点で書かれていて、それがとても好感が持てる。


みじめに見えても、ダサくても、たとえ相手がどんな人間でも、周りが何と言おうとも、愛して守ろうとする人は強い。


そして、人は誰かの悪を暴くことで、自分の中の悪と対峙せずに済んでいるのかもしれない。


福岡や長崎や、知っている場所がたくさん出てくるし、せりふが方言なのも、読んでいて親近感がわく。


束芋さんの挿絵で読みたかった・・・。


映画ではどんなふうに描かれているのか、これから楽しみ。


悪人:吉田修一 

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去年

「本が読みたいな」

と書いたところ、本好きの方の数名から推薦があったいしいしんじさん。


ぶらんこ乗り 」はぶらんこ乗りの上手な弟と私の物語。

手を繋いでぶらんこを漕いだり、ダンスをしたり。

弟と私の距離感がとってもすてき。


やさしくて暖かくて切ない物語。


余韻のあるラストもまるで一枚の絵になりそうなくらいにきれい。

物語は終わっても、主人公の私の願いはきっと叶っていると信じている。







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禁読が解けて真っ先に読みたかった本。


読み方によっては救いのない話かもしれない。


キリシタン弾圧の真っ只中、日本に潜伏したポルトガル司祭が捕らえられ、棄教させられる。


拷問を受け、命を落とすキリシタンたち。

仲間を裏切る背信者。


その中で神はただ沈黙を守る。


でも、不思議とこの物語には救いがある。

それは主人公の司祭ロドリゴ自身が、心の中に本当の神を見出し、神の愛を知るから。


神はただ沈黙していたわけではないと知り、彼はすべてを赦し、受け入れる。


宗派に関係なく、愛とは何か自分にとっての真実とは何かを気づかせてくれる。


深く心の奥に響く作品。


沈黙~遠藤周作
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むかしむかし「バブルという時代」がありました。


そういいたくなるほど、一昔前になってしまったバブルという時代。


先日、恋人から暴力を受ける女性が急増している(デートDVというらしい)という話題をちょっと年下の友達と話していたとき、

「オトコから暴力を受けるなんて信じられませんよね。私たちのころはアッシー君、メッシー君で、『オトコはいかに転がすか』って時代でしたからね」

清楚な雰囲気の友達から「オトコを転がす」なんて言葉が飛び出してきて、私は鼻血が出そうだった。

そうだ、彼女は京都の有名女子短大出身だし、青春時代はバブル真っ盛りだもんね。


私は85年から2年間、東京に住んでいて、バブルの先駆けをちょっとだけ体験したけれど、そのあとは当地に引越ししてしまったので、バブルの恩恵は余波を少し受けたくらいかな。


でも一度だけ、たまたま友達になったモデルの女の子に誘われて、西麻布の菊池武男のビルのオープニングパーティーに呼ばれたことがあった。

その帰り、よくわかんないけれど大勢の人々にまぎれて隣のビルの「キャンティ」でご飯おごってもらって、とある会社の御曹司のクラウンに6人ぐらい乗っておうちまで送っていただいた。

モデルの中に混じった私ってホントにかわいそうなくらい引き立て役で、「こういう場所には二度と足を踏み入れてはいかん」と心に誓った。


それから2年後、その御曹司は某女優さんと結婚した。

離婚のときも大層騒がれていたSさんで、ワイドショーでその名前を聞いたときはビックリしたものだった。

あの頃付き合っていたモデルさんとはとっくに別れていたのね・・。


林真理子さんの小説は、そういう華やかな時代のファム・ファタール、アッコちゃんのお話。


私は林真理子さんの小説はこれが初めて。

週刊誌を騒がせたアッコちゃんのことはよく覚えていたから、この本は、小説を読むというよりも、ワイドショーの裏側を活字にしたものを読んでいるというかんじだった。


果たして彼女は悪女だったのか。


こうやってスキャンダルのもう一方から物事を眺めてみると、人は観たいように、知りたいように、いろんなものを組み立てるんだなあ・・と思う。


真実なんて多角的で、どの切り口からとってもそれはやっぱり真実。


私自身は不動産関係の人と一時期親戚関係にあったので、バブルを謳歌し、凋落した姿も横で観ていたものとしては、カタチや質をかえて繰り返されるマネーゲームを冷ややかに見てしまう。


