そらねこカフェ・店主ゆぎえみ・そらねこ会ブログ

そらねこ会は、『今ある命を大切に、不幸な命は増やさない』をコンセプトに活動している猫ボランティアチームです。


日々の思いを書いてます。


テーマ:



みんな誰しもそうなんだと思います。

日々のことは本当に本当に忙しい。

だけど時間は待ってはくれずに今年も暮れていきます。



私たちもそうでした。


みどりん会長と2人で10年近くやってきた猫ボランティアが今年、様々な縁に後押しされて「そらねこ会」として形になり、管理人のみはるちゃん、アジトを素敵につくりあげてくださった須山っちをはじめ、メンバーのみんなとの出会いは、不思議で不思議でこれ以上ない大切なものでした。


素敵な仲間ができて始まったそらねこ会。

嬉しく誇らしい反面、精神的、体力的にきつい時も沢山ありました。


なんだかんだと動いてて、帰宅が夜中近くになった時、自宅に着いても、しばく車から降りられないでいることがしばしばありました。




捕獲手術した子は元気に暮らせるだろうか。


今晩だけは放さないでほしい。

麻酔はキチンと醒めたかな。

体力が落ちて風邪などひかないだろか。

傷口はちきんと治るかな。

もしもは起こしたくない。


また餌場に来るかな。



話し合ったご近所さんたちは理解してくださったろうか。



怒鳴られたり、なじられたり、




様々なことが頭と心をよぎって、シートに体を沈めると、車の窓から見える夜空は、しんしんと冷え込んでいて、月や星の輝く音が聴こえてきそうです。




美しいけれど余りの冷たさに切なくなります。

寒い。

キンキンする。


遠くで犬の声がしました。



寒くて眠れないんじゃないかと心配になります。



物陰から野良猫が飛び出してきました。

飛び出してきた場所が彼にとって安心できる所なら戻ってほしい。


私は覗いたりしないから。




家のない猫たちはどこで寒さをしのぐんだろう。


猫はあったかい所を探す天才だって言うけれど、軒を貸してもらう、それだけのことも拒まれる、そんなことの方が多いんじゃないかと心が痛みます。


どうか、日だまりを追いかけて行き着いた先に、人の優しさがありますように。

そんなことを祈るばかりです。










今日も車の中から空を見ていました。

いつもより長くそうしていたような気がします。


さあ、私も家に入ろう。



よっこらしょって声を出しながら車から降りて、もう一度空を見あげました。


息も凍ってしまいそうです。



だけどその時、夜の匂いに混じって一瞬何か優しい香りがしたような気がしました。



こんな時季に花の香りなんてするわけがない。

それなのにそんな気がした。

確かにした。




里親さんの顔が浮かんだからだろうか。


障害を持って生まれた子猫を抱きしめてくれたあの人の香りだろうか。


ずっと応援してるって言ってくださったあの人の声だったかな。





思いは沢山の言葉より、いつも一瞬だけ感じる。


ほんの一瞬。




だけどそれは強く確かなものだと思います。


私は確かにそれを感じた気がしました。



私は幸せだ。



だからまた頑張ろって思いました。









とは言っても寒い。

寒い。
寒い。

早くお風呂に入って早く寝よう!


真っ暗だから転ばないように気をつけながら、私は大急ぎで家に入りました。









そらねこ会に関わってくださったみなさま、本当にありがとうございました。


今年は確かに大変だったけど、祈りは届くんじゃあないかって、そんなことも思える一年でもありました。





そらねこ会のメンバーは、許容量をはるかに越えてることに気付かない振りで、ただがむしゃらにやってきました。


そして命に向き合うってこういうことなんだなって、沢山学ばせてもらえました。


仲間がいて、里親さんとの出会いがあって、喜びがあって、大切な命とのお別れがあって、励まされて、また歩き出す。


素晴らしい出会いといただけた優しさが、私たちのしていることを、間違ってはいないよと勇気付けてくれました。


それが物凄く大切なものだって、どんなものにも変えられない、かけがえのないものだって思えるこの思いは、がむしゃらに、必死にやってきた延長線上にだけあるものでした。





重ね重ね、関わってくださったすべての皆様に感謝しています。

本当にありがとうございました。


来年もどうぞよろしくお願いします。
















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そらねこ会で作らせていただいた、ハナサトミツキさんのカレンダーを買ってくださったみなさま、本当にありがとうございます。

