卯月先生が
突然、『ピアス』の
抜き打ち検査をして以来
クラスメートの川野さんに
降り掛かって居る
悲劇の話しをすると
卯月先生はじっと
聞きながらも不愉快そうに
顔を歪めて居ました。

「…天田、お前の仲間達が、
勝手に川野に対して
意地悪して居る事が、
なんで俺の責任になるんだ?
…そんな事、どう考えたって、
オカシイだろうが……?! 」

「いいえ、先生
オカシイ事でも、
何でも有りませんよ!」

「…そ、それは、また…
どうしてなんだ、天田 ?! 」

「…それはですね……あの時…
あの抜き打ち検査で、
先生が川野さんの時だけは
ちゃんと『ピアス』の穴が
開いて居るにも拘わらず、
何のお咎めも無しに、
ピアスの穴が開いて無い生徒達と
一緒の同じ様な扱い方をして、
川野さんを黙ってその場に
座らせたからですよ!
…つまり、完全に特別扱いを
したって事です。
…だから、仲間の連中は
酷い差別だと思って、
逆恨みで川野さんに対して
意地悪して居るって、
ワケなんですから……」

「…だ、だけど天田、
そんな事を言ったってだなぁ…
お前達だって、川野はお前達とは
状況が違うって事ぐらい
分かって居るだろうが……?! 」

「だから……問題は、
そこなんですよ、先生……
アノ子達は…つまり、
ツッパってる連中達は
普段から普通の生徒と
差別されたり、比較されたり
と云う目に合って居るので、
特に『差別意識』には敏感で
異常に反応するんですよね……
アノ時だって、……もし先生が、
既にピアスの穴が開いてる
川野さんに対しては
私達の様に立たせて置かずに、
直ぐにその場で座らせた理由を
ちゃんと皆んなの前で、
キチンと話して
聞かせてさえ居れば、
こんなイジメは
多分、起こらなかった
筈なんですけどね……」

「……そ、そうなのか……?! 」

「えぇ、そうですよ……
だから、アノ時…私が一生懸命に、
『ピアスの時効は無いんですか ?! 』
って必死になって、
先生に食い下がって
言ってたじゃないですか……
それだって、本当は先生から
直接、皆んなに向かって
川野さんの『ピアス』の事に就いて
ハッキリと言って貰いたかった
だけなんですよ……
つまり、川野さんは
帰国子女だから、
海外の異文化生活での
『ピアス』に就いては、
既に『時効』扱いだと
先生から説明して
欲しかったんですよ……」

「…あぁ、それで…あの時、
お前がしつこく、何度も
『時効』、『時効』とか
ワケの分からん事を言いながら、
俺に付きまとって居たのか……
そうか、天田…アレは、
そう云うワケだったのか……?! 」

「…えぇ……、
まぁ…先生にしてみれば、
ツッパリ連中がよくやる
チャチを入れる為の
『オフザケ』かなんかで、
私が意味もなく、うるさく
タカって来るハエの様に
思えたんでしょうけどね……
だから、アノ時、
先生は有無を言わさず
出席簿で私の頭を
パンッと叩いて、
黙らせたってワケですよ……」

「…す、済まん、天田!
…お前が、そんなつもりで、
あんな事をして居るとは、
俺は全く知らん無かった……
本当に、悪かった…天田
…この通り謝る…済まん!」

そう言うと
卯月先生は、生徒の私に対して
キチンと向かい直して
深く頭を下げたのでした。

そんな、余りにも真摯な
卯月先生の態度を見て
何だか私の方が気恥ずかしく
なってしまいました。

「いえ、もぅ……
もう、いいですよ、先生……
そ、それよりも、私は……
川野さんの事が心配なんですよ……
このままだと、川野さんは
学校に来るのが恐くて、
休み出すんじゃ無いかなぁ〜
と思ってるんです……
そうしたら、いずれは…
この学校を辞めるって事にも
成りかねませんしね……」

「…そ、そうなのか、
そんなにマズい状態なのか……
そうか……やはり…これは……
俺の配慮が足らんせいで、
そうなってしまったんだな……
全くそんな事になるとは、
本当に今の今まで、
お前に聞かされるまでは、
全く思いもせんかった……
そうか……川野がそんな目に
合ってるのは、
全て俺のせいなのか……」

