本田真凛ちゃんの演技をみてたら、なんとなくヨナを思い出して、

腕の使い方かな~?

 

で、そういえば「007」は誰の振付だったっけ?

となり、調べたら

デイビット・ウイルソンだったんですね~

その調べているなかで

2010 城田さんが書いた記事に出会いました。

長いのですが、なるほどな~って。

 

2010年6月8日

五輪などでフィギュアスケートを見て、このスポーツでは「振付師」という職業がずいぶん大きな役割を果たしている…。そんなことに気づかれた方も多いのではないだろうか。

女子チャンピオンの金妍兒(キム・ヨナ)は、カナダ人のデビッド・ウィルソンが振り付けた衝撃的な「007」で大きく人目を引いた。また男子の チャンピオン、エヴァン・ライサチェク(米国)を4回転なしでの優勝に導いたのも、彼の魅力をプログラムで存分に引き出したローリー・ニコルだ。この2人 のカナダ人に加え、安藤美姫や織田信成を手掛けたニコライ・モロゾフ(ロシア)、高橋大輔の「道」を作り上げたパスカーレ・カメレンゴ(イタリア)などが 現在、注目を浴びている。

しかし、彼らが登場する以前からも、多くのコリオグラファーが氷の上を鮮やかに彩ってきた。長野五輪前後から活躍が目立ってきた彼らのなかから、私が心打たれた名振付師たちのことを、振り返ってみたい。

まずは元祖として知られているサンドラ・ベジック(カナダ)。彼女は1988年のカルガリー五輪でブライアン・ボイタノ、92年リレハンメル五輪 でクリスティ・ヤマグチのプログラムを手掛け、98年長野五輪のころには北米のほとんどのトップ選手が彼女に依頼する、という超売れっ子だった。米国の トップをほとんど振付けている今のローリー・ニコルとちょうど同じような状況で、サンドラに振付けをしてもらう順番を待つのが大変…というほど。

そんな彼女の作品で私が忘れられないのが、長野五輪でタラ・リピンスキーを優勝させたプログラムだ。あの小さな身体の少女を、いかに大きな会場で 映えさせるか、いかにいっぱいのお客さんにアピールするか―。リピンスキーの良さをめいっぱい引き出したフリー「レインボー」を思い出す人も多いだろう。

当時、長野のホワイトリングで会ったサンドラは、人間的にもとても魅力的な人だったことをよく覚えている。そのころの彼女は裕福な男性と結婚し、 かわいい子どもにも恵まれ、自分のスタジオのように自由に使えるリンクも手に入れ、テレビなどの華やかな仕事も多く…と、人生の一番幸せな時期だったと聞 く。

そんな時代に作ったのがリピンスキーのための作品であり、彼女の見せるスケートは明るい幸福感に満ち溢れていた。当時の彼女は、日本チームにとっ ては夢の振付師。なんとかして日本選手にもプログラムを作ってもらいたいと画策し、「来年はぜひ本田武史に!」などとお願いしたりもしたのだが、サンドラ のスケジュールはどんどん忙しくなるばかりだった。
 

 2010年6月15日

元祖振り付け師として知られ、1998年長野五輪でタラ・リピンスキー(米国)を優勝させたサンドラ・ベジック(カナダ)。一時期はアイスショーや 専属のテレビのコメンティターなどの仕事をこなしていたが、最近また小塚崇彦のエキシビションナンバーを手掛けるなど、少しずつ表舞台に復帰し始めてい る。長野五輪後、彼女は離婚し、心に少し傷を残した形で仕事をしていると聞くが…。幸せな奥さまとして心に余裕を持って仕事をしていたころとはまた違う魅 力の作品を、今後は発表していくのかもしれない。

もう一人、日本選手の振付けを頼みたかったのだが、なかなか叶わなかったコリオグラファーが、サラ・カワハラ(カナダ)だ。彼女も長野五輪以前か ら活躍していた人で、私がよく覚えているのは94年リレハンメル五輪でのルー・チェン(中国)に振付けた「風の谷のナウシカ」。アジアの音楽とルー・チェ ンの雰囲気がぴったりあっていて、曲のデリケートさを捉えて動きに移し替えることのできる、素晴らしい才能の持ち主だと感じた。

彼女はナンシー・ケリガンやクリスティ・ヤマグチ(ともに米国)など、女子のチャンピオンの作品を多く手掛けていたため、日本の女子選手も見てもらったらどんなに素晴らしいだろう、誰を見てもらおうか…などと思ったものだ。

しかし、サラ・カワハラもとても忙しい人で、選手の振付けだけでなく、スターズオンアイスのプロデュースなどで大忙し。02年にはソルトレークシ ティー五輪の開会式や閉会式の演出を担当したことで大きな評価を得ている。結局、彼女にも日本の選手を見てもらう夢は叶わず、日本人でサラ・カワハラの作 品を滑ったことがあるスケーターは、プロになってからの佐藤有香くらいだろう。

そんな調子で、今から10年以上前。フィギュア後進国だった日本の選手は、当時の超売れっ子振付師になかなか見てもらえない…。そんな不遇な時代も、確かにあったのだ。

2010年6月22日

振付師たちの個性やキャラクター、振付けをする上でのスタイル―。そんなものが少しずつ垣間見えてきたのも、長野五輪前後のことだったと思う。

例えば長野五輪の銅メダリスト、フィリップ・キャンデロロ(フランス)の振り付けを手掛けたジョゼッペ・アリーナ(イタリア)。彼はスケーター出 身ではなく、イタリアのバレエ団出身という珍しい来歴だけあって、スケーターの個性をうまく引き出せる振付師だった。キャンデロロにしても、後に手掛けた イリーナ・スルツカヤ(ロシア)にしても、天才的な滑りの資質があるわけではない。流れるようなスケーティングの持ち主ではないけれど、他の選手とは何か 違う味わいを持っている…。そんなスケーターの長所を引き出すプログラム作りが巧かったのだ。

