「それで、どうする気?」

 

受話器から零れる懐かしい声はぎこちない。

あちらから電話してくるなんて…“青天の霹靂” 

長く不毛な月日を考えれば身構えるくらいは当たり前、か。

 

「迷ってる。」

 

「なら、やってやれよ。」

 

その一言で心が決まった。

長く彷徨っていた迷路を覆っていた霧が一気に晴れたように、自分が何を望んでいたのか悟った。こちらのそんな感慨を知る由もなく、沈黙に耐えられなかったと思われる彼は“また連絡する”と言って電話を切った。

THE END-

こうして二人の関係は終わった。

 

スマホのアドレス帳を開き“チョン・パラン”にチェックを入れボタンを押す。“ピッ!” 短い操作音が鳴るのと同時にデータが消えた。

“じゃあ、いきますか!”

誰でもない私自身に語りかけ、再びボタンに指を走らせる。呼び出し音が繰り返されたあと、受話器に広がる沈黙。

 

“王子様も緊張するんだ”

 

「チョン・ユンドです…」

押し殺したその声に、思わず口角が上がった。

 

 

 

“モデルという人種はみんなそうなのだろうか…?”

二度目に会った彼女は、別人だった。勿論、身代わりの誰かを仕立てたとかそういう意味じゃない。前回会ったユン・ミナと目の前のユン・ミナは同一人物だが、まったくの別人。ジギルとハイドじゃないが、別人格を相手にしているようだ。

 

「あなたの提案を受け入れる代わりに、私の条件をのんで欲しいの。大丈夫、そんな難しいことじゃないわ。“余計な外野を介在させない”そう約束してくれるだけでいいの。特にあなたのサンチュン、チョン・パラン氏をね。できるかしら?」

 

「どういう意味…で?」

 

“そうよね…説明しなきゃフェアじゃないよね”

心の声が、微かに動く唇から漏れているのに彼女は気づいていない。落ち着いて見える姿と内面は違っているようで、年齢のわりに子供っぽい一面を持っているのはインジュ・イモに似ている。何だかんだ言って、サンチュンの好みのタイプって…。彼女が次の言葉を待ちながらそんなことを考えが浮かんだ。

 

「簡単に言うと、彼と別れることにしたの。“心を決めて二度と会わない”それで完結するんだけど、あなたの願いを引き受けたらそうはにいかないかも知れないでしょ。私も彼も、お互いの意思に関わらず近くに存在してしまうし。はっきり言うと、本心じゃない一時の気分で行動を起こされるのは御免なの。分かって貰えるかしら?」

 

“別れたいのに彼女が受け入れず家を占拠している”サンチュンからはそう聞いていた。別れを受け入れた彼女は、“勝手な行動を起こされるのは阻止したい”と迫る。別れを拒んでいた彼女が受け入れたらゲームーオーバーじゃないのか?

 

「そうよね…訳分からないわよね。ユンドさん、あなたサンチュンに秘密持てる?できるなら、分かるように話すわ。無理なら、今回の話はお断りします。」

 

意味不明な話の連続だが、彼女の態度は真摯で誠実。選ぶのは俺だ。

“どうする?”

 

俺の緊張を見取った彼女は、柔らかな笑みを浮かべて続けた。

「昔ね、ある人から教わったの。迷った時はシンプルに考えると良いって。“どうしたいか”じゃなくて“どうなったら嫌か”を基準にして選んでは、と。」

 

「どうなったら嫌か…ですか?」

 

「そう。私の場合は“彼と別れるのは嫌”だった。だからそれ以外の希望は取りあえず捨てたの。

ユンドさんの場合は、“他人を巻き込んでまで何をしたいのか?の反対だから、何をしたくないのか?”ってところかしら?」

 

“どう?”

 

彼女の瞳がそう言っていた。

完敗だ。彼女が言うとおり、他人を…ましてサンチュンが別れたがっている彼女を巻き込んでまでしたいことは、あの女が傷つく姿を見たくない、そんな利己的な願望。

人妻のことは亭主に任せておけばいい、頭ではちゃんと分かっている。でも、彼女と亭主、そして自分の周りに黒い影が近づいているのに放っては置けない。せめて自分の手が届く範囲くらい…と思うのは思い上がりか?

 

「答えは明確みたいね。ううん、私に話す必要はないわ。」

 

“聞く気もないし”

またもや聞こえてくる彼女の本音に思わず笑いながら、心が決まった。

 

「貴女を巻き込んで申し訳無いけれど、それでもお願いします。貴女の希望に出来る限り応えると約束します。貴女が望むなら、サンチュンにも、それ他の誰に対しても秘密は守ります。どうでしょう、手伝って貰えますか?」

 

「分かりました。

じゃあ、少し長くなりますけど聞いてくださいね。」