こうして

私達の結婚披露宴が

カラオケ大宴会場と化すのは

もはや時間の問題でした。


この披露宴の新婦側には

親族や近所の親しい人達

父親の会社の従業員や

また得意先の若手社員など

普段から我が家に

よく出入りをして居て

その度に共に酒盛りをして

盛り上がる様な、殆ど

身内同然の様な人達と

それ以外は数名の私の

友人などでしたが

また新郎側の方も

喜久雄の数名の親族と友人達

後は全て喜久雄自身の

会社関係の人達が

占めて居ました。


この様に

新郎側と新婦側の

親族以外の多くは殆どが

初対面でしたが、それでも

お酒のせいも有ってか

時間の経過と共に皆んなが

自由に動き回っては

お互いに杯を交わしたり

また、それぞれが他の席に

移動して話したりと

それこそ新郎側、新婦側

と云った様な垣根などは

全く超えて、それぞれが

喜んで自由に交流し

共に楽しんで居たのでした。


そして

皆んなが段々と

カラオケで歌う事にも

何ら躊躇しない程お酒の方も

いい具合に回り、この場が更に

盛り上がりを見せて居ると

そこへ、なんと新婦側の

親族席の方から、声掛けする

大きな声が聞こえて来ました。


「サーコ、歌いなさい!

あんたも、そんな所で

座って無いで、前に出て

歌いなさいよ!」


親族席の私の母親が

ひな壇に居る新婦で有る

花嫁の私に向かって

まるで怒鳴る様に大声を

出して呼び掛けて居ました。


「そうだ、そうだ!