キャンデロロの名作「三銃士」では、彼のキャラクターを最大限に生かして観客の気持ちをうまくつかむスケートへとつなげている。キャンデロロは元 々、ひとつのシーズンのショートプログラムとフリー、両方を使って「ゴッドファーザー」の世界を滑り切るなど、テーマ性の高いプログラムでトップスケー ターとしての個性をアピールした選手だ。

その路線をさらに引き継ぎ、完成させた「三銃士」では、ひとつの舞台の幕開けから幕引きまでをすべて見せるようなドラマチックな構成も目を引いた し、音楽もオリジナル曲を使うなど、こだわりを見せた。しかもいつも同じようなやり方ではなく、選手ごとに違うコンセプトを上手く用意してくれる振付師と して高い評価を受けている。

ジョゼッペのような振付師は、成長過程にある選手、まだまだ未熟だが勉強を積んでいけばきっと大きくなれる選手、そんな選手が花開くための手助けになってくれるかもしれない…。そんな思いで、日本の本田武史を紹介したこともあった。

彼のようにフィギュアスケートのプログラムを舞台作品として扱う考え方は、後の振付師や選手たちにも大きな影響を与えている。プルシェンコ(ロシ ア)らトップ選手も、自分のためだけのオリジナル曲で滑るというチャレンジをしているし、ニコライ・モロゾフが高橋大輔に「白鳥の湖」を振付けたときに も、知人の音楽家にこのプログラムのためだけの編曲を依頼している。

現在はプログラムを組み立てるうえで、音楽を何よりも重く考えるコリオグラファーは多く、フィギュアスケートがどんどん舞台的になってきた。その走りとなったジョゼッペ・アリーナ。現在では、演劇などのプロデューサーとしても活躍している。

2010年6月30日

手がけた作品も素晴らしく、その人の個性も忘れ難いのがトーラー・クランストン(カナダ)だ。

1995年、中国人として初めて世界選手権を制したルー・チェン。そのチャンピオンプログラムであるクランストンの「ラスト・エンペラー」は本当 に素晴らしい作品だった。私はこの世界選手権でジャッジをしており、アジアの勝利を素晴らしいプログラムで見られたことを中国人のジャッジとともに喜び あったことを覚えている。

トーラーは奇をてらったところがない、フィギュアスケートの正統の美しい作品を作り上げられる振付師だ。長野五輪の時には荒川静香のSPとフリー を振付けてくれたのだが、当時高校生だった荒川は、まだ曲に乗って身体を動かしているだけ。言われたとおりに足を上げて、下げて…と、後の五輪チャンピオ ンの面影もなかったのだが、トーラーが滑ると荒川のあのプログラムがなんて素敵な作品なのだろう…と驚いたことをよく覚えている。スパイラルなども彼が見 せればバシッと曲に合う動きになるし、彼自身が音楽の中に乗り込んでいき、音楽を彼の身体で飲み込んでしまう…そんな雰囲気だったのだ。

さすが芸術家、と感心したが、実はトーラーは絵画の分野でも活躍している本物の芸術家だ。私も彼の展覧会を訪れ、絵を買ったこともあるのだが、そ れは素晴らしい才能の持ち主だ。しかし芸術家だから、空港に大事なお客さんを迎えに来る時でも、絵具の付いたままのつなぎ姿で出かけてしまうし、選手と振 付けの約束をしていても、すっぽかして絵を描くためにメキシコ辺りに飛んでいってしまう。

やっと真面目に振付けを始めたかと思えば、次の日にはまったく違う動きを一から作り直して選手を混乱させたりもする。気まぐれで、日によって仕事 に対するモチベーションも大きく違い、ちっともビジネスマンではないのだ。今の振付師でいえば、デビッド・ウィルソン(カナダ)と少し気質が似ているかも しれない。

トーラーは、付き合っていくうえでは難しいところもある人だったが、彼はお金のためではなく、ほんとうに自分の心から湧き出るものを表現するため に、スケートのプログラムを作っていた。スケーターにも心から惚れこんで作品を作り、気にいらなければ何も作らない。しかし思えばその当時は、そんな仕事 の仕方をするのは、トーラーだけではなかった。ジョゼッペ・アリーナ(イタリア)もフィリップ・キャンデロロ(フランス)に惚れ込んだからこそ、あれだけ の作品が作れたのだし、サンドラ・ベジックにしてもサラ・カワハラ(ともにカナダ)にしても同じだろう。

しかしその後、フィギュアスケートにビジネスの色彩がついてくると、振付師の仕事にも大きなお金が付きまとうようになった。当時の少しのんびりし た空気の中、自分の作りたいようにプログラムを作っていた彼らに比べると…今の振付師の世界は、少しだけ世知辛くなってしまったかもしれない。

 2010年7月6日

ベジック、カワハラ、クランストン、(以上カナダ)アリーナ(イタリア)―。そんな先達たちの後を追いかけるようにして、1998年長野五輪以降、次々に個性的な振付師たちが氷の上にその作品を発表していくようになる。