収益はすべて、そらねこ会の活動費とさせていただきます。


カレンダー3枚目、2月28日

にやあにやあ(2・8)の大切な日。


なぜかそらねこ会のカレンダーには2月28日がありません。


本当に本当にごめんなさい。



こんなそらねこ会ですが、どうかこれからもよろしくお願いします。




ゆぎえみ



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あの日は、月が出てない夜で、山の形だけが浮き上がって見えました。



真っ黒な山は、すぐそこにあるようで手を伸ばしてみたけれど、何も触らないまま、いつまでたっても月の無い空には、ポツポツと弱い光を放つ星だけがありました。



平面に書いた墨絵のような風景の中、遠くへ遠くへと走りましたが、ススキの群が白く浮かんで雲の上に出たように感じて、慌てて止まりました。


自分の息の荒さと、犬の遠吠え、山から唸りながら降りる風が混ざって聞こえてきました。

私は恐ろしくて恐ろしくて、後ろを向くことはできませんでした。
懐中電灯は点けずにただ握りしめていましたが、へこみに足をとられて転んぶまで、それを点けることを忘れていました。


電気を点けていれば良かった。
いいえ、そんなことはない。
電気を点けていたら、見つかってしまう。

手を離れた懐中電灯を探す事もなく、私は自分の家にようやく這うように帰り着きました。












これは私の小さなころの記憶です。
熱でも出した夜などには、何度か悪夢として再現されてきました。
真っ暗な知らない道より、夏休みに聞かせてもらった和尚さんの怪談話より恐ろしくて、懐中電灯も点けずに走ったそれには理由がありました。





あの日、学校が終わって、一旦家に帰った私は、ランドセルだけ置いて、クラスメートの少年の家に遊びに行きました。
いつもは小さな弟や妹たちを連れて、暗くなるまで校庭で過ごしていた彼が、なぜこの日、私を家に招いてくれたのかは覚えていませんが、初めて上がらせてもらったその家は薄暗くて、散らかっていました。


校庭で見かける彼の小さな兄弟たちは、私を珍しそうに見ていましたが、すぐにそばに寄ってきました。
私はあまり清潔ではない環境と、まとわり付く小さい子供たちが異様に感じて落ち着きませでした。

私はクラスメートの彼とあまり話さず、何をして遊ぶということもなく時を持て余して帰ろうとしました。


そして、その時でした。


突然引き戸が乱暴に開いて、明らかに酔っ払っていると思われる父親らしき男が入ってきたのです。





訳のわからないことを怒鳴り散らしながら、部屋の机を蹴り始めました。小さな子供たちはさっと逃げて、それでも女の子が襟を掴まれ、壁に向かって投げられました。

クラスメートの彼が黙って男の腕にしがみついて、そんな彼を男は何度も蹴り倒していました。


大きな音がして、台所のガラスが割れました。


彼がコップを投げたのだと思います。

他の大人が入ってきて、父親らしい男は押さえ付けられながら、隣の部屋へ入っていきました。

『こんなに酔ってだめだろ、落ち着きな!』
そんな声が聞こえきました。



近所の方たちだったのだと思います。

なだめ諫めているようでしたが、私はぶるぶると震えが止まらなくて、彼の家を飛び出して一目散に走りました。

子供が大人に蹴られている光景を初めて見ました。


小さな女の子を、まるで物のように壁に向かって投げつける光景。


薄暗く異様な部屋の中でそれは夢ではなく、本当に起きた出来事だったのです。


月の無い暗い夜、星が出ていても美しさも感じなかった。

私はひとりで走り去った。

苦しくて、大きな裏切りをした、忘れることの出来ない夜でした。



それからも日常的にその中にいる彼の苦しみを救うすべもなく、親に話すことも、学校の先生に話すこともしないまま、校庭に暗くなるまでいるクラスメートの彼と、彼の小さな兄弟を見ることはあっても、彼の家に行くこともなく、誘われることもありませんでした。





