卯月先生に呼び出されて
1時間半も話し込んで居た
職員室隣りの資料室を
後にした私は
廊下を通り、その先に有る
階段を上って居ました。

階段を一段一段上りながら
先程の卯月先生との
話しを思い起こす度に
顔が緩んで来て、思わず
ニヤリと笑顔になってしまうので
そんな自分にフッと気付くと
周りをキョロキョロ見ながら
このウキウキした感情を
抑えるのに必死でした。

階段を上り切って
いよいよ自分の教室に
向かって歩きながら
私は先程からの
浮かれた自分自身を切り替えて
如何にも眠そうな
気だるそうな芝居をして
教室に入りました。

すると案の定
クラス中の皆んなが
一斉に私に注目しました。

咄嗟に駆け寄って来たのは
クラスのツッパリ仲間でしたが
後から直ぐに、他のクラスの
ツッパリ連中も私の席の周りに
集まって来ました。

「サーコ、あんた大丈夫だったの ?! 」

「そうだよ、いつまで待っても
全然帰って来ないからサ〜、
ホント、あたし達心配してたんだ!」

「だって、サーコ…
5時限目の頭から呼び出された
まんまだったからサ、
一体、どうしたんだろう?
って、皆んなで本気で
心配してたんだよ!」

「あんた、こんなに長い時間、
一体、卯月に何言われてたのよ…?!」

「もしかして…卯月のヤツ
サーコを呼び出したついでに
ココぞとばかりに
パーティの事以外にも、
なんだカンダと因縁付けて
るんじゃ無いのかなぁ?
って、皆んなで言ってたんだ〜」

「そうだよ、…だってサ、
5時限目と6時限目の
2時限ぶっ続けって、
 幾ら何でも長過ぎるもんねぇ〜?」

「ホント、ホント!」

「サーコ、一体、何があったのよ ?! 」

皆んなが本当に
心配して居た事を
それぞれ口にしながら
一遍に押し寄せる様に
話し掛けて来ました。

そこで私は
アクビをしながら
如何にも眠くて、気だるそうな
芝居をしたままで
私の返答を固唾を飲んで
待って居る皆んなに向かって
何食わぬ顔で
ゆっくりと答えました。

「…え?……何って…そりゃぁ…
パーティの事で
呼び出し食ったんだから……
その事を色々と
聞かれたダケだけど……?」

「えーっ!…それダケ ?! 
…だってサ〜、
こんなに長い時間掛かって、
たったそれダケって…
幾ら何でも…
そんな事、有り得ないよ ?! 」

「そうよ、絶対にオカシイよね!」

「…へ?……あぁ、そうか…
そうだよね……」

「そうだよ、サーコ…」

「…実はサ〜……」

「…うん、うん、
…実は…何なのよ、サーコ ?! 」

「それがサ〜、
卯月に呼び出されて、
職員室に行ったらサ、
卯月が私を隣の資料室に
連れて行ったのよ……」

「それで、それで……?」

「それでサ、卯月が
『ソコに有る椅子に
座って待ってる様に』
って、言ってサァ〜
…そしたら、直ぐに卯月は
部屋から出て行っちゃったのよ……」

「ふ〜ん……
それから、どうしたのよ ?! 」

「ぇ?…それっ切りよ……」

「はぁ?……何それ!」

「…だからさ、卯月の方が
何か他にも用が有ったらしくってサ…
どうやら、私の事を呼び出して
資料室に待たせて置いたのを
忘れちゃったらしいんだなぁ…?
卯月のヤツは……」

「えーっ ?! 
…そ、そんなの、有り得な〜い…?」

「…でしょ〜 ?……
でも、本当なのよ、コレが……
まぁ、私達ツッパリなんて、
所詮そんな扱いしか
受けられないって事よ!」

「ひぇ~、酷すぎる!」

「それじゃぁ、サーコが、
可哀そう過ぎるよ……」

「…ヘへへ……でも大丈夫!
…そりゃ私だって、
最初はどうなってんだろう ?!
って思ったケドね……
でも、ホラ…どっちみち、
私は、授業中でも教室で
寝てるんだからサ〜
そこの資料室はホント静かだし、
タップリ熟睡出来たってワケよ!」