長野のころから活躍していたが、その後どんどん頭角を現し、現在に至るまで人気振付師として10年以上注目されてきたのは、なんといってもローリー・ニコル(カナダ)だろう。

今年のバンクーバー五輪でも、男子ではエバン・ライサチェク、長州未来(以上米国)、パトリック・チャン、そしてジョアニー・ロシェット(以上カ ナダ)の振付けなどで注目されたが、ローリーがその名をとどろかせたのは、やはりミッシェル・クワン(米国)との一連の作品群だ。

特に、彼女を初めて世界チャンピオンに導いた95―96年の「サロメ」。まだあどけない少女だった前シーズンのイメージを覆し、クワンの中に潜んでいた妖艶さを一気に引き出したプログラムには誰もが驚き、振付師ローリー・ニコルの名前は急速に知られるところとなった。

その後、人気振付師となってからは、クワンにあこがれた村主章枝、キミー・マイズナー、カロリナ・コストナー(イタリア)。男子ならば本田武史や ティモシー・ゲーブル(米国)。またペアでもサレー&ペルティエ組(カナダ)の「ある愛の詩」、シェン&ツァオ組(中国)の「アダージョ」。特に2組のペ アに振り付けた作品は、それぞれ02年ソルトレークシティー五輪、10年バンクーバー五輪を制している。

最近の日本選手でいえば、浅田真央や織田信成の作品も手掛けているし、母国・米国(カナダ人と結婚後、カナダに移住)では、現在の女子トップ選手のほとんどがローリー・ニコルの振付け、という圧倒的な人気。「当代随一のコリオグラファー」と呼んでもいいだろう。

しかしこれだけの数のスケーターと仕事をしていても、作り上げるプログラムがすべて違う味わいを放っているのがローリーの凄さだ。どんなに才能あ る振付師であっても、たくさん振付けをすればどことなく似通った作品を作ってしまいがち。しかしローリーは、本田の「アランフェス協奏曲」、村主の「黒く 塗れ」、浅田真の「くるみ割り人形」…。どれをとっても選手の良さを最大限に引き出し、そして他の作品とは重ならない名作ぞろいなのだ。

2010年7月13日

これだけの作品を作れるローリー・ニコル(カナダ)。それは、彼女がきちんと勉強をしているから。時間があればカナダ国内のみならず、ニューヨークまで出かけて行ってバレエや演劇を見る。そして吸収した舞台芸術のエッセンスをうまく取り入れ、氷の上に乗せることができる。

それほど奇をてらった作品は多くなく、振付師たちの中では正統派に分類されるだろうが、ただの正統派ではない。どこにでもある既製品ではなく、 オートクチュール、ただエモーショナルなだけではなく、滑るスケーターは気持ちをひとつ高いところで表現できる…そんな作品を作ってしまうのだ。

私はカナダ・トロントにて、何度も彼女が選手たちを振付けているところを見てきたが、教えている姿を見るだけでも、「この人は違う!」と思わせてくれる女性だった。

作品のカラーの上で、やはり正統派に分けられるもう一人のビッグネームは、リーアン・ミラー(米国)だろう。彼女も古くから活躍している振付師 で、2002、03年と世界選手権を2年連続で制したシェン&ツァオ組(中国)の「トゥーランドット」などが高く評価されている。

日本選手との縁も深く、本田武史、高橋大輔、恩田美栄、安藤美姫、浅田真央と、たくさんの選手が彼女の指導を受け、作品を提供されている。昨季は安藤の「クレオパトラ」が話題になったし、4回転ジャンプを跳んだ03―04年の名作「火の鳥」もリーアンの振付けだ。

振付けの特徴は、正統派で、比較的どんな選手でも滑りこなしやすいスタンダードなプログラムを作れること。滑りこなすことがそれほど難しくはない、むしろとっつきやすいのだが、作品のセンスが高いため、まだ踊ることが苦手な若い選手を送り込むには最適な振付師だ。

特に女子選手向けのプログラムには当たり外れがなく、誰でもかわいらしく仕上げてくれる…。そんな手腕を持っている。やはり彼女も振付師として研究熱心なところがあり、しっかりと自分のスケート観を持っている振付師なのだ。

だから日本の選手でも、「初めて海外で振り付けてもらったのはリーアン」というスケーターがとても多い。リーアンのところでまずは学んで、そこか らさらに味わい深さを身につけるため、ローリー・ニコルのところへ、デイビッド・ウィルソン(カナダ)の元へ。そんな道のりを歩むことが、最近の日本選手 によく見られる傾向だ。

2010年7月20日

ローリー・ニコル(カナダ)と、リーアン・ミラー(米国)。フィギュアスケートの振付けとは何かをきちんと研究し、選手を勝たせるためのプログラム を作る振付師たち。試合のためのプログラムを任せたら、誰よりも心強いプロフェッショナルたちだ。しかし振付師の中には、選手を勝たせることよりも、自分 の作品を氷の上で見せたい! そんな思いを原動力に、名プログラムを生みだす人々も多い。

先に紹介したトーラー・クランストンの系譜に連なるもの、その代表格がカナダのデイビッド・ウィルソンだろう。彼に振付けを依頼した選手やショー スケーターたちは、口をそろえてその気まぐれさを語るほど、あまりにも芸術家らしい芸術家だ。彼にとって時間や約束はあってないようなもの、また、興が 乗った時と乗らない時のテンションの差も激しい。しかし基本的には一生懸命で、誰にでもフレンドリーな、好感の持てる人物。そして気まぐれではあるけれ ど、気持ちが乗った時にはほんとうにいい作品を作るコリオグラファーだ。