それと、金や異性に対する欲も、いつの時代にも手替え品替え存在するのだなあ・・としみじみと思う。


でも、この小説で一番面白かったのは、林真理子らしき小説家、秋山聡子さん。

林真理子という人は、こういう風に自分を自虐的に見ているのかなあ・・と思うと、おかしくて、思わず笑ってしまった。


ともかく、バブルを体験した人間には、ちょっと懐かしい小説であることには間違いない。


アッコちゃんの時代








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ウチはほぼ女子校なので、少女マンガの貸し借りが流行っている。

ということで、私もその仲間に加えていただいている。


今借りているのは「NANA」。


nana

まだ7巻目だけど、毎日一冊のペースで、通学の電車の中で読んでいる。


そして、ロッカーの中で眠っているのが「のだめカンタービレ」。

これは「NANA」のあとで読む予定。


私がコミックを持っていると

「sumikoさんって、漫画読むんですか~?文学小説とかしか読まなさそうじゃないですか~?」

と、18歳の同級生にびっくりされた。


なんだかみんな、私を誤解しているの。

ものすご~くまじめな人間だと思われいている。

確かに、課題も放課後残ってせっせとやっているけれど、それは、若くないアタマでは、記憶力や集中力が低下しているから、少しでもみんなより多く勉強しなくちゃついていけないからなのさ。


でも、何を隠そう、私は萩尾望都さんの大ファンで、「ポーの一族」から「残酷な神が支配する」までは揃えているのだ。

ただ、萩尾望都さんや、山岸涼子さんの名前を出しても、ワカモノはわかってくれないんだけどさ・・・。


さて、今日で5月もおしまい。


入学して2ヶ月。

GWあと、体力的・精神的に参ってしまって、初めて「五月病」とやらに罹ってしまい、落ち込んでちょっと辛かったけど、なんとか持ち直してきた。


この年齢で20歳前の子達と机を並べるなんて、ちょっと人と違うことをしているんだもの。


理解されなくて当たり前。

努力するのも当たり前。


泣いているヒマがあったら、専門用語の一つでも覚えて、2年後の国家試験に受からなくちゃ。


まあ、相変わらずコネタは満載の退屈しない日々。

そして、イマドキのマンガなどを読ませていただいて、イマドキの女の子の気持ちなど、ちょっとのぞいてみたりして・・・。

でも、表面は違っていても、恋愛のドキドキやすれ違いの切なさは、いつの時代も変わらないものなのね。


「sumikoさん、17巻でヤスに惚れますよ!」

って、まだ読んでないから先のストーリーはナイショにしてね。





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やっと三島由紀夫の4部作「豊饒の海」を読み終えた。

おととしの秋から「春の雪」を読み出したのだから、1年半もかかってダラダラと読んでいたことになる。


読み終えて、ほっとしたような、残念なような・・。

私はあまり本を読むほうではないので不勉強だけれど、こんなに硬質で男性的な美しい文章を読んだことはなかったように思う。


「春の雪」は運命の恋に翻弄される青年を、「奔馬」では正義感に燃える少年を描いていて、その文体に馴染めないながらも、感動しながら読んでいた。

特に「奔馬」は、若さゆえに純粋な死を選ぶ主人公はミシマの自決と重なる部分が多かったし、十代のの頃に読んだ「二十歳のエチュード」をふと思い出したりして、主人公に共感できる部分もあった。


でも「暁の寺」で、語り部の本多が中年から壮年になり、主人公も官能的な肉体を持った女性になり、物語についていけなくなり、放り出しそうになった。

それはまるで、私の中にないもの、また観たくないものをガンガンと見せ付けられているようで、この頃「ミシマに脳みそを侵されているような気がする・・」と友達にこぼしたりした。