本気で川野さんに対して
申し分無いと感じて居る
卯月先生は、自責の念からか
苦痛に耐える様に、更に
顔が歪んで来たので
見て居る私の方が
居た堪れない程でした。

「…あの〜…先生、……先生も
川野さんの事が心配ですか?
……もしかして…出来れば…
助けたいと思って居ますか…?」

「そ、そりゃぁ、勿論だ、天田!
だが…お前の話しを聞いてると、
どうやら俺が、そのイジメてる
ヤツらに直接話しても
解決するとも思えんし……
却って、川野へのイジメが
増々、酷くなる恐れもあるしな……
だからなぁ……正直、俺は…
俺はどうすればいいのか
分からんのだ……」

「…そうですか……
では、先生……私にイイ考えが
有るんですけど……
でも…コレは、先生にも
協力して貰わ無いと、絶対に
上手く行かない事なんですが……
先生も、協力して貰えますか ?! 」

「おぉ…そうか、天田 !
お前にいい考えが有るのか ?!
勿論、俺に出来る事なら、
何でもするぞ!
…それで……一体、
俺は、何をすればいいんだ ?! 」

「…実はですね、先生……
今度の体育の授業…つまり、
明日なんですケド……
また、例の『ピアス』検査を
して欲しいんですよ…」

「…ん?……な、なんで…また……?! 」

「先生、驚くのは、
まだ早いですよ……
しかも、先生、…今度もまた
先週と全く同じ様に、
川野さんの番になったら、
そのままそこに
座らせて貰いたいんですよ…」

「…えっ、な、なんだと ?!
…そ、そんな事をしたら、お前…
また、川野が酷い目に
合うんじゃないのか……?! 」

「あはは…大丈夫ですよ、先生!
だって…私には、ちゃ〜んと
考えが有るんですからね……」

そこで私は
心配する卯月先生に
私の計画とその作戦を
話し始めました。

それは、まず卯月先生が
前回の様に皆んなを整列させて
前の様に一人ずつ念入りに
『ピアス』の穴のチェックをし
前回同様、穴の開いて無い生徒は
その場に座らせて、勿論
同じ様に、私達ツッパリ連中は
立たせたまま、その後の
生徒の検査を進めます。

そして、いよいよ
川野さんの所に来たら
これもまた、前回の様に
そのまま川野さんを座らせます。

卯月先生が
最後の生徒の検査を終えたら
そこで、透かさず私が
またもや前回の様に
「ピアスの『時効』は無いのか」
といった様な事を
卯月先生に向かって
大声で問い掛けます。

すると、この私の言葉を合図に
卯月先生は、ここで一応
生徒全員をその場に座らせ
そこで初めて、帰国子女の事や
『ピアスの検査』に就いて
誤解の無い様に、ちゃんと詳細を
説明すると云う計画でした。

そして
何よりもこの様に
卯月先生が、全く前回と
同じ様な方法で『ピアス』の
検査をする事自体が
至って普通の事で有り
何も作為的な事では無いと云う
立派な証拠になるのでした。

それに
こうする事が
ツッパリ連中は素より
クラスの皆んなにも
川野さんをイジメの被害から
救い出す『作戦』
であると云う事が
悟られずに済む
唯一の方法なのでした。

この様に
誰にも気付かれる事無く
隠密にこの作戦を遂行する
と云うのは必須であり
何と言っても、これが一番
重要な事でした。

もし、この事…この作戦が
私と卯月先生が仕組んだ
計画だと知れでもしたら
それこそ、一大事どころか
大変な事になるのは
火を見るよりも明らかな事でした。

それは、つまり
当然、川野さんへのイジメが
もっとエスカレートするのは
必至でしたし、しかし
それ以上にマズいのは
私達ツッパリ仲間にとっては
敵方の御大将の様な
まるで学校側の憲兵
そのモノの卯月先生と
事もあろうか
仲間である私がツルんで
優等生を助けようとして
こんなに事を画策したとなると
当然、ツッパリ仲間達からは
それこそ、私が学校側の
犬かスパイの様な疑いを
持たれる事は間違い無く
そうなると、もう完全に
仲間からの信頼を
失う事になるのでした。