スケーターのキャラクターをよく理解し、たとえば金妍兒なら金妍兒、ジェフリー・バトルならジェフリー・バトルの、ほんとうにいいところを引き出 し、観客にもジャッジにもため息をつかせるようなプログラムを見せてくれる。特に、4回転を跳ばずして世界チャンピオンとなったジェフリー・バトルの一連 の作品は、「この人には4回転などなくてもいいんだ…」と思わせてしまうほど。見る人のハートをつかんで離さなくなるまで、ジェフの滑りの巧さをこれでも かと引き出してしまう…そんな、作り手として抜群の「巧さ」が、ウィルソンにはある。

また、ローリー・ニコルをはじめ多くの振付師はクラシック音楽を好んで選び、振付けをするが、デイビッドの場合は誰よりも広いジャンルから選曲で きるのも特徴だ。織田信成には「座頭市」、安藤美姫には「戦場のメリークリスマス」、金妍兒には「007」…。その人のその時期に合った音楽をうまくあて はめることもできる。

しかし最近のデイビッドこそ、それなりに滑りやすさも考えて作るようになったが、何年か前まではプログラムの流れを優先させ、選手が消耗している 後半に難しいジャンプを入れてしまうなど、試合用としてはちょっと苦しい構成をするようなところもあった。芸術家型の振付師は、本来、プロのショーナン バーやアマチュア選手でもエキシビションナンバーなどを依頼してこそ、いちばん力を発揮できるのかもしれないな、と思う。

滑る選手も、リーアン・ミラーのようにどんな選手でもそれなりに仕上げてくれるわけではなく、金妍兒やバトルなど、それなりのスケーターでなければ彼のプログラムにマッチングすることは難しいのかもしれない。

 2010年7月27日

芸術家的傾向がデイビッド・ウィルソン(カナダ)以上に強い振付師が、アレクサンドル・ズーリン(ロシア)、クリストファー・ディーン(英国)、カート・ブラウニング(カナダ)といった面々だ。

ディーンとズーリンは、ともにアイスダンスの世界チャンピオンであり、ディーンは1984年サラエボ五輪金メダリスト、ズーリンは94年リレハン メル五輪銀メダリスト。ディーンの最も著名な作品は彼自身が滑ったトービル&ディーン組(英国)の「ボレロ」だろうが、選手引退後もアニシナ&ペイゼラ組 (フランス)などに振付け。現在は米国・コロラドスプリングスを拠点に活躍している。

ズーリンはコーチとしても、ナフカ&カスタマロフ組(ロシア)を06年トリノ五輪のチャンピオンに育て上げ、現在はフランスのペシャラ&ブルザ、 ロシアの世界ジュニアチャンピオン、イリイヌィフ&カツァラポフらをコーチすると同時に、数々のプログラムを世に送り出している。数年前には日本の村主章 枝もズーリンの振付けで「テイク・ファイブ」「イパネマの娘」などを滑っていた。

彼らの振り付けは、やはり世界チャンピオンが作るだけあって、とにかく難しい。突き詰めて芸術的であり、癖も強く、そして当たり外れも大きい。だから舞台芸術などを見慣れた玄人にはとても受けがいいが、万人向けとはちょっと言い難い側面もあるのだ。

滑る側も、発展途上中の選手にとってはかなり手ごわく、ある程度出来上がった、自分の個性をきちんと持っている選手でなければ、ズーリンらのとこ ろで何かを吸収してくるのは難しい。どうしても「勝つため」よりも、音楽や作品そのものの成立を第一に考えたプログラムになってしまうため、スケーターの 側も滑りながら曲想に酔ってしまえるぐらい、盲目的に作品世界に入っていけるようなタイプが望まれるのかもしれない。

同じようにカート・ブラウニングも、89年から4度、男子の世界チャンピオンになった人物。彼もまたアーティストであり、天才であり、そして振付 師としては気まぐれなタイプだ。彼の場合、作る時には本当にすごいものを作るけれど、ステップなどは難しすぎて、振りつけられたスケーターがとても踏めな い…そんなことも多いという。なまじ、彼自身のステップのテクニックが凄まじいため、易しいステップで妥協することなど、我慢ならない。

天才肌のため性格の起伏が激しく、忍耐力もなく、プログラムの隅から隅まできっちり勝てるように計算して作ることもしない。だからやはり万人向けの作品にはならないし、プログラムを滑る人も選ぶのだ。

2010年8月3日

アップダウンの激しい性格の持ち主、カート・ブラウニング(カナダ)。それでも彼にあこがれるスケーターは多く、いつもたくさんの男子選手が彼にプ ログラムを作ってもらいたがっている。ショースケーターとしても忙しい彼は、なかなか振付師としての仕事はしないが、気が向いた時に彼が作り上げた作品 は、やはり素晴らしい。本田武史の「レイエンダ」、ブライアン・ジュベール(フランス)の「ロミオとジュリエット」、エヴァン・ライサチェク(米国)の 「最後の誘惑」…。

どれも他の振付師にはない個性を放つ名作だが、残念なことにこれらのプログラム、一番似合うのは滑った選手たちではなく、振り付けたカート自身。 どんな名選手が滑っても、あのスケーティングを持つカートが滑った時には及ばない。カート・ブラウニングの作品は、カート・ブラウニングが滑るのが一番、 今のところはそんなことが言えそうだ。

古今の振付師をここまで紹介してきて、気づかれた方も多いと思うが、ベジック、クランストン、ニコル、ウィルソン…名振付師には、カナダ人がとて も多い。しかもみな、カナダ東部、トロントを中心とした地域で活躍している。フィギュアスケートの盛んな国は、米国、ロシア、日本など数あれど、特にカナ ダから多くの振付師が出ている理由は、なんだろうか?