しかし。。

「天人五衰」では、今までのテーマがすべて一つとなり、大きな流れとなって、私はすっかりこの4部作に魅せられた。

主人公は「自分が神に選ばれた人間であるか否か」を疑ってしまい、今までの輝きを失って運命そのものを逃してしまう。

そして語り部の本多も、人生の軌跡は、自分の心が作り出してきたことなのか、それとも本当に体験したことなのか、その境さえ見失ってしまう。

まるで宇宙の真理が小説になったようで、またその描かれ方が見事で、通学電車の喧騒の中でも、私はその世界にどっぷりと浸って、後半は読みまくっていた。


人生の意味も、この世の儚さも、肉体の限界もすべて悟り、それを小説という結晶にして、ミシマは45歳で散っていった。


私はこれからミシマの小説を読むだろうか。

好みか否かと言われれば、決して好きとはいえないけれど、この魂の奥深さを知ってしまったら、読まなければいけないんじゃないかと思わせる作家の一人になった。






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思春期の頃、男の子になりたかった。


自分の中のウェットな部分がイヤで、男の子になれば、もっとさわやかに生きられるんじゃないかと思っていた。

自分がオンナだから世の中が息苦しいのだと思っていた。

寂しかったし辛かったから、早死にしてもいいと思っていたし、打ち上げ花火のような人生でいいと思っていた。


村上春樹を読み出した。

つい一ヶ月前から。

青春3部作(「風の歌を聴け・1973年のピンボール・羊をめぐる冒険)を読んだ。

ミシマの4部作は、一年以上かかってまだモタモタと読んでいるというのに・・・。


ハルキさんは周知の通り、とっても人気のある作家。

流行りモノに手を出すのが億劫なタチなので、このトシになるまで一切読んだことがなかった。

いえ、一つある。

カポーティの短編集。

でもそれだけ。

だから、あるきっかけから人にすすめられなかったら、未だに読んでいなかっただろう。


ハルキさんの小説を読んでいて、思春期の頃の自分を思い出した。


不安定で先が見えなかったこととか、友達とうまくいかなかったこととか、失恋をして一人で海を観にいったこととか・・。


自分の中の弱さやら、情けなさやら。

どこがどう苦しいとか、哀しいとか、うまく表現できない気持ち。


そして、何か微妙に心と体がずれたカンジ、ここにいていないようなカンジ・・・。

そんな言葉にならない空気が、行間にひっそりと漂っている。


ベールの中から現実を観ているような、シュールとリアルのハザマのような・・・。


私の友人は

「ハルキを読むと事故るから、何もないときじゃないと読めない」

と教えてくれた。


また、人との関わり方がくどくない。

会話がとてもさらりとしている。

一見なんの脈絡もなさそうな話の中に、ふっと気になる言葉があり、はっとする文章がある。

少ない言葉のやりとりの中に、思いやりや友情があったりする。
女の子との関係も、ベタベタと書かれていない。


オンナ姉妹しかいなかった私は、男性の世界を自分が都合のいいように美化していた。

リアルな男性の世界は、もっと泥臭かったりするのだと、あとになって気づいて、少々がっかりしたのだけれど・・。

それは、男兄弟で育った男の子が、女の子に憧れるようなもの。

でも、ハルキさんの小説の中には、私が憧れていた男性の世界がある。


今でも時々、心と体が少しずれているような気持ちになったりするけれど、彼の小説が好きな人は、みんなそんな感覚を持ってるのかな・・。

現実を生きているのかいないのか、でも夢じゃなくて、本当は夢のような現実なのではないかと思えるような・・。


生活感のない小説と括ってしまえばそれまで。

でも、その生活感のないものの中に、私のなにか大切なことが隠されていて、それがあったからこそ、ここまでなんとか生きてこれたような気がする。


ハルキさんの小説を読んでいると、ビールを飲みたくなる。

そして、浮遊したくなる。

彷徨いたくなる。


バックパック一つ持って、缶ビールとハルキさんの小説を持って、ローカル線をゆらゆらと揺られながら旅をしたい。

どこへ行くあてもなく、どこへたどり着くでもなく。



これから「ダンス・ダンス・ダンス」を読む。

少しまだ、あの独特な世界に浸っていようと思う。






