ここで、そこで、いろんなところで

日々の生活の中で想う、エッセイ未満のことたち


テーマ:

        mannsaku


今日は丸葉まんさくという枝ものがメインです。

秋が近いので、虫食いの葉もそのまま生けました。

葉っぱが大きくてのびのびしていたので、そのおおらかを消さないように・・。

写真にすると立体感が失われるので、ぼよよ~んとした間延びした作品にみえてしまいますね。(笑)

横幅が1.5Mほどある作品になりました。


まんさくというのは、春に黄色い花を咲かせるきれいな花木(葉より花が咲きに開く木)です。

東北地方で「まんず咲く」(まず咲く)がなまって「マンサク」になったということです。

この時期は緑の丸い葉をつけていますが、秋には紅葉します。

マンサクは枝に粘りがあって、タメがききます(植物を曲げること)。


この作品の曲線もためが利かせてあります。

いけばなはタメを覚えると、とても楽しくなります。

今まで、枝振りをみて、そのままでしか生けられなかった作品が、タメをきかせることにより、生けられる範囲がぐっと広がり、より自分のイメージに近いものが出来るようになります。


ただし、注意しなければならないのは、作品を自分の思い通りにしたいあまり、最初のイメージを変化させることができなくなることです。

「こういういけばなを生けたい」

とイメージを膨らませるのは大切。

でも、植物は一つ一つ違うので、そのイメージ通りにならない場合が多々あります。

それがテクニックで解決する場合と、根本的な発想から転換しなければいけない場合があるのです。

テクニックを磨いて、思い通りのいけばなを追求することも大事。

でも、 発想を切り替えて、今のイメージを捨てる勇気も必要なのです。


「それって、人生みたいだね~」

って、昨日生徒さんと話をしたところです。

いろんな困難にぶつかっても、やり遂げる粘りも必要だけど、発想を切り替えて、あきらめる勇気も大切。


いけばなはいろんなことを教えてくれます。




AD
いいね!した人  |  コメント(11)  |  リブログ(0)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

テーマ:

昨日はごきげんだった。


「たまにはおしゃれな場所で食事をしたい・・・・」

ということで、知人の昇進祝いにかこつけて、20人ほどで、フランス料理の夕べとなった。

場所はこの地域では有名な由緒あるホテル。


クラッシックホテルの特集では、よく登場する趣のあるホテル。

メインダイニングでは、男性は基本的に上着着用。

おしゃれをして、大人が食事を楽しむような場所なのだ。


にもかかわらず、主賓は上着を着ていない。

ジーンズで行こうとして、奥さんから

「それはあんまりじゃないかしら・・?」

と止められたそうだ。

「アロハはハワイの正装だから、それでもOKじゃないの?」

という人も・・。

「何着てけばいいの?」

と電話をしてくる友人も・・。

とりあえず、ジャケットを着てロビーに集まっている友人たちを見て、

「げ!俺、入れんかも・・?」

とちょっと不安げな主賓・・。

主賓がお断りされたらどうすんの?


まあ、基本的にリゾートホテルなので、お咎めもなく、ホテルの方に、にこやかにダイニングに案内された。


平日なので、お客さんは少ない。

カップルが2組ほどいらっしゃったけれど、広間とはちょっと区切りのある、窓際のおしゃれな場所に席をとってあって、私たちが貸切のような状態だった。


ので、大きな声でしゃべる、席を立って、別のテーブルの友人のところに出かけて行って立ち話をする・・・。

ワインはソムリエがついでくれるので、さすがにお酌はしなかったけれど、いつものおしゃれなダイニングルームは、場所をわきまえない私たちのせいで、雰囲気は一変していた。


そのかわり、私はすごくリラックスして、フランス料理をいただけた。

フランス料理って、ちょっと堅苦しくってニガテなんだけど、最初からルールを無視した状態ではじまっちゃったので、私もワインを飲みまくり、酔った勢いで、隣の人のジュースを勝手に飲んだり、お料理を隣のお皿にまわしたり、好きなことをしていた。

