「あそこまで言わなくても良いと思わない?ピ・ヨングク先生だって一生懸命、頑張ってるんだから。」

 

深夜のステーションでヒョン看護師が、その気安さからカンスに愚痴を零す。憎からぬ相手の軽口に同意するはずのカンスの表情は暗い。仕事熱心で明るい彼女の存在を大事に思っているけれど、これは違う。

“ユ先はそんな人じゃない!”

まだレジデントに復帰できず先輩たちに負担を強いている自分だが、ピ先生への指導が行き過ぎとは到底思えない。勿論、以前に比べ果敢に挑戦している先輩の姿は知っている。それでも、どこか物足りなさも感じている。

“多分、先輩が彼女との交際を明らかにしているから”

家族を背負う大変さを痛感しているカンスの目には、所々で甘さが見えるヨングクの言動が気になるのだ。

 

「でもさ、チン・ソウ先生の両親に交際を認めて貰うには一刻も早くフェローにならないと。少なくても同じステージに立たなきゃ、どんな親だって認めないだろう?」

 

「あら、そんな事言える立場じゃないんじゃない?」

 

「どういう事?」

 

「だって、以前はともかく現在は裁判で裁かれたり、職を失ったり。自分たちの方が人目が気になる立場じゃない。そんな家族を持つ人と交際を続けるピ先生は感謝されるても、見下される立場じゃないと思うわ。」

 

「スジンさん!」

 

「あら~、本当のことじゃない。これまで散々威張ってやりたい放題やって来たのよ。罰を受けて当然だと思うな~。」

 

確かに…

ホン教授やユ先がされてきた事を考えれば俺だってそう思う。

だけど! 

本人達がそれを歯牙にもかけずチン・ソウ先生やヨングク先輩のために奮闘しているんだ。

 

「だったら、ユ先は非難される筋合いじゃない。そう思うけどね。」

 

「チェ先はユ・ヘジョン先生のファンだからそう思うのよ。」

 

自分の意見に異を唱えるカンスの反応が面白くないヒョン看護師は依怙地になって鬱憤を晴らした。

 

 

 

「ユ・ヘジョン先生への風当たりが強いって?」

 

もう院長の耳に届いているのかと、チホンは思わずため息を吐いた。

 

「相変わらず早耳ですね。」

 

「そりゃ、この病院の責任者だからな。で、どうなんだ?」

 

「どうって?」

 

「おまえこそ、相変わらず秘密主義者か?」

 

ヘジョンと付き合っている報告が遅れたことを指していると思い至り、笑みを零す。

 

「気が早い老人たちに知られると暴走を止めるのが大変ですからね。」

 

「先生の事か?」

 

真顔で惚けるテホに視線を当て“ヒョンのことです” と頷いた。

 

「けどな、チホナ。噂は知らぬ間に一人歩きを始める。院内はともかく、事情に疎い世間が聞きつけたら面倒だぞ。」

 

「だからって罰するわけにもいかないでしょ?それこそ、職権乱用のパワハラで話題になってしまう。」

 

組んだ指を見つめながら応える弟を見て、“損な役回りだな”テホが本音をこぼした。

 

「ヘジョンも覚悟のことです。ソウのためにも“外野の声はシャットアウトする”って。」

 

「チン・ソウ先生のためにも?」

 

「飴役になってソウに嫉妬を焼かせたくないって。それに、あの両親に負けないようにピ・ヨングクに早く実力をつけさせたいそうです。家族から与えられるストレスは逃げ場がないし、そんなソウを受け止められる程彼はタフじゃないと思ってるんでしょ。」

 

「確かにな…でも、チホナ」

 

「ありがとうございます」

テホが自分たちを案じてくれている事を察し、チホンは頭を下げた。

 

「これは俺の憶測ですが、チン家との確執はすべて終了したと示したいんでしょう。同僚としてふたりのために何が出来るか?院長が指示したミッションとも合致してますしね。ただ…」

 

「女房が傷つかないか心配か?」

 

まっすぐに視線を合わせたキム・テホにチホンは頷いた。

 

「えぇ、心配です。あいつは自分を尺度に世間を計っているけど、あいつは特別でしょ?あの精神力、あの度量。ソウやピ・ヨングクには酷な水準です。相手だってそれに気付かない訳じゃない。だから…期待が重荷に変った時にどうなるか。正直、今から気が重いです。」

 

「チン・ソウのことか?」

それなら大丈夫とばかりに“父親の手術を引き受けて貰った恩があるだろう”とテホは言う。

 

“それなら良いんですが”

俺はそう言い切る自信がなかった。

 

 

 

13年前の掲示板騒動が起きた時、ソウの母親の良心に訴えたが俺の願いが彼女に届くことはなかった。

火事の後、拘束されたヘジョンを助けるためにスニがひとり立ち上がった。自身を省みない行動に踏み切ったスニを救うべく“真実を明らかにして欲しい”というヘジョンの思いもソウに届かなかった。

“もう済んだこと”とヘジョンは言うが、俺はまだ消化しきれない。教え子を信じきれないとは情けない話だが、俺はヘジョンほど素直な人間じゃない。

 

俺の奥底にある人間への不信感は時折顔を覗かせ俺を揺さぶる。

 

おじが身をもって示してくれた“優位に居る時と困難に陥った時の振る舞いの落差”は大きかった。再び優位になった時、もしくはもっと困難になった時、それがどう変化するのか。もしもその矛先がまたヘジョンに向かったら。そういう意味で俺は性善説を取るほどお人よしになれないようだ。