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泣かされた。


小説で泣かされたのは久しぶり。

「東京タワー」でも私はここまでは泣かなかった。


読書好きなまーちゃんが貸してくれた鷺沢萌の「ウエルカム・ホーム!」

先日「サギサワの文章が好きだった」と言ったら貸してくれたのがこの本。


そう、彼女の創りだす話の中の切なさや寂しさが私はとても好きだった。

物語の設定も、そんなに奇抜ではなく、主人公はみんなどこか心に傷を抱えている。


彼女は若き女流作家として、華々しくメディアに登場していた。

私も学生の彼女を写真で観た時、その美しい姿に

「天に二物を与えられた人」

として、憧れと嫉妬の入り混じった感情を抱いた。


そして2004年、自殺とも事故とも判然としないカタチで、彼女はこの世を逝ってしまった。


どれだけ他人が

「彼女は二物も三物も与えられた幸せな人」

と思っていても、彼女には、彼女が本当に欲しいものが与えられていなかったのかもしれない。


離婚のあとのインタビューで

「恋愛から、私は何も学んでいない。

また同じ過ちを繰り返した」

という意味のことを述べていた。


私が読んだ「帰れぬ人々」も「少年たちの終わらない夜」も、切ない余韻があとをひく作品だった。


「帰れぬ人々」でバラバラになってしまった家族を描いた彼女は、「ウエルカム・ホーム!」では愛情で繋がる血の繋がらない家族を描く。

恋ではなく愛を求める不器用な人たちの暖かい物語。


サギサワが求めていたものは、あの主人公たちが手に入れたような「心の帰れる場所」だったのかもしれない・・。


切なさを物語にして私に読ませてくれた彼女はもういない。

これから少しずつ、サギサワが残してくれた小説を読んでいきたい。


鷺沢萌 公式サイト

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あまり本を読むほうではない。


遅読だし、家では気ぜわしいので、移動中やお風呂の中で読むことが多い。

なので、単行本はほとんど読まず、もっぱら文庫本派。


また、基本的に小説より、エッセイや自叙伝のほうが好きだけれど、この秋は小説をよく読んでいる。


今読んでいるのは三島由紀夫の「豊饒の海」の第三部の「暁の寺」。

三島由紀夫のように硬質な文章、絶対に読まないと思っていたけれど、映画「春の海」(第一部)ではまって、「奔馬」(第二部)でうなった。

この「豊饒の海」は三島由紀夫の遺作。

この作品の中で次々と転生する魂は、三島自身の魂だということがよくわかる。


また読書好きのお友達が、どばっと本を貸してくれた。

まず最初に読んだのは、リリー・フランキーさんの「東京タワー」。

小倉にも住んでいたから、ここに出てくる方言は、イントネーションを間違えずにしゃべることが出来る。

飯塚出身の友人は

「九州のオカンって、ああいう人が多いよね」

と笑っていた。

確かに・・・。

ウチの母親も明るいし、誰か来ればご飯を出していた。

ううん、大学時代の友達のお母さんは京都の人だけれど、遊びに行くとたくさんご飯を作って待っていてくれた。

どこのおうちのお母さんも、あんなふうにご飯をたべさせてくれたもんだよね。

そして、今でもその友達の家に遊びに行くと、相変わらずたくさんのおかずでもてなしてくれる。

いつまでたっても子ども扱いしてくれるのがうれしい。


またよしもとばななさんにも挑戦。

以前「キッチン」を読んだとき、どうもマンガっぽくてダメだったんだけど、最近TVのインタビュー番組に登場した彼女を観て、

「もう一度読んでみたいな」

と思い、友達に借りた。

「ハゴロモ」を読んで、今は「イルカ」を読んでいる。


読んでいて、すんなりと文章が心に入ってくるのに、ちょっとビックリした。

ばななさんの文章も以前よりも表現が豊かになったこともあるけれど、それ以上に私自身が変化したのだと思った。

特に彼女の文章の中に流れているスピリチュアルな部分がすごく受け入れられるようになった。


この何年かの間に、自分も「信じてくれる人限定」で、誰かにエナジーを送ってあげることができるようになったり、一般的に「アヤシイ」と言われるようなことを信じられるようになったりしたこともあるのだろう。