今思うと、近所の方はあの父親の酒癖の悪さと、家庭内の暴力を知っていたのだと思います。

大人はみんな知っていた。
それでもどうすることもできずに何かが起きる度に、またかというような態度でなだめに入ることが精一杯だったのか、それ以上のことは他人の家のこと故、手出しが出来ない、あの時代が、まだまだそうであったのだと思います。



そんな日々が日常である子供の辛さはどれ程のものなのでしょうか。


彼は宿題も、普段の勉強もろくにやらないという印象がありましたが、そんな環境下にあっては、本当にそれどころではなかったのだと今なら良くわかります。


しかしそんな中、彼は全国作文コンクールで賞を獲ったことがありました。


『山形のなおみちゃんへ』というタイトルで、遠くにいる従姉妹に宛てた手紙のような文章でした。


母親の実家である山形の家に、一度だけ家族みんなで訪ねた時のことを、まるで宝物のように大切に書いていました。


山形までの長い道乗り、お菓子やお弁当を食べながら行く様子は聞いている者まで楽しくなり、自分の小さな兄弟たちに、なおみちゃんがとても優しくしてくれたと喜ぶ箇所ではこちらも嬉しくなりました。

一泊だけの家族旅行の作文はあまりに印象的で、私はほとんど暗記してしまいました

何十年も経った今でも、その文章を読み上げることができます。

楽しい文章なのに、口にする度辛くなる。
こんなに家族を思っていた少年が理不尽に、激しい日常的な暴力の中で過ごさなければならなかったなどということは、どんな理由があろうとも、許されることではなかったと悔しく思います。


あの日彼は、大人ではない私に助けを求めたのでしょうか?

大人ではない、なおみちゃんに助けを求めたのでしょうか?




クラスメートの彼は、中学校を卒業するころは誰も手を付けられないくらい荒れに荒れて、もう誰にも助けを求めることもなく、そのままどこかにいってしまいました。



あの頃ラジオから流れてきて、頻繁に耳にしたのが、スザンヌ・ヴェガの「ルカ(Luka)」という曲でした。
優しい曲で、素敵だと思いながら聴いていたのですが、なぜか涙が止まらなくて詩の意味を調べました。,






「My name is Luka


I live on the second floor


I live upstears from you


Yes I think you’ve seen me before


If you hear something late at naght


some kind of trrouble, some kind fight


Just don’t ask me what it was


Just don’t ask me what it was


Just don’t ask me what it was


I think it’s because I’m clumsy


I try not to talk to loud


maybe it’s because I’m crazy


I try not to act too proud


They only hit until you cry


And after that you don’t ask why


You just don’t argue anymore


You just don’t argue anymore


You just don’t argue anymore」




ネットからもらいました、和訳



「ぼくの名前はルカ。


二階に住んでるんだ。


君の部屋の上の階だね。


僕を見かけたことがあるんじゃないかな。


もし君が夜遅く,何かの物音を聞いても


それが何かのトラブルのような音だとしても


それが喧嘩のような音だとしても


それが何かって,僕に聞かないでね。


それが何かって ぼくに聞かないでね。


それが何かって ぼくに聞かないでね。


それは,きっと僕が不器用だからなんだ。


僕は,大きな声で話さないようにしてるんだ。


たぶん,僕の頭がおかしいせいだと思うよ。


僕は,あまり自慢げに見えないようにしてるんだ。


あの人たちは,僕が泣き出すまで叩くんだよ。


叩かれた後も,『どうして』って聞いちゃいけないんだ。


議論もしてはいけない。


主張もしてはいけない。


何も話してはいけないんだよ。」




スザンヌ・ヴェガ/ルカ





この曲を聴いて、センチメンタルに似たような気持ちに拍車がかかっている私がいるとしたら、それは、部外者だからです。

この曲を聴いて、バックミュージックのように思い出す自分にも腹が立ちます。

ただ、世界中で起きてるんだ。

世界中の子供たちが助けて欲しいって言ってるんだ。

そう伝えないと、と思いました。





そして2013年今度は日本でこんな曲を耳にしました。


文月メイ

ママ

作詞:文月メイ
作曲:文月メイ

ぼくのことが邪魔なの?
あのゴミ袋と一緒に捨てるの?
生きることが辛いの?
頼る人が誰もいないの?