そうすると、今までの様に
ツッパリ連中の揉め事を静めたり
また、一番重要な問題…
課題でもある……実際に
ツッパリ連中が普通の生徒に
チョッカイを出したり
意地悪をしない様に
色々と配慮したり、また
普通の生徒にも気配り
したりする事さえも 
阻まれてしまうのでした。

その為、卯月先生には
この事をしっかりと伝え
くれぐれも、この計画や
作戦の事が誰にも…
特に生徒達には絶対に
バレ無い様に『他言無用』
が必須であると
何度も念を押しました。

「いいですか、先生……
本当に、この作戦の事は
誰にも内緒ですよ…
絶対に私と先生の2人だけの
ヒミツですからね……
もしバレたら、今度こそ、
本当に川野さんは
もっと意地悪されて
ボロボロにされますからね!」

「うむ…分かった、天田!
この事は、俺とお前の
2人だけの秘密だな!」

「そうですよ、先生……
分かって貰えたなら…
早速、明日の授業で、
作戦開始ですからね!」

「おぉ、分かった、明日だな!」

こうして、私達は
まるで一つのチームの様に
すっかりお互いに意気投合し、
気分も高揚して居ました。

そして、何と言っても
私達が仕掛ける明日の
『作戦』さえ上手く行けば
とんだ窮地に立たされて居る
無実で哀れな川野さんを
救い出す事が出来るのだ
と云う実感がジワジワと
湧いて来るのでした。

すると、私達は
思わず自然と胸が高鳴り
互いに顔を見て居るだけで
何とも言えない喜びに
笑顔が溢れて来ました。

暫くの間
私がこの喜びの余韻に
浸って居ると、卯月先生は
何やら真剣な眼差しで
私に向かって尋ねました。

「ところで、天田……もう一度、
確認したい事が有るんだが……
答えてくれるか…?」

「え…?
何ですか、先生……
他に何か聞きたい事でも
有るんですか?」

「うむ…実はな……
先程の件なんだが……」

「…先程…?…って、
この明日の『ピアス検査』の
事じゃ無くて……ですか?」

「…うむ……そうだ。」

「ぅ〜ん?…え~と……
先生…それって、
何の事でしたっけ… ?! 」

「だ、だから……つまり、
お前が『パーティー』に
行ったかどうかって事だ…」

「…はぁ、その件ね……
って、確か先生は…さっきは
『天田はパーティーに行った』
って事で、もうその報告書にも
そう書いたんじゃ
無かったん…でしたっけ ?! 」

「…いや、まだ書いてはおらん…」

「…ふ〜ン…そうなんですか……?
じゃぁ、…まぁヤッパリ、
私がさっきっから、言ってる様に、
先生が思った様に、
好きな様に書いて下さいよ……」

「…いや、
そう云うワケには行かんのだ…」

「でも、先生…もぅ、さっき、
その件は、とっくに
終わった事ですし……
それに、私にとっては、
本当に、もう…
どうでもいい事なんです……」

私は全く
卯月先生を困らせる様な
そんなツモリは
毛頭有りませんでした。

それでも
随分前に行われた
先程の取り調べで
私が例の『パーティー』に
行ったか、行かなかったか?
などと云う事などは
この極秘の『川野さん救出作戦』
からすると、余りにもクダラナイ
本当にどうでもいい事の様に
思えて居たので
この様に答えたのは
私自身の本心からでした。

卯月先生自身は
そんな私の受け答えに対して
何やら深刻に考えて居る
様にも見えましたが
私はそんな事には
一向にお構い無しの
満足感で一杯の満面の
笑顔で答えて居ました。