「ヘェ〜 ?……サーコ…あんた、
呼び出されて居て、
よくそんな所で昼寝なんか
出来たもんだよね ?! 
……全く、あんたには、呆れたワ……」

「だってサ、他にやる事無いし……
さすがに…卯月から
呼び出し受けてるのに、
まさか、そこからバックレる
ワケにも行かないしね……
だから、まぁ…
寝ながら待ってたってワケよ……」

「ほ〜んと、あんた、
いい根性してるワ!」

「…それで、結局…尋問の話は、
どうなったのよ ?! 」

「…あぁ、アレね……
最初はヤッパリ、私がその例の
『パーティ』には行ってない
って言っても、卯月はあんまり
信じて無かったみたいだけど……
でもサ、先に呼び出されてた
あんた達が皆んな全員
私が『行ってない』って事を
証言してたし、実際に私自身が
パーティ代のお金が無かった事や、
その夜は母親が家に居て
私が寝てたのを知ってるから、
疑うなら、母親に電話して
聞いてくれって言ったら、
暫く色々と考えてだけど…
結局、教室に戻っていいって
事になったってワケよ…
まぁ、卯月自体が、
6時限目の終わりに近い頃に
その部屋に戻って来たからサ、
みっちり尋問してる時間も
無かったからね、…案外
卯月が私の事を忘れてて、
ある意味ラッキーだったワ〜!」

「へ〜…なるほどネ ?! 」

「とにかく、サーコが無事に
戻って来れて良かったよ!」

「ホント、ホント…
アノ卯月に呼び出されて、
しかも…こんなに長い時間、
掛かってたらサ〜……」

「ホントだよね~、
無事に生還出来て
本当にヨカッタね、サーコ!」

「皆んな、心配してくれて、
ありがとうね……
なんか、これで私の疑いも
晴れたみたいだし、
本当に良かったよ〜!」

こうして
私は卯月先生との
打ち合わせ通りの芝居を
見事に演じ、この場を上手く
乗り切る事が出来ました。

これで予定通り
いよいよ明日は作戦を
決行出来ると思うと
自然と胸も高鳴って
来るのでした。

そして次の日になり
いつもは登校するのにも
体がダルくて気も進まないのに
この日ばかりは、なんだか
学校に向かう足取りも軽く
気持ちもウキウキとして居ました。

しかしここは
そんな私の気持ちを
誰にも知られ無い様に
ヒッソリと自分の胸の内に
しまいつつ、いつもの様に
気だるそうに登校したのでした。

教室では
皆んないつもと
同じ様な様子で
いつもの変わらぬ光景が
繰り広げられて居ました。

そして
午前中の授業が終わり
いよいよ午後の卯月先生の
体育の授業が近付いて来ると
さすがに、私は少し
緊張して来ましたが
それ以上に期待と興奮で
武者震いしました。

教室で仲間の皆んなと
冗談を言い合いながら
体操着に着替えると、そのまま
仲間と一緒に校庭へと向いました。

授業開始のベルと共に
私達が校庭に整列して居ると
卯月先生が歩きながら
私達の方に向かって
来るのが見えました。

その様子は
いつもの卯月先生と
何ら変わる事が無かったので
当然、私は安心したのですが
しかし、また
その卯月先生の姿が、余りにも
丸っ切りいつも通りの
そのままでしたので
一瞬、私自身

「先生は昨日の私との約束…
アノ『作戦』の事を
ちゃんと覚えて居るかな?
本当に実行する気は有るのかな……?」

と一抹の不安が過ぎったのでした。

そして
卯月先生が
私達の整列して居る
丁度中央の所に来て
止まった時に
日直係が号令を掛けると
生徒全員が卯月先生に礼をして
授業が始まりました。

そこで
卯月先生は先週の様に
生徒達を一列に並べて、再び
『ピアスの検査』を行なう
と言い放ちました。

すると、途端に
皆んなはザワザワし出し
口々に不安や不満を
言い出しました。

「先生、『ピアスの検査』は
先週したばっかりですよ!」

「そうですよ、ウチのクラスは
もう済んでますから……」

「先生は、なんか、他のクラスと
間違えてるんじゃ無いですか ?! 」

そして、クラスの皆んなも
これに同調する様に
「そうだ、そうだ!」
と続いたり、卯月先生の
トンダ勘違いにクスクスと
笑い声も聞こえて来ました。

すると、卯月先生は
キツイ眼差しをチラッと
その声のする方に向けただけで

「ふん、…俺が検査をすると
言ってるんだ、何が勘違いだ!
……先週したから、今週はしないと、
一体、誰が決めたんだ?
……文句が有るなら、この俺の
所に来て、ハッキリと言え!」