ごめんね、ママ
なにもわからなくて
なにもできなくて
でもぼくには、たった一人のママ
いい子にしてるから

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
神様が決めたの?
ぼくは生きちゃダメって

ぼくね、天使になったよ
いつでもママを見守ってるよ
だって弱虫なママは
一人じゃ生きられないでしょ

ごめんね、ママ
ぼくが大きかったら
更多更詳盡歌詞 在 助けてあげれたのに
でもぼくには、たった一人のママ
二度と巡り会えなくても

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
神様が決めたの?
ぼくは生きちゃダメって

ごめんね、ママ
もうそばにいられない
明日を迎えられない
でもぼくには、たった一人のママ
嫌いになったりしないよ

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
神様が決めたの?
ぼくは生きちゃダメって

どうして、ねぇママ
どうして、ねぇママ
ぼくの羽根
一枚置いていくからね




人格が形成するまでただただ親が好きであるかもしれない。

だけど、殺された子供の気持ちを部外者が美化してはならないと、正直私は、この歌詞にも、この歌詞を送り出した、関わった大人たちにも腹が立ってならなかった。

それは今も釈然しないままだけど、虐待をなくしたいと、同じ方向を目指してのことであると、そう思い、そう信じたい。





日本では、2000年にやっと児童虐待防止法が制定されて、少しずつ他人の家庭内のことであっても法に訴えられるという流れにはなりましたが、虐待というものの実証の決め手が微妙であり、それは今でも変わらないように思います。


手が出せない。

また、手を出した場合、その人の安全が確実に約束されているとも思えません。

手を差し伸べた人間が、行政の場合でも、民間人であってもです。


手を出すまでのハードルが高いし、出した人間が守られないのでは物事は進まないと思います。




こんなこともありました。

私は以前、近くのアパートに住む子供のことを、その子が通う幼稚園の園長先生に相談したことがあります。

毎日聞こえてくる母親の罵倒と泣き叫ぶ子供の声に耳を塞いでいられなくなったのです。

『てめえ、なぐられたいのか!殺すぞ!』ごめんなさい、ごめんなさいと泣きじゃくる声は長く続き、引き付けをおこすのではないかと、オロオロしているだけの自分を奮い立たせてのことでした。

もしも、少し元気が過ぎるだけのお母さんであったならそれでいいんです。

もしもどうしようもなくいっぱいいっぱいになってるが故のことなら、それを取り除ける何か策があるんじゃないか。


そして本当に虐待されている子供がそこにいるのなら、何とかしなければいけないと強く思ってのことで、園長先生には、何気なく注意を払って欲しいと、プロであるその方に託したつもりでした。


しかし、その日から、毎日毎日、何十回となく、その母親からの電話攻撃にあうはめになりました。


私が特定され、私という個人が、何をどう言ったか、直接その母親に伝わっていました。


激怒した彼女の攻撃は凄まじかったけれど、誠心誠意こちらの思いと、あなたを責めているのではないと伝え、何とか事は収まりましたが、この思わぬ展開にプロである現場の方々の意識の低さと徹底されてない法律に愕然とし、この程度で済んで良かったとホッとしたことを覚えています。


あれから大分時が経ちましたからもう少し進歩したと信じたいですが、そうであっても子供は自分が虐待されていると自己表現はしませんから、証拠と見極めが本当に難しいそうです。


うっかり手がだせないこと。


これらが法案の浸透を妨げているとするなら、もっともっと突っ込んだ対策を早急にしてほしい。

早く、直ぐにして欲しいです。





暗く曇った空を見る時、チカチカと光る明かりを一瞬みたように思うことがあります。
あの日落とした懐中電灯がここだよって呼んでいるように、重たく切ない思いに駆られます。


今、この時も隔離された空間で理不尽な暴力を受けている小さな命があるのなら、大人は全力で守るべきだと思います。


あの時と違うことがあるとしたら、私は大人になりました。







11月は児童虐待防止推進月間でした。『推進月間』という言葉にも違和感を覚えますが、一層立ち返るという意味だとしたら、少しでも前に進めるすべを、私も私なりに考えこの文章を書きました。

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