ちょうど7年前になるでしょうか?
知人に書くべきと勧められて、このブログ始めました。
が、2年もならないうちにギブアップ!
その間、いろいろなことを経験しました。
そして、今年72歳で不動産屋さん始めることになりました。
父の死後、親子3人生活に困窮し、
母は保険屋さんの紹介で、保険セールスを始めましたが、
親戚の家に行けと言われて、菓子折りをもっていくのですが、
保険の勧誘はひと言も話せず、帰ってきました。
で、1か月でやめました。
また、新幹線のお掃除の仕事を紹介されて行きましたが、
新幹線が停車しているその線路の下の入り口で待機して、
ドアが開くとすぐに社内へ入ってスピード感をもってお掃除をしなければならなかったそうです。
当時は母興奮してその話を私にしてくれました。
が、1週間しか持たなかったです。
もし、不動産収益がなかったら、
私たち一家はどうなったでしょうか。
私の不動産歴は母の生活費を得るためで(今も親族に働いてもらって親族の生活費を渡しています)
ついこの間まで、知人たちが「好きなのね」と私に発する言葉を聞いて、
いつも心の中で、「そうやらざるを得なかった家庭の事情があるのよ」とつぶやいていました。
70歳の時、ふっと入った本屋で見つけた宅建士試験のチラシを見て、
やってみようかという気になったのです。
前にも3か月ぐらいトライしてやめたこともありましたし、
私って資格らしい資格も取ったことありませでしたから。
猛勉しましたよ。
宅建士の資格と競売不動産取扱主任者ほか1個ゲットしました。
私は冠動脈攣縮性狭心症の持病があります。
私がもし死んだら、と考えて、
親族のためにアパート1件で3年前に管理会社を立ち上げてはいました。
でも、不動産屋を始めるなんてまさか考えてもいなかったですよ。
受かったら勤めようと。
ところがハローワークや地域新聞の広告で、電話すると年齢を聞かれた時点ですべて断られました。
で、71歳で管理業務主任資格をゲットし、計6個の資格を得て、
再度働き先を探すが、結果はみな同じ。
新東京病院に3か月に1回通っていますが、
担当医に思わず仕事がない事を話すと、
「自分でやりなさいよ」が返ってきました。
オー!
ならばやってみるか?
となったわけです。
やっぱり、本当は好きな仕事だったのかも。
と。
このブログは過去のものと思っていましたが、
今、見ましたら、
いいね!を押してくれる人がいて、
すごくうれしくなりました。
どうもありがとう!皆さん。