そう言うと
いつもの卯月先生らしく
皆んなの意見など一切構わず
有無を言わせずに
厳しく突き放しました。

「な、なんだよ……全く
こんなの横暴だよねぇ〜」

「ホント、こんなの
聞いた事無いしぃ……」

「なんで、ウチらのクラスだけ
2週続けて『ピアス検査』
するワケ……?! 」

「こんなの、有り得ないょ……」

完全にクラスの皆んなの
心中は穏やかでは無く
不満や不安で
一杯になって居ました。

「ちょ、ちょっと、あんた達…
静かにしないと、
先生にまた、睨まれるよ ! 」

「そ、そうだよ……
もぅ、こうなったら
卯月のしたい様に
させるしか無いじゃん……」

「はぁ〜……最悪……!」

「ホント、ツイてないワ…」

そう言いながら
ツッパリ仲間達も、止むを得ず
卯月先生の無茶苦茶とも
思える指示に従ったのでした。

私はその間も
ここはやはり、ツッパリ仲間達と
同じ様に一緒になって
ブツブツ文句や不満を
漏らしたりして居ました。

こうして
卯月先生の無謀な
『ピアス検査』は、本当に驚く程
先週と全く同じ様に
行なわれて行ったのでした。

ここまで来ると
私は卯月先生が、私との約束通り
見事に『アノ作戦』を遂行
して居る事に本当に感動して
この場で小躍りしたくなる
程でしたが、またそれ以上に
嬉しくて
心が震えて来ました。

卯月先生は
私達ツッパリ連中の
『ピアス検査』が済むと
当然の様に私達を
その場に立たせたまま
次の生徒へと進みました。

そして、その間に
私と顔を合わせても
全く微動だにせず
いつもの卯月先生の雰囲気
そのままだったので
コレには安心しましたが
同時に本当に
感心させられました。

そうこうして居ると
いよいよ問題の
川野さんの順番が来ました。

ここでも卯月先生は
やはり先週と同様に
川野さんの耳の穴など
ロクに見もせずに
その場に座らせました。

すると
やはり回りからは
ザワメキが起こり
ツッパリ連中からの
嫌味なヤジも聞こえて来たので
川野さんは本当に
居た堪れない様に縮こまって
小さくなって座って居ました。

そして
最後の生徒の検査が終わり
卯月先生が私達生徒の列の
中央に向かって
歩いて来るのが見えると
透かさず私が、前回と同じ様に
卯月先生に向かって
大声で声を掛けました。

「先生、ピアスの『時効』は?
『時効』は無いんですか〜 ?! 」

コレが、私と卯月先生の
『合図』の言葉だと云う事は
全く誰も…夢々思いも寄らない
のは当然の事でした。

それで、仲間の連中達は
私のこの発言に驚き
必死で止めて居ました。

「ちょッ、ちょっと、
止めなよ、サーコ!」

「そうだよ、サーコ、
また卯月にアノ出席簿で、
頭叩かれちゃうよ!」

「ホントだよ、サーコ!
…あんな事言って、もぅ、
どうなっても知らないよ ?! 」

「ほら、マズい!
卯月がこっち見てるじゃん…
だから、言ったのに……」

卯月先生は
私達の方を見ては居ましたが
只それだけで、直ぐに顔の向きを
前に戻すと、今度は皆んなを
全員その場に座らせました。

「いいか、お前達、よく聞け……
この学校では、お前達も
よく分かって居るだろうが、
当然『ピアス』などと
云うモノは禁止だ!
だからこそ、こうして俺が
検査をして居るワケだ……」

「せ、先生…じゃぁ、ピアスの
『時効』は無いんですか ?! 」

卯月先生の話しに
掛け合う様に
再び私が問い掛けると
仲間の皆んなはヒヤヒヤしながら
この話しの成り行きを
窺って居ました。

「ふん、…時効?
…そんなモンは無い!」

「えーっ ?! ……な、無いのォ……?」

私自身が
卯月先生のこの言葉には
ビックリして、本気で驚きの
声を上げたのでした。

と云うのも
打ち合わせでは
この『時効』と云うのが
大事なキーワードだったので
それを頭から
『そんなモンは無い!』
と否定されてしまっては
今後の展開が
どうなってしまうのか
危ぶまれたからでした。