実はカナダのトロントという都市は、ニューヨークから飛行機でわずか1時間。ニューヨークの舞台芸術に触れやすいばかりでなく、ナショナルバレエ をはじめ、多くの劇場がひしめく文化都市だ。また、舞台ばかりでなく、フィルムフェスティバルなども盛んで、居ながらにして世界中の映画が見られるし、地 下鉄などの交通網が発達していて、フットワークも軽く芸術を楽しめる環境もある。

私もトロントに住んでいたころには「今夜、バレエの公演があるから見に行かない?」などといきなり誘われることも多かった。そしてニューヨークほ どの大都市ではないから犯罪も少なく、混沌とした空気もない。こぢんまりしていて住み心地もいいので、多くの芸術家が移り住んでくる。結果、落ち着いた雰 囲気の中で、アーティストたちがいいものを作る―。

あまり知られていないが、カナダ東部にはそんな文化的土壌があり、その中で、カナダ人はスケートを滑ることも大好き。自然とナショナルバレエの教 師たちや、様々なジャンルのダンサーなどが、振り付け、衣装作りなどに協力し、フィギュアスケートのプログラムのクオリティも高くなる。そんな秘密がある のだ。

2010年8月10日

では、カナダと肩を並べるもう一方のスケートの都、ロシアはどうだろうか?

ご存じのように、ロシア出身の振付師もまた、数多い。ここ数年、浅田真央の作品を手掛けて話題になったタチアナ・タラソワは、もうずいぶん前から コーチ兼振付師として活躍しており、彼女の育てたクリモワ&ポノマレンコ(92年アルベールビル五輪チャンピオン)、グリシュク&プラトフ(94年リレハ ンメル、98年長野両五輪チャンピオン)などのダンサーたちは特に素晴らしかった。

20年以上前から種目を問わずたくさんのチャンピオンを育てている彼女だが、「振付師」として最も脚光を浴びた作品は、やはり02年ソルトレーク シティー五輪でアレクセイ・ヤグディンが滑った「ウインター」だろう。ニコライ・モロゾフとの共作ではあるが、振付師が注目され始めた時代の五輪シーズ ン、もっとも多くの人の心に残ったプログラムは、彼女の手によるものだった。

そんなタチアナ・タラソワも、タイプで分けると職人肌というより、芸術家肌。自らの感覚を信じてプログラムを作り上げるため、ジャンプの跳びやす さなどはあまり深く意識していないようだ。音楽の最初の方で簡単なジャンプを入れ、後ろに難しいジャンプを配置するようなプログラムを、平気で作ってしま うこともある。

タラソワと並ぶロシアの先駆者的振付師としては、エレーナ・チャイコフスカヤの名を挙げておきたい。タチアナ・タラソワより少しだけ年上(タラソ ワ1947年生まれ、チャイコフスカヤ39年生まれ)で、タラソワより早くから活躍し、1976年インスブルック五輪チャンピオンのパホモワ&ゴルシコフ 組、80年レークプラシッド五輪チャンピオンのリニチュク&カルポノソフ組など、コーチ兼振付師としてアイスダンスのチャンピオンを多数育成している。

また男女の選手に関しても、99年世界チャンピオンのマリア・ブチルスカヤ、ヴィクトリア・ヴォルチコワなどを育てたコーチとして思い出す方も多いだろう。リンクサイドで豪華な毛皮をまとっていたご婦人としても、スケートファンにはおなじみの存在だ。

ロシアの振付師としてまず有名になった二人の女性。そして、彼女たちの指導の元にはばたき、現在振付師として大活躍しているのが、タラソワ門下生だったニコライ・モロゾフと、チャイコフスカヤの教え子、マリーナ・ズエワだ。

2010年8月17日

大活躍しているニコライ・モロゾフについては、もはや詳しく説明するまでもないだろう。

コーチとしては荒川静香、高橋大輔、安藤美姫、織田信成、村主章枝。振付師としてはさらに多く、本田武史、竹内洋輔、恩田美栄、浅田舞…。日本選 手たちと縁が深い人物であり、日本のファンは誰もがモロゾフの振り付け作品を思い描くことができる。現在のフィギュアスケート界で、最も注目されている振 付師の一人だ。

もちろん、モロゾフが育てたのは日本人選手だけではない。タチアナ・タラソワとともに育てたアレクセイ・ヤグディンの「仮面の男」など、彼が滑っ た数々のモロゾフ作品は素晴らしかったし、ミシェル・クワンやサーシャ・コーエンら米国の一流選手たちも、自分の表現に行きづまった時、モロゾフの指導を 受け、新しい道を見いだしている。

数ある彼の作品の中で私が最高だと思っているものは、荒川静香の2002―03年のSP「白鳥の湖」だ。この斬新な解釈の「白鳥」は、日本のクラ イズラー&カンパニーのCDを使っているのだが、彼は音楽にしてもダンスにしても、常に新しいものを勉強しているという。ふだんからCDショップに頻繁に 顔を出し、音楽に詳しい店員と仲良くなるため、モロゾフが気に入りそうな新譜が出ると、わざわざ店が連絡をくれるという。そんな研究熱心な姿勢から生まれ た作品が荒川の「白鳥」であり、またボンドの演奏するヤグディンの「ウィンター」。「ウインター」はタチアナ・タラソワの作品でもあるが、モロゾフのアイ ディアがなければ、この名プログラムは生まれなかったはずだ。

