この様に
突然、舞島先生の母親から
まるで舞島先生の病床での
最期の時の様な話しを
聞かされた私は、さすがに
驚いてしまいましたが
勿論、隣に居た蒲田に至っては
言葉が出ない程で、暫くの間
2人で唖然として居ました。

しかし
私自身としては
それ以上に、この様な
奇妙なシチュエーション自体や
何と言っても自分自身には
全く身に覚えの無い様な事で
この様な状況になって居る
事に対して、殆ど決まりが悪い
以上のモノを感じ始めて
居たのでした。

そこで
この様な、すがるような
眼差しで私を見詰める
哀れな舞島先生の母親には
本当に可哀想だとは思いながらも
しかし、とにかく私は意を決して
この誤解を解く様に話しました。

「ぁ、ぁの…舞島先生のお母さん…
それが…ですね…ぁの…
大変、申し訳無いんですが…
コレは…何かの間違い…と云うか、
多分…人違いなんだと思います…
と云うのも…実は…私自身、
舞島先生がご病気だった事も
全く知りませんでしたし…
それにですね…実のところ、
今日の葬儀の事に就いても、
他の皆さんと同じ様に、
先日の学校からの連絡網で…
それで、初めて知ったんですよ…」

「ぇ…?…でも…あなたは…
確かに…天田さん…なんですよね…?
最期まで…娘が会いたがって居た…」

「ぃ、いえ…でも…ぁの…
お母さん、済みませんが…
本当に、私じゃ無いんです…」

「え?…ほ、本当に…あなた…
あなたでは、無いんですか…!? 」

「はい、そうなんです…
ほ…本当に…済みません…」

「そ…そう…ですか…
あなたでは…無かったんですか…
そうなんですか……
それは…大変、失礼致しました……
でも…その方には、一体…
どこ行けば…会えるのかしら…」

そう言うと
その母親は、本当に
がっかりした様子で
小さな肩を落としながら
不安そうな面持ちで脇に居た
清水先生に抱えられる様に
付き添われて、もと来た方向へと
戻って行きました。

「サ…サーコ…!
今のは…一体…何だったのかしらね…?
いや…ホント、ビックリしたわッ !?」

「ホ、ホントョね…蒲ちゃん!
勿論、こっちだって、同じよ…
一時はどうなる事かと思ったわよ…
しかし…今日は一体、どうなってンの !?
だってサ…さっきは、選りにも因って
『卯月先生の彼女』なんかに
間違えられるしサぁ〜!
なんか、今日は…私の厄日か…
何か…なのかなぁ…?」

「全く、ホントょねッ!?
…しかもサ、こんだけ、
次から次へと、奇妙な事が
続いて起こるなんてねぇ…
こうなるとサ…なんか…つい、全部が
本当の事なんじゃないかなぁ…?
な〜ンて、思えちゃうょね…
ねぇ…ホントはサ…全部
サーコの事なんじゃ無いの…?」

「へ?…ヤダ、冗談でしょう…?
なに言ってンのよ、蒲ちゃんまで…!
そんな事、有るワケ無いじゃんッ !?
…って言うかサ…それにしても…
ホントょね…なんで私ばかりが…
こんな目に遭うんだろぅ…?」

「う〜〜ん…そうなのよね…
まぁ…それが分かればサ…ホント、
直ぐにも解決なんだろうケドねぇ…
けどサ…とにかく、コレが皆んなの
誤解だって事は分かってるんだし…
まぁ、そんなに深刻に考える
必要は無いんじゃない?」

「そ、そうよね…
ホント、蒲ちゃんの言う通り、
そんなに気にする事なんか
無いのカモね…」

そして
この様に話しながらも
私達が並んで居るこの列は
段々と焼香の祭壇の方に
近付いて行きました。

そして
それから暫くすると
漸く私達2人にも焼香をする
順番が回って来る様でしたが
この時の焼香は、さすがに
大勢の弔問客を想定して居たのか
設置されて居た焼香台が横に長く
同時に数人の人達が焼香する事が
出来る様に配慮されて居たので
勿論、私と蒲田も一緒に並んで
同時に焼香が出来る様でした。

そこで
私達が焼香をする少し前の
丁度、前の人達が焼香を
して居る最中に、私は少しだけ
俯き加減のまま、正面の直ぐ脇で
キチンと姿勢を正したまま
じっと立って弔問客を迎えて居る
卯月先生の方を見て居ました。