すると、ちょうど
6時限目の終了のベルが
鳴り出しました。

「…あ、そうだ先生…
実はもう一つ、言って置かなきゃ
なら無い事が有るんです……
コレは、本当に
とっても大事な事ですからね!
……それはですね、
私と先生がこんなに長い間…
つまり、5時限と6時限の2時限で…
1時間半以上も掛けて、
ずっと2人で話しをして居た事が
皆んなに知れると、コレは、
マズい事になるんですよ……
だって、そんな長い時間、
一体、卯月先生とどんな話しを
してたのか?って、皆んなが
詮索し出しますからね……
特に仲間の連中は
絶対に不審がりますよ……
そうなると、今日、私が先生から
呼び出された次の日の明日に
しかも、先生の体育の授業では、
今までかつて無い、
異例とも言える様な
2週連続の『ピアス検査』を
再び行った…となると
もう、その時点で、
なんだか、コレは私と先生が
画策した事なんじゃ無いかと
疑われ兼ね無いって事です……
だから、私達が繋がって居る事を
完全に疑われない様にする為には、
私達2人で、予めお互いに
話しを合わせて置く
必要が有るんですよ!
……そこで先ず、
私が教室に戻ったら
真っ先に皆んなには
『先生は私を呼び出しだけど、
そのまま放って置かれて、
結局、最後の方にちょっと来て、
取り調べをした』
と云う事にして置きますので、
先生もそのつもりで、
私と同じ様に、ちゃんと
辻褄が合う様に、私の話しと
合わせて下さいね、
絶対にお願いしますよ!」

「…うむ、そうだな……
確かに、お前の言う通りだ…
よし、分かった、
俺もお前が言った様に、
話しを合わせればいいんだな…」

「はい、そうです。
………それじゃぁ、先生、
話しは、これで終わりましたので…
もぅ、いい加減そろそろ、
本当に教室に戻らないと、
帰りのホームルームが
始まっちゃいますから……
もぅ私は、教室に戻っても
いいですよね…?」

「うむ…あぁ……そうだな…。」

「先生、それじゃ、失礼します!」

私は椅子から立ち上がって
卯月先生にキチンと頭を下げると
この部屋の扉に向かって
歩き出しました。

私が扉を開けようと
手を掛けた時に
背後から卯月先生が
再び声を掛けました。

「…天田、最後に、
もう一度だけ聞く………
お前は…行ったのか?」

「…?……
だから、先生……
どっちでもいいですって…?!」

「…いや、天田…俺は、
どうしても、お前の言葉で
答えが聞きたいんだ……
だから、ちゃんと
答えてくれ、天田……
お前は…本当に行ったのか?」

卯月先生が
余りにも真面目に
しかも
哀願する様な眼差しで
私が次に発する
言葉を待ちながら
じっと私の事を
見つめて居ました。

この時
私は、まるで自分の事の様に
手に取る様な感覚で
この卯月先生の気持ちが
私自身に伝わって
来たのでした。

そこで私も
自分の体を向き直し
ちゃんと卯月先生を
真正面から見ながら
大きく深呼吸を
一つした後で
ゆっくりとハッキリした
声で答えました。

「……いいえ、行きませんでした。」

「……そうか、…分かった。」

私の答えを聞くと
卯月先生の顔からは
如何にも満足そうな笑顔が
溢れ落ちました。

そんな卯月先生の
なんとも嬉しそうな様子に
私までも
なんだか嬉しくなって来て
その場で飛び上がりたい様な
気分になりました。

そして
これで、全くと言う程
私と卯月先生の間には
ワダカマリと云うモノが
本当に何一つ無くなって
更に一層
私達はお互いの一体感が
増したのを実感しました。

ところが
私としては、今までに
この様な喜びを
感じた事が、一度も
無かったので
この喜び以上に
気恥ずかしさの方が
上回って来てしまい
つい、照れ隠しに
話題を明日の計画の事へ
戻してしまいました。

「…そ、それより先生、
明日の『ピアス検査』の事、
お願いしますよ、本当に絶対に
忘れ無いで下さいね!」

「おぅ、大丈夫だ、天田、
了解した!」

こうして
私はこの部屋を出ると
本当に嬉しさの余り
思わず踊り出したくなる様な
そんな衝動に駆られましたが
しかし、こんな所で
そんな姿を誰かに見られて
せっかくの隠密の計画が
バレてしまっては
元も子もないと思い
ここはじっと堪えつつ
この素晴らしい
余韻に浸りながら
自分の教室へと
戻って行ったのでした。




続く…





※新記事の投稿は毎週末の予定です。
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