すべては変化しているのだとつくづく感じる。


友人には借りっぱなしも悪いので、こちらからは田口ランディさんの「モザイク」と萩尾望都さんの「百億の昼と千億の夜」を貸してあげる予定。

キーワードは「阿修羅」。

まーちゃん、今度持って行くからマッテテネ。


そして、今文庫になるのを待っているのは林真理子さんの「アッコちゃんの時代」。

林真理子さんはまったく読んだことがないんだけど、このタイトルになっている「アッコちゃん」という女性、とてもよく覚えている。

M興産社長の愛人の娘の同級生から、M興産社長の愛人になった人。

そして、女優Fとそのご主人の離婚の引き金になった人。

そのとき、元愛人のクラブのママが

「あのお嬢さんは人のものを何でも欲しがるお嬢さんです」

と、彼女のことを聞かれて、慇懃にインタビューに答えていた。

バブル華やかなときは、もう田舎に引っ込んでいたけれど、でもちょっぴり恩恵をこうむった私でもある。

林真理子さんがあの時代をどう捉えているのか、とても興味がある。


でも、そろそろまた、ノンフィクションも読みたいな。

ダライ・ラマ師の自伝のように、人として尊敬できる生き方をしている方のものや、ピアニストのヘルフゴットの奥様ギリアンが書いた「すべては愛に」のような、心のオリが洗い流されるような、愛にあふれたものと出会いたい。








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すばらしい本だった。


ダライ・ラマ師の本は「仏教入門」を読んだことがあって、これはチベット仏教の考え方がわかってもおもしろかった。

こちらはラモ・トンドゥプとしてチベットに生を受けた少年が、ダライ・ラマの活仏として見出され、中国の侵略にあい、インドへ亡命し、世界平和を訴え続けている今日(この本が書かれた時点では1990年)までが、自身の言葉で書かれている。


これを読むと、ダライ・ラマ師がものすごく謙虚で、暖かくて、芯の強い人であることがよくわかる。

活仏と言うより、一人の人間としても、とても魅力的。

そして、どんな人に対しても、その人の中にある光を見出し、認める。

たとえ、自分の国を侵略した中国共産党の幹部に対しても。


これを読む前、私はダライ・ラマ師を少し勘違いしていた。

民族や国家を超えて、世界平和を訴えて世界を行脚する、「チベットの活仏」と思っているところがあった。

なので、「地球人」と自分を紹介するような人だと勝手に思い込んでいた。


だから、去年、ダライ・ラマ師の講演を聞きに行ったとき、質疑応答の際、あくまでも「仏教的な見地」から答える師の姿に、自分の中のダライ・ラマ師の像とのぶれに、少し違和感を感じた。


でも、これを読んで、それは解消された。

彼はチベット人であり、チベットを愛するチベット仏教の活仏なんだ。

なので、彼の平和思想の根底はチベット仏教であり、彼のアイデンティティーはチベット人であることである。

そして、世界平和を願うことは、すべての人を救うことであり、すなわちそれはチベットの人々も救われると言うことなのだ。


だから、彼は肉を食べる。

殺生はいやなので、菜食主義になりたかったらしいけれど、チベットは野菜が極端に取れないので、肉から栄養をとるため、そういう体質になっているらしく、菜食主義に失敗したと書かれている。


また、チベットは高山なので、小さな虫はあまり発生しない。

すなわち、虫を殺生しない。

なので、インドへ亡命してきたチベット人たちは、農作物を荒らす害虫を殺せずに困ったというエピソードも紹介されている。


宗教と言うものは、その国や土地にあった形で発展していくのだと言うことがよくわかる。

しかし、その宗教の主流にある愛は普遍だ。


そして、中国がチベットという国に対して行っている非人道的な侵略を訴える。

チベットの人たちが行う抵抗を「暴力は決して見逃せないが、ときとしてそれを避けえないことがあるのをわたしは認める」と語る。


でも彼は絶望しない。

チベットがまたいつか、平和な国として、チベットの人たちが安心して暮らせることを心から祈り、信じている。


また、この地球も、いつか美しく平和な星になることを心から祈っている。


私はダライ・ラマ師の大いなる楽天主義にいつも感動する。

この世のむごさや汚さを知りつくしたなかでさえ、人の善意を信じている。


この世の中は醜いことがいっぱいある。

それは心の中も同じ。

でも、それにばかり目を向けていてもなにも始まらない。


どんな絶望の中にも、光が必ずあることをダライ・ラマ師は教えてくれている。

そして、何度挫折しても、立ち上がれることを気づかせてくれる。


勇気と感動を与えてくれる一冊だ。


ダライ・ラマ自伝~文芸春秋文庫~
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