と云うのも
この様に最愛の妻で有る
舞島先生が癌に侵されながらも
最期まで共に闘い抜いて来た
卯月先生の心境を思うと
私自身、本当になんとも
遣る瀬ない気持ちで一杯になり
勿論、直接的には声を掛ける事が
出来無くても、せめて、こうして
一目でも卯月先生の姿を見ながら
お悔やみと励ましの気持ちだけでも
卯月先生に送りたいと云う思いが
自然と込み上げて来たからでした。

ところが
その様に思って居た
私の心の中からは不思議にも
それと同時に

「卯月先生は本当に、
ちゃんと言った通り…
やるべき事を果たしたんだ…
それじゃぁ…やはり…
今度は私が、自分のやるべき事を…
果たす番なんだ…」

と云った様な言葉が
その感情と共に心の奥の方から
湧いて来たのでした。

そして
その私自身が『やるべき事』
と云うのが、どうやらそれ迄
躊躇して居た『喜久雄との結婚』
と云う事だったのでした。

ところが
この様な卯月先生の
困難に立ち向かいながらも
立派に責任を果たし抜いた
その姿を見た途端に
何故だか、この言葉
『私がやるべき事を果たす番だ』
と云った、まるで自分自身に対して
言い聞かせる様な、この感覚に
それこそ、私自身が腹落ちした様に
納得して居たのでした。

そして
何故か、この時の一瞬だけは
不思議な事に私自身が全てを
覚えて居た感覚が有り、それこそ
卯月先生が舞島先生に対して
どの様に一生懸命に尽くして
来たのかも、まるで手に取る様に
分かって居ましたが、しかし
その時の焼香台の傍らに立って居た
卯月先生からは、最愛の妻を
亡くした悲しみと云うよりも
私自身には、何かを『遣り遂げた』
と云った、ある種の達成感の様な
感覚さえ感じられたのでした。

そこで
その様な卯月先生の
感覚を受けてなのか、実際
この時には、それこそ
『今度は…私が果たす番だ…』
と云った具合いに、私自身も
最初から絶対に困難しか待ち受けて
無いないと分かり切って居る
『喜久雄との結婚』を敢えて
受け入れる様な気持ちにさえ
なって居たのでした。

しかし
この卯月先生のここまでの
苦悩と困難に就いては、勿論
舞島先生の重篤な病気の問題
と云った様な事で、ある意味
それなりに理解も出来るのですが
ところが、喜久雄との結婚に
対する最大の問題点に就いてが
この様に全てを覚えて居た時の
私自身にも、今一、ハッキリとは
見えて来るモノが無いのでした。

それでも
この喜久雄の生い立ちだとか
難しい性格の叔母さんの存在や
ましてや、喜久雄の経済力の
事など、大して私にとっては
それ程の問題では無く、それこそ
皆んなが一様に問題にする様な
喜久雄の身の回りの状況と云った
外側の事などよりも、寧ろ
この喜久雄自身に内在する
『闇の様な何か』に対してこそ
最も私自身が受け入れ難いモノを
感じて居たのでした。

そして
その『闇の様な何か』とは
恐らくは…何かに対する恐怖…
それが、喜久雄自身にとっては
余りにも大きく恐ろし過ぎる為に
思わず『藁をも掴む』が如く
この様に非力な私に対してさえ
シガミツク様な事をして居る様に
私には思えたのでした。

しかも
実際問題として
喜久雄との結婚により
その様な『闇の様な何か』とは
全く関係の無い私までもが
当然の様に巻き込まれて行く事は
必至で有り、そして私をその様な
自身の問題に加担させる事で
まるで喜久雄自身としては
一時的か、或いは少しでも
その様な恐怖から逃れたり、又は
紛らわせ様として居る様にしか
私には感じらませんでした。

ところが
これらの事は、勿論
当の喜久雄自身には、当然
自分がその様な感覚…
『闇の様な何か』に覆われて
居る事自体に、ハッキリと
気が付いて居るワケでは無く…
と云うか、例え喜久雄自身が
この様な何かネガティブな感覚に
気付いて居たとしても、到底
喜久雄には面と向かって
その問題と対峙する様な勇気も
気概も感じられず、私には
まさに敢えて避けて居る様にさえ
感じられたのでした。