サーコ、歌ってよ!」


「待ってました、サーコ!」


すると

その声を聞いた身内連中も

母親と一緒になって

一斉に声を上げ出しました。


この様に

いくら歌の催促をされても

一応、私としてはこの日は

『ハレの日の花嫁』として

ひな壇に座って居る

身だったので、そんな声掛けにも

些か愛想笑いで誤魔化しつつ

隣りで四角張って座って居る

仲人役の叔母の方を

チラチラ見ては気にしながらも

様子を窺って居ました。


しかし

『慣れ』とは恐ろしいモノで

それこそ、小さい頃から

大人が酒盛りして居る宴会でも

私に『歌のご指名』が掛かると

必ずその期待に応えて

一生懸命に歌うと云うのが

定めとなって居り、それはまるで

『パブロフの犬』の条件反射

の様でも有りましたが

それ以上に、私自身が

そのまま捨て置け無い

性分だったので、この際

『花嫁=お淑やか』と云う

通常の定説などは、見事に

ぶち破る事にしました。


そして

もうこの時には

ひな壇の横の司会者用の

スタンドマイクでは無く

既にひな壇の向い側には

パフォーマンス用のスペースが

設けられて居て、そこでは

歌を披露する皆んなの姿が

招待客席やひな壇の私達の席

からもよく見える様に

なって居ました。


この様な

まるでカラオケ専用の様な所に

ひな壇から下りて来た私は

取り敢えずマイクを握ると

会場の皆さんには新婦として

一応、少し挨拶をしてから

その後に一呼吸置いて

結婚式の定番、小柳ルミ子の

『瀬戸の花嫁 』を歌うと

私の歌声に感激したのか

皆んなが一斉に拍手喝采となり

また、アンコールの拍手も

鳴り止ま無いので、続けて

山口百恵の『秋桜 コスモス』

を歌いましたが、それも

皆んなに喜んで貰えたので

私としても一応の役目は

果たしたと感じ、そこで

他の人にマイクを渡して

バトンタッチしました。


そして

一方、新郎の喜久雄は

私が歌う以前に、既に

そのカラオケスペースに

自ら出向いて行って

十八番のクールファイブの

『東京砂漠 』や美川憲一の

『さそり座の女』などを熱唱し

それこそ会場の皆んなから

拍手喝采を浴びて居ました。


この様に

新郎新婦自ら前に出て

熱唱する披露宴など

私自身も、この時点まで

一度も見た事も聞いた事も

無かったので、そのせいか

この披露宴会場も増々

大いに盛り上がり、終いには

この花嫁の私をデュエットの

相手役として指名する

招待客まで現れました。


そして

その招待客が選んだ曲目が

当時大ヒットした歌謡曲

『別れても好きな人』

だったので、会場の皆んなも

期待して喜んで居ました。


ところが

歌って居る私達も調子に乗って

「別れても〜♪ 好きな人〜♪」

と、それなりに雰囲気を

出しながらいい感じで

デュエットして居ると、そこへ

なんと喜久雄が食事用の

テーブルナイフを片手に現れ

私のデュエット相手を威したり

挙げ句には、そのデュエット相手に

テーブルナイフを振り上げて

追っ掛け回すと云う、なんとも

大立ち回りのパフォーマンスを

繰り広げたので、それこそ

会場はヤンやヤンやの

大騒ぎで、割れんばかりの

大喝采となり、まさに

大爆笑の渦に巻き込まれて

行ったのでした。


しかし

この時に私とデュエットした

勇敢な相手は、実は父親の

取引先の社員の広居さんで

我が家の常連客でも有り

殆ど身内の様な存在だったので

勿論、以前から喜久雄とも

親しくお互いに良く知って居る

仲だったのでした。


こうして

この会場に居る人達は

主役の新郎新婦も親族、身内

また招待客の区別も何も無く

それこそ席などは、既に

それぞれが勝手に移動して居て

もはや誰が新郎側で、また

誰が新婦側なのか分から無い程

皆んながマゼコゼになり

一緒に盛り上がって居ました。


ところが

それだけでは無く

このホテルの給仕など

サービスをしてくれる

スタッフの方達までが

それこそ笑顔が溢れる程

皆さんが本当に楽しそうに

私達と一緒になって

喜んでくれて居ました。


そして

この披露宴が

もう直お開きとなる

予定の時刻になっても

この会場の熱気は中々

冷めやらず、更には

このまま終わってしまうのが

本当になんとも名残惜しい

と云った様な皆んなの気持ちが

まさに会場には溢れて居ました。


ところが

この時の私達の披露宴は

このホテルとしては

この日の最後の披露宴だった

事も有って、このホテルの

支配人の粋な計らいのお陰で

なんと幸運にも1時間程

延長して貰える事になり

それを聞いた会場の皆んなは

思わず大歓声を上げて

大喜びし、それこそ再び

飲めや歌えやの爆笑大宴会と

化したのでした。


こうして

予定の時刻を迎え

披露宴も大盛況に終わると

いよいよ最後の謝辞には

既に他界して居る喜久雄の

父親の代わりに新婦側で有る

私の父親が両家を代表して

挨拶をする事になって居ました。


しかし

その謝辞の為なのか

いつもなら、この様な

酒盛りの宴会では

先ず『いの一番』に

大はしゃぎして、お酒も会話も

心行くまで満喫する様な

父親でしたが、それでも

この日の父親はそれ程

はしゃぐワケでも無く、多分

この最後の挨拶の大役を

無事に熟せる様にと些か

自分自身をセーブして

居たのかも知れません。


そして

この『ハレの日』の

シメの大事な最後の

イベントで有る謝辞を

両家代表のこの父親が、それこそ

真剣な面持ちで、いつに無く

必死になりながら、それでも

数年前に既に亡くなっている

妹の英子の事を思い出すのか

時折、言葉に詰まっては

些か涙ぐんだりと、感慨深い

様子さえ窺えて、なんとも

皆んなの涙を誘う様な

シーンも有りました。


ところが

その様にまるで真剣な態度

そのモノの父親の横で並んで居る

母親と来たら、それがなんと

日本酒好きが裏目に出たのか

披露宴で振る舞われた枡酒を

飲み過ぎたらしく、殆ど

真っ直ぐに立って居られ無い程

酔っ払ってしまい、本当に

フラフラして居たのでした。


しかも

その母親の様子が

なんとも可笑しいやら

危なっかしいやらで

全く以って隣り合わせに居る

この夫婦の余りにも相反する

態度や状態がオモシロ過ぎて

見て居るこっちとしては本当に