友人のアホな話に、みんなで手を叩いて、オーバーリアクションで応えたり・・。

居酒屋さんより控えめなカンジではあったけど・・。


本当は、その場所のルールにのっとるのが、大人のマナーってもんだから、騒ぎたければ、こういう静かなお店を選んだりしてはいけない。

今回は、明らかに幹事さんの選択ミス。

でも、ルールを壊しても、怒らずにサービスしてくれたホテル側も、懐広いよね。

まあ、あまりお客様もいらっしゃらなかったから、大目に見てくださったんだろうけれど・・。


その場所の雰囲気を楽しみに来られたお客様には申し訳なかったけれど、私たちは陽気に楽しいパーティーが出来て満足して帰った。


本日、私は少々二日酔い気味・・。

楽しいお酒のあとは、必ずちょっと辛いものが待っている。


ホテルさん、そこに居合わせちゃったお客さん、ごめんなさいね。

たぶん、もうそんなアホなことはしないと思いますので・・。


今日からいつもの静かなメインダイニングになっていると思います。


AD
いいね!した人  |  コメント(9)  |  リブログ(0)

テーマ:

昨日、プラネタリウムを製作した、実在の人物をモデルにしたドラマがあったようだ。

番宣のために、主人公役のアイドルが朝の情報番組に登場していた。


アイドルの彼は田舎育ちらしく

「星は毎日観てました」

と語っていた。

番組のアナウンサーが

「今の子供たちは、天の川なんて見たことありませんからね」

と言っていた。


私も実を言うと、天の川を自覚してみたのは、20代になってからだ。

(私自身はそんなに若くないんだけど・・)


転勤を繰り返していたものの、住宅地に住むことが多く、星のきれいな場所に住むことはあまりなかった。

それに、若い頃は空の星よりも、街の灯りのほうが好きだったし・・・(笑)


20代のある日、家族旅行で松島に泊まった。

波の音だけが聞こえる、静かな夜だった。

海には小さな島が黒い影となってぽつぽつと浮かんでいるだけで、空も広くて、きれいな星空が拡がっていた。

そこで、空の上から、海に向かって大きな白い固まりが流れていた。

「雲なの?」

と姉に聞いたら、

「ばかね~。

こんなに晴れているのに、雲のはずないじゃない」

と言われ、はじめてこれが天の川だと気づいた。


それから、空を見上げては天の川を探すのだけれど、なかなかお目にかかれない。

雲もなく、空気も澄んでいて、月もない夜じゃないと、見えないものなんだね。


でも、天の川は探せなくても、夜空に無数の星が瞬いていたり、流れ星を観たりすると、ものすごく満ち足りた気持になれる。


今輝いている光が生まれたのは、私たちが地球に存在すらしなかった頃のもの。

そして、今生まれた光がこの地球に届く頃、私たちの地球はどうなっているのだろう。

星の光は、私たちを過去や未来にカンタンに連れて行く。


「ストレート・ストーリー」という映画があった。

長年仲たがいしたままだったお兄さんに、トレーラーに乗って会いに行く、老人のロード・ムービー。

大切なものを教えてくれる珠玉の映画だ。


その中で、兄弟が貧しいけれど、仲良く働いていた若い頃を思い出し、

「星をみて、自分たちの苦労など、小さなものだと語り合った」

と、主人公がしみじみと話すせりふがある。


いろんなことがあって離れてしまったけれど、本当は兄を愛している自分に、改めて気づくシーンだ。


はるかかなたの光の輝きを見ていると、自分たちの小ささに気づく。

そして、小さいながらも生きている幸せを感じる。

星を通して、気持を分け合える人がそばにいることに喜びを感じる。


この時期の天の川は、南北にかけて流れているはず。

晴れた夜、空のきれいな場所に出かけたら探してみて。

天の川は見えなくても、何か大切なものが見えるかもしれないから。











AD
いいね!した人  |  コメント(10)  |  リブログ(0)

テーマ:

私は9.11のとき、カナダにいた。(その話はいずれゆっくりと・・)


そして、二日後の空港が再開した初日、私はその日たった一便だけ日本に飛んだ飛行機(しかも名古屋便!)のエアチケットを持っていたため、とりあえず無事に帰ってこれた。


カナダではホセがお世話をしてくれたけれど、初めてのカナダで、しかも初めての1人旅だったので、結構大変だったのだ。


その時、ひょんなことから、大学生の男の子と「恋人同士」となって飛行機に乗ることになった。

もちろん、その場しのぎのカップルなんだけど・・。(この話もいずれゆっくりと・・)


相手の男の子は背も高いしハンサム・・・!

まるでドラマみたいでしょ?