しかし
いずれにしても
この事…この様な問題自体は
本人の意識には顕在化して
現れて来ては居ない為に、勿論
喜久雄自身や回りにも、殆ど余り
分から無い事の様にも思いますが
ただ、この頃の喜久雄自体は
就職前の1年程前から比べると
明らかに目付きが鋭く、しかも
その目はいつも曇りがちで、更には
随分と落ち着きも無くなって来て
その様な喜久雄の雰囲気は
なんだか常に気忙しさを
漂わせて居たのでした。

そして
これらの要因が重なる事により
私自身としては、この時点での
喜久雄の私に対する気持ちは
『本物の愛』では無いと
完全に確信して居たので、それ故
喜久雄との結婚は、兎にも角にも
絶対に受け入れたく無いと
思って居たのでした。

しかし
その様な私の気持ちを覆す様に
この舞島先生の葬儀での卯月先生は
『見事に言った事を守り
やるべき事を果たした』
感で溢れて居たのでした。 

そして
そこで漸く初めて
この様な問題…喜久雄自身が
抱えて居る『闇の様な何か』と云う
それこそ、本人の喜久雄自身でさえ
逃げ出してしまいたくなる様な
どうする事も出来無い問題に対して
私自身もこの喜久雄を助ける為に
共に対峙して行くしか無いだろう
と云う様な思いに至ったのでした。

これはつまり
卯月先生が舞島先生の抱えて居る
最も重大な『癌による死』と云う
問題に対して、以前私と話した通り
いや…それ以上に真摯に向き合い
本当にやるべき事を完全に遣り遂げた
と云う事実に対して、やはり
次は私がそれをする番で有り
しかも、苦悩に悶えて居る様な
人間…喜久雄を目の前にして
もはや、逃げ出す事は出来無い…
それに、まさしくこの時の私には
まるでそれが、『許され無い事』
の様にも思えたのでした。

そして
この事により
それ迄は躊躇して尻込みして居た
喜久雄との結婚を、甘んじて
受け入れる事、それこそが
『今度は…私が果たす番だ…』
と云った言葉となって
まるで自分自身に対して
言い聞かせて居る様でした。

ところが
こんな事を考えて居たのは
ほんの一瞬の事で有り、しかも
暫くして前の人達の焼香か済み
いよいよ私と蒲田の順番が
回って来た時には、もうスッカリ
その様に考えて居た事も、更には
卯月先生や舞島先生との詳細な
記憶さえ、完全に消え去って
しまって、何も覚えが無い
以前の様な私自身の状態に
戻って居たのでした。

とにかく
こうして長い間
順番待ちをして居た焼香も
いざ自分の番になると
僅か数分で、あっという間に
終えてしまいました。

そこで
私と蒲田の2人は
その後は当然の様に、皆んなが
出口に向かって進んで行く
方向に合わせながら、少しずつ
歩き出しました。

するとその時
私達の目の前に、突然
どこからともなく、何人かの
男性が行く手を阻む様に
現れたのでした。

しかし
これらの男性達は
顔も名前も余りハッキリとは
覚えて居ませんでしたが
それでも確かに、私達の母校の
教師達でした。

ところが
この男性教師の一人が
イキナリ私自身をどこかへ
連れて行く様に促しながら
声を掛けて来たのでした。

「天田…もう、お焼香は済んだのか?
済んだのなら、一緒に来てくれ…」

「え?… は…ぃ…済みましたけど…
でも…一体…どこに行くんですか…?
ぁの…蒲田さんも一緒でいいですか?」

「ん?…あぁ…勿論、蒲田も
一緒でいいぞ…これから、
お前達を別室に案内するから…」

「へ?…べ…別室?
…ぁの…もしかして…
お焼香が終わった人達が…
そこの…別室に…行く事に
なって居るんですか…?」

「いや…他の人達は、多分…皆んな、
そのまま出口に向かって居る筈だ…」

「え?…じゃ…じゃぁ…どうして…
私…達は…その別室に…
行くんでしょうか…?」

「それは…
『天田がここに来たら、
絶対に葬儀が終わるまで、
別室で待ってて貰ってくれ!』
と言う、卯月先生からの
お達しだからだよ…」

「ぇッ?・・・・・・・・」

こうして
まさに突然この様な
ワケの分から無い状況が
次から次へと、それこそ本当に
休む間もなく矢継ぎ早に
起こる事自体に、私自身は既に
驚きなど通り越して、さすがに
全くなんとも言い難い様な
凄い違和感を覚えて居たのでした。



続く…




※新記事の投稿は毎週末の予定です。

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