すると卯月先生は
再び話しを続けました。

「…ピアスに『時効』などと
云うモンは無いが……だが、
この学校には親の仕事や都合で、
海外で生活をして居た者が
生徒として入学して来て居る……
そう云った生徒は、
海外のその文化に合わせた生活で、
ピアスをして居る事も有る……
だから、そう云った生徒達の場合は、
ピアスの検査をしても
『お咎め無し』と云う事だ……
大体だな、そもそも俺は、
この学校に入ってから
ピアスをして居る生徒を
チェックして居るんだからな、
この学校に入る前に海外で
ピアスをした者に就いては、
取り締まってはおらんのだ、
分かったな…!」

この卯月先生の話しを聞いて
私も、ホッと安心しました。

ところが
この卯月先生の
説明だけでは納得しない
ツッパリ仲間が居ました。

その子は可なり
コンプレックスの強い子で
特に頭が良くて成績の良い子が
回りから…皆んなや教師から
特別扱いされて居ると
思い込んでいたので
透かさず、卯月先生に対して
声を上げました。

「せ、先生…それじゃぁ、
頭が良くて、成績の良い人は…
そう云う人は、どうなんですか ?!
…そんな人でも、先生はちゃんと
取り締まるんですか!」

このツッパリの子の質問が
問題の川野さん自身の
事で有るのは明らかでした。

すると
コレを聞いて居た
クラスの皆んなの間に
ただならぬ緊張感が漂い
どうなる事かと不安そうに
互いに顔を見合わせて居ました。

この様な何ともマズい
緊迫した状況を何とかしようと
私はワザと少しおどけた様に
ツッパリの子の質問に
更に輪を掛けて
卯月先生に尋ねました。

「じゃぁ〜、先生…
その生徒が、スタイル抜群で、
凄い美人だとしても、
関係無いんですかぁ〜?」

私のこの様な
オチャラケた質問を聞いて
クラスの皆んなが
クスクス笑い出したので
先程の皆んなの緊張感は
直ぐに解かれて行った様でした。

すると、卯月先生は
その様な質問をした
ツッパリの子や私の事を
チラッと鋭い目つきで睨むと
何とも不機嫌そうに
無視するかの様に、直ぐに
正面を向いてしまいました。

「ふん、下らん!
そんなモン、幾ら頭が良かろうが、
俺には全く関係無い事だ!
…それと…なんだぁ?
…美人だと ?! 
……それは、この『ピアス検査』と
一体、何の関係が有るんだ ?! 
大体だな、お前達が
言って居る様な、そんな事には、
俺は全く興味が無い!
…だが、しかし、
この学校に入ってから
ピアスを開けた者は、
今後も厳しく取り締まるからな、
皆んなもそのつもりで居ろ!」

この卯月先生の
完璧とも云える様な答えで
基準のあやふやだった
『ピアス検査』に就いては
クラスの普通の子達や
ツッパリ連中達も、すっかり
納得がいった様でした。

これで漸く
クラス皆んなの間の雰囲気も
良くなって行く様な
兆しが見えたので
私もホッと安心して居ました。

ところが
ピアス検査の後で
体育の授業を再開して
私達皆んなに
校庭をランニングさせて居る
卯月先生が、どうやら
川野さんを呼び止めて
校庭の隅で何やら2人で
話しをして居るのが見えました。

私はどうしても
2人の事が気になったので
ランニングをしながらも
誰にも気付かれ無い様に
チラチラとその2人の様子を
目で追いつつ、密かに
観察して居ました。

「先生は一体、
どう云うつもり何だろう…?
昨日の打ち合わせでは、
川野さんに対して、
先生から特別に話しをする…
と云う計画は無かったのに……
一体、先生はあそこで、
川野さんと何をしてるんだろう……?! 」

私の頭の中では
この事ばかりがグルグルと
廻って居て、それにより
何とも言え無い不安感と
また、なんだか嫌な予感さえも
して来るのでした。



続く…





※新記事の投稿は毎週末の予定です。
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