ニコライ・モロゾフは、勉強を重ね、真摯な努力を積み上げさえすれば、いいものが作れる振付師だと思う。しかしこの数年、彼の本領を発揮しきれて いないことが気になっているのだが…。これは彼に限ったことではないが、振付師も一人でプログラムを作るよりも、優秀な制作パートナーがいたほうが、さら に良いものができることが多いようだ。モロゾフもタチアナ・タラソワと組んでいた時代、妻であったシェイリーン・ボーンと組んでいた時代に、より多く名プ ログラムを送り出している。

その点を考えると、現在振付師として最良のパートナーシップを持って活躍しているのがマリーナ・ズエワとイゴール・シュピルバンドだろう。彼らは 先に述べたように、エレーナ・チャイコフスカヤの薫陶を受けたロシア人。現在は米国デトロイトのリンクを本拠地に2人でチームを組み、多数のアイスダンス カップルを育てている。

2010年8月24日

ご存じのようにバンクーバー五輪のアイスダンス金メダリスト、ヴァーチュー&モイア(カナダ)、銀メダリストのデイビス&ホワイト(米国)は、とも にズエワ&シュピルバンド(ロシア)の門下生。振り付けも2人が担当している。金・銀のメダリストがともに同じチームから出てきたことは、すごいが、もっ とすごいのは、この2組がまったく違う個性を持ち、ともに素晴らしいプログラムを五輪の舞台で見せてくれたことだ。

ヴァーチュー&モイアがマーラーの「交響曲5番」で見せた、チョコレートがとろけるようなスケーティング。デイビス&ホワイトが「オペラ座の怪 人」で見せた、超絶的な技術と情熱的な演技。スケーターの個性も力量もきちんと掴み、巧く音楽とマッチングさせ、見る人を圧倒させるプログラムを2組分、 ズエワ&シュピルバンドは作り上げたのだ。

彼らはアイスダンスの新しいルールもよく勉強しており、ルールギリギリ、許される瀬戸際の技術をサプライズとともに見せ、高得点をマークする。新 しい時代のプログラムの作り方を知っているし、彼らの指導技術をとことんまで体現できる素晴らしいスケーターにも恵まれた。その結果がバンクーバーでのワ ンツーフィニッシュだった。

現在、ズエワ&シュピルバンドの元には、多くの若いアイスダンサーが集っているというから、これからさらに優秀な選手たちが出てくるだろう。彼ら の本拠地・デトロイトは、どちらかというと殺伐とした、田舎の工業都市だ。しかしズエワたちがやってきたことで、そんなデトロイトが今や北米のアイスダン スの一大拠点となってしまったのだから面白い。現在、彼らの他にもパスカーレ・カメレンゴ、アンジェリカ・クリロワ、佐藤有香、ジェイソン・ダンジェンと いった優秀な振付師、指導者がこのリンクをホームとしている。

特にマリーナ・ズエワは、安藤美姫や中野友加里、小塚崇彦の振り付けなども手掛け、アイスダンスだけでなく男女の選手たちの信望も厚い。しかし元 々ズエワは、88年カルガリー、94年リレハンメルと2度にわたって五輪チャンピオンとなったペア、ゴルデーワ&グリンコフの振り付けを担当して頭角を現 した人だ。ペアやダンスといったカップル種目の振り付けにこそ、力量を発揮できる人かもしれない。これまでの男女の作品を見ると、ダンスに比べ少し単調な 印象があるが、今後はどうだろうか? 今シーズンは久しぶりに小塚崇彦が、ズエワ振り付けのフリーを滑るというから、要注目である。

 2010年8月31日

古株のタラソワやチャイコフスカヤ。現在、最も注目されているモロゾフやズエワ。彼ら、ロシアの振付師たちの特徴は、もれなく振付師だけでなくコー チもしている、という点である。ニコルやウィルソンがほとんど顔を見せないリンクサイドやキス&クライでも、彼らロシア人は常に選手に寄り添っている姿を 見かけるだろう。コーチと振付師を兼ねることの利点は、常に選手とともに練習しているため、プログラムの手直しがしやすいこと。しかしコーチをする選手以 外のスケーターの振り付けをすることも多く、オフシーズンは普通のコーチ以上に多忙である。

またロシア人の作るプログラムには、ちょっとした“秘密”があることも知っておきたい。かつて社会主義であったためだろうか、ロシアでは指導者の 世界でも上下関係は厳しい。そのため、北米や西欧州で作られるプログラムのように、はっきりと振付師の名前を出さないことも多いのである。

例えば1988年カルガリー五輪アイスダンス金メダリストのナタリア・ベステミノワ、81年世界選手権男子シングル、銅メダリストのイゴールボブ リン夫妻は、現在、彼らの名前がクレジットされることはほとんどないが、かなりのトップ選手のプログラムを手掛けていると聞いている。彼ら2人はスケート 界だけでなく、ボブリンがメインとなり、ベステミノワがアシスタントとして、アイスショー、ボリショイ・オン・アイスのプロデュース、更にはパリの劇場の プロデュースなど、幅広いジャンルで活躍している。

しかし競技スケートに関しては、振付師として表に名前が出なくてもかまわない、との考え方なのだそうだ。個人主義ではなく、みんなでロシアのフィ ギュアスケートを盛り上げていこうという雰囲気があり、それだけに選手のバックアップも手厚く、深い。そのようにしてビッグネームの選手の陰に、高いセン スをもった裏方的振付師が何人も隠れている。

しかしそうしたロシア的雰囲気を嫌い、一度外に出たのがタチアナ・タラソワであり、ニコライ・モロゾフ。さらにエフゲニー・プラトフら、数多くの コーチや振付師が、ソ連崩壊後に米国やカナダに渡ったことはよく知られている。それが近年、2014年ソチ五輪に向けての自国選手強化を狙い、国が中心と なって多くの指導者を呼びもどす動きも活発になった。経済的にも豊かになり、生活の安定を国に保証されるとなれば、振付師の多くも祖国に戻ってくる。それ でもズウェア&シュピルバンド、エフゲニー・プラトフら、海外を拠点にし続ける指導者たちも多いのだが…。

 2010年9月7日

さて、ここまで紹介した人々以外にも、注目したい振付師、新進の振付師を、何人か挙げてみたい。

まったくフィギュアスケートの競技経験がない振付師は、ジョゼッペ・アリーナを除けばなかなか出てこなかったが、2006―07年シーズンにステ ファン・ランビエールを振り付けて一躍話題になったのが、スペイン人のアントニオ・ナハロ。ランビエールの踊ったフラメンコのプログラム「ポエタ」は、そ の後何度もアイスショーでも披露され、彼の代表的なプログラムとなったが、これはスペイン国立バレエ団ダンサーとして活躍していたナハロの手によるもの。 スケーターではなく本物のフラメンコダンサーだからこそ作れた本格的な作品だ。

また、滑り手もランビエールという完成されたスケーターだったから、選手を伸ばすというよりも、ショービジネスの作品を作る感覚でナハロは手腕を ふるうことができた。ランビエールのような高いレベルの選手ならば、ダンスの各ジャンルのプロにプログラム作りを依頼するのもひとつの手だろう。日本でも 劇団の関係者がスケート選手の振り付け指導に当たっているケースもある。

しかしここでネックになるのは、他ジャンルのダンサーではスケートを滑ることができないので、スケートのステップや滑りの美しさを生かした振付け が難しいということ。ナハロなどはフィギュアスケートの振付師のサポートを得ながら作品作りをしているという。また子どものころから誰もがスケートを楽し む習慣があるカナダなどでは、どんなダンサーもある程度滑ることができるので、氷上でスケート靴のままヒップホップの指導をする、といったケースも多い。

フィギュアスケートの外の人材を生かす方法は、さらに注目されていくだろう。その中心人物のひとりであるナハロは、日本のファンタジーオンアイス など、アイスショーの振り付けも手がけ、一層活躍の場を広げている。さらに今季は、ブライアン・ジュベール、ジェレミー・アボット、ナタリー・ペシャラ& ファビアン・ブルザなどに競技用プログラムを提供しているというから楽しみだ。

カナダ人に比べると意外に目だたいない米国人では、コロラド州コロラドスプリングスで活躍中のトム・ディクソン。ジェレミー・アボット(現在はデ トロイト在住)、ライアン・ブラッドリー、レイチェル・フラットらのプログラムで注目された振付師だ。また日本の濱田美栄コーチが長年コロラドで夏合宿を していた縁で、太田由希奈、沢田亜紀、神崎範之らにも素敵なプログラムを提供してくれていた。

特に08年のGPファイナルチャンピオンにまでなったジェレミー・アボットは、4回転を美しく跳びつつタンゴのプログラムでも魅せ、五輪を間近に 控えたシーズン、ぐんと頭角をあらわした。この年に、「アストル・ピアソラメドレー」でジャンプもエレメンツもきちんと入った、完成されたプログラムを 作ったのが、トム・ディクソンだ。この人ならば、芸術に偏ることなく、勝てるプログラムを作ってくれる。また誰か日本の選手を送ってみたいな…などと思っ ていた振付師だ。

2010年9月15日

日本のスケートファンには、この数年ですっかりおなじみになったのが、米国在住のイタリア人、パスカーレ・カメレンゴ。もともとはアイスダンサー で、引退後はフランスのアイスダンス界を支える人物、ミリュエル・ブシェ・ザズイーコーチの元、アシスタントコーチと振付師を務めていた人物である。

トリノ五輪4位に入ったデロベル&シェーンフェルダー(フランス)の「ベニスのカーニバル」は、フランス在住時代に手がけた作品として、特に有名 だろう。また、イタリアのダンスカップルにもドラキュラをモチーフにしたプログラムを振り付け、男性が女性にガブリと齧(かじ)りつく動作など、とてもお しゃれに見せていたのをよく覚えている。

現在のカメレンゴはアイスダンスのコーチとしても名高いが、日本の南里康晴や高橋大輔、また米国のジェレミー・アボットら男子選手のプログラムも 多数振り付けているし、日本のアイスショー「アイスジュエリー金沢」の振り付けにも関わるなど、何をしても味のある世界を常に作り上げられる人だ。

なかでも、アイスダンスの演劇性やファッショナブルさをシングル選手にも挑戦させ、見事完成させたのが、バンクーバー五輪シーズンの高橋の 「道」。この一作を挙げれば、日本の方には「ああ、あの作品!」と彼のプログラムを思い出してもらえるだろう。今年は高橋と鈴木明子が、新たにカメレンゴ に振付けを依頼しているというから、楽しみだ。

このカメレンゴの公私にわたってのパートナーが、1998年長野五輪アイスダンス銀メダリストのアンジェリカ・クリロワ(ロシア)。現在は米・デトロイトのリンクでコーチとしても振付師としても、カメレンゴのパートナーをしている。

実は振付師には、ズウェア&シュピルバンド、ベステミノワ&ボブリン、そしてかつてのタラソワ&モロゾフなどなど、男女がペアを組んで活動してい る人々が非常に多い。そしてタラソワにしてもモロゾフにしても、パートナーがいた時代の方がより素晴らしい作品を残しており、男女が組んでのコリオグラ ファー(振付師)チームは非常にいい仕事ができる、といえるのではないだろうか。やはり世界は男と女で成り立っている。プラスとマイナス、陰と陽、光と影 がそろってこそ、物事がうまくいくのは、フィギュアスケートの世界も同じなのかもしれない。

さらに昨シーズン、急激に注目を集めた新人振付師として、ロシア出身のブルガリア人、マキシム・スタビスキーを挙げておきたい。彼は06、07年 のアイスダンス世界チャンピオンだが、ほとんど振り付けの経験などはなかった人物だ。それがバンクーバー五輪シーズン、男子のメダル候補だったブライア ン・ジュベール(フランス)のフリー「エインシャント・ランド」を手掛け、その手腕を見せつけたのだ。

ジュベールは決して器用になんでも滑りこなすタイプのスケーターではないが、彼の音感の良さなど、これまで隠れていた美質をうまく引き出し、一層 映えるように見せてしまった。そして、逆に滑りの粗さなどの欠点は、振り付けの工夫で巧く隠してしまうという、実に巧みなプログラム作りをして見せたの だ。

まだまだ振付師としての才能は未知数だが、ジュベールとの仕事のように真剣勝負で一つ一つの作品を作り上げていけば、これからどんどんキャリアを 伸ばしていきそうな一人。そしてスタビスキーもまた、アイスダンサー時代のパートナーで、現在は夫人でもあるアルべナ・デンコワとともに振り付けをしてい る「カップルコリオグラファー」だ。

 2010年9月21日

ここまで登場したすべての振付師を振り返ってみると、やはり多いのは現役時代にアイスダンスの選手だった人々。リー・アン・ミラーやタチアナ・タラ ソワのようにペア出身、ローリー・ニコルやデイビッド・ウィルソンのようなシングル出身ももちろんいるが、選手人口からすれば圧倒的に「元アイスダン サー」の活躍率が高いことがわかる。やはりフィギュアスケート4種目のなかで、アイスダンスの選手は最も振付師向きなのだ。

ご存じのようにアイスダンスのエレメンツには、ジャンプがない。現在のルールではダンススピンやリフトなどの派手な技も増えたが、元々はプログラ ムのドラマ性、そしてステップなどスケート本来のテクニックで勝負しなければならなかった。だから曲想を人間の身体の動きで表すことの巧さに関しては、ダ ンサーが一段上。一つの音楽が表す世界を、いかに氷の上で自分の肉体を使って見せることが重要か、そのことがアイスダンサーの頭には常にある。

そのためには、音楽のビート、リズムもしっかりつかまえなければならないし、動きと動きをつなぐ間の取り方などもしっかり身につけなければならな い。そして音楽を十分に表現するための武器として、ジャンプではなくエッジワーク、スケートそのものの滑りの魅力をとことん磨く。そうしたものを熟知して いるスケーターたちから、素晴らしい振付師が生まれるのは必然と言えよう。

最後に、やはりアイスダンス出身、そして日本人振付師としてぜひ期待を寄せたい一人、宮本賢二を紹介したい。彼は01、02年のアイスダンス全日 本チャンピオンで、世界選手権にも出場。現役時代はフランスで練習を重ねた、引退後は日本では珍しい専業振付師となり、たくさんの日本選手にプログラムを 提供している。

昨シーズンは高橋のショートプログラム(SP)「eye」、鈴木明子のSP「ファイヤーダンス」で五輪選手の振り付けも担当し、コリオグラファー としての才能を花開かせつつある存在だ。ただ、トップスケーターに振り付けた彼の作品を見てみると、その選手のすでに持っているイメージの延長線上で良い ものを作りあげる、そんなプログラムが目立っているように思う。

例えば高橋ならば、ニコライ・モロゾフの作り上げた高橋のイメージを踏襲した上での作品。だから、宮本賢二のオリジナリティを見せてくれるのはま だまだこれからではないか、と考えている。トップスケーターを自分の色に染める、というところまではいかない。しかし一方で、若い選手たちと組む場合はま た違う。今シーズン新たにタッグを組んだ中村健人をはじめ、ジュニアの選手たちを相手にした場合には、宮本自身が作り上げるイメージで、彼が作りたいプロ グラムを作っているのではないかと思う。

その点では宮本も、これから世界に出ていく若手選手たちとともに成長し、国際舞台で活躍していく振付師なのだろう。努力も勉強もしているし、十分な能力もあり、まだ31歳。日本発のコリオグラファーとして、大いに活躍の場を広げていってほしいと思う。

 

 

 

ながっ!

そして古いからこそ

とても興味深かった

 

振付って重要

私が日本人で好きな振付師は

阿部奈々美先生

https://www.youtube.com/watch?v=ZUu_enuxWdc