空港は混乱しているし、いろいろあったんだけど、こういう楽しいこともあったりするもんだ。

ドラマだったらこれが縁で・・みたいなストーリーが展開するんだけど、残念ながら、その彼とは、その後一度もお会いしていない・・。


一応カップルなんで、私たちは飛行機の中でも隣同士の席だった。

それで、いろんなことを話をした。


彼は知人宅にホームステイして、バンクーバーのスクールに通っていたようだった。

いろんな人種の人たちと友達になって、とても楽しかったらしい。


その時に、韓国人の男の子とも友達になったのだそうだ。


ある日、何かの話をしていたら、その韓国人の子が

「お前の国は、昔、俺の国にひどいことをした」

と言ったそうだ。

(誤解しないで欲しいのだけれど、韓国では幼い時から反日教育を受けていて、悪気なく、相手からこういう言葉をぶつけられるときがあります。

その人が悪いわけではないのです。

私にも経験があります。)


その時、彼は

「そうかもしれない。

俺には昔の戦争のことはわからない。

でも、俺はお前が好きだ。

お前は俺が嫌いか?」

と聞いたそうだ。

そうしたら

「好きだ」

と答えてくれたらしい。

「だったらいいじゃないか」

と言って、お互いに友達として、別れるまで一緒に過ごしたそうだ。


私もそうありたい。

「だったらいいじゃないか」


それじゃいけないかな・・?

それだけじゃ、解決しないこともあるんだよね。


私たちは国やら宗教やら、お互いに違うものを沢山背負っている。

相容れないものも背負っている。

それが憎しみや恨みの火種となってしまうこともある。


国同士でなくても、個人のレベルでも、そういうことはたくさんある。

許せないと思うことも沢山ある。


でも、そういうこと、全部取っ払えたらいいのにね。

余計なものをそぎ落として、見つめあえたらいいのにね。


好きだったら、それでいいじゃないか。

いいね!した人  |  コメント(5)  |  リブログ(0)

テーマ:

 

ハゼと言っても魚ではありません。


きれいな葉っぱの落葉樹のことです。

お日様があたると、柔らかい葉から日が透けて、本当にきれい。

以前はどこの森や林にあったのに、今では少なくなってしまって、いけばなのお稽古にはいることが少なくなりました。


昨日のおけいこで、花屋さんががんばって、ナツハゼを持ってきてくれました。

1メートルくらいの結構な大きさの枝です。


そこまで大きくて、枝振りのいい花材がおけいこで手に入るのは珍しいので、ほとんど手を加えずに、お水盤に剣山なしで立てることにしました。


やっぱり1メートル近いひまわりもやはり剣山を使わずにそのまま立てました。


写真を撮ったのですが、ケイタイカメラだったのと、角度が気に入らなくて、残念ながら、ナットクが行きません。

でも、きっと剣山なしがわからない方がいらっしゃると思うので、アップしますね。

使った道具は細い針金のみです。

これはワケアリで斜めから撮ったので、正面ではありません。

ナツハゼのボリューム感が表現できず、少し寂しい作品に見えます。

立体作品は、写すのが本当に難しい。


          natuhaze1


いけばなの醍醐味は、なんといっても枝とのコラボレーションです。

昔だったら、ナツハゼなど、裏の山に入って切り出してくればよかったのでしょう。

「木をちょっと拝借」ってカンジで、いただいてきていたのが、いまではそうは行きません。

枝振りのいい花材がめっきり少ないため、ひどいときは、国立公園などから、こっそり盗んで切られてしまうこともあるらしいのです。

枝ものは、花のようにハウスなどで栽培することはできません。


今まで当たり前であったことが、当たり前でなくなってしまい、いけばなをいけること自体が、ものすごく贅沢な趣味になりつつあります。


以前の自分であれば、この植物をどうやって自分らしく生けられるかばかり考えていたのですが、最近は、できるだけ、この植物のよさを引き立てたいと思うようになりました。


剣山なしでいけるというのは、その植物が持っているバランスを見極めながらいけることです。

重心が偏れば、木は立つことができません。

重心をつかむまで、何度も倒れるナツハゼを身体で支えることになります。

今、私の前にいる植物をありのまま受け入れなければ、作品は出来ません。


ふと、なんでもそうだなあ・・と思います。

お料理でも、本当においしいものは、調味料が要りません。


人間も自分らしさを殺してしてしまっては、自分がわからなくなってしまう。

ありのままの自分でいられることが一番いいことですよね。


お手伝いさせていただく・・。

これくらいの気持が大事なのかもしれません。


この作品は1メートル20センチくらいになってしまったので、家ではいけることが出来ず、こういう姿になってしまいました。

ピンボケ・・・。


 
        natuhaze2


urugiさんのようなカメラマンさんに撮ってもらえればいいのでしょうが・・。

写真の腕も磨きたいです。
  

いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

テーマ:

この季節、一雨ごとに秋に近づいていく。


日中の暑さは相変わらずだけど、朝と夜、少しだけ、涼しくなっていくのがわかる。

8月に入ってから聞いていたはずの虫たちの声も、なんだか秋っぽく聞こえるようになってきた。


この時期になると、必ず珍客が家の中に舞い込んで来る。


コオロギ・・・。


毎年何匹か、家の中に飛び込んでくる。

そして、家の片隅で鳴いていたりする。

一度はゴキブリホイホイにかかっていたりして、なんとも言えず、哀しい気持になった。


すいません・・。

ウチは草むらじゃないんです。

いくらジャングルっぽい庭だからと言って、ここは庭の続きではないんです・・・。


って、コオロギに言っても通じない。


捕まえては、外に出す。


そういえば、カマキリの子供も入ってきたことがあった。


ムシにとっては、人間の都合で建っている家なんて、どうでもいいんだろうな。

それともマジで、我が家を草むらだと虫たちは思っているんだろうか・・・?


今日も外では虫たちが合唱している。

鈴虫はいないようだ。

マツムシとあとなんだっけ・・?


ああ、もうすぐ秋だなあ・・。



いいね!した人  |  コメント(9)  |  リブログ(0)

テーマ:

4年前、カナダに行った時、スーパーで牛肉よりも鶏肉のほうが高かった。


育てるためには、絶対に牛のほうが年数がかかるし、飼料代だってかかるはずなのに・・・?

日本で「鶏肉→豚肉→牛肉」と値段が高くなるのはすごく当たり前。


ではなぜ・・?


カナダでは、牛が沢山飼育されているからだ。

牛よりも鶏肉のほうが飼育数が少なければ、当然鶏肉の値段は高くなる。

これが市場経済の原理だ。

自然の原理とは関係なく、値段が決まる。


昨日のNHKの「ウォータークライシス」はすごく興味深い番組だった。

今、世界の穀倉地帯で、水枯れが起こっているらしい。

穀倉地帯というのは、基本的に降水量の少ない地域で、作物を育てる水は、降雨によるものではなく、地下水や河川の水に頼っているのだそうだ。

その河川や地下水脈が枯れかけている。

インドの穀倉地帯では、井戸水に塩が混じり、塩害で不毛になった土地が数多くあるらしい。


塩害ときいて、ぞっとする。

インダス文明や、メソポタミア文明など、大きな文明が衰退した理由は、一説には水を使いすぎ、塩害が起こったからではないかといわれている。

古代文明が発達した地域は、もとから乾燥地帯だったのではなく、乾燥地帯になってしまったのだ。

人間のせいで・・。

世界規模で水が枯渇したら・・・?


アメリカの穀倉地帯も取り上げられていた。

シリコンバレーなど、乾燥地帯の都市化によって、急激に水の需要が増え、水の確保が問題となっているらしい。

農業にまわしていた水が、シリコンバレーに売られていく。


そして、カンザス州では、小麦ではなくトウモロコシが多く栽培されている。

牛の飼料として、値段が高く取引されるからだ。

トウモロコシは小麦の4倍、水を必要とする。

その水は、地下水に頼っている。

水はタダだ。

その水脈も枯渇しかけている。

何千年もかかってようやく溜まった地下水を、あと20年前後で使い切ってしまうかもしれない。

未来の人たちに残しておかなければいけない水を、今使い続けている。

枯れてしまったら、また元に戻るまで、また何千年と必要なのに・・。


日本は比較的、降雨量の多い地域なので、水不足はあまりピント来ない。

水不足になっても、台風や豪雨でチャラになったりするからだ。

でも、水によって育てられた作物を、輸入している日本は、水に換算すると、相当な量の水を輸入していることになるんだ。


穀倉地帯の水が枯渇したら?

一転して、アメリカが食糧輸入国になったら・・?

お金にものを言わせて、世界の食料や水を買占めだしたら・・?


何か対策はあるの?


たとえば、単純な話、牛肉より鶏肉のほうが、少ない飼料で育てられる。

今、牛肉を食べている人たちが、鶏肉に変えるだけで、より多くの食料が生産できるのだ。

世界のみんながベジタリアンになれば、それはもっともっと食糧事情も水事情もよくなるはずだ。


私もまだ、時々だけど牛肉を食べている。

年齢のせいで、あまり食べたいとは思わないけれど・・。

その量を減らしていくだけでも、地球にとってやさしい生活が出来る。

世界中の人が実践すれば、今ほど、過酷な条件で作物を作らなくて済むのかも・・。


それと、資本主義経済に変わるものを真剣に考えなくてはいけない時代だよね。

拡大し続けなければ維持できない経済って、やっぱりどこかがおかしい。


残念ながら、私のようなアホな頭では、牛肉の値段が鶏肉よりも安いのを見て首をかしげることや、肉を食べる量を減らすことは出来ても、根本的な解決法はわからない。


そこらへんの大きな解決策は、もっと頭のいい人たちに任せるしかない。

世界的な視野を持った政治家たちの登場を待たなくてはいけないかな・・。


小市民の私は、とりあえず自分らしいエコロジカルな生活を目指すしかない。


でも、ギモンを持つことから、いろんなことが始まっていく。

おかしいよね、って思うことを続けていきたい。

たくさんの人の「おかしいよね」が、世界を動かすことだってあるんだもの。


片田舎のオバサンだって、晩ご飯の支度をしながら、地球のことを考えたりしているものなんだよ。






いいね!した人  |  コメント(11)  |  リブログ(0)

テーマ:

ある雑誌に「おひとりさま」という特集があった。


精神的に自立をした女性のことをさすらしい。

「ひとりで颯爽とレストランで食事をしたり旅をしたり」出来る人なんだそうだ。

でも、ただ1人で行動するというだけではなく、「自分の時間を大切にする」ということらしい。


そうなんだ。


私は、買い物と美術館へは1人で行くことが多い。

これには理由がある。


買い物は、自分がものすごく優柔不断なので、迷ってなかなか買うものを決められないことが多くて、友達に付き合ってもらうのが申し訳ないと思うからだ。

たとえば、洋服でを試着して、「やめます」と言ってそのお店を出た後で、「やっぱり買います」といって引き返すことがしょっちゅうある。

ヒドイ時は電車のって戻ったり・・。


美術館も、変なくせがあって、一通りざあっと観た後に、もう一度好きな作品の前でゆっくり鑑賞するのが好きなのだ。

なので、相手とペースがまったく合わなくて

「じゃあ、出口のところで」

となることがしばしあって、こちらから誘っても、結果的に相手をほったらかしにしてしまうことが多い。


また現代美術となると、なかなか趣味の合う友達も少ないし、仕事の休みが変則的なので、スケジュールも相手と合わせにくかったりもする。

行くチャンスを逃しちゃうよりは・・ということで、1人で行くことになる。


まあ、子供の頃から、1人で本を読んだり、ままごとをしていても飽きなかったし・・。

1人慣れしているのかもしれない。

(結構ネクラなんだよね・・・)


こうやって考えると、私の場合、あまりポジティブな「おひとりさま」とは言えない。

だから、誰かとどこかに行ったり、みんなで騒いだりするのも大好き。

誘っていただけるとうれしいし、こちらからもお誘いするし・・。


去年、ノルデさんと一緒に森美術館に行ったときは、アーティストらしい観点で、素材や表現方法などをいろいろと教えていただいて、おもしろかった。

また、友人と「オーランジェリー美術展」に行ったときは印象派の美しい絵を前にして、友人が

「きれいだわ~!素敵だわ~!」

を連発してくれて、私もそれに伝染して、ルノワールやモネの絵から、今までにないほど幸せなオーラを感じられた。

誰かと一緒に鑑賞するのもいいなあ・・と実感した。


そして私は「おひとりさまにはなれないなあ。」と思うことがある。


1人で食事をするのが好きじゃないのだ。


ご飯をいただくときは、やっぱり誰かと一緒でいたい。

特に晩ご飯は、一日の締めくくりで、おいしいお酒をいただきながら、気の合う人や家族と、楽しく終わりたいと思う。

自分のためだけにきちんとご飯をつくることもニガテだし、ヒドイ時はお菓子をたべておしまいにしてしまったり・・・。

(よい子のみなさまは絶対にマネしないでください)

だから、自分のためにきちんと食事を作れる人、ご飯がちゃんと食べられる人って、尊敬してしまう。

なので、基本的に1人暮らしは避けたい。

もちろん、そうならざるを得ない状況に陥ったら、覚悟を決めなくちゃいけないんだけど・・。


私の友人は、東京で就職をして、1人暮らしをしていたけれど、実家に帰ってきた。

理由をきくと

「1人でご飯が食べられなかった」

と言っていた。


ああ、同じような人がいるもんだなあ・・と思った。


人は人生の中で、誰かと暮らしたり、一人になったり、いろんな単位になるもんだ。

くっついたり、はなれたり・・・。


基本的に1人が「すき」とか「キライ」とかはあるだろうけれど、どちらもうまく楽しめたらいいなあ・・。


人は1人では生きられないけれど、自分を見つめるために、1人になることも大切。

だよね。

いいね!した人  |  コメント(10)  |  リブログ(0)

テーマ:

NHK総合の土曜日の6時10分から「週間こどもニュース」というのをやっている。

これが結構おもしろい。


1週間のニュースを子供にもわかりやすい言葉で、解説してくれる。

パレスチナとイスラエルの紛争は、お互いがケンカしているアニメが地図つきで登場する。

イスラエルの入植地がよくわかる。

イスラエル人のガザ地区強制退去命令は

「ガザ地区から出て行きなさいと言っています」と言っていた。

難しい言葉でわかったつもりになっているよりも、ニュースがより理解しやすい。

今さら誰にも聞けないような専門用語も、砕いた言葉で言ってもらえるので、ありがたい。


今日の質問コーナーでは「政党ってなんですか?」という問いに答えていた。

「なるほどそうか」

と解説を聞きながら、私はTVの前で1人うなずいていた。


大人が観ても、ためになるよ。

それとも、私の精神年齢が低いだけだろうか・・・?


私はちゃんと受信料を払っています。

NHKさん、これからも、質のよい、わかりやすい、いい番組をつくってください。






いいね!した人  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:

NHKの「ファイト」の再放送を観て、そのまま1時のニュースをダラダラ観ていたら、高校野球に画面が切り替わった。


あ、しまった・・・!


と思ったけれど、もう遅い。


宇部商と京都外大西の9回表の場面だった。

宇部商がリードしているけれど、京都外大西が逆転しそうな勢い。


今日の甲子園は何度くらいあるのだろう?

すり鉢上のグラウンドは40度を越えているんじゃないだろうか?

毎日の熱戦とこの暑さで、選手たちの疲れはきっとピークに達しているんだろうな。

集中力が途切れたほうが負けちゃうんだよなあ・・。

と思っていると、案の定、宇部商の選手が、打ち取ったはずのフライを落球。

サードとホームで挟んだランナーをアウトに出来ない。

ファーストへの悪送球。

みるみる逆転されてしまう。


宇部商の投手は150球を超えている。

昨日も150球投げているらしい。


ピッチャーの投球は100球位が限界らしい。

それを予選からずっと投げ続けて、毎日150球近くを連投していたら、ピッチャーの肩が壊れてしまう。

この子の将来を考えたら、そんな無茶をさせてはいけない。

いけないけれど、ほかに投げる選手がいないんだから仕方がない。

この子にも、ほかの選手にも、明日や将来は考えられない。

今、このゲームを勝つことしかないんだ。


結局逆転を許して、その裏で1点返して粘ったものの、ゲームは終わってしまった。


喜ぶ京都外大西の選手。

それとは対照的に、肩を落としたり、泣きながら土を詰める宇部商の選手たち。


ここまで来るために、どれだけ努力をして、どれだけがんばったんだろうか・・。


そんなことを思うと、こちらまでもらい泣きしそうになる。

出来ることなら、どちらも勝たせてあげたい。

でも、勝負は勝つか負けるかしかないんだ。


実は私は高校野球が大好きなのだ。

大好きすぎて、感情移入しちゃって、いつも選手と一緒に泣いてしまう。


まだ一回戦あたりは冷静に観れるんだけど、準々決勝あたりから、選手たちの気迫がこちらにまで伝染して、両方勝たせてあげたくなってしまう。

勝ち負けがつくのが残酷に思えてしまう。


それで、自分の気持が持たなくなってしまうので、最近では観ないことにしていた。


でも、ついつい観てしまい、やっぱり泣いてしまう。

歳をとると涙もろくなっちゃっうからよけいかなあ・・・。


高校野球もプロ化していたり、暴力事件やらがあったり、いろいろといわれている昨今だけど、ここまで勝ち残ってきた子達は、野球が好きで、甲子園にあこがれて、人一倍努力をしているし、がんばっているはずなんだ。


一つ打ち込めるものを持っているって、すごく幸せなことだ。

みんなお疲れ様。

いい試合をありがとう。


やっぱり高校野球は感動が詰まっている。











いいね!した人  |  コメント(8)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。