古市古墳群では5位、全国123位の大きさでありながら、誉田御廟山古墳
の陪塚に治定されています。
羽曳野市役所のある東側より眺めた後円部中央。
市野山古墳 (古市古墳群)、太田茶臼山古墳(大阪府茨木市)と同型です。
東側の向墓山古墳 との間には陸橋(土橋)が架けられていました。
■誉田西墓地
南側くびれ付近の周濠は、外堤を削って完全に埋め立てられ、旧古市村の墓地となっています。
近隣の人口増加や宅地化に伴い、昭和42-50年にかけて500坪の埋立、墓地増設をおこないました。
東側外堤は羽曳野市役所の公用車駐車場。
古墳南側くびれ部分の墓地は旧古市村(現:羽曳野市白鳥3丁目)、西側部分は旧野中村(現:藤井寺市野中1丁目)にあった古くからの墓地です。
墓山・・・の由来でしょうか。
■野中共同墓地
墓地が西側外堤上にあたります。まさに古代人&現代人の御霊コラボ。
西より眺めた墳丘前方部全景。
墓地より眺めた陪塚の浄元寺山古墳 。
墓地は外堤斜面を超えて、まさに周濠内側にまで及んでいるようです。
陵墓治定であればこの辺りに拝所が設置されていることでしょう。
西より眺めた前方部北側。
北より見た前方部全景。
外堤斜面にある構築物。擁壁か排水路のようにも見えます。
【墓山古墳】
(英)Hakayama-Kofun Tumulus
大阪府羽曳野市白鳥3丁目
□築造年代:5世紀前半
□主墳:誉田御廟山古墳(応神陵) ほ号陪冢
□墳形:前方後円墳、前後3段築成、造出両側、楯形周濠、周庭
□規模:総長320m、墳長225m、方幅153m、方長118m、方高19.3m
円径135m、円高20.7m、頂径30m
周濠幅15m、外堤幅25-37m
□内部構造:後円部頂に竪穴式石槨が造られ亀甲紋(格子状)を陰刻した
竜山石製の長持形石棺の蓋が露出したことがある
□外表施設:形象埴輪(楯、衣蓋、靱、短甲、草摺、家、人物)、円筒Ⅲ式・
朝顔形Ⅲ式埴輪、滑石製勾玉、葺石
□陪塚:野中 、向墓山 、浄元寺山 、西墓山 (埋没→消滅)、西馬場古墳
□史跡:古市古墳群2001年 応神天皇陵 ほ号陪冢 指定面積45,591.86㎡
□世界遺産:暫定リスト2008年
□駐車場:なし。周辺街路細いです。羽曳野市役所P、野中霊園Pなど。
羽曳野市役所のある東側より眺めた後円部中央。
市野山古墳 (古市古墳群)、太田茶臼山古墳(大阪府茨木市)と同型です。
東側の向墓山古墳 との間には陸橋(土橋)が架けられていました。
■誉田西墓地
南側くびれ付近の周濠は、外堤を削って完全に埋め立てられ、旧古市村の墓地となっています。
近隣の人口増加や宅地化に伴い、昭和42-50年にかけて500坪の埋立、墓地増設をおこないました。
東側外堤は羽曳野市役所の公用車駐車場。
古墳南側くびれ部分の墓地は旧古市村(現:羽曳野市白鳥3丁目)、西側部分は旧野中村(現:藤井寺市野中1丁目)にあった古くからの墓地です。
墓山・・・の由来でしょうか。
■野中共同墓地
墓地が西側外堤上にあたります。まさに古代人&現代人の御霊コラボ。
西より眺めた墳丘前方部全景。
墓地より眺めた陪塚の浄元寺山古墳 。
墓地は外堤斜面を超えて、まさに周濠内側にまで及んでいるようです。
陵墓治定であればこの辺りに拝所が設置されていることでしょう。
西より眺めた前方部北側。
北より見た前方部全景。
外堤斜面にある構築物。擁壁か排水路のようにも見えます。
【墓山古墳】
(英)Hakayama-Kofun Tumulus
大阪府羽曳野市白鳥3丁目
□築造年代:5世紀前半
□主墳:誉田御廟山古墳(応神陵) ほ号陪冢
□墳形:前方後円墳、前後3段築成、造出両側、楯形周濠、周庭
□規模:総長320m、墳長225m、方幅153m、方長118m、方高19.3m
円径135m、円高20.7m、頂径30m
周濠幅15m、外堤幅25-37m
□内部構造:後円部頂に竪穴式石槨が造られ亀甲紋(格子状)を陰刻した
竜山石製の長持形石棺の蓋が露出したことがある
□外表施設:形象埴輪(楯、衣蓋、靱、短甲、草摺、家、人物)、円筒Ⅲ式・
朝顔形Ⅲ式埴輪、滑石製勾玉、葺石
□陪塚:野中 、向墓山 、浄元寺山 、西墓山 (埋没→消滅)、西馬場古墳
□史跡:古市古墳群2001年 応神天皇陵 ほ号陪冢 指定面積45,591.86㎡
□世界遺産:暫定リスト2008年
□駐車場:なし。周辺街路細いです。羽曳野市役所P、野中霊園Pなど。