チャップリン映画のギャグ

の様にしか思えず、思わず

笑いが込み上げて来るのを

必死に堪えて居たのは、勿論

私だけでは有りませんでした。


こうして

この様な大爆笑の披露宴も

ナントカ無事に終わり

残るは、このホテルに

全ての費用の支払いをする

ダケとなりました。


当時としては

確か結婚式と披露宴の

全てが終わり、お開きとなった

その直後に、その費用を現金で

支払う事になって居ました。


そして

我が家では

姉達2人の結婚費用は

母親の権限で、全て全額

実家の両親が負担して居り

その中には、その他の諸費用…

新婚用の一揃えの家具とか

新婚旅行代なども、多分含まれて

居ましたので、それこそ

姉達が金銭面で心配する事は

殆ど有りませんでした。


しかしながら

私の場合は、それらの援助は

一切、全て断って居たので

実家からは結婚費用としては

一円足りとも出して貰う事は無く

更に家具や調度品なども、全く

そのまま使うつもりだったので

新しく買え揃える事は有りません

でしたし、しかも金銭的に

余裕の無い喜久雄が負担する

費用分も全て合算した上で

なんとか私自身、その費用を

捻出する方法を考えました。


そして

そんな私が考え出したのが

その結婚式費用の100万円近くを

全て、80人からなる親族や

招待客の御祝儀で賄うと云う

事だったのでした。


と云う事で

同い年の二十歳で有る

私の友人では御祝儀の相場が

一人約1万円ぐらいだったので

主役の私の結婚式にも拘わらず

友人は4人しか呼べませんでしたが

しかし、後は一人当たり

3万円以上の御祝儀は固いと

思われる様な親戚や

近所の大人達、それに

父親の会社関係の方達が大半で

勿論、喜久雄の友人の人数も

私よりは少し多目ですが

それでも会社関係の上司や

年上の同僚などを多く

招待したのでした。


そうして

披露宴も終わり

皆がそれぞれ帰り支度を

して居る間に、さっそく

姉達2人と私の3人は

2つの紙袋にそれぞれ入れられた

受付の御祝儀を持ち出し

それこそ、人知れず3人で

女子トイレに行くと、更に

3人で同じ個室に入り込み

そこで一斉に御祝儀袋から

現金を抜き取ると、用意した

別の紙袋にドンドンそのお金を

落とし入れて、次々とそれを

10万円ずつの束にまとめて

行きました。


「アハハ〜!

なんで、こんな所で…

こんな事をコソコソしなきゃ、

なん無いのかねぇ〜?」


「そりゃあ…皆んなが居る、

ロビーなんかじゃ…さすがに

コレは出来無いでしょッ!?

アッハハハハ〜!」


「シィ〜ッ!

ちょっとォ〜、もっと

小さな声で話さなきゃダメじゃん、

もしも外に聞こえたら、アタシ達、

絶対に怪しまれちゃうょ〜?」


「ァㇵㇵ、ホントだね〜!

でも、なんだかサぁ〜…

アタシ達って、まるで御祝儀泥棒

してるみたいじゃな〜い?」


「キャㇵㇵ…ホント、ホント!」


さすがに

先程の宴会では

3人ともそれなりに

お酒を飲んで居て、些か

ほろ酔い気分だったので

まさに、こんな場所で

しかも、こんな奇妙な

シチュエーションに居ると

さすがに3人とも堪らずに

可笑しさが込み上げて

来てしまうのでした。


そして

ある意味では

こうして大金の現金を

扱って居るにも拘わらず

それでも可笑しさの方が

勝って居たので、それこそ

全くシリアスな雰囲気には

なれませんでしたが、しかし

早くホテルの支払いを

済ませなければなら無いと云う

意識の方は、まだしっかり

して居たので、作業だけは

手際が良く、あっと云う間に

紙幣の束を揃えると、ソレを

2つの封筒に入れて、漸く

私達3人は缶詰め状態の

そのトイレのドアを開けて

飛び出し、そこで大きく

深呼吸をしながら

凝った首や肩を動かして

解して居ると、なんだか

久しぶりにシャバに出て来た

囚人みたいに、本当に開放された

気分になりました。


そして

さっそく私は

ホテルの支払いの為に

より厚みの有る方の封筒を

取り出して、全ての支払いを

済ませると、今度は

親戚や身内の皆んなと

ロビーで座って居た

母親の所にそっと

近付いて行き


「お母さん、この後は

皆んなを引き連れて、いつもの様に

家で二次会の宴会をするでしょう?

だからその為に…この封筒には

30万円が入ってるから、このお金を

是非、使ってちょうだい…!」


と、回りには聞こえ無い様に

小さな声で話し掛けながら

もう一つの方の封筒を手渡すと

さすがに母親は、まるで先程の

酔いなど一遍に醒めて

しまった様に驚いて

目を大きく見開くと、私の事を

じっと見ました。


ところが

この母親は直ぐにも


「娘のお前から、そんなお金は

受け取れ無い」


と言い張り、しかも


「そのお金はお前達の

お祝い金だし、それに

これから始まる新しい生活には

決してジャマになるモノじゃ

無いんだから、自分達で自由に

使いなさい!」


と諭す様に、神妙な

面持ちで言ってくれました。


しかし

それでも私は頑なに

一歩も引かず


「あくまでもコレは

二次会に来て祝ってくれる

お客さんに振る舞う為の

お金だから、断じてお母さんの

為では無いから…!」


まるで真剣勝負の

つば迫り合いの様な

遣り取りが続いた後に

そこで、一気に私が

この様に言い切ると

すると、ここで初めて母親は

「然らば承知」と言わんばかりに

感無量の様な笑顔を見せて

その手にした封筒を拝みながら

お金を受け取ってくれました。


こうした

私の母親は、夫婦でも

父親とはまるで違って

昔気質で義理堅く、ある意味

とても豪快な人だったので

こう云った祝い事などには

お金を出し惜しみせずに

それこそ酒や肴を皆んなに

振る舞うと云う事は

私もよく知って居たので

支払いの後に残ったお祝い金は

この様に使うのが筋で有ると

当然の様に考えて居ました。


そして

なによりも

私自身としては

特にこの私達の結婚の為には

実家には少しの散財も

して欲しく無いと、頑なに

思って居たのでした。







続く…









※新記事の投稿は毎週末の